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都市の翳りに踊るモノたち ~The Black Box ~  作者: 仙洞 庵
第4章 要塞の悪夢
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過去の侵攻

 いくつもの短機関銃の銃口に促されて、黒塗りのリムジンに乗せられてから、さほど時間は経っていない。

 プロレスラー4人が相対で座れそうなほど広い車内には、最後列にデストリンとディランが二人で並び、ディランの対面に監視役としてであろう――強面のセルビア人が一人、相席している。

 愛銃はさすがに預かると言われたが、ディランの四肢に枷を付けるようなことまではせず、物騒な手段で連れてきた割に、隣の男からは危機感といったものがあまり感じられなかった。

 裏社会で誰もが畏れるディランを相手に。


 それは、腐れ縁が故の信頼か。

 己に対する絶対の自信か。


 どちらにせよ、彼がLA三大組織のひとつを率いるに相応しい胆力を有しているのは間違いない。


「聞かないのか?」

「……聞きたいのはあんただろう」


 ディランの返事が憮然としているのは、戦闘の疲れがあるのは勿論のこと、それよりも――髪を金色に染め上げた黒人の口元に、微かな笑みが浮かんでいるのに気づいているためだ。

 嘲笑――いや、この状況を純粋に愉しんでいるように見える。


「すでにあれから(・・・・)3時間経っている」

「?」

「3時間もあれば、世界の犯罪件数はどれだけ積み上がると思う? 株価の変動は? ヘロインの精製量は? 俺の場合は――」


 手に持つショットグラスを一気に傾け、琥珀の液体を喉奥に流し込む。


「――“質問する側”から“答える側”に回っている」


 デストリンの自負が込められた声にも、ディランの荒涼とした風貌に変化を起こさせることはない。いくらLA有数の組織といっても、今回の異質な事件に関してだけは、末端の事情を知るまでが関の山と思わざるを得ないからだ。

 夜遅くに出向いてもらった労いもこめて、ディランは念押しで確認を入れる。


「聞かなくていいんだな?」

「それは“俺の台詞”だ」


 断固とした否定は意固地になっているからではない。それほど組織の情報力に自信を持っているのだろう。だが、ディランには根拠たり得ない。


「なら、話しは終わりだな」

「そうは思えんが」


 身動ぎするディランを黒人の何気ない言葉が制止する。ディランが知る限り、彼が根拠のない話しを口にしたことはないからだ。


「聞くべきことなど、色々あるだろう。“パーティや隠れ家の後始末はどうなった?”、“どうしてここ(・・)が分かった?”、“奴らが何者か知ってるか?”あるいは……“仲間はどうした?”というのはどうだ?」


 最後の問いをデストリンが口にしたとき、ディランは顔を正面に向けたまま、鋭い視線だけを横目に投げつけた。それらをまとめて要約すれば、“デストリンからの質問”だと気づいたからだ。

 問いの1、2番目は“牽制ジャブ”に過ぎず、3番目こそが質問の“大本命”。その回答を引き出すために、デストリンは4番目の質問――いや明らかな“脅迫”を突きつけてきたのだ。

 悠然とショットグラスに二杯目を注ぐ仕草が、回答を整理する時間を与えているのだと告げている。

 欲しい答えでなければどうなるか――裏社会に生きる者として、彼が何を言いたいかはディランにも十分伝わっていた。


「……俺が質問するんじゃなかったのか?」

「勘違いするな。内容があまりに馬鹿げている(・・・・・・)から、念のために、当事者であるお前からの情報を得て、俺が知る回答(・・・・・・)を確固たるものにしたいだけだ」

「……どこまで知っている?」


 デストリンの思わぬ言動に、ディランが低く低く問い返す。その真剣な声音を耳にして、デストリンの口元に今やはっきりとした笑みが溢れ出た。


「マルコに贈られたモノは、人相学や骨相学を駆使した結果、人類学的観点で言うところのモンゴロイド系――恐らくは日本人。街の日系人に該当者がいないことからLA在住でなく、『長期滞在ビザの取得リスト』や『全米犯罪情報センター』、ここ一週間内での入国管理データにも該当者なし。まったく同じ話がパーティで暴れ回った連中にも言える」

「根拠は?」

「招待客のスマホに、連中が映った動画データが残されていた。それを同じ分析にかけた結果だ」


 FBI局員が聞けば卒倒しかねないあぶない情報(・・・・・・)をさらりと聞き流し、ディランは異論を挟まぬことで続きを促す。


「共通するのは日本人。あるいは日系かもしれないが。肝心の国籍が不明だが俺の“勘”は日本国籍だと言っている――いや正直に言おう。昔、この国に日本人が攻めてきたのを知ってるか?」


