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都市の翳りに踊るモノたち ~The Black Box ~  作者: 仙洞 庵
第3章 “ロサンゼルス港”
17/34

“積荷”の正体

“荷”の情報を得るべく、“奴ら”と結んだ契約について調べ始めるディラン達。一方、クレイグらは戦いの舞台を整えるすべく作業に勤しむ。

決戦の時が近づいていた。

「単独で行く以上、油断はするな」


 外へ予備弾薬を取りに行くマーカスを見送ったところで、ディランはチームを二手に分けた。“情報収集”を担当するディランとリディアが二階へ向かい、他は残って罠の設置に専念する。


「リディア、しっかりやれよ」

「――それはこっちの台詞」


 おかしな気遣い(・・・・・・・)を示すサミィに、その意図を察した彼女が一瞬沈黙し、すぐに何気なく切り返してくる。


「なあ、どういう意味だ?」


 二人の微妙な空気に気づいたクレイグが怪訝な顔で聞くのをサミィは苦笑で応じた。どことなく呆れた風に。


「お前――まぁなんだ……あんないいケツが勿体ないと思ってさ」

「ほう……?」


 訳知り顔で語るサミィに、クレイグが憤りだけでなく困惑を声に滲ませるのは無理もない。

 階段を一歩づつ上がるたびに揺れるリディアの腰へ熱い視線を向けるサミィに、なぜか“慈愛”を感じ取ったからだ。すぐに己を叱咤するように素早く首を振る。


「おい。おかしなこと言って、俺を誤魔化そうとしても無駄だ」

「…………バレたか」


 はじめ、何か言いかけたサミィが口を開けたまま数秒、結局は肩をすくめてそれだけを口にする。いちいち意味ありげな振る舞いだが、悪戯に時間を浪費できる状況でもない。


「さあ、馬鹿なこと言ってないで俺たちも動こう。準備の時間はいくらあっても足りないくらいだ」

「はいよ」


 今し方の言動が夢想であったかのごとく、厳しい緊張感を漂わせるサミィが率先して歩き出す。


「まずは出入口のチェックから始めよう」

「なら裏手へ向かう」


 二人は早足で倉庫の奥へと向かっていった。


          ****


「サミィを見張りに立たせたとけば……」

「あいつでいい」


 リディアの独白にディランがあえて応じる。



「“器用さ”ならマーカスだが、“厭らしさ”ならサミィだ」

「確かに」


 仕掛けた罠を確実に作動させるのは大事だが、同様に効果的な罠の立案も大事である。その点においてはサミィの「上手さ」は光っている。ただ、マーカスに言わせれば「姑息さ」であるらしいが。

 かくしてチームの先導者ポイントマンであるクレイグを補助させれば、“情報収集”に残った二人が当たるのは既定路線と言えた。

 ちなみに、磔死体から拝借したスマホに『社長エリン』が登録されていたため、一度は電話を掛けてみたが、やはりというべきか応答はなかった。念のため留守録にディランの名で伝言を入れておいたので、聞けば向こうから掛けてくるはずだ。


「それで、何から調べる? パソコンはパスワードが必要だろうから、ファイリングされてるめぼしい書類を見つけるしかないと思うけど」

「だが、『顧客名簿』や『契約書』などはここにはないだろう」

「積荷の収集と出荷――現場作業がメインだから当然ね。例の社員に聞いてみては?」


 来る途中に連絡をとった本社の職員を思い出し、リディアが提案するのをディランは拒否する。


「そうしたいが、あまり部外者を関わらせたくない。ひとつ処理を間違えば組織が崩壊しかねん状況だからな。秘密裏にやつらを抹殺できるならそれにこしたことはない」

「でも時間はかけられない」


 リディアの言うとおり、ヘンに意固地になって余計な時間をかける暇はない。だが、糸口は先ほど彼女が口にした言葉の中に見つけていた。


「“現場作業”だ……一時的にしろ荷物の保管所として機能してるなら、必ず受け渡しの確認を現場で行っているはずだ。そういう“荷受けリスト”ならここにあるんじゃないか?」

