その十六 ウシュマルの石
マヤの神話と伝説
ウシュマルの石
古い都市であるウシュマルには一人の女を石に変えたという謂れを物語る、とりわけ驚嘆すべき伝説があります。
全ては或る午後から始まりました。
半島中で一番美しい漆黒の眼を持つ若い魅力的な娘である、美しいサーシル・エークが美しい風景を眺めながら樹に寄りかかっていた時のことです。
サーシル・エークは白いウイピル(マヤの貫頭衣)を着て、シジュウカラのように黒い髪と際立った対照をなす一本の小さな紅い花を持っておりました。
時々、サーシルエークは北の方に視線を向けていました。彼女は今日、ウシュマルに続くこの道を通って着くはず
の婚約者を待っていたのでした。彼女の胸はその婚約者のこ
とを思い出すたびに高鳴っていました。
その期待は永遠に続くように思われました。
「どうして、こんなに遅いの」
この若い娘は甘い声で言いました。
「天はこの激しい愛故に私を罰しているんだわ。これまで愛したことのないほど、私は彼を愛しているし、これからも彼を愛しているようには誰も愛せないわ。でも、愛するあの人は私の祖国と私の国の人から見たら敵なのよ。この愛が今では逃れることのできないほど強いものであることを激しい精神は私に知らせているのよ」
彼女の美しい目から二つの涙が褐色の肌を伝わって流れ落
ち、ついには手に持っていた花を落とすに至りました。
心の安らぎを得るかのようにその花を胸に抱き締めました。
カカルテカトゥルはその美しい娘の婚約者であり、ユカタン半島の東方に住んでいる部族に属しておりました。
突然、野原を夜の闇が覆い、娘の前に現われたのは彼女の父だった。深い郷愁に沈んでいた若い娘は、その地域の首長である彼女の父には何も語りませんでした。
父は暫く彼女を見詰めていたが、ついに沈黙を破って彼女に言いました。
「私の愛する娘よ、私の受肉よ、お前は自分の不運を泣きながら、この孤独の中に自分を見出しているのか。既に、私は、お前の部落の敵の一人に対するお前の病的な愛に関する情報を得ているのだ。この地域の美しい花よ、お前は純粋な慣習とお前を特徴付けていた純潔を冒涜した。今、お前に対する懲罰は避けられない」
サーシル・エークは悲しみのあまり叫びました。
彼女自身のためばかりではなく、彼女に宿した新しい命のためでありました。
「不幸なその命もまた死ななければならない。それは二つの部落の果実であり、二つの敵同士の胎児であり、許されないものなのだ」
と、父は冷ややかに叫びました。
その不幸な娘はその辛い言葉に耐え切れず、香り高い花で飾られた地面に気を失って倒れました。
その部落の偉大なる神官が彼女を抱きかかえ、神殿の西方にある洞窟まで行き、その娘の半身を、このような恐ろしい言葉と共に、胸から上を出した状態で埋めました。
「娘よ、部落にとって悪となったお前は、我々の父母と我々の息子たちの神によって石に変えられる。来るべき世代が来るまで、厳罰としてお前は石に変えられる。お前が例となり、部落の敵を愛する悪い子供たちは、罰が死であることを知るだろう」
後世になって、前よりもっと威厳のある都市が建設され、現在のウシュマル遺跡の建物の一つの床に、村人がシュナーン・テューニックという名前で知っている、美しい娘が石となって半身を嵌め込まれているのを見ることができると言われています。
毎日夜になると、その石から挫折した愛に対する溜息が洩れ出てくるとのことです。
- 完 -