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都市の翳りに踊るモノたち ~The Black Box ~  作者: 仙洞 庵
第5章 ラストバトル
30/34

『居留地』へ

AM0:46 LA

     エリンの避難部屋 通称『要塞フォートレス』――


 『巫女』との奇妙な会談の後、ディランは早速、『三席』と連絡を取り『巫女』の要望に応え得る存在の調査と“繋ぎ”を依頼した。

 これで当座すべき事は済ませたはずだ。そうなれば、リディア達の安否が懸案事項となるが、実はディランとしてはさほど問題視していなかった。それはデストリンという男が無闇に人を傷つける人間でないことを理解しているからであり、何より単純に暴力をまき散らすだけの存在をLA(この街)が許すはずもないということだ。

 後でディランが持ち帰った情報と引き換え――そんなところだろう。リディア達には悪いが軟禁状態をしばらく満喫してもらうしかない。

 ようやく腰を落ち着ける時間がとれると、あらためて、思ってる以上に心身が疲労を訴えていることにディランは気づかされた。


「少し独りになりたいんだが、場所はあるか?」

「そうですね……スロート、悪いけど君の部屋をしばらく貸してもらえるか」


 先ほどの武装警護員が無言で首肯すると、ディランは「少しの時間だけだ」と断りを入れる。


「ここは他に比べて部屋数も多く長期滞在も視野に入れてます。トイレ・風呂などの水廻りは充実し、今は1ヶ月暮らせるだけの飲食品を持ち込んで備蓄してます。いかがです?」


 大げさだ、という印象を口走るディランではない。家主の気分を害して、得るものなどないからだ。


「とりあえず、ここを使ってください」

「助かる」


 案内された部屋は簡素であったが、シャワー設備まで完備していた。個人の持ち込みが最低限のものらしく、空間を圧迫していないのもいい。

 ドアに鍵を掛け、室内を軽くチェックする。盗聴器でも何でも、本気で仕掛けられれば簡単に見分けられるはずもないのだが、習性という奴だ。こうしなければ気分が落ち着かない。

 椅子に腰を落ち着けたところで、ディランはようやく気を弛めた。

 調査結果が出るまでにどれだけの時間がとれるか分からない。少しでも心身の回復を図るべく、胃に負担の少ない携行食を採り、刺激の少ない紅茶で気持ちを落ち着かせたところで、軽いリラクゼーションを行った。

 いつものごとく独自の精神調律を行い、半覚醒状態のまま10分弱――最後に熱いシャワーを浴びて、再び傷の手当てをし直した。


「――ふぅ」


 だいぶリフレッシュできたが、疲労軽減はできても怪我で失った血を補えるわけではない。休息して部屋から戻ったものの、いまだ病人のように青白い顔のディランを救ったのは、他ならぬ『巫女』であった。


「“ぎぶ・あんど・ていく”というやつよ」


 得意げな顔が鼻についたが、ディランは黙って身を任せた。言動に若干問題はあれど、纏う空気の神聖さが損なわれるわけではない。この女性なら本当に神懸かり的な行為ができるのでは、と期待してしまうのだ。


「“抵抗”がないな」

「?」

「普通は胡散臭がって“心の壁”をつくるものだ。それが障壁となって“儂の力”を阻害する」

「ずいぶんと……」


 思わず言いかけた感想をディランは途中でとりやめた。その気遣いを「らしくない(・・・・・)」とでもいうように『巫女』が笑みをつくる。


「儂自身の“力”は大したものではない。あくまでお主が本来有する生命力を刺激し、活性化させるだけだからな」


 そうして『巫女』の手が翳された部分がやけに熱くなり、そこから注ぎ込まれる“暖かいもの”がディランの体内を巡りはじめ、大きなうねりとなって全身を温める。


「――――」


 目を閉ざすディランは気づかない。

 己の深い険が刻まれた相貌に安らぎ(・・・)が表れていることなど。それを見つめる『巫女』の眼差しはかぎりなく優しい。

 体内を巡る“何か”の流れが、先ほどより滑らかになっている。同時に膨らんだ熱エネルギーが肩や首の後ろあたりの横のラインから一斉に、天へ向かって噴き出していくような高揚感。


(これは――)


