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都市の翳りに踊るモノたち ~The Black Box ~  作者: 仙洞 庵
第3章 “ロサンゼルス港”
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『廃掃班』VS『妖人衆』4

ふざけるなっ‼

マーカスの怒りに満ちた咆哮が、再びチームの優勢に水を差し、戦場に混沌をもたらす。二転三転する戦局の行方は……?

廃掃班<後陣>

    ディラン・クレイグ組――


 心臓の鼓動が気になるのはいつ以来だろう。

 マーカスの怒声を耳にしてまだ10秒と経っていないのに、それが致命的な時間損失タイム・ロスであるかのごとく、ディランの胸中を“嫌な予感”が支配する。

 単体でも敵の戦闘力は圧倒的だというのに、戦闘開始直後にディランが目にしたのは、マーカス達に向かう影二つ――まともに対抗できる戦力ではなく、むしろこれまで無事でいられたことが奇跡に近い。

 だからこそ、近くで放たれた声の位置で、マーカス達が不利な戦況に屈せず、必死に戦術的行動をとっていると知ってディランは安堵し、同時に焦燥に駆られた。

 今も崖っぷちでギリギリ踏み止まっているに違いなく、自分たちが早急に呼応せねば、彼らの行為を無にしてしまうと。

 しかも、あの怒声に込められた隠しようもない“悲痛”――嫌が応にも“最悪の状況”を想起せずにはいられなかった。


 持ちこたえろ――


 知らず愛銃を持つ手に力を込めながら、ディランは胸中で二人を叱咤した。

 ふと、無意識に気配や音を察知したのか。

 “勘”がその先(・・・)が目指す場所だと教えてくれる。

 愛銃の弾倉は交換し、薬室には初弾を装填済だ。

 すぐ後ろには『HK416』を携えたクレイグが。

 ディランが銃口を振って合図を送ると、作戦の意図を察した背後の気配が積荷の山を登り出すのが分かった。

 上下からの攻撃で奴らへの先制を確実に成功させるのが狙いだ。それで少しでも怯めば攻撃をたたみかけ、さらに命中率を上げれば、有効打撃さえも見込めよう。とにかく当たらないことには勝負にならない。

 少し開けた場所に出たところでディランの足が止まった。


「――マーカス」


 両膝をつき、頭上を仰ぐ巨漢の姿を目にしたとき、さすがのディランも引き鉄(トリガー)を引くだけの機械マシンには成りきれなかった。

 殺意を敵に向ける前に、仲間の無残な姿から目が離せなくなる。僅かだが、その唇が震えたように見えた。


「サミィ……が」


 聞こえていなくても不思議ではない状態で、ディランの声に反応したかのごとく、巨漢の口から湿った音と共に言葉が洩れる。そんな状態にあっても、仲間を喪った詫びあるいは悲哀をボスに訴えるというのか。

 巨漢の近くで横倒れているのがサミィだとすれば、その傍で佇む影が、凶行を為した当人であるのは間違いあるまい。ただ、手に提げた一振りの刀は、刀身が黒塗りであるために、血で濡れているのかさえ判別できなかったが。


「順番が逆になったが、“荷”を渡すまでは続けるぞ」


 淡々と述べる表情は相変わらず何の感情も浮かべていない。切れるような眼光に一刀を提げる佇まいがやけにしっくりくるのは、彼が“サムライ”という奴だからなのか?


「いい加減にしろよ――キリュウ(・・・・)


 ディランの押し殺した声と共に、その身からゆらりと濃密な殺意が洩れ出でる。それを感じ取っているはずの刀の男は、教えていない名前を呼ばれた件も含めて、さしたる感慨もないのか平然たるものだ。


「俺を調べても意味はない。例え情報を手に入れ、それを信じても(・・・・)、ただ“絶望”を抱くだけだ」

「大した自信だな。だが、お前達がどれほど強くても、ファミリーの構成員2万人すべてを相手にできるのか?」

「必要ならば」


 ディランの言葉を信じてないわけではない。本当に、ただ、そう思っているのだろう。

 揺るぎない眼光に見えるのは“自負”であり、そして“覚悟”であった。ただし、それは“背水の陣”という切羽詰まったものでなく、あくまで“使命感”に近い何かから発せられた言葉だ。


