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フシノカミ  作者: 雨川水海
魔法の火種

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魔法の火種26

 ルイス村長を掃き捨てるための法的な文書(ホウキ)は、それから一週間で用意された。


 その一週間で、遠征隊も編成できた。

 前回の臨時遠征隊と違って、今度は支援物資も持って行くので、巡回隊を含めたフルメンバーになる。

 帰りの荷馬車には、元村長が乗せられていることだろう。


 帰り道を出発前から楽しみにしつつ、レンゲ嬢と一緒に積み荷の最終確認をしているところへ、グレン君が駆け込んできた。


「アッシュ! アッシュ、大変だ!」

「何事です?」


 ただならぬグレン君の声に振り向くと、確かに異常事態であることを理解させられた。

 グレン君は、その腕にスイレン嬢を抱きかかえていたのだ。

 スイレン嬢の髪や服は乱れ、疲弊しているのが一目でわかる有様だ。


「スイレンちゃん! どうしてここに!」


 レンゲ嬢が聞いたこともない声量で慌てる。それも当然で、スイレン嬢は通常、ここにいるはずのない人物だ。

 レンゲ嬢の声に反応して、スイレン嬢が重い瞼を開く。


「レンゲちゃん……? アッシュさんも……」

「スイレンちゃん! どうしたの、こんな……大丈夫、ですよね?」


 レンゲ嬢は、スイレン嬢の手を恐る恐る握りしめる。

 温かい手に包まれたスイレン嬢は、昔に喧嘩別れをした友人に、申し訳なさそうに表情を歪めた後、頷いて無事を伝える。


「あたしは、平気……。けど、村が……っ」


 涙を零し始めたスイレン嬢を、グレン君はレンゲ嬢に渡して、私に耳打ちをする。


「スイレンから先に話を聞いた。どうやら村長が森に手を出したらしい」

「あの森にはよほどの緊急事態でない限り、分け入らないようにと言っておいたのに……」


 あの寄生虫、たった一週間で、もう問題を起こしやがってくれました。

 私は頭を抱えて、グレン君に続きを促す。聞きたい話ではないが、聞かなければならない話だ。


「それで、詳細はわかりますか?」

「村長が、食料の確保を訴えて森に二十人ほど入らせた。帰って来られたのは、そのうちの数人だけ」


 絶望のあまり眩暈がした。

 この一年をかけて最新の農業技術を習い覚えた貴重な人材が、十人以上も一気に失われたのだ。

 大損害なんて言葉も生温い。


「一体、何が、あったのですか」


 ぎりぎりと歯噛みしながら、何とか言葉を吐き出す。

 グレン君も、次の言葉を絞り出すのは、かなりの気力を要したようだった。


「トレントが襲ってきた、と」


 人狼に続き、二種類目の魔物の登場に、私はしばらく絶句させられた。


 ルイス村長は厄介事をもたらす神かなんかだろうか。

 一年間みっちりつまった仕事量をこなし、ようやく地獄征服が見えて来たところに、この怒涛の危難ラッシュ。

 やるだけ全てやった後にこれはひどい。


 先鋒・次鋒・中堅・副将、全てにおいて努力と友情の勝利をもぎとっての大将戦でまさかの大逆転の出目である。

 やっぱりルイス村長は神か。地獄の疫病神に間違いない。

 ユイカ女神よ、我に微笑みたまえ。


 信仰する神に祈りを捧げる私の意識を、すすり泣く少女の声が引き留める。


「ごめんね、ごめんなさい……本当にごめんなさい……」

「なに言ってるんですか。スイレンちゃんは悪くないですよ」


 泣き崩れているのは、スイレン嬢だ。

 彼女は、自分を抱きしめる少女にすがりつき、泣きながらいつかの懺悔をする。


「違うの、あたし……三年前、あんなこと言って……」


 三年前と聞いて、レンゲ嬢は即座に何のことかを悟った顔で、優しく首を振った。


「良いんですよ、気にしてなんかいないんですから。今はそんなことよりも……」

「よくない、よくないよ……。あたし、あの時、どれだけわがままを言っていたか、ようやくわかったんだよ」


 はらはらと涙を零しながら、スイレン嬢はこの一年で思い知ったことを語る。


「収穫を増やすのが、あんなに大変だって知らなかった。もらった食料が、どれだけ貴重か考えてなかった。村の皆が危険な目に遭うのが、こんなに怖いなんて……。あの時は、あたし何も感じてなかっただけで……村の皆のこと、何も、想ってなんかいなかった……!」


