魔法の火種25
村へ着いたその日に村を発つという荒行を乗り越えた私は、都市に帰って早々にマイカ室長と領主代行殿にお願いして、三人で緊急会議の席を設けさせてもらった。
普段、この三人が集まっての会議というと、仕事の打ち合わせというより、家族のお茶会じみた和やかさになってしまう。
イツキ氏は姪が可愛くてしょうがないし、マイカ嬢も重責を担う叔父の気晴らしになればとあえて砕けているところがある。
私はマイカ嬢の友人枠として、話題にアクセントを入れる役目といったところだ。
大きな予算を食う、割と重大案件をぽんぽん扱っている会議としては、破格の気安さだろう。
だが、今回ばかりは、誰も笑顔を見せなかった。
「話にならん」
私からの報告を聞いて、イツキ氏が下した判断は、迅速で簡潔だった。
予想通り、ルイス村長の取った対応に、慈悲深く思慮深い領主代行殿は激怒してらっしゃる。
一言で報告に対する所感を述べたイツキ氏は、速やかに侍女を呼んでいくつか指示を出す。
これにて、三人会議におけるルイス村長への処罰が決まった。
後は所定の手続きに従って処理されるのみである。
さて、いつ頃アジョル村へ出発できるだろうか。
次の遠征計画を脳内で組み立てていると、マイカ嬢が不機嫌そうに腕を組んでうなる。
「でもさぁ、そのルイスって、なんでそこまで頭の悪いこと言えるのかな」
おう、マイカ嬢の呼び捨てが飛び出た。私が知る限り二人目の犠牲者である。
「だって、アッシュ君は領地改革推進室の使者で重鎮だよ? 推進室は領主の名前で仕事をしている重要部署だって、最初にあたしちゃんと説明したし、スイレンさんも知ってるはずでしょ」
普通に考えたら、私にあの台詞を言ったということは、領主に喧嘩を売ったのと同義である。
村長の任免権を持ち、軍事の統括者、そして司法の守護者でもある領主に対してものすごい所業である。
マイカ嬢が疑問に思うのも当然だ。
イツキ氏は、お茶に口をつけるついでにため息を漏らしつつ、可愛い姪を疲れた声で諭す。
「世の中には、そういう輩がいるものだ。自分の立場と相手の立場を理解する、という想像力に欠けた輩がな」
厄介だぞ、とイツキ氏は苦々しい表情で唇を歪める。
笑おうとしたようだが、あまりの苦々しさに苦笑にもなれなかったようだ。
「どんな風に厄介なの?」
「そうだな、アッシュの話を例にすると……まず、自分の方が立場が上だと思っているから、要求がものすごく厚かましい。用意できないものを軽い気持ちで求めて来る」
今回だと食料支援と、村の統治権だ。
前者も相当なものだが、後者はそれ以上にひどい。
お小遣い気分で高級リゾートの豪邸をおねだりされたようなものだ。
「こちらは事を荒立てたくないから、ちょっとした譲歩ならしてやっても良いとさえ思っているんだが、この手の輩はほとんど譲歩する気がない。つまり、交渉できないんだ」
「それ、もう解決方法は一つしかないと思うんだけど……」
そうですね。
話し合いが通じない相手には、武力にしろ権力にしろ、力づく、という最終手段しかない。
「そうだぞ、だから厄介なんだ。力というのは、確かに話し合いが通じない時に使うものだが、軽く使って良いものでもない。どう使ったって周囲に緊張を生むからな」
一度拳を振り上げると、それを見ていた周囲は、その人を暴力的な人だと認識する。
誰だって暴力を振るわれたくはないから、当然警戒するし、場合によっては自分も拳を握り固めて備えてしまう。
そうなると殴り合いが簡単に発生してしまうので、力を持つ人物は、なるべく穏便に物事を済ませようとする。
もちろん、例外も多いけれど。
マイカ嬢は、説明を聞いて熱心に頷く。
「なるほど……。乱暴者だって噂されるのは損だもんね。正当な力でも、つまらないことには使いたくないっていうのは、よくわかったよ」
それから、今回は大丈夫なの、と疑問を呈する。
確かに、この理屈で行くと、ルイス村長への対応も難しいように思える。
ただ、今回は比較的穏当な、権力という暴力を、法に基づいた範囲で振るうだけで済む。
領主と村長(代理)との間で結ばれた正式な契約に違反する行動を、向こうが取ったのは明白だ。
中止や再検討くらいならまだ誤魔化せただろうが、機密技術を盾にした物資の強請は完全に犯罪で通る。
つまり、今回の暴力行使はただの犯罪者の取り締まりである。正当なる暴力の行使は、治安維持と言われる。
ルイス村長がどれほど独創的見解を持っていようとも、権力者に大義名分の御旗を献上した以上は踏み潰されて終わりだ。
「アッシュが上手いこと言質を引き出して来たおかげだな。……いや、向こうの自滅か?」
「自滅だと思いますよ。私は問題がある部分を、念押しして確認しただけです」
あれでルイス村長は、自分は何の問題もない要求をしている、と思っているのだろうから、立場がわかっていないとしか言葉がない。
私とイツキ氏の呆れた溜息に、マイカ嬢は首をひねる。
「え? つまり、なに? そのルイスは、本当に頭悪いだけ? これで解決?」
多分、その説明が一番簡単だと思うので、私は首肯してみせた。
「うわぁ……。どんな深慮遠謀があるんだろうって考えたのに、そんなのあるんだ……」
「例えば、どんな深慮遠謀ですか?」
「いや、機密技術が絡んでるから、他領からの工作とか……」
スパイ物語か。そういうのも面白いですよね。
でも、今回はそんな心配は無用である。
「ありえませんね。流石にそんな手の込んだことをしていたら、この一年の間で察知できますよ」
なんせ暗殺者に襲われたこともある私です。
今世にも秘密工作員が存在することはとっくにご存知である。機密を取り扱う以上、その辺りもちゃんと警戒していた。
思うに、ルイス村長は、目の前の小銭しか見えていない小悪党の類だ。
領主に反逆する度胸なんて持っていない。今回、領主に逆らうことになっているのは、当人がそのことに気づいていないからできただけだ。
「猿神に曰く、大樹の根元からは空を見渡すこと能わず、というやつですよ。精々が小銭を誤魔化す詐欺師の器で、領地一つを敵に回す計算はできないでしょう」
「そっかぁ……。うぅ、なんか、なんかすごく損した気分。簡単に片付くなら、それで良いはずなのに」
気持ちはわかる。
でもまあ、一人で戦争を止めるようなスパイ・アクションが展開されたら、村の一つや二つは壊滅しそうだから、気を落とすのもほどほどにしておこう。
法というホウキで掃けば終わりの小悪党で良かった良かった。
2019/6/13 「魔法の火種15」と「魔法の火種16」の間に、抜かしていた一話分があることが判明しました。現在、「15.5」として投稿いたしました。すでに該当部分を読んでしまった方は、「15.5」を読んで頂けると幸いです。




