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都市の翳りに踊るモノたち ~The Black Box ~  作者: 仙洞 庵
第1章 招かれざる客
5/34

2年前 ~Battle in Colombia~

それは2年前のこと。

コロンビアの麻薬組織との熾烈な抗争は、大詰めを迎えていた。

 2年前。コロンビア共和国。

      首都ボゴタより東へ120㎞地点――


 鉄条網のすぐ側で、ディランが最後の見張りをナイフで沈黙させたとき、右耳のイヤホンからリディアの警告が聞こえてきた。


『全員に警告。東の死体ボディが敵に見つかった』

「こちら“コルト”。状況を把握した(・・・・・・・)


 ディランはすかさず、予め決められていた文脈ワードを告げることで、全員に対する“作戦発令オーダー”を発するための準備を整える。


「予定通り、作戦行動の優先順位を“蜂の巣(ネスト)”の制圧に変更する。全員所定の位置に向かえ。“スコープ”は引き続き監視と“蜂”の足止めをしろ。俺たちが配置に着くまで外に出させるな」

『了解』


 リディアはじめ全員の応答を耳にして、ディランは即座に移動を開始した。既に斃した見張りの遺体を隠す必要がなくなっているため、その場に放置したまま走り出す。

 潜入の初期段階でアクシデントが発生したのはいただけない(・・・・・・)が、ディランをはじめ『廃掃班ザ・クリーナー』の面々に焦りはない。

 昨夜の作戦会議ブリーフィングで想定していた状況であり、敵の護衛が一カ所に固まっていること、その休憩所の位置がどこかも把握した上で、既に対処法が確立されていたからだ。

 狙撃支援でリディアが確実に敵を抑え込み、その間に皆が遅滞なく集合できれば、少数での制圧が可能となるため、特に問題となる事案ではなかった。


『こちら“ニット帽”。位置に着いた。これより交戦に入る』

『こちら“マッスル”。同じく交戦に入る』


 ディランより先に二人が定位置に着いたようだ。ちなみに“ニット帽”や“マッスル”とは、チームで決めた各人の“識別符号フォネティック・コード”のことである。

 本来は万一の盗聴等を考慮して個別の特徴を悟らせてはいけないのだが、「クールなコードがいい」という頑ななメンバーの抵抗にあい、意外にもディランが折れて決着した。


「訓練は受けたが、俺たちは軍人じゃない」


 ディランは短く理由を告げたが、抵抗してるメンバー達でさえ「それって理由になる?」と心配になる解釈で許諾されたことから、本件は“廃掃班の七不思議”のひとつとされている。無論、他の6つの不思議どころか、そんなものがあること自体、ディランには知らされていないのだが。ちなみに、明らかに声質が異なるリディアは“スコープ”という自分の識別符号をほとんど使ったことがなかった。

 己の命を賭ける危険な職務で、おかしなトコに自由な気風があるものだが、まるで息抜き(・・・)をさせるかのようにディランだけでなく組織内で苦言を呈する者はいない。そこが軍隊とマフィアの違い――と言っていいのか分からないが。


『“コルト”――』

「どうした?」


 声の調子でリディアが何か言いたいことがあるのを察しながら、ディランは普段通りに応じる。


『“蜂”の対処は私一人でも十分だ。念のため、補助を一人付けてもらえば、任せてもらっても構わない』


 自信を漲らせるリディアの通話に、作戦が順調であることを窺い知れるが、慢心は御法度だ。


「甘く見るな。想定外の兵器や人員人材を隠していたらどうする? こちらが掴んでる情報がすべてとは限らない。あくまで予定通りに動くんだ」

『――了解』


 もう少し粘るかと思ったがリディアは素直に引き下がる。だが、いつものリディアなら決められた作戦に異を唱えるようなことはしない。若干の焦りが見えるのは気のせいであろうか。