「確かに。しかもこの様子だと、現場でのチェック用としてなら、未だにペーパーを利用してるみたいね」


 壁際に書棚が並ぶ事務室をあらためて眺めながらリディアが頷く。

 物流に限らずどの業界でも電子処理化の波が起きるのは必然であるが、一流企業ならばともかく、通常の資金繰りにも苦慮する零細企業では、電子化の初期投資など夢また夢で、未だに現物書類ハードコピーが前線で活躍しているのが実情だ。

 この会社もいずれはペーパーレスになるのだろうが、発展途上であることはディラン達にとっては幸いだった。


「時間がない。該当書類を見つけたら、まずは声を掛け合おう。関係書類は一冊や二冊じゃないだろうからな」

「小さな会社でも量はありそうよ。“条件付け”をしない?」

「そうだな。【発送先】が“アジア地域”で、【日付】を“直近のもの”に限定すれば、ある程度まで絞り込めるはずだ」


 異論はないとリディアが無言で頷き、二人はすぐに書類捜しを始めた。


「ディン」


 成果は5分と経たずに表れる。


「この一画にそれらしいファイルが揃ってる。船舶会社からの陸揚げに関する書類のようね。ちなみに5日前と8日前に、それぞれ<シンガポール>と<台湾>からの積荷が陸揚げされ、ここで荷受けしてるみたい」

「コンテナ3つにこちらは12……荷受けの貨物は嗜好品の類いか」


 正直、書類上のデータを鵜呑みにするわけにはいかない。

 毎日膨大な量の貨物が搬出搬入される港では、すべてのコンテナを開封し、中身を検査するわけにもいかないため、悪意を持つ者にとっては、別の品に紛れさせて目的物を密輸するくらいわけもないからだ。

 事実、ディラン達は知らないが、北米最大であるロサンゼルス港におけるコンテナの取扱量は、毎年700万~800万個程度あり、中身を開封させて検査などしていては永久に港から貨物が出されることはないだろう。

 9.11事件以降の国土防衛で最大の難問とも言われたのもむべなるかな。

 無論、すべてがスルーされるほど甘くはないが、今回の対象物が危険物・薬物・防疫等のような重点事案でなく、紛れさせる貨物(・・・・・・・)も許可が通り易い品目であれば、悪党共のほぼ狙い通りにいくだろう。

 ディラン達捜す側からすれば、確実に目安となる“何か”がない限り、いくら調書だけをなめ回すように読み込んでも、発見するどころかこれ以上の絞り込みすら望めまい。その事に気づいたディランのトーンが見るからに落ちてしまう。


「正直、どれもパッとしないな」

「捜し物が何かさえ分かってないからね」


 リディアも自嘲げに唇を歪める。


「あとは……2週間前に届いた<香港>の積荷くらい。中身は絵画や壺、美術品の類いだわ」

「<香港>か……あの顔立ちからすれば、それらしい(・・・・)が」


 発送者は“ワン・シーリン”。

 荷受人は“ミィル・ドルヴォイ”。

 発送者はともかく荷受人はディランも知っているLAの画廊だ。今夜もマルコへの贈り物として、この画廊から買い付けた絵画が送られてきていたからよく覚えている。

 自ら美術鑑定士としての資格も有し、十分に表の世界で成功を納めていることから“闇物流”に手を出す必要はないようだ。むしろ敵視していると懇意の判事から聞かされたことがある。それだけにあの東洋人達が絡む背景が見えてこない。

 そして、何よりも手続き上は“処理済”となっている――“発送者からの代金払い”と“受取人への荷渡し”の両方について、実施日が記述されている――ので、現状のような問題トラブルが起きるはずがない。やはり無関係とみていいだろう。

 中々成果が上がらない状況にリディアも多少の苛つきを見せ始める。


「ヘンね……考えが間違ってる? 他に条件が該当しそうな事案は見当たらないようだけど」

「そうかもしれん」


 確かに調べる手段として『荷受けリスト』を調査すること自体が、そもそも間違っているのかもしれない。

 実際、“後ろめたい事案”を取り扱うのに証拠を残すようなことはしないだろうし、秘密の書類として別に保管してあることは十分に考えられる。結局のところ、表面だけの調査に終わってしまうため、この作業自体に意味がないということなのか。