「それほど、“あの三人”が大事か?」


 そろりと――核心に迫る質問を何気なく放つディランに刀の男の片頬が軽く引き攣った。


「嫌みのつもりか? 死体は(・・・)お前達の好きにすればいい。“女”さえ渡せば、それで“手打ち”だ」

「――――」


 “荷”でなく“女”――僅かな感情の揺らぎが、思わず胸に期すものを、より具体的な言葉を口にさせたのだろう。

 今の短いやりとりで、見えてきたものがある。

 まずは『給仕』の正体が『桐生』だということ。


 桐生が『スザンヌ号』に補助員として密航させた三人の“手引者”であることから、その三人と桐生達とは別人である(・・・・・)こともはっきりした。ならば、怪人達は純粋な“戦闘要員”といったところか?

 そして、彼らが求める“荷”とは、“女”を含めた“三人の密航者”であること。しかも三人のうち、恐らく二人が既に死んでいる――桐生が言った“死体は不要”、“女たち”でなく“女”と呼んでいることから推測すれば――何が起きたか定かでないが、今や生き残りは“女”のみであるらしい。


「……ここに女はいない」

「知っている。ここが始まり(・・・)だからな」


 ディランが訝しんだのも束の間、すぐに奥の部屋で見た惨状を思い出す。“交渉決裂”というには凄まじい結果であったが。


「お前の女……娘か?」

「人質にはならんぞ。むしろ大事にしておけ――この街を滅ぼしたくなければ」


 脅すには滑稽すぎる台詞だが、桐生の顔は至って真剣だ。そしていかに奇異な話しでも、笑い飛ばせぬ心情がディラン達の身に芽吹いている。

 今宵体験したことを思い起こせば。

 あの怪人達が異質な存在(・・・・・)であることは、もはや否定するつもりはない。桐生が手にする黒塗りの刀もそうであり、『スザンヌ号』を襲った“暴動事件”も含めれば、仮に科学的根拠を持って事象の説明ができたとしても、もはや素直に納得できぬ自分がいる。

 あまりに奇っ怪で厄介な存在であり、本来なら互いに関わるべき存在ではない。


 むしろ即刻、こいつらに“女”とやらを返した方が――。


 だが、皮肉なことに自分はマフィアだ。

 金や命が一番だが、同じくらい“面子”を大事にするマフィアなのだ。そして何より――


「俺たちは、お前を殺さないと収まらない」


 LAの危機?

 その脅しが本当だとしても、正直知ったことじゃない。

 奪われたものが大きすぎて、目的を達するまでは退くことも死ぬことも許されない。

 “誰が”でなく“自分が”だ。

 そう。

 ただ、こいつらをぶっ殺すまでは――。


「そう……とも……」


 ディランから溢れた殺気に、既に事切れたかと思われた巨漢が応じ、続けて三つの事象がほぼ同時に起こった。


 まず、桐生が手にした刀を一閃させ、マーカスに留めを刺したのがひとつ。


 時同じくして、ディランが銃口を桐生の胸部にポイントしざま発砲し、それをふいに現れた『彫刻師』が鎖鎧で弾いたのがひとつ。


 最後は、激しい振動や轟音と共に近くの積荷の山が、突如として崩れ始めたことだった。それがマーカス達が仕掛けた“隠蔽罠ブービー・トラップ”によるものと承知しているのは、ディラン達のみだ。


