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都市の翳りに踊るモノたち ~The Black Box ~  作者: 仙洞 庵
第5章 ラストバトル
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エピローグ ~嵐の予感~

Last Day


AM9:41 LA ビバリーヒルズ高級住宅街

          マルコ・ロッシュ邸――



 外は少し風が強いものの、雲少なく澄んだ青空が街を包み込むさわやかな朝だった。

 窓から差し込む清々しい陽光。

 ジェノバから取り寄せた食器が放つ清涼感。

 淹れられた紅茶から立ちのぼる薫り高い湯気さえも“さわやかな朝”の演出にひと役買っている。

 だが、会合の場となったその広間には、今日一日を迎える活気というよりは、むしろ、開戦を前にした軍営のような緊迫感に満ちていた。

 実際、会合が始まるまでの待ち時間、卓に着く者達が交わす挨拶には探るような視線、警戒感を含む物腰が目立ち、時折笑い声を響かせながら、その実、いずれの会話も弾んでいるようにはみられなかった。

 既に知らされている訃報とそれに伴う重大事案の協議を思えば、他人の機嫌を気遣ってやる余裕などあるはずもないからだ。

 そう。

 これまで何度も開かれてきた会合でも、今回協議される事案は組織創設以来の極大事案であり、これほどの緊張感を漲らせるのは、あのコロンビア系組織との全面戦争の是非を問うた事案以来であるのは間違いない。

 だがひとつ、あのときとは大きく異なる点がある。

 それは両側にファミリーの主立った幹部を並べた上座の頂きが“空席”となっていること。


 ファミリーの首領ドン――マルコ・ロッシュの不在だ。


 その傍らに立つ、スーツの男が現状の異常さをさらに際立たせている。そして場を占める緊張感の半分は、まぎれもなく、たったひとりのその男によって産み出されていると言っても過言ではない。若干名、苦々しい顔を作っている幹部の心情はそのせいでもあったろう。

 ジャケットの片袖が空虚であることが明らかなその男――ディラン・ウェイアードだけは、まるで亡き主人が今もそこにいるかのように、護衛者として広間に存在する人・物すべてに対する警戒心を、隠しもせずにその身から漂わせていた。


『――ファミリーの“解散”は誰も望むまい。ならば早急に誰を“頂き”に据えるか、この会合で決める必要がある』


 皆を招集し、この会合を開いた“姿なき声”があらためて置かれた状況について語り終えると、上座に最も近い初老が口を開いた。


「それで、あなた方『三席』は次の首領に誰を推すのですか?」

『知っての通り、我々(・・)は関知しない』

「だが、気に入った者(・・・・・・)でないと力を貸さない」


 皮肉を含んだ言葉を静寂が呑み込む。それが答えであるとこの場にいる全員が正しくその意図を受け止める。


「ならば、貴方しかいないな――ウェイアード君」


 会合が開かれて初めて全員の視線が一点に集中したのは、“議論の場”より一歩外にいるはずの男に対してであった。


「俺は『護衛者』であって『導く者』ではない」

「だが、『三席』に通じる者は亡くなったマルコを除けば、貴方しかいないのだ」

「そんなに『三席』が必要か?」


 何気なく、だが、とんでもない意味を含めた言葉を返されて、初老のみならず全員が驚きに目を剥き、次の瞬間には顔面から音もなく血の気が引いていった。

 痛いほどの沈黙に男――ディランの言葉だけが流れていく。


「確かに彼ら(・・)は貴重な情報をもたらし、何よりも組織運営の中核となって導いてきたのは事実だ。だが、実際に現場で動き、ときに血を流しているのは他の誰でもない――あんた方だ」

「――――」

「いかなる敵も、組織の前に立ち塞がるならば、この俺が必ず叩き潰してやる。だから、あんた方は安心して、組織の運営に全力を尽くしてくれ。それでいいだろう」


 淡々と言いたいことを好きに述べ終えて、ディランは再び沈黙に戻る。

 後に残されたのは絶句する幹部達。

 いまだ冷めぬ紅茶の湯気さえ凍り付いたような緊張感の中、確かにその場に“音のない笑い声”を全員が耳にしたような気がした。


『――やはり『憤怒イーラ』も及ばぬか』

「……その呼び方はやめていただきたい」


 辛うじて、それだけを口にする初老に“声”は悪びれた様子もない。


『彼の決意は翻せまい。だが、我々も悪戯に混乱を招きたいわけではない』

「では――」

『組織運営に我々が直接手を下すことはない。ただ、“助言”でよければ手を貸そう』


 陣頭指揮から一歩身を退いた助言者として。

 その提案に“無念”と“安堵”が入り交じった表情で初老が首肯し、促すように他の面々に視線を向ける。無論、異を唱える者はなく、数名がはっきりと顎を引き同意を強調する。