 ディランが行う疲労軽減とは明らかに違う、不足しているエネルギーが産み出されたような――肉体に力が漲る充足感に素直に感嘆する。


「どうだ?」

「悪くない」


 いつの間にか熱を持って疼いていた患部の痛みまで和らいでいた。悪くないどころか快癒に向かって進展があるなど尋常でないが、ディランの声は素っ気ない。


「お主の身体は非常に氣の巡りが良い。このまま続ければ一週間で完治できるだろう」

「そんな時間はないんだろ。……とりあえず、これで十分だ」


 これで快復力を後押しするだけ? ディランが思わず患部を包帯の上から触れてみるが、覚悟していた激痛がないことに再び驚きを覚える。

 本来ならここで感嘆を口にすべきだが、そんなことをすれば、目の前で何かを(・・・)期待する『巫女』を調子づかせることになる。ディランは口から零れそうになる言葉を喉奥へと呑み込んだ。

 

 AM1:16――


 さすがと云うべきなのか、あまりに早く『三席』から調査の結果が伝えられ、ディランは早朝を待たず出立することに決めた。

 いつも不思議なのだが、同じ番号にかけているはずなのに、出る相手は男の時もあれば女の時もあり、どうやら人によって得手とするものが違うようだ。肝心なのは、その都度、ディランが欲することに対応できる者が応対するということだ。無論、偶然が何度も続くはずがない。


「いつも俺を見張ってるのか?」

「意味の無い質問だな。私たちは“承認”されれば、可能なかぎり君の要望に応える――それで十分ではないかね?」

「だが、プライベートは守られるべきだ」


 電話の向こうで笑い声を聴いた気がした。後にも先にも『三席』と思われる人物の感情の機微を感じられたのはその一度きりだ。


「君に隠すべきプライベートがあるとは思えんね」


 やはり見張られてるのか、と確信しつつその時のディランは会話の続行を諦めた。種明かしはしないというメッセージを受けたこともある。

 今回もまた、『三席』が良い仕事をしてくれた以上、速やかに行動しないわけにもいかない。その上、本件の重要人物である『巫女』から「早いほどに良い」と訴えられればなおさらであり、いまひとつ、慌てさせたことがある。


「――待っていたのか」


 『要塞』の門前に黒塗りのリムジンが停車していることをエリンに告げられ、ディランは軽い驚きを覚えた。この短時間で何度も驚くとはディランの人生ではそうないことだ。

 確かに「帰る」とは告げられておらず、デストリンは「後は任せた」と口にしただけだ。当然、「連れてこい」とは解釈していない。

 それでも「丁度いい」とディランは『巫女』のみを連れてデストリンのところへ顔を出した。


「協力関係は築かないと云ってなかったか?」

「こういうのは“状況次第”と相場が決まっている。遠慮せずに乗れ。送ってやろう」


 さらりと返すデストリンにディランは突っ込みを早々に諦めてリムジンに乗り込んだ。この様子だと通信回線を切っていたのではなく、『要塞』での出来事はしっかり聴いていたらしい。困るどころか、むしろ説明の手間が省けてよかったが。


「それで、どこに行く?」

「パームスプリング」

「リゾートに? ――ああ、『居留地リザベイション』か」


 パームスプリングには先住民族ネイティブ・アメリカンの領有する土地があり、産業を有することができず貧困に喘ぐ『居留リザベイション』の中でもカジノで成功を納めた数少ない例外の地であった。