 それでも知り得ないことはある。

 先ほどサミィが、自分たちで築いた“殺戮地帯キリング・ゾーン”に敵を誘おうとしたものの、正確な位置を忘失してしまったこと。

 逆に必死すぎて仕掛けの存在自体を忘失していたマーカスが、この辺がそうだ(・・・・・・・)と思い出したこと。

 そして二人が意識的に、最も罠の効果が発揮できるポイントで戦い、攻撃を受けて敵を釘付けにしようとしたことなど――。

 ディランがこの場に辿り着き、言葉を失った真意は、マーカスが何をしようとしているのかを察したが故のものであった。



 ゴガガガガ……



 ものによっては1tもあるコンテナなどが雪崩式に落ちてくる中で、『彫刻師』の冷静すぎる動きを

ディランだけは視認していた。

 位置的に前に出る――こちら側に向かってくるのが最善の脱出策と気づいた時には、ディランは逃走路に立ちはだかるように、前進しながら銃撃を敢行していた。

 銃口をブレさせぬよう、腰を落とし、上半身を安定させつつ必殺の弾丸を『彫刻師』の弱点である頭部へ集中させる。それを銀縛で防護した両腕で、頭をカバーしながら脱出を優先させる『彫刻師』。


 ダン


 ダン


 ダン


 ダン


 構わず45口径弾を浴びせ続けるが、さすがに必死である『彫刻師』の歩みが止まるはずもない。前を見る必要もなく、隙間なくガッチリと頭部をガードして、暴牛バイソンの突進を思わせる力強さで突き進んでくる。――それがディランの狙いと気づかずに。


「クレイグ!!」


 雪崩の轟音に負けぬ叫びに、5.56ミリライフル弾の銃撃が応じた。残念ながら致命的なヒットに至らずとも、ライフル弾の強烈な打撃を上から浴びて、『彫刻師』がくずおれそうになる。傍らにジャラジャラと落ちるのは、破損し削り取られた鎖の束だ。

 その隙をついて、ディランは素早く空弾倉を破棄し、新しい弾倉に交換する。

 射撃準備を整えたとき、銃弾の雨を強引に振り切った『彫刻師』が、ある意味身軽になった効果も相まって、飛燕の速さで眼前まで迫っていた。


「――ック」


 振るわれた『彫刻師』の右腕から鞭のように鎖が唸り飛んできて、ディランは辛うじて身を捻り躱した。攻撃角度も間合いも、あまりに変幻自在すぎる鎖の動きに、型どおりの防御では防ぎようがない。

 すべては反射神経と勘に頼るのみだ。

 だが、三撃目を躱したのはほぼ“運”であり、ほどなく、襲いかかる銀縛が二本に増えたところで、ディランは即座に“覚悟”を決めた。


 肉を切らせて骨を断つしかない――と。


 狙うは横薙ぎの一閃。唸り飛んでくる鎖が脇腹に吸い込まれる直前、タイミングを合わせて銀縛の進行方向に跳躍し、なるだけ威力を抑え込む。当然、軽減しきれぬ分は歯を食い縛り、痛みに負けぬよう意識を奮い立たせて――


「――っが」


 さすがに、激痛がもたらす瞬間的な肉体の硬直までを防ぐ術はなかった。それでも、一瞬後に肉体の感覚を取り戻した時には、ディランは夢中で『彫刻師』の太腿を狙って引き鉄(トリガー)を何度も引き絞っていた。


「ぐおっ……」


 『彫刻師』の呻きは、防御が間に合わなかったが故の“初めての被弾”を表したものか。

 だが確認する余裕なく、床に倒れてもそのままでいず、ディランは夢中で転げ回って距離をとろうとする。

 理由は5.56ミリの弾雨を見れば明らかだ。誤射を嫌い、待機していたクレイグの支援射撃を有効化アクティベートするためだ。

 再び始まった『HK416』の猛射に呼応して、ディランも横倒しの状態で銃撃を見舞う。

 上下からの猛撃に、さしもの『彫刻師』の動きが完全に止まった。それでも体勢さえ整おうとせず、撃ち尽くすまで引き鉄(トリガー)を連打する。


 すべては“必殺の策”を為すが為に――。


 山崩れの影響で、警戒すべき桐生達の姿は近くにない。

 地形的には、しゃがめば身を隠せるところが周囲にたくさん生み出されることになったが、同時に胸から上の位置的には(・・・・・・・・・・)、むしろ見通しが良くなったこともある。