 巨大組織のトップに魅力はあれど、事務的な部分については面倒なだけで誰かに押しつけたいのが全員の本音だ。むしろ、出された提案を呑めば、密約を気にせず、誰がトップに(・・・・・・)なってもよい(・・・・・・)ということになる。事の重大さに気づいて同意した者が何名いたことか。


『決まりだな。では今後、助言を必要とする事案は会合用の資料などにまとめ、指定の手法で送ってくれ。緊急の場合は“彼”を通して連絡してもらうことになる』


 それでよいかと初老に問われ、ディランが無言を承諾の意として示す。


「それで――結局、誰がボスになるんだ?」


 そこで初めて声を上げたのは、下から数えた方が早い末席の方に位置する男だった。どういう神経なのか、片側だけ眉を剃った痕をしきりに指で擦りながら、値踏みするような感じで一同を眺め回す。


「あんまり遠慮し合っているようなら、オレが手を挙げてもいいのかね」

「口を慎みたまえ、エルドリッチ君」


 すかさず初老の見えない圧力が向けられて、男は肩の代わりに残った眉を竦めてみせた。皮肉った口元に懲りた様子はない。


「だが確かにリッチの言うことにも一理ある」


 別の幹部が思わぬ支援をすると初老も同意見ではあったらしい。


「ウェイアード君が立ってくれないと、彼ら(・・)が胎動を始めるな」

「『侍らす男(ハーレム)』に『双銃ツインズ』か――」


 誰ともなく呟かれた呼び名に、誰もが記憶を呼び起こし、思うところがあったらしい。


「『古き世代』が動き出せば、この街はまた死体で溢れかえることになるぞ。あいつらの影響力は、あまりに大きすぎる」

「確かに――この場にも『信奉者フォロワー』がいるしな」

「おい。誰を言ってるんだ?」


 ふいに険悪な空気が醸し出されるが、場のざわめきがそれで遮られることもない。上辺の活気に湧く姿とは裏腹に、LAには抑え込んでおきたい爆薬のような事案が山積しているのが浮き彫りになる。

 口々に溜め込んだ懸念を言葉にする幹部達の思いは、やがて一つの結論に集約されていく。


「忘れてないか? デストリンの奴も、この機に乗じて縄張りを広げようとしてるはずだ」

「撃退した南米系組織も再び活気づくな」

「結局、混乱は避けられない――か」


 苦り切った幹部の言葉が全員の胸中を雄弁に語る。三大勢力の一画が揺らげば、与える影響が大きいのは当然のこと。あらためてその事実を認識させられることになったのだが、ある意味その要因となっている火付け役(?)のディランに恨みがましい目を向ける者もいる。

 代われるものなら、代わりたいと思う“野心”は当然のように全員の腹にある。


「気持ちは変わらんのだね?」

「逆にあんたはどうなんだ?」


 問い返された初老が薄く笑みを浮かべる。苦笑ともあるいは別の意味ともとれる態度に、ディランがどう判じたかは分からない。

 あくまで暫定的なボスを次の会合で決める――結局、凡庸な結論に達したのは致し方ないことであった。


          ****


「新しい首領ボスに?」

「俺の仕事は“護衛”だ」


 玄関前に駐められたアウディQ5に、寄りかかるようにしてリディアが待っていた。まるでアウディの“ワールド・プレミア”みたいな情景だが、彼女の場合は“添え花”でなく“護衛”として位置づけられよう。

 ちなみに運転席にはクレイグの姿が。視線が据え付けのディスプレイに注がれているところをみるに、また料理番組でも視ているのかもしれない。


「なら自由ってわけだ。――最近、見つけたいい店があるんだけど」

「俺が甘党に見えるか?」

「サミィが見つけた店でね。今度一緒に行く約束だった」

「……葬式の手配が先だ(・・)