 『巫女』が同じ“呪術師シャーマン”系との接触を熱望していると知っていれば、先住民族ネイティブ・アメリカンと結びつけるのは容易なことだ。


「そこに親族とも離れ、サンヤシント山麓に住んでる老婆の“呪術師シャーマン”がいるらしい」

「確かに」


 ひとり納得したようにデストリンが頷く。


「あのキャニオンでは、世間ズレしすぎて“霊験あらかた”とはいかんだろう。離れたくもなる。――なんだ?」


 己に向けられる『巫女』の眼差しにデストリンが気づく。


「いやなに。“ピアスをした黒人”が言っても説得力に欠けると思うてな」

「――」


 あっけらかんとした『巫女』の言葉にデストリンがディランを睨み付けてくるが、素知らぬげに無視を決め込む。


「おい」

「――」


 “何なんだ、この女?”という詰問はディランも承知しているがあくまで無視だ。関わると深みにはまるだけだ。

 二人の静かな押し問答を知らぬげに『巫女』は別の話題を振ってくる。


「それで、いつ着くのかな? そのスプリングとやらに」

「インター・ステートを使って1時間弱だろう」

「本当か? HPハイウェイ・パトロールは大丈夫か」

「問題ない。署長に話しを通しておけばいいだけだ」


 事も無げに言うデストリンにディランは素直に納得した。“もみ消し”は困難でも“事前の通達”をしてもらうならば、札束で解決できるということだ。どんな理由を付けるかは署長のデキ次第だが、以前、気を利かせ(・・・・・)すぎた(・・・)白バイが先導してくれたときにはさすがのディランも苦笑いした。敵対組織の“武器保管庫”を武力で潰しに行く途中だったからだ。サミィが居たたまれない表情で、任務遂行し去って行く白バイを見送っていたのが印象的だった。そのくらいの工作はマルコ・ファミリーでも日常茶飯事だということだ。


「――チームは残念だった」

「――」


 云ってもどうにもならぬと知りながら、ディランは一言弔辞を述べる。反応はなかったが回答がほしいわけでもない。あくまで自分としてのケジメにすぎないからだ。


あいつら(・・・・)は?」

「後ろの車にいる。3対1なら問題ないな?」

「やるのは俺だけだ」


 ディランの決意に満ちた声にデストリンは苦情クレームを発しなかった。想定通りの反応だったのだろう。


「動けるのか?」

「ああ」


 無骨な返事に「そうか」とだけデストリンは口にする。ディランの容態に不安を抱いているのだろうが、反対するつもりはないらしい。“隻腕”が「やれる」と言う以上、第三者の否定に意味など無い。


「追ってくると思うか?」


 桐生が、というのだろう。ディランは前を向いたまま「間違いなく」と肯定する。


「どういう仕組みか知らんが、奴は必ず追ってくる。案外、“術”の類いかもしれん」

「どんな?」

「そこまでは。ただ、隠れても何しても意味は無いだろう」

「なら準備だけはしておくべきだ」


 デストリンがセルビア人に顎をしゃくり、アタッシュケースを引っ張り出す。中身は次の質問で容易に想像できた。


弾倉カートリッジは?」

「頼む」

「マグナムも?」

「いや、ナイフでいい」


 対面に座るセルビア人から供給を受けつつ、代わりにM29を差し出す。


「悪いが預かっててくれ」

「俺が倉庫に見えるか?」


 さすがに気分を害したセルビア人が仏頂面を向けてくるがボスに窘められて渋々受け取る。


「――悪いが仮眠をとらせてもらう」


 まがりなりにも敵対組織のボスの前で? デストリンが驚きを見せたのは初めてかもしれない。


「ほう。お前との距離が縮まった――と思えばいいのかな」

「おかしな表現はよせ。組織は健在だ」

「そうだな。だが、お前にとって(・・・・・・)意味のあることか?」


 マルコがいないのに――そんな含みを感じさせるデストリンの言葉をディランはまぶたを閉じて黙殺する。

 デストリンが自分をヘッドハンティングしたがっているのは承知している。出会ったときには、マルコの前で露骨に勧誘してきたからだ。怒るかと思ったマルコが誇らしげにしていたのが意外であったが。