『“マッスル”へ――可能なら左の建物へ移って欲しい。こちらの射線が潰されてしまっている』

『わかった』


 密林内であるだけに、リディアは周囲を鉄条網で区切っただけの柵外で潜伏し、そこから狙撃及び戦況把握の支援を行っていた。

 当然、狙い撃てる射界はあまりに狭く、視認で得られる情報も少ないため、支援効果は限定される。

それ故、射線の確保に気を遣うのも当然だろう。

 同様に、戦場の全体像を把握することができないため、どこかを制圧する場合には、チーム全員で死角を補い合う必要がどうしてもあった。

 無論、1ブロックにチームが集中することで、他者の動きが把握できなくなるどころか、標的の逃走を許す可能性まである。だが、今回は対策としてチーム以外の人員も連れてきており、主に施設周辺の警戒要員として配置しているので、最悪のケースは免れるはずだ。

 ちなみに『廃掃班』の一員であるクレイグは、今回、彼ら警戒チームの班長兼遊撃隊員として後方に控えている。

 逆にいえば、そうした大きな動きができるほど、すでに敵対組織の勢力を弱体化させており、事実上、今回の強襲が最後の大詰めになることは間違いなかった。

 相手にとっては、たった1年で。

 ディラン達にとっては、文字通り365日間戦い続けたその果てに――。


 大都市ボゴタの拠点すべてを雷のごとき速さで叩き潰し、残すはこの秘密麻薬栽培所を潰すのみ。

 だからこそ、安心して確実に敵を追い詰めていけばよいのだ。そう注意したそばから、新たなアクシデントが発生する。


『ヤバい――“マッスル”、あんたの左方から敵1。壁をぶち抜いてきた』

『マジかよ?!』


 リディアの警告になぜか“ニット帽”が愉しげな声で反応した。通常の通信回線では不可能な割り込みを可能とした理由は、チームで使ってる通信装置の特殊性にある。


 どこから仕入れたネタなのか、提案者は“ニット帽”だ。マルコが2割以上の有価証券を保有する某通信機器のベンチャー会社が、ネットワークを組んだ端末間で、双方向どころか全解放型で会話可能な超小型通信システムを開発したため、モニタリングと称して実戦配備させたのだ。

 特徴としてはリアルタイムで会話ができ、デジタル通信なのでノイズによる不明瞭さをソフトの力で補正し原音再現力が非常に高いレベルにある。当然、秘匿性が高くハッキング対策も万全だ。

 あまりの完成度と軍事色の濃い内容に、ディランは念のために行っていた当該会社の内情査定リサーチを途中で放棄した。ある日突然、司法機関の特殊部隊に乗り込まれたら目も当てられないからだ。

 唯一の難点はアマゾン大森林で使用可能とすべく持参するハメになった携行型小型基地局パーソナル・ベースの存在だろう。今回は、支援人員がいるため問題とはならなかったが。

 と、ここまで大仰に言ったが、要するに“秘匿通信ができる自前のスマホとサーバ兼基地局”を持参したと言えば分かり易いだろう。

 こうした特殊な小道具に限らず、『廃掃班』には小さくも“光る支援”が随所に散見される。根底にあるのはLA三大組織としての暴力的なまでの資金力であり、創造性に優れた投資の企画力であった。それこそが、他の裏組織が抱える戦力と一線を画す存在に押し上げる要因でもあるのだろう。


 不謹慎にもアクシデントに心躍っている“ニット帽”とは違い、実際に不意打ちを受けそうになってる“マッスル”は堪ったものではないはずだ。

 だが、よほど運命の女神に嫌われたのか、本人が望んでいないにも関わらず、事態は勝手に深刻化していく。


『より左方に敵影2。裏口があるんじゃ……』


 さらなる追加の警告に、さすがの“ニット帽”も青くなったらしい。


『こちら“ニット帽”。援護に――』

『却下! あんたがそこを動いたら、正面の戦線ラインが崩れる」


 リディアが即座に遮って、ディランが「その通りだ」と正式な命令とする。


「こちら“コルト”。俺が行くまで保たせろ」

『こちら“マッスル”。そう簡単にやられやしないさ』


 力強い返事を聞くまでもなく、ろくな訓練も受けていない奴らを相手に、チームのメンバーが斃されるとは思っていない。

 幸い、ディランもそう遠くない位置にいる。

 先に見える小屋を曲がれば、目的の建物が見えるはずだ。

 ディランは小屋の角で一端立ち止まり、拳銃を差し出すようにして半身を角向こうに滑らせる。


 ――いた!