 拒否せず助手席に乗り込むディランにリディアが微笑む。

 いつの間にか薄い白雲が空を覆い、LAのキツすぎる陽光をほどよく遮っていた。

 雨がくるとは思えぬが、助手席から空を見つめるディランに何を感じたかクレイグが声を掛ける。


「何か問題が?」

「ああ」


 いつもと変わらぬ口調で応じつつ、ディランが懐から愛銃を抜き出す。『M1911A1』――マルコが贈ってくれたディラン専用にカスタマイズされた無骨な銃。

 渡された頃、握るのに苦労した銃把グリップは今ではすっぽりと手に収まっている。

 これまではマルコを護るために使ってきた。それが鎮魂のため、己の想いのために使い、そして今後は何のために使うことになるのか――。

 親指で無機質な銃把を軽くこする。


「嵐が来る――少し先の話だが」


 それはこれまでもそうであった。

 これからもそうであって、何の不思議もない。

 マルコがいてもいなくても。

 どのみち、安易に向こう側(・・・・)へ行くことをマルコは決して許すまい。


「それで、どこに向かう?」

「まずは教会だ。次に“サミィとの約束”を」

「?」


 付け足された言葉にクレイグが疑問符を掲げるが、説明はリディアがしてくれるだろう。


「それと……この件が済んだら、やりたいことがある」

「人捜し――みはや(・・・)ね」


 承知とばかりのリディアにディランは力強く頷いた。

 あの後(・・・)、独断で居残っていたリディア達と合流してすぐ、ディラン達は『三席』が手回した迎えで帰途することになり、『箱』や『巫女』がどうなったのか知りようがなかったのだ。桐生との決着をつけた以上、組織の混乱を収めるのが喫緊の課題と『三席』に諭されたためだが、正直悔やんでもいる。さらに不安を煽るのは、いまだにデストリンと連絡が取れてないことだ。

 あれから(・・・・)三日が過ぎていた。

 “ヒルズの狂宴”とマスメディアを騒がせた事件も“敵対組織による新種麻薬攻撃”が原因とされ、その当事者全員が“製造拠点の倉庫”と“逃亡先の荒野”で警察と銃撃戦の末(・・・・・・・・)射殺された(・・・・・)として早期に決着している。

 デストリン含めた有力組織が動き、犯人全員が死んだ事実に変わりなく、多忙な司法機関がそれ以上の余計な処理を望まなかったこともあって、真実は穏便に秘められることになったのだ。

 残された最大の懸案事項に関しては、LAがこうしていつもの日常を送っている以上、『箱』は無事に封印されたということなのだだろう。

 これを機に、なり(・・)を潜めたいと語っていた『巫女』の心情を慮れば、連絡をとってこないのはむしろ無事の証と言えぬ事もない。それでも――

 ジャケットの内ポケットには、結局、捨てるに捨てられぬ“白布”が今も納められている。

 『巫女』との交流はあまりに短かったが、不思議と、最後に名乗った彼女の声が今も脳裏の片隅にこびりついていた。

 胸奥に晴れぬ靄がある。

 不穏な欠片も見せぬ曇り空に厳しい視線を向けながら、銃を持つディランの左手は、知らず強く握りしめられていた。


          ****


エピローグ1


「お帰りなさいませ、サミュエル様」


 マホガニー製の重厚なデスクに腰を落ち着ける若者に、執事が慇懃に背を折る。迎えられた若者は、小さく苦笑を浮かべながら椅子の心地よさに身を委ねた。


「おっと――つい、クセで」


 ふと気づいて頭のニット帽をはずし、しばらく考えた後、丁重な手つきで引き出しに仕舞った。ご丁寧に鍵を掛け、用意させた銀の鎖を通してネックレスのごとく首にぶら提げる。

 大事そうに鍵に触れる姿を目にしたせいか。


「いかがでした、下界したの暮らしは」


 淹れ立ての紅茶を差し出しながら、執事が尋ねてくると若者の口元が綻んだ。


「大変だった――けど絶体に必要な経験だった」

「手も染めぬ者は『アーヴィング家に非ず』。まして当主になど」

「なりたいわけじゃない」


 そこで初めて若者の語気がきつくなる。すぐにそっとゆるめて「逆らうつもりはないけどね」と自嘲気味に笑う。今まで見せたこともない気品に充ちた仕草に、彼の仲間達が知ったら驚くことだろう。