 唐突に、それも思わぬ質問にディランの答えが一拍遅れる。


「……真珠湾攻撃パールハーバーか?」


 だが、「そうじゃない」とデストリンははっきりと首を振る。


「日本にも『ヤクザ』という俺たちと同じような組織があるのは知ってるな。当然、市民や行政から煙たがられているし、司法とのイタチごっこも長く続いている」


 デストリンは淡々と言葉を続ける。


「だがこうした状況を打破すべく、彼の国では1991年に『暴対法』というものを施行し、処罰可能な組織を“指定”することで『ヤクザ』の弱体化を図った。俺も詳しくは知らないが、結果的に行き場を失った連中は、ある組織は形を変えて地下に潜り、またある組織は――海を渡った(・・・・・)


 唾を飲み込む音は、ディランの眼前にいるセルビア人から聞こえてきた。乗車してから今まで、見事な監視機械として身動ぎひとつせず、こちらを凝視し続けていた男の身体が、今や緊張に強張っている。ボスの内奥から洩れてくる“何か”に反応して。


「LAが全米有数の安全都市でありながら、一方でギャングの二大組織や俺たちが幅を利かせてるのはどうしてだと思う? もっと言えば、俺たちの力の源である“結束力”がどうしてこれほど強いのだと?」


 それは質問なのか自問なのか。

 ディランが知る以外の理由があるなど、答えられるはずもなく、また思いもよらなかったのは事実だ。デストリンの言葉には“歴史”という重みが確かに加わっているのが感じられた。


「『ヤクザ』のすべてが脅威ではない。所詮は銃規制の温室で育った“黄色い猿”だ。これまで何度も返り討ちにしてやったし、手を組んだ者もいる。だが、それが油断を生んだのかもしれん。あるいは奴らが巧みだったのか。容易に撃退できるはずの上陸者の中に、違うモノ(・・・・)が混じっていた――」


 そこで始めて、黒人の顔が自分に向けられているのを知って、ディランも視線を合わせる。

 常に下克上による新陳代謝が活発な業界で、例え組織の幹部に成り上がった者でも、己の粗野な部分をきれいに拭い去れる者は一人もいない。

 そうした意味では“粗野”でなく“野性味”を残しつつ、“上質”を際立たせるための薬味スパイスとして纏える人物など、目の前の男くらいしかいないだろう。それもスラム出身の黒人の中では。

 数千ドルのスーツを違和感なく着こなし、髪を金色に染めながら片耳のピアスさえ気品を産み出すアクセントにしているデストリンは、“自負”と“野心”の塊であり、いかなる障壁も傲然とぶち破ってきたはずだ。

 その双眸に明らかな“恐怖”の光を見出して、ディランは思わず戸惑う。

 “戦鬼”とも呼ばれる自分に、臆することなく声を掛けてくるこの男が、畏れるモノとは一体何なのか。


「……奴らが実際何なのかは俺にも分からん。知っているのも少しの情報だけだ。奴らは古風な武器を使う。奴らに豆鉄砲は効かない。その身から鉄の武器や防具を産み出すが、その反動で、血を欲するようだ」


 デストリンがその特徴をひとつづつ積み上げていくうちに、自身の心臓の鼓動が明らかに早くなってくるのをディランは感じた。

 いずれもが自分がよく知る連中の特徴(・・・・・)に合致しているが故に。デストリンもまた、動画を目にして同じ昂ぶりを味わったのか?

 いや、問題はそこじゃない。今し方、聞き捨てならぬ台詞を言っていなかったか?

 思考が定まらぬまま、それでもディランは最後の言葉を反芻するように問いかける。


「血を……?」

「当時、学者にチームを組ませて分析させた。奴らの血中ヘモグロビン値が以上に高く、まるで過剰な造血ドーピングでも行っているようだと」


 理解不能だというディランの表情にデストリンは「俺もだ」と同意する。


「分析チームの予測はこうだ――血中の異常な鉄分を自在に操り、肌の表面に顕在化させて武器あるいは防具にしている――と」

「馬鹿げてる」

「そうとも。そもそも血液濃度が高ければ、それだけで人体に悪影響を与える。めまい、頭痛、鼻血の症状だけでなく血栓症を引き起こすことだってある。……だが一方で、分析チームの予測を素直に受け止めれば、起こった(・・・・)すべての異変にも(・・・・・・・・)納得できる」


 ディランの眉根が大きくひそめられる。またひとつ、聞き捨てならぬ話しが出されたからだが、対面のセルビア人も看過できなかったらしい。いつの間にか視線を監視対象から反らして、己のボスへと向けている。


