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フシノカミ  作者: 雨川水海
魔法の火種

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魔法の火種22

 晩秋になり、アジョル村の収穫ぎりぎりのタイミングで、私は収穫前の視察に滑り込んだ。


 前日に徹夜をしたため、騎乗による移動がすごくつらかった。うたた寝からの落馬で死亡なんて、流石に未練が残る。

 私が欠伸を噛み殺しながら村へ到着すると、元気な笑顔のスイレン嬢と村人が並んでいる。

 親からお小遣いをもらえることを知った、子供のような雰囲気だ。


「お待ちしていました、アッシュさん! 畑の確認に来られたんですよね!」


 今回、徹夜をおしてまでやってきたのは、彼等が世話をした畑の状態を収穫前に確認するためだ。

 畑の収穫物は、食料支援に追加される形で村の食卓に上るので、お小遣いをもらうのと似た気持ちになるのも、間違いではない。


「早速見に行きましょう! ぜひ見て欲しいんです!」


 徹夜明けに移動疲れが重なっている私は、せめて白湯の一杯くらいは飲みたかったのだが、これも仕方ないと笑顔で頷く。


「そうしましょうか。その方が皆さんも収穫に入れるので、都合がよろしいでしょう」


 畑が気になっているのは事実だし、ここはもうひと頑張りと割り切ろう。


「そうですか! では、こちらへどうぞ!」


 元気一杯の身振りのスイレン嬢を見て、私の後ろについてくるグレン君を振り返る。

 物凄くつらそうだったって言ってませんでしたっけ?

 不信感をこめた眼差しに、グレン君は首を振って否定した後、肩をすくめて彼自身も予想外であったことを伝えて来る。

 どうやら、この短期間でスイレン嬢は超回復したらしい。その原因が何かと考えれば、一つしかない。


「ほら、アッシュさん、この通りです!」


 スイレン嬢の明るい声が指したのは、麦の穂が整然と揺れる畑だ。

 穂が波打つ、というほどの量はなく、背も若干低く見える。しかし、夏の耕す前の状況を考えれば、荒地から立派な畑に進歩したと言える。


 まとまった量の収穫が目の前にあるので、気苦労も吹っ飛んで、この歓迎ムードになったようだ。

 元気一杯というより、現金一杯な気持ちと表現しておこう。

 私は、そっと溜息を吐きながらも、目の前の畑には満足せざるを得ない。


「ふむ、思ったよりも良いですね」


 私が呟くと、スイレン嬢が我が意を得たりと胸を張る。


「そうですよね! あたし、こんな畑を見るのは初めてで……! もう、とにかく感動しちゃって!」


 小さい手を握りしめて、スイレン嬢は潤んだ眼で私を見つめ、勢いよく頭を下げた。


「ありがとうございます! これも全部、アッシュさんのおかげです!」

「いえいえ、農業に使った技術は研究所の成果で、皆さんがその間に食べていた食料は領主閣下が予算を下さらねば用意できませんでした。計画は、推進室一同の作成ですから」


 私一人に感謝されても困る。

 でも、感謝してくれると言うのなら、その分だけよく勉強して頂こう。


「では、今回の収穫で問題があるところを皆さんで勉強していきましょう」

「え?」


 スイレン嬢は、感動が残った目を、ぱちくりとさせている。

 そのまま目を大きく見開いて確認すると良い。私は早速、目についた発育の悪い麦に近づく。


「これは……うん、種のまき方が悪かったところですね。きちんと、その作物に適した間隔を空けて植えてやらないと、互いの邪魔をしあって、望んだとおりに成長しないのです。種まきから手を抜けない理由です」


 スイレン嬢と、村人の一部が、慌てて私のところへ近寄って来る。


「種まきをしていれば、このような場所はどうしても出て来ます。気をつける必要がある、と認識して頂ければ、それで十分です。あとは、そうですね、芽が出た時点で密集していることに気づいたら、いくらか間引くことによって対処できます」


 覚えておいてくださいね、と笑うと、村人達の呆けた顔が上下に動く。

 素直でよろしい。


「次はこちら……これは、施肥に問題があったところですね。麦が青かった時から、葉に堆肥焼けが出ていました。恐らく、肥料がここに偏って集まってしまっていたのですね」


 村人達の表情が、ようやく失敗を指摘されていることに気づき、険しくなっていく。


「施肥の方法を教えた時にも言いましたが、肥料は加減が大事です。難しいでしょうが、まんべんなく、適量を心がけてください。不安な場合は、少なめを心がけた方が被害は出ないでしょう」