「そうなる流れだっただけだ」

「“大きな流れ”は抗うものではありません」

「中心に居ず、傍でいざなうだけ――わかっているさ」

「レドリック様は、貴方の成長を心待ちにしておられました」

「どうだかね」

「本当でございます」


 断じる執事に若者は肩をすくめる。


「それで、あの者(・・・)らの処置は?」

「放っとく。こちらに徒為あだなさない限りは」

「仮にも仲間だった(・・・・・)からですか」

「無害だからだよ」


 しれっと述べる若者の瞳を執事がじっと見つめる。まるで心の奥底まで覗くように。それを「無礼」だと若者に睨まれ、執事は背を折り謝意を示した。


「それに、使える(・・・)かもしれない」

「ご冗談を。互いに交わるような“属柄”ではありません」

「だけど、奴ら(・・)を撃退したのは事実だ」


 執事が何かを堪えるように口元を引き結ぶ。


「――まさか、奴ら(・・)まみえることになるとは思いませんでしたな」

「嘘つき。そうなる可能性があったから、俺を放っておいたんだろう?」

「考えすぎでございます」


 今度は若者が執事を探るが、相手の方が何枚も上手だ、すぐに諦める。気持ちを切り替えるように紅茶を一口含む。


「で、本当に来るのかい?」

「私見でよければ――十中八九」

「『黒船ブラック・シップ』か――確か170年以上も前に我が国が日本に送り出した船がそう呼ばれていたとか」


 すでに何度も呼んだ文献資料を若者は脳裏で反芻する。


「やはり切っ掛けは『黒箱ブラック・ボックス』か?」

「そうとしか思えません。根拠はありませんが」

「そっちの行方は?」

「『管理者』と共にパームスプリングスに向かったところまでは調べがついてます。ですが……」

「行方不明か」

「……申し訳ありません」


 神妙に謝罪する執事を問題ないと若者は応じる。むしろ楽しみが待っているとばかりに笑みさえ浮かべて。


「日本は不思議な国だ。創造性がないかと思えば、一度種をまくと、我々にも及ばぬ独自の発展を遂げたりする。それは今も昔も変わらないようだ」

「彼の国の“呪術マジック”を侮るなと?」

「行方をくらますのが意図的だとしても、驚かないということさ」


 とりあえず、LAが無事ならそれでいいと若者は応じる。


「とにかく早急に備えないといけないけど……まずは、早く執務に馴れないとね」

「僭越ながら、助力させていただきます」

「頼りにしてる」


 若者が背後の大きな窓を振り返った。

 目に映る広大な敷地の果てを見通しながら、軽く顔をしかめ、まだ癒えぬ傷に手を伸ばす。

 あれからすでに二週間が経っている。財団の総力を尽くした成果で、一命を取り留めたばかりか異常な速さで快方に向かっている。それでも病院から去り、新しい生活を送り出そうとしているのは、肉体の異常なタフネスばかりでは理由になるまい。

 執事に見せぬある種の表情を浮かべたまま、若者はしばし、何かに思い馳せていた――。


          ****


エピローグ2


 エレベータの階層を示す数値が10階を突破するのを見つめながら、クルアート上院議員は横に並ぶ男に報告を促した。


「それで、太平洋での件はどうなった?」

「失敗しました。放った魚雷は二発――対象は回避行動もとらず、確実に命中したにも関わらず“無傷”との観測結果を得ています」

「なら自慢のステルス機を飛ばせばいいだろう。イージス艦で直接叩いてもいい。必要ならば、第7艦隊に寄り道(・・・)させるのにも協力しよう」


 最後の言葉に、男の肩が震えたが、出てくる言葉は慚愧に塗れていた。


すべてやりました(・・・・・・・・)――艦隊を動かす以外には。お言葉ですが、議員。問題はそこにないと考えます」

「どういうことだ?」


 ソマリアで何度も死線を潜り抜けてきたという歴戦の猛者が、言葉にするのに数秒の沈黙を要する。


「……つい先日、『GH13』戦闘機に対象の撃沈命令を出しましたが、すべての火器が通用しませんでした」

「待て」


 聞き咎めたクルアートが初めて視線を男に向ける。

 軍人らしい短く刈り込まれた髪に白いものが混じりはじめているが、今も戦場に立てば、どの兵士よりも多くの敵を殺戮できる技能を有した男の横顔を。それが無力さを痛感し苦渋に歪んでいる。