 目標の建物までは約20メートル。屋内射撃場に設けられたレーンの距離と同等であり、銃撃戦になっても、ディランの腕なら狙ったところに当てられる。

 無線が伝えた敵であろう、建物の裏手から半身を乗り出して突撃自動小銃アサルト・ライフルを撃ちまくっている敵が二人、こちらに背を向けているのが目に映るなり、ディランは躊躇なく銃弾を叩き込んだ。

 頼もしい45口径弾の反動リコイルを鍛え抜いた手首で抑え込み、敵の背中や脇腹に的確に命中させる。

 驚くべき事に、たった一発づつの拳銃弾で敵は見事に沈黙した。


「こちら“コルト”。2殺傷ダウン


 すかさず、無線で支援成果を報告する。


 片腕による“長物”が扱えないハンデをディランは卓越した“射撃の技術”、“弾倉交換の妙”そして威力については“特別仕様の弾丸”を用いることで打開策としていた。

 今回の相手は司法機関や軍隊ではないため、防弾ベストの類いは身に着けないと想定――人体内で容易に変形し、身に帯びる全エネルギーを存分にぶちまける軟弾頭ソフト・ポイントを選択。

 さらに拳銃弾であることの“脆弱さ”を克服するため、熱持ちによる不具合発生とのバランスを見極めながら、弾丸を発射させるための仕込み量を若干増量――いわゆる強装弾ホット・ロードにブーストする念の入れ用だ。

 懇意にしている銃器整備士ガン・スミス――国家資格の最高クラス6を保有する変人だ――が嬉々として請け負ってくれた自慢の逸品は、期待に違わぬ成果をもたらしてくれた。



『こちら“マッスル”。助かったぜ――だが、ちょいと脇腹をやられた』

「こちら“コルト”。容態は?」

『“レベル1”だ』


 救急医療の現場では、“トリアージ”と呼ばれる選別行為がある。すごく大まかにいえば、患者ごとに“治療等の優先度”を決める行為だ。

 その救急医療の叡智にあやかって、“廃掃班”においても迅速で的確な作戦運営に寄与できるように、傷病度合いを傷や打撲などの“種別”ごとに“レベル判定”する仕組みをつくっていた。

 例えば、“傷”の種別において、治療行為が不要な軽傷はレベル判定せず、治療行為が必要な中傷から判定するものとしていた。

 今回マーカスが負った“レベル1”は、本来の能力を若干発揮できぬ程度で、すぐに止血治療さえすれば特に問題がない状態を差していた。当然、中傷なのだから、すぐに止血することが前提であり、そうしなければどうなるかは言うまでもない。


『こちら“マッスル”。先に“蜂の巣”を制圧すべきだ。それで敵戦力の8割は沈黙する。悪いが、その後で俺は離脱させてもらう』

「――こちら“コルト”。提案を受諾する」


 ここまでの成果と施設の規模を勘案すれば、目前の施設を沈黙させた場合、残りは敵ボス(ターゲット)が潜んでいると想定される小屋のみであり、分析するまでもなく敵戦力は数名にもなるまい。