「“吸血鬼事件”――陳腐な呼び名で当時新聞紙上を賑わせていたよ。サイコ野郎のせいになっていたが真相はそうじゃない」

「奴らがやったと?」

真の目撃証言(・・・・・・)は警察にとっては不要なものだったようだが、俺たちにとっては別だ。情報を得た時は震えたよ――これで反撃の糸口が掴めると」


 声に熱が籠もるのは昔日の苦渋を思い出したからなのかもしれない。


「吸血事件の発生前に、奴らが激しい戦闘を行っている統計データは十分にとれ、おかげで因果関係を明らかにできた。間違いなく、戦闘で大量の武器防具を産生したために、血中の鉄分が欠乏したんだ。奴らはそれを他者の血で補充していた」


 まるで事実を語っているようなデストリンが産み出す雰囲気に、二人はすっかり呑まれていた。いや、ディランについてはやむを得まい。むしろ納得できるほどの実体験があるために。

 静まり返った車内で、デストリンは昂ぶる気持ちを落ち着かせるかのように、再び琥珀の液体を口に含み、熱い息をゆっくりと吐き出した。


「話しがだいぶ遠回りになった――パーティの件や隠れ家の件を知って、俺が日本国籍だと想定したのは、“あの闘争”と重ねずにはいられないからだ」

「つまり、あんたは思ったんだな――再び奴らが動き出したと」

「できれば間違いであってほしいがな。……なあ、ディラン」


 そうして彼は今日初めて、敵対するはずの男の名を呼ぶ。


「事はお前達だけの問題じゃない」

「手を組めと? ギャング共が昔のようにできると思うのか」


 「いや」とデストリンは力強く首を振る。


「昔も今も、手を組むことはない。とりあえず、敵対しなければいいだけだ」

「それだけか?」

「足を引っ張り合わないのが重要だ。それに言うだろう――“敵の敵は味方”――だと」


 本気でそう思ってるらしい。だが、下手に仲良しこよしで動くより、やり易いのは確かだ。手を取り合うには、これまで互いに色んなことがあり過ぎた。だから、せめてものと思ったのか。


「ひとつだけ忠告しておいてやる。お前と言えど、『キリュウ』と戦り合う時は――覚悟しておけ」

「――」


 デストリンの目が細められる。彼もまた、相対する男の目に何かを見出したらしい。


「……そうか。やはり(・・・)奴らなんだな」「奴らは俺が殺る」


 その言葉に何を感じ取ったのか、セルビア人が反射的に懐に手を伸ばすのをデストリンが片手で制す。

「乱りに殺気を洩らすな」

「本気かどうかくらい、分かるような奴を選べばいい」


 ディランの無遠慮な物言いに、セルビア人が眉をひそめるが今度は自制できたようだ。


「ところでさっきの件だが」


 デストリンが話を元に戻す。


「手を組まぬと言った以上、連中を狩るのは早い者勝ちということになる。ちなみに先手は俺が取らせてもらう」

「……」

「分からんか。現在、PM11:46……もう少しか」


 太い手首にブレスレットのように巻かれた腕時計で時刻を確認する。


「今、どこに向かってると思う?」

「……ロス市街に戻ってるな」

「そうだ。ある意味、事の元凶(・・・・)がそこにいる……お前は知らないようだが、俺たちの間では『要塞フォートレス』と呼ばれてる。言わば“避難部屋パニック・ルーム”の一種――エリオット・コンスターチが建てたLA屈指の広さを誇る隠れ家だ」


 エリオット・コンスターチ――通称エリンと呼ばれる男の本名をさすがに調べ上げているらしい。


「なぜ、エリンに?」

「とぼけるな。『キリュウ』が密航させた最後の生き残りが、奴に捕らえられているはずだ。切り札(ジョーカー)として使わない手はないからな。だが、今夜は自宅を含めてLAの表舞台に奴の姿はない――ならば、自慢の『要塞フォートレス』に立て籠もっているのは自明の理だ」

「それで、なぜ俺も連れて行く?」

「戦術の基本だろう」


 その言葉でディランは納得できた。


「“餌”と“切り札”――これだけ揃えば、勝利は確実だ」

お疲れ様です。仙洞 庵です❗

次章突入です。敵の話も書きつつ、物語は佳境に入ってきます。今更ながらに、主人公に魅力がないなと自分で思いつつ、これも大幅改稿の対象リストに挙げておきます。本章も戦闘メインとなる予定です。飽きずに読めるようにしたいですね。

ではまた。

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