 だから、ごめんと、少女は何度も謝る。

 三年間、溜まりに溜まっていた悪意の負債を返そうと、疲れ切った体で、必死に力をこめて。

 それに対し、三年間、ずっと友人のことを気にかけていた少女は、泣きじゃくる相手をしっかりと抱きしめ直す。


「今のスイレンちゃんは、立派な村の責任者、ですね。友達として、誇りに思います」


 友人を許すレンゲ嬢を見て、私は頬を叩いて気を取り直す。


 ユイカ女神への祈りはもう十分だ。何しろ毎日欠かさず、真摯に祈っている。

 ならば、今は人事を尽くすべきだ。

 ここで何とか踏ん張らねば、あの少女二人の綺麗な涙を、悲しみで汚すことになる。


「遠征隊! 全体、傾聴! 予定を変更します!」


 号令一下、すでに異常事態を察していた隊員達は、一斉に口をつぐみ、私の方へと顔を向けてくれる。

 実にプロフェッショナルな皆さんだ、頼もしい。


「これより、遠征隊の目的は、アジョル村への食料支援の運搬ではなく、トレント出没への緊急対応へと変更されます。まずは村人の救出を優先、その次にトレントの討伐を計画します。よろしいですね!」


 全員の了解を聞きながら、私はまず、荷馬車の積み荷である食料の、大部分の積み下ろしを命じる。

 空荷の馬車で移動速度を上げて、村人を乗せて避難させるためだ。食料は、村人と遠征隊に最低限必要なものだけとする。


 イツキ氏とマイカ嬢への連絡のために伝令を走らせて、私は二人の少女に視線を戻す。


「レンゲさん、スイレンさんを休ませてください」

「あ、あたしも、村に戻らなきゃ……!」


 私の指示に応えたのは、レンゲ嬢ではなくスイレン嬢だった。

 今にもレンゲ嬢の腕を振り払いそうなスイレン嬢を、私は視線で抑える。


「……い、行く、から」


 なんだか、やたら気迫のこもった視線で見返されてしまった。

 連れて行かないなんて誰も言っていませんよ。


「スイレンさんは、少しでも疲れを取っておいてください。準備が出来次第、出発です。村へ着いたら、村人への指示出しはあなたの仕事ですよ」

「っ、任せて!」


 私はそこまで手が回らないでしょうからね。しっかり頼みますよ。


 さて、村人救出については、とにかく素早く移動することだけを考えれば良いとして、問題はトレントの討伐方法だ。

 人狼戦以降、魔物について必要なことは予習してある。


 トレントは、見た目が二メートル級の人型樹木という魔物である。

 うん、見た目はね。

 疲れ知らずで、外皮が硬く、人狼同様に驚異的な耐久力もあり、延々と攻め続けて来るという化け物だ。その巨体と力の強さで、追い詰めた敵を圧し潰してくる。


 ただ、植物らしい見た目通り、動きは非常に遅い。

 一体が相手ならば、出くわしても徒歩での逃亡が可能だ。

 ただし、執拗に追いかけて来るので、防衛体制を整えた陣地に逃げ込むのでもない限り、逃げ込んだ先が被害を受ける。

 アジョル村では、一部の村人が無事に村まで逃げ帰ったそうなので、そこまで追いかけて来ることが予想される。

 しかも、村人の一部しか戻って来られなかったことから、一体や二体では済まない、かなりの数が森にいる見込みだ。


「どうやって撃退するか、ですね」


 トレントの弱点は、頭部だという。

 頭部に関しては、人狼ほど非常識ではないらしく、脳を傷つけられると死亡すると教わっている。

 植物に脳? と思うかもしれないが、あるのだ。トレントには、脳が。


 どうも、見た目は人型樹木だが、それは鎧に該当する部分の話。その中身は、猿やゴリラと言った類人猿――の、死骸だ。

 そう、トレントとかいう非常識な連中は、歩けるようになった植物ではない。動物の死骸に寄生して動かすようになった植物なのだ。


 どちらにしろ非常識である。

 人類に不利なところばっかりファンタジーだ。


 だが、その死骸の脳が損傷すると死亡――動けなくなると言うなら、そこを攻めれば良い。

 問題は、樹皮の鎧が相当に頑丈らしい点。

 普通の長弓なんかだと、とてもではないが貫通できない装甲だと言う。

 文献には、なんとかして転ばせてから、斧を何度も叩きつけて割るという対処法が載っていた。一番お勧めの対処方は、弩砲一択らしい。

 流石に辺境の村まで、弩砲をすぐには持っていけない。


「ふむ……脳の破壊ですか……」


 有効かどうか、恐いところはあるが、一つ思いついた。

 私は、積み荷を降ろした馬車の一つに声をかける。


「ちょっとこのままクイドさんのお店に向かってください。トレント用の兵器を買いに行きます」


 色々と足りると良いのですが。

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― 新着の感想 ―
やはりスイレン嬢はルイスに洗脳されていたんだなぁ。 そりゃ学ぶ機会も与えられず、正当な場で研鑽してきた「はず」の父がこんなんだったら、そうなってしまうよね。
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