「やはり社長エリンと連絡を取るのが近道か」


 リストが綴られたファイルを始めから終わりまで、繰り返し捲っているうちに、ディランはふとあるものに目を留めた。


「ああ。それは“補助員リスト”よ」


 ファイルを凝視しているディランの様子に気づいたリディアが補足する。


「“積荷”の内容によっては、世話人や管理人といった“付き人”が必要となる場合もあるみたいね。だから常に乗船してるわけでもない。裏面に補助員としての主な活動報告が記載されてるわ」

「“積荷”がない場合は?」

「え?」

「3日前、『スザンヌ号』が荷卸したものは何もない。それなのに“補助員名”のみ記載されている」

「活動報告には何て?」


 無論、担当でもないリディアが納得できる説明を口に出来るはずもない。というか、裏面の活動報告を読めばいいだけだと指摘する。


「補助員は日本人3名。活動内容は“船舶航海における効率的運営のコンサルティングに係る基礎調査業務。乗船による現場調査の期間は1年間”。料金が前払いされていて、支払者は『kazuma kiryuu』――同じ日本人か」


 ディランの瞳に何かが宿る。

 『スザンヌ号』は日本の船会社のものではない。そしてコンサルタントを雇ったのは『スザンヌ号』に関係のない日本人であり、雇われたコンサルタントも日本の会社らしい。

 あくまで“船舶運営に関する商品企画”の構築作業の一環として、たまたま(・・・・)『スザンヌ号』が選ばれただけという解釈も成り立つが、さすがに引っ掛かりを覚える。

 無論、勘違いと言われればそれまでだ。

 積荷がない理由も目的が調査であればおかしくはないし、“3名”という符号は偶然に過ぎず、日本と香港どころか先の台湾の住人だって、似た顔立ちをしており、ディランには区別などつけられない。

 だが――。


「そういえば――」


 リディアが何かを思い出したように、手近の机上から別のファイルを手に取った。


「やっぱり。“休暇申請者”に『スザンヌ号』の乗組員がいたわ。彼らに話しを――なにこれ」

「どうした?」


 ファイルをあらためて確認するリディアの表情が途中から急変する。リストの記述を追う目線が忙しなく動き、次第に険しくなってきた。


「これも、これも……同じ日付で7名も休暇申請が出てる」

「こっちは、『スザンヌ号』の保険契約だな」


 ディランもリディアが取り出した辺りから、別のクリアファイルを手に持ち目を通す。分厚く膨らんだファイルには、『スザンヌ号』に関する『修繕見積』や『航海記録』、何かの調書の類いが一緒に挟まれていた。

 これによると、『スザンヌ号』の船主は貿易会社エリンであるらしい。小さい会社の割に船まで持ってることに何となく感心してしまう。

 綴りに整理されていないのは、処理事案が進行中であることを窺わせる。ファイルには“最優先”と太マジックで殴り書きされたメモシールが貼られていた。


「……よく分からないが、今回の輸送航海で『スザンヌ号』は相当の痛手を受けたようだ。だが妙だな……『修繕見積』は船内設備や備品ばかり(・・・・・・・・・・)だ」


 潮風に晒される過酷な環境だ、船内設備でも経年劣化は陸上に比べて早く進むだろう。だが、窓ガラスや扉、机に椅子などの備品が大量に破損してるのを含めると、話しの雲行きが急に怪しくなってくる。 何が起きればこんな状況が生まれるのか――?

 船を襲う暴威を想像しながら、別の資料を斜め読みするディランの予想は、しかし、あっさり裏切られる。


「こっちの『航海記録』では嵐に遭ったような気候データは見られない。修繕が必要となった理由は外的要因ではなさそうだが、かといって、『船内設備点検記録』にも不備はないと報告されてるようだ」