 素早く判断したディランが、一歩踏み出しかけて動きを止める。


「こちら“コルト”。敵は裏口じゃなく、窓から抜け出していたようだ」


 まさにその時、開け放たれた窓に足を掛け、身を乗り出している男を目にしてディランは奇襲のからくりに得心する。

 同時に追加ボーナスだ。

 降り立つところを狙おうとしたが、一歩踏み込んでいた分、敵にあっさりと気づかれてしまう。


 互いの目と目が合う。


 既に踏み出した足に体重が乗っており、咄嗟に退くことはできない。瞬時に状況を判断したディランの行動は早かった。

 敵の小銃がこちらに向けられた時には、ディランは前方に素早くダイビングしていた。

 敵の銃口が発火炎マズル・フラッシュを瞬かせ、ディランの頭上を毎秒700mを超す弾丸が無数に疾り抜ける。

 愛銃を前方へ差し出す姿勢のまま、地面にランディングしたディランは凄まじい集中力を発揮して、窓から身を乗り出している敵の胸部を狙って二連射した。

 “飛び込み射撃”というトリッキーな射撃にも関わらず、相手の胸部で見事に二つの紅点が穿たれる。

 明らかな過剰攻撃オーバー・キルの威力を受けて屋内に吹き飛び消える敵影。それを見届けるまでもなく、ディランは肉体の撥条ばねを利かせて跳ね起きるや、建物に向かって猛然とダッシュする。

 一時の撃退に意味は無い。モグラ叩きのようにまた這い出てこられたのでは堪ったものではないからだ。

 ディランの狙いはひとつ。

 無事に建物に張り付くなり、愛銃をホルスターに突っ込み、胸の手榴弾ハンド・グレネードを抜き取るや口で安全ピンのリングを咥え、思い切り引き抜いた。

 安全桿セイフティ・レバーを解き放ち、“敵の投げ返し”封じとして、2秒待って窓から中へ放り込む。

 

 ドンッ――!!


 腹に響く轟音がして、窓ガラスが盛大に外へ吹き飛ばされた。

 使ったのは爆破の威力でなく内蔵した破片を飛散させることで対人殺傷性能を高めた破片手榴弾だ。

周囲に敵が居ればなぎ倒し、範囲制圧に絶大な効果を発揮する。

 万一の反撃を考慮して、埃が舞う間に、ディランはそっと屋内をのぞき込んだ。

 そこは寝室だったらしく、ベッドをはじめ備えてあった生活品が滅茶苦茶になってまき散らされている。

 床に転がっている死体は1つ。どうやら先ほどの一人で打ち止めだったようだ。


「こちら“コルト”。さらに1殺傷。裏側は制圧した」

『こちら“マッスル”。今のはM67《ライス・ボール》か? 傷がレベル3になったらボスの責任だぜ』


 衝撃波や破片が届くはずもないのに、冗談を言えるくらい健在であるのは確かなようだ。

 相変わらず、散発的な銃撃音が届いているが。


『こちら“ニット帽”。敵は亀のように首を縮めてやがる。裏からつついちゃくれねえか? 同時挟撃といこう』

「こちら“コルト”。了解した」


 ディランは数秒だけ様子を窺った後、再びホルスターから愛銃のコルト・ガバメントを抜き出し、意を決して室内に躍り込んだ。

 しなやかな身のこなしで、身長177㎝、体重90㎏の肉体が音もなく着地する。敵の不意打ちを想定していたが、無為に終わった。

 廊下に出る扉は開いている。身を屈めて近づき気配を探るが誰もいないようだ。

 これまでの修羅場を通して、ディランの五感は鋭敏に研ぎ澄まされており、人の“殺気”さえ何となくだが分かるようになっていた。

 さすがにクレイグには及ばなくても、こうして単独行動を十分にこなせるほど戦闘力に貢献しているのは間違いない。

 自信を持ってディランは敵の不在を判じた。

 敵が先ほどの爆発に気づかないとは思えず、様子も探りに来ないということは、敵戦力が底を突いてるとみていいだろう。

 見通し通り、やはり廊下には誰もいなかった。

 外見から判断してもそれほど大きい建物じゃない。このまま進めば、正面につながる部屋に辿り着くはずだ。

 今は衰えたとはいえ、コロンビアでも名の通った組織の工場としては、空調も効いておらず、屋内だというのに廊下の湿度はやけに高い。

 それでもディランは額に汗一滴も浮かべずに、平然と集中力を保っている。だからこそ正面奥に見える、ドアで仕切られていない部屋らしき空間から、人の荒い息づかいがかすかに洩れ聞こえてくるのにいち早く気づけた。