 とにかくこの正念場で、心に乱れを生むわけにはいかない。何があっても桐生を倒すのがディランにとっての最優先事項だからだ。

 LAを救うよりも。


 マルコの死の元凶である桐生を倒さねば。


 それが雑念となっているのだろう。珍しく精神を調律できぬディランが難儀していると、爆弾娘が何かを言い出した。


「――あやつ(・・・)が追ってこれるのは当然だろう」


 デストリンも何を言おうとしてるのか理解できなかったらしい。誰も言葉を発しないのを焦れたように『巫女』が再度口を開く。


「恐らく、あやつは“お主の影”を持っている(・・・・・)。影は己があるべき場所(・・・・・・)へ戻ろうとするもの。それを利用した術で――」

「待ってくれ」


 デストリンが語気を強めに制止し、ディランは深くため息をついた。「……なんだ?」と眉をひそめる『巫女』にデストリンは首を振った。


「ああ……と、いいか。まず、貴女は何を言ってるんだ? いや。桐生が追ってくる理由だな?」

「そうだが?」

「……この男(・・・)の影がなんだと?」


 ディランに視線を向けるデストリンに『巫女』は「だから」と少し声高になる。


「先ほど、この男の身体を診たときに――」

「ほう」

「待てっ」


 思わずディランが瞼を開いて左手を精一杯突き出す。

 『巫女』は「また邪魔をしおって」と怒りすら浮かべ、デストリンは意味深に唇を吊り上げて自分を見るのに構わず、ディランはきっちり主張する。


「いいか、俺はナイフでやられた深手の傷を何とかしたくて、こいつ(・・・)に治癒してもらっただけだ」

「そうとも。儂の“熱い氣”でな」

「それはまた――」

「――――勘弁してくれ」


 『巫女』の口をむしり取ってやらんとばかり、左手をかぎ爪にしたのも一瞬、ディランの肩から力が抜ける。

 すっかり気落ちしたディランにデストリンもやりすぎたと思ったのだろう。


「お前の意外な一面が見られたな。……まあ、少しは面白みがないと、こっちもやりきれないんでな」


 チーム全滅を差しているのか、自嘲気味な笑みを浮かべたのも数秒で真剣な眼差しを『巫女』に向ける。


「それで、何に気づいたんだ?」

「――あ、うむ。こやつ(・・・)は――」

「そっとしておこう」

「わかった。儂が気づいたのは、身体の一部で氣の流れが悪い部分があるということだ。感触からして経験上、“己の影”を切り取られた者が同じ症状を発していたのを知っている」

「……それで?」

「光と影を扱う術は桐生の得意とするところだ。その術には、影の習性というべきものを利用した“伝達術”がある」


 神話には俗にいう善神・悪神がない。行った結果が善き行為か悪しき行為かというだけで、生来の悪い神という位置づけではない。そうした考えの元に産まれたのが、例外なくすべての神々を敬い、その力の一部を顕現させようとする『光陰流呪術』であり、桐生家は『光陰流桐生派』として宗家に位置づけられていたという。

 “伝達術”とは従来、遠く離れたところからでも言伝ができるように開発されたものであった。伝達したい相手の影を切り取り、必要とされるときに術士の意思を込めて解き放てば、距離を無視して一瞬で影主の元に還り、込めた意思を手紙のごとく伝えることが可能であった。多くは、影の一部を持つ物に、影主の気持ちまで伝わることから恋人同士で使われていたという。

 桐生はそれを応用し、影主の居場所を探るいわゆるナビゲーション的な利用方法を発案したというわけだ。


あやつ(・・・)の感性は術士として天才的なものがある。日本の業界(・・)では至宝というべき存在よ」

「知ったことじゃない」


 強い負の感情が車内に膨れ上がるのを感じて、それでも『巫女』は優しく笑む。


「好きにしろと言うたろう」

「いいのか? この男(・・・)は本当にやるぞ」


 デストリンが念押ししても『巫女』が発言を撤回することはない。


「桐生を殺れば、日本の闇業界と戦争になるのではないか?」

「どうであろうな。むしろ桐生の後釜(・・)を狙う輩は感謝するであろう。どのみち、やつを放置すればLA(ここ)は魑魅魍魎が跋扈する異境と化すぞ」

「…………」

「儂らは桐生の手から離れるべきだ。それには故国より遠く離れたこの地で、人知れず、箱を封印するのが最もよいと今は思っている。これも運命とやらに導かれたのかもしれん」


 しみじみと語る『巫女』にデストリンが後を繋ぐ。

「人知れずとなれば、桐生を葬っておくのが確実だな。ディランの術を解かないのもわざ(・・)とか?」

「いや。そもそも解呪などできんよ。取られた影を取り戻すのが唯一の方法だ」

「結局、戦いは避けられんか。いや――」


 デストリンが隣の男を見やる。「避けるつもりなどなかったな」と。

 二人の会話などもはや耳に入っていまい。

 異様な気迫を漲らせるディランが、そこに静かに座していた。

お疲れ様です。仙洞 庵です❗

ついにラストの章が始まりました。『巫女』という奇妙な共連れができましたが、二人の使命が果たされるよう祈るばかりです。実は全く感じられないかもしれませんが、自分はストーリー重視型です。(そのせいかキャラ弱めです)その自分が今やあまりプロットを決めずに書き始めるという不慣れなことをしてます。何が言いたいって、作者である自分もラストを知らないという……ええ。そうですね。それが? という話です。ちゃんと面白くしとけということですね。終わりが見えて少し興奮状態になってるだけです。すみません。次回も頑張ります。

ではまた。

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