 “隠蔽罠ブービー・トラップ”の目的には“足止め”以外にもうひとつの戦術的意図が隠されていたのだ。



 ――――キュンッ



 それは一瞬の出来事だった。

 『彫刻師』の頭部が片側で弾けて、唐突に、糸が切れた操り人形のようにゴトリと床に崩れ落ちた。頭部を詳細に観察すれば、弾けた方と反対側に小さな射入孔を発見したに違いない。


 7.62ミリライフル弾が産み出した凶行の傷痕を。


 リディア・フェローズ――チーム自慢の狙撃手が値千金の仕事を成し遂げた成果だった。


「――!!」


 『彫刻師』が沈むと同時に、すかさずディランが起き上がって間を詰める。あれだけの無敵振りを誇った難敵だ、倒れた程度では“気絶”と変わらない。胴から首を切り離すか、炭化するまで燃やさないと確実に“死んだ”と納得できるはずがなかった。

 しっかり留めを刺さんと近づいて、ディランが躊躇なくぴくりとも動かぬ『彫刻師』の頭部に、二度も撃ち込んだ。


「――誰よりも、お前達を警戒していた『後鬼』がられるとは、皮肉なものだな」


 声の主を探せば、雪崩跡の向こう側にふたつの影が重なり合うように立っていた。ひとつは今までどこに潜んでいたのか『網代笠』であった。


「このまま戦いを続けたいところだが、我が主もこのザマ(・・)だ。それに余計な客も来たようだ――おっと」


 何を感じ取ったのか、さっと一歩退いて積荷の影に身を潜ませる。それが、姿無き狙撃手からの殺気を感じとったためだとはディランには分からない。

 分かるのは、その肩に担いだ意識を失ったらしい桐生の姿だ。積荷の雪崩の中心地にいたにも関わらず、容態は不明だが、脱出してのけたらしい。


「今宵はここで退散しよう。それまでは“巫女”をお前達に預けておく」

「待て――」

「すぐに会えるとも。お前達が望まなくともな」


 言うなり『網代笠』が後退りはじめ、逃がすものかとディランが足を踏み出す。それへ、


「お前達のような輩がいるなら、この街も捨てたものではない……ひとつ助言しよう」

「何だと……?」


 『網代笠』の奇妙な提言に、思わずディランの足が止められる。


「“巫女”を決して傷つけるな。これはお前達のためでもある。――いいか、ゆめゆめ忘れるな」


 それきり気配が遠ざかり、眉間に深い皺をつくったまま、ディランが立ち尽くす。


「――どういう意味だ?」


 傍らにクレイグがやってきて呟くも、ディランに応えられるはずもない。気づけば、戦闘の緊張がとれたせいか、鉛のように重い疲労感だけが肉体を支配していた。

 ほどなくして、入口の方に人気が湧く。それも複数の気配が。

 “静かなる殺意”――そう呼ぶに相応しい緊張感を強いる気配に、ディラン達の表情に明らかな苦渋が浮かんだ。


 こんな時に――


 最悪の状態バッド・コンディションで相対したい相手でないのは確かだ。弾薬も仕掛けた罠も底を尽きかけ、何よりも貴重な戦力を失っているのが致命的だ。


「――電話に出ないから、直接迎えにきたぞ」


 場の状況を無視した苦情に、この男ならそうだろうとディランは納得した。


「わざわざ真夜中に出向いてやったんだ。付き合ってくれるな?」

「連絡できなくてすまなかった――デストリン」


 更なる疲労がのしかかるのを感じつつ、ディランは愛銃をホルスターに収め抗戦の意志がないことを示しながら、黒人の大男に謝罪した。

お疲れ様です。仙洞 庵です❗

ようやく戦闘シーンの終幕です。あまりにテンポが悪いので、書き換える予定です(ただ、今はこれが精一杯)。

次回、幕間を挟んで、次章突入です。

予定では残り二章です。読まれてる方、おりましたら、最後までお付き合い願いたく……て、そうなる作品にしないといけないんですけど。

ではまた。

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