『……ん、なんだ、この音は?』


 無線に入った独特の打突音に最初に気づいたのは“マッスル”だった。


雑音ノイズだろ』

『モールス信号だ』


 気のない“ニット帽”の台詞をすかさずリディアの呆れ声が一蹴する。


『“コルト”からだ。敵の近くにいるせいで、声を出せないに違いない』

『それで、なんて言ってるんだ?』

『あんた……この件が終わったら、覚えるまで外出禁止だ』

『何だよそれ!!』


 さすがに(?)ディランの状況に気遣って、“ニット帽”が静かに喚く(・・・・・)が全員で無視スルーする。


『“コルト”の合図カウントに合わせて一斉射。準備はいいか?』


 リディアの問いに二人が了承すると、無線でやりとりを聞いていたディランは、すかさずモールス信号により“カウント3”で実行する旨を伝えた。そのまま、カウントをスタートさせる。


 3――


 2――


 1――


 浴びせられる銃撃音が建物内部にまで鳴り響いたとき、ディランは素早く部屋と廊下の境まで歩を進めた。無論、足音はけたたましい銃声に塗りつぶされている。

 先ほどのミスを繰り返さぬよう、慎重に身を乗り出し敵の配置を探る。

 情報通りこの栽培所の警護員達が使っている宿舎のようなもので、目にするそこは共同のリンビングになっていた。

 左手に、簡易テーブルを横倒しで重ねて遮蔽物とし、その影に身を潜めているのが二人。右手も同様にソファの裏手に回って、お馴染みの旧ソ連時代に造られた東側の最高傑作AK47突撃自動小銃アサルト・ライフルを抱えたのが一人いる。

 他に敵影がないのを確認してから、ディランはまず二人組に向かって銃口をポイントした。万一を想定し、先制射撃で確実に二人を葬ってから、残りの独りを仕留めに行く狙いだ。

 手首、肘、肩――しっかりと軸を固定して柔らかく引き鉄を絞り込む。

 暴発の恐れよりスムーズな射撃を追求したカスタマイズで引鉄の力(トリガー・プル)は減衰され、代わりに命中率への貢献に繋げる――ディランが交わした“禁断の契約”が、狙い通りに二人の側頭と脇腹に穴を開けさせる。

 残り一人が仲間の惨劇に気づいたときには、ディランのガバメントはその胸部にいつでも死の一撃を放てる準備を終えていた。


「ボスはどこにいる?」


 答えなくても既に当たりはついている。それでもディランは、それが礼儀であるかのように質問する。


「ボスはどこだ?」


 驚愕に引き攣って、満足に口も開けられぬ男に、もう一度短く問いかける。


「こ、この先の……小屋に」


 男の目に媚びを見た瞬間、ディランは引き鉄を絞った。半年前に、“マッスル”――マーカスの友人宅に送られてきた殺人ビデオで、残忍なショーを演じた一人がこの男だった。

 こいつらの手口は皆同じだ。財産や肉体へのダメージに効果があると考えていない。それよりも精神を屈服させることに主眼を置いている。ある意味誰よりも人間を理解しているのだ。