 他のところは問題が見られないので、施肥の分量としては、指示したもので間違っていないようだ。

 それは一安心である。


「施肥の方法に不安がありましたら、次の機会にもう一度聞いてください。皆さんの間で教え合ってくださっても、もちろん結構ですよ」


 次の発育の悪いところに足を向けると、私のすぐ後ろにくっついているスイレン嬢が、おずおずと声をかけてくる。


「あ、あの、アッシュさんは……ひょっとして、問題がある場所が、前もってわかっていたんでしょうか……?」

「ええ、前もって異常が見られるところは、大体気づけていたと思いますよ」


 そのために、月一くらいで指導に来ていたのだから、当然だ。

 年頃の娘としてはいささかどうかという大きさまで口を開けたスイレン嬢に、背の低い麦の一列を示す。


「ここもそうですね。ここは、種を蒔く前の段階からちょっと土が堅かったんですよ。もう少し丁寧に土を砕いてあげないと、麦にとってはつらい土壌でしたね」

「た、種を蒔く前じゃないですか! それならそうと、教えてくれれば!」

「そうですね。教えていれば、収穫量はもう少し増えていたでしょうね」


 最初の喜色満面の歓迎色もかなぐり捨て、顔を真っ赤にして非難するスイレン嬢に、私は頷く。


「その代わり、こんなにわかりやすくどうなるか、知ることはできなかったでしょう?」


 私は背の低い、穂も軽い麦を撫でる。

 この子には可哀想なことをしてしまったとは思う。農家の倅として、罪悪感すら抱く。


「今の皆さんには、多少の不作に目をつむっても、失敗した時にどうなるかを学ぶだけの余裕があります。農業試験のために、領主様から食料支援がありますからね」

「それは、そうかもしれないけど! だからって、十分な量という訳じゃないのに!」


 食卓に並ぶご馳走が減ったことを知った村人が、スイレン嬢の荒げた声と共に突き刺すような視線を向けて来る。


「つまり、今のあなた達には、麦一粒だって無駄にはできないというわけですね」

「当たり前じゃない! 食べないと生きていけないんだから、あたし達は必死なのよ!」


 自分達の麦を無駄にされたとなると、一粒でも惜しいと思ってしまうようだ。

 隙があるなら私の顔に殴りかからんばかりの素晴らしい殺気だ。

 畑仕事はこれくらいの気持ちでやるべきだと思いますね。

 アジョル村のやる気に対し、私は満足を示す笑顔を浮かべる。


「では、その言葉通り、必死になって次の農作業は行ってくださいね。必死と言うのですから、同じ失敗をしたら本当に死ぬくらいの気持ちで励んでくれるのでしょうね」


 次の収穫はさらに期待できそうで嬉しいです。

 そう伝えると、アジョル村の人々から放たれていた怒りの熱気が、急に和らいだ。

 和らぎ過ぎて、吹き飛ばされたように感じる。


「え? あの……今、あたし達は、アッシュさんが教えてくれなかったことを……その……」

「ええ、麦の収穫を万全なものにできなかったご自分達に対して怒っていたのでしょう?」


 私に対して八つ当たりしていたけど、そこは見逃して差し上げよう。


「あれ? や、そういう、わけじゃ……」


 なに、あなた方が八つ当たりした私は、これくらいで怒るような狭量な人物ではないつもりですから、お構いなく。


 だから黙っていなさい。

 いいですね?


 視線でお話し合いをしたら、スイレン嬢が顔を青ざめさせて口を押えたので、私は笑顔で続ける。


「種の蒔き方や葉の状態の見分け方を教えた時に、こうなることは教えていましたからね。今回、このように収穫減という痛みをもって、じっくり観察できたのですから、失敗例として強く記憶に刻まれたでしょう」


 だって、生きるのに必死ですもんね。

 死ぬ覚悟で向き合っていれば、ちゃんと覚えられるはずですよね。

 私は、十トン級の信頼を搭載した眼差しで、アジョル村の面々を、一人一人、しっかりと見つめてプレッシャーをかけていく。


 それから、ふっと溜息をついて、肩を落とす。


「本当は、私だって皆さんに問題があることをお知らせしたかったのです。私も寒村の農民ですからね、麦一粒でも無駄にはしたくないというお気持ち、良くわかります。だからこそ、皆さん自身のお力で気づいて欲しかった。これは農業指導ですから、私の力を見せるのではなく、皆さんに力をつけて頂かねばなりません」


 つまり、悪かったのは他の誰でもなく、皆さんだったのですよ。

 本当に基本的な問題で、割と数回に分けて説明もしておいた事項だ。

 ミス一つもなく完璧にしろなんて無茶は言わないが、自分達が見落としたことに落ち込むくらいはして欲しい。


「ですが、私も我慢して黙っていたかいがありました。皆さんは、きちんと自分達の失態に気づき、そのことに憤りを感じたご様子。これなら、次に同じ問題が発生しても、きちんと対処できるでしょう」


 私が念押しすると、スイレン嬢が、渋々と言った風に頷く。


「わ、わかりました。気をつけます……」


 不満はあるようだが、自分達で気をつけなければ損をすることは理解したようだ。

 ちょっと甘い言い方に変えて、投げかけてみよう。


「失敗は誰しもしてしまいますから、異常に気づいたら、皆さんで声をかけあってくださいね。その分、食料が手に入ると思えば、手間をかけるかいもありますよね?」


 これには、いくらか好意的な表情での頷きが見られた。

 失敗を自分達のものとは思えないが、麦の一粒でも貴重だという考えはしっかりしてきたようだ。

 アデレ村から配給された麦に対しても、同じように彼女達が考えていれば、あるいはここまで落ちぶれなかっただろうに。


 どうも、アジョル村の意識改革は、農業改革より難しいようだ。

 この度、我等が足を踏み入れた地獄は、中々に深く遠い道行を強いて来る。

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― 新着の感想 ―
スイレンさんは生まれてからずっと不作不作村人死亡の村しか知らないんだよね 頼りになる知識層や大人もいなくなるばかり、悪くなるばかりの村で育つのって辛いね そりゃ見たことない実りが嬉しいし褒めてもらいた…
妙にリアルだなぁ。 こういう人、いそうだものね。
[気になる点] あー……生活保障受け取るだけ受け取って何もしない勢を思い浮かべましたね……受け取って当たり前という思考……減らされると文句を言う。見殺す気なんだと喚き立てる感じがそっくり?
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