「『GH13』と言ったか? そんなコードネームは耳にしたことがない」

「当然です。いまだ研究中の“第6世代”あるいはそのさらに次の7、8世代に属する極秘プロジェクトの試験機ですから」

空陸小委員会われわれにも秘密の実験機か……」

「いつ知るかなど気になさらず。どのみち使用をお認めになるでしょう?」


 苦虫を噛みつぶしたクルアートに男は悪びれもせず話しを続ける。


「パイロットの報告によれば、対象はレーダーに映らず、熱源探知、磁場・音波測定のいずれでも捕捉できなかったとのこと――原始的な目視確認を除いては」

「まるで幽霊だな――まさか、君はそう(・・)言いたいのか?」

「私は軍人です。判断はお任せします」

「だが、具体的な作戦計画は立ててもらわねばならん。あれ(・・)を近づけてはいかんのだ」


 逃がさぬとばかりクルアートが言に含めたところで、エレベータの動きが止まるのを感じ取る。階層表示は24階――ただし直前に「B」という地下を示す記号が付いている。

 現れた直線の廊下に男が先導するように歩き出す。


「私の案は対象――あの“黒き船”を撃沈せず、何処にせよ寄港するのを待つというものです」

「馬鹿な」

「正気です。記録では“奴ら(・・)”と戦い、その命を奪った実例が残されています。ならば、輸送する船は破壊できずとも、直接、乗組員を倒せばいい。あるいは、寄港したところで潜入し、内部から破壊できるかもしれません」

「それによる被害が甚大と想定されるから、船ごと沈める計画を立てたのだ」


 本末転倒と憤るクルアートに、だが、男は冷静に諭す。


「議員、事情はお話したとおりです。残念ながら振り出しに戻さざるを得ません」

「……やれるのか、“奴ら(・・)”と?」

「やるしかないのです」


 男がその戦歴を賭けるがごとく断言する。むしろ、それをこそ望んでいたのではとクルアートは思ったろうが、口にはしない。

 行き止まりに辿り着いた二人を重厚な鉄扉が出迎えた。

 自分たちにとっては、その先に救いがあるはずの扉だが、なぜか開けてはならぬ地獄の門にも見える。それは扉の向こう――水も通さぬ原子レベルの隙間から洩れる異様の気(・・・・)を知らず察知した己が本能の訴えであったろうか。


「構想を経て、運用開始から7年経ってます。世界各地に赴いての実戦訓練は3年以上、これまでに7名が殉職しました」

「損失は想定内だ……だが、彼らには然るべき敬意が払われるだろう」

「よろしくお願いします。残った者も憂いなく前に進めるでしょう」


 扉脇のパネルに手を置く男が軽く頭を下げる。続けて網膜スキャンを行い、クルアートにも同様の手順を促す。

 生体認証のシステムは、死角を作らぬカメラによって訪問者を認識し、訪問者全員の承認を得ない限り解錠されない仕組みになっている。

 これほど極秘にせねばならぬ何を地下100m程の施設に隠しているのか。その一端を男はクルアートに語り出す。


「特殊作戦軍《SOCOM》管内のすべての人員から選抜しました。特殊部隊が行う訓練をスタンダードとし、最新の薬物及び心療技術を駆使して主に精神面の強化を図ってます」

「“恐怖”への対抗策か」

「“脅威”への対抗策です」


 男は違いを説明するつもりはないらしい。わざわざ訂正したことには大きな意味があるのだろうが。


「いくら最新装備を調えても、使うのも戦うのも人間です。筋骨、内臓、脳、神経系のすべてを常人より30%程度アップした我が国最高の超人部隊――敵が恐るべき“奴ら”なら、我らには“彼ら”がいます」


 鉄扉が音もなく開かれる。ふいに白い光が廊下に溢れ出し、順応できない瞳孔に一瞬、目が眩む。


「必ずご期待に添えて見せます、議員」


 絶体の自信を覗かせる男の声を耳にしながら、クルアートは願望を多分に含ませた期待を胸に、瞼を開いた。

 それがカリフォルニア州だけでなく合衆国の未来をも左右しかねぬ事案であるがために。

 恐るべき戦いの胎動が間違いなく始まっていた。

お疲れ様です。仙洞 庵です❗

ついに完結ですっ。

まずは、拙作を読んで頂いた方、ありがとうございます。実際、PVの数値が原動力になっているのは確かです。別の作品でお会いできればなお嬉しいです。

とにかく頑張りました。力尽きてこれ以上のモチベーションで書けません。文字通り今の自分の実力です。とにかく完成したのが何より嬉しく、正直ほっとしてます。

最終章が物足りなくもありますが、ご容赦ください。

そして思わせ振りなエピローグですが、次作としては考えてません。ただ、元々2部構成で構想していたので、そこまでは語りたかったという作者の我が儘です。

タイトルも【The Black Ship】――日本の黒船来迎事変、それを逆パターンでやりたい、というのがそもそもの着想でした。

もしかしたら、いずれ書く機会がくるかもしれません。そのときは、ちゃんと練り込んだプロットとキャラで皆さんをもてなせるようにしたいです。

ではまた。

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