 だからといって、これほど愉しんでやれるのだろうか。

 人間とはこれほどまでに――。

 ディランに同じ真似をする嗜好はないし、仲間にそれをさせるつもりもない。ただ地獄に送ってやればいいだけだ。


「フィゲロを殺った」


 淡々と無線で戦果を告げる。一拍おいて確かめてくる“マッスル”の声はやけに無機質だった。


「……例のひとりか?」

「そうだ。“生かせ”と媚びるから逝かせて(・・・・)やった」

「娼婦顔負けだな」


 それきり無線ネットワークに沈黙が訪れる。珍しく“ニット帽”の茶化しもない。

 ディランは制圧を確認すると、速やかに建物の外へ出た。念のため、“ニット帽”に周囲を警戒させて、すっかり腰を落ち着けている“マッスル”の傍に歩み寄る。

 その巨躯から“戦意”が抜け落ちているのを目にして、ディランは開き掛けた口を閉ざし、黙って大きなこぶのような肩を叩いた。

 大男の大きな部分を占めていた目標が達成されたのだ。一時的に惚けてしまうのは無理もない。特に自分の手で始末を付けたわけでない以上、実感も湧かないだろう。

 ぼんやりと己の手を見つめているのがその証左だ。

 今回の“戦争”では、あまりにいろんな事が起きすぎた。その分、チームとしての絆は固まったが。

 ディラン自身、気づけば彼らといるのが疎ましくなくなっていたことに軽い驚きを覚えた。むしろ、心地よさのようなものさえ感じている。


「いい――離脱は許可したはずだ」


 立ち上がろうとする巨体をディランはやんわりと押し留めた。大男の顔に浮かんだ怪訝は、その声に含まれた僅かな“慈しみ”に気づいたせいか。

 無論、ディランとしては格好を付けたわけではない。敵のボスを含めた数名ならば、己一人でも殲滅できる自負がある。

 最大の強敵は、既にボゴタで始末していたのだから。


「――片付けてくる」


 短く告げて、ディランは背を向けた。


「“コルト”――」


 歩みを止めたのは“マッスル”の声ではない。

 無線越しでない女の声に、ディランは振り返ることなく誰が来たのかを気づく。次の目標建築物は奥まったところにあるため、チーム全体を移動させることは始めから計画していたことだった。決して、彼女が勝手に持ち場を離れたわけではない。


「あとの事は警戒チームに引き継いだ。――“ニット帽”!」


 リディアがディランの後ろ斜めに立ち、自身の報告を済ませてから仲間に出立の声を掛ける。いつの間にか、顔を出していた“ニット帽”が“マッスル”とじゃれ合うのをやめたようだ。


「指示を」


 はっきりとリディアの存在を背に感じながら、ディランは今度こそ、行く先を見据えて指示を発する。


「目標の小屋を発見したら、“ニット帽”は裏手、俺は正面から突入する。“スコープ”はその場で俺の支援だ」

「了解」


 これも決めていた作戦計画をあらためて反復しただけにすぎない。いよいよ最後となれば、二人とはいえ、応じる声も力強いものとなる。その熱に当てられたわけでもあるまいが、ディランも柄になく、言葉を熱く続けた。


「これで最後だ――()を見つけたら会話など不要。躊躇わずに撃て」


 この後、ついに1年を通して続いたコロンビアの麻薬組織カルテルとの戦争が終結することとなった。その影響で、コロンビア内での勢力図が大きく変わることになり、熾烈な勢力争いでカリフォルニア州だけでなく米全土におけるコロンビア系組織の活動が停滞することになる。

 だが、その影響は次代の組織が台頭するまでのわずか半年しか続かなかったのだが。

 海外企業や国内の一部特権階級・富裕層が金を吸い上げ貧困を産み出し続ける限り、犯罪の温床としての強固な基盤に揺るぎはなく、彼らの旺盛な活動が弱まることは決してない――。

お疲れ様です。仙洞 庵です❗

以前話していた実行部隊の戦闘シーンを描いたので、挿入します。本来はマーカスでなくリディアのエピソードと関連付けるべきなのだろうと思いつつ、今回の結果になってます(苦笑)でも描いたから、お蔵入りは切なすぎるんですよー。というわけで。ちょっとでも楽しんでいただければ。

ではまた。


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