「それじゃ、ある日突然、物が壊れまくったってことになるんだけど……」


 口にせずとも馬鹿馬鹿しいという思いが、リディアの歪めた唇に表れる。


「別に不思議はないだろう。むしろ自明の理じゃないか? 天候ではなく、船内が荒れる原因など……やはり……ん?」


 ある書類を目にしたディランの視線がぴたりと止まる。


「船員の診断書か……やけに多いな。全員分あるんじゃないのか? “擦過傷”に“裂傷”、“骨折”にこれは……精神錯乱……か? なんだ、この内容は?」


 ファイルの資料を食い入るように読み込むディランをリディアは不安げに見つめている。照合してみたが、先ほどの休暇申請を出した7名も当然のように診断書が出されていた。


「一体、何があった…………?」


 ディランの声が静まり返った事務所に陰々と響く。

 天候や劣化による故障が原因でなければ、問題トラブルが発生する要因が“人”にあるのではと疑うのは当然の帰結だ。ディランも容易にそのことを想定できたが、問題は“船舶強奪シージャック”を受けたわけでなく、船員の暴走――“原因不明の心因性によるもの”だということだ。

 ベテランの船乗りが狂犬病にでも罹ったように、ある日突然、暴動を起こした(・・・・・・・)ということになるがどうも腑に落ちない。


「賃金未払いがあったとか?」

「そうであって欲しいな」


 隣からのぞき込むリディアにディランは苦い声で応じる。

 診断書には船員全員がたくさんの怪我を負い、精神にダメージを受けていることが記載されている。

まるで一生分の災厄が集中豪雨のように各人に降り注いでしまったように。

 原因など考えたくはないが、診断書を見ているだけでも勝手に憶測が膨らんでいく。


「ないな――3人の名前が」


 船員全員分の名があると思われる診断書に例の補助員の名は一人とて見当たらなかった。それはつまり、当時凄惨な状況であったろう船内からの、唯一、“まともな生還者”ということになる。定番の刑事ドラマで言えば、“一番怪しい人物”ということに――。

 この何か常軌を逸した出来事が、理屈でなく感覚的な部分で“奴ら”との関連を臭わせた。

 むしろその方が、刑事ドラマなど観たこともないディランにとって納得できる話しなのは違いない。その証拠に、リストを見る眼差しが言っている――これに違いない(・・・・・・・)と。

 これこそが“奴ら”との因縁を生んだ事案なのだと。

 リディアが問うまでもなくディランが得心したように呟いた。


「まさか、奴らの捜していた“積荷”が人だった(・・・・)とはな(・・・)

「まだ、そうと決まってないわ」


 語気を強めるリディアにディランが横目だけを向ける。


「その“日本人3名”が“奴ら”だということはない? 当然、“積荷”は別に送っているもののはずよ」

「否定は出来ない。だが、直近で条件に合う取引はなさそうだ。調書でみるかぎりは全件きれいに“処理済”とされているからな。それに、3日前に届いた荷を受け取りに、今夜、奴らがここ(・・)を訪れ、交渉が決裂したと考える方が筋がいい(・・・・)


 決裂によって、交渉相手である専務の首を奪い、電光石火で背景組織の存在と親玉の居場所を突き止め、その日の内に、ご丁寧に扮装による潜入工作まで立案・実行してのけた――仕上げはボスの堂々たる暗殺だ。

 先ほどの現場もそうだ。

 通常なら“何らかの組織力”を疑うが、あの凄惨な現場を見れば純粋な“実力行使の結果”だと理解できる。いや、理解させられる(・・・・・・・)

 執行機関の動きとか、そうしたものへの配慮や躊躇い――奴らに禁忌は存在しないらしい。そのとてつもない実行力に、ただただ唖然とさせられるばかりだ。

 いずれにせよ、ディランの考えに説得力があるためリディアも反論に窮する。


「実際、航海中にスザンヌ号の船内で何が起きたかは分からない。結果として、船に損害が出たためにエリンは“荷”の引き渡しを拒み、争うこととなった――そう考えると話しが通る」

「気に入らないわ。まるで怪談オカルトじみてる」


 投げやりに手を振るリディアのそれが本音なのだろう。これまで面倒ごとは、金でなければすべて鉛玉が解決してくれた。それが今夜に限っては、肝心の鉛玉が効かない敵に追い回され、その上、事件の発端を探れば怪談話が持ち上がってくる。

 お伽噺やコミックじゃあるまいに、魔法か超能力でないと解決できないとでも? 彼女でなくても、真っ当に(・・・・)荒事をこなしてきた者なら苛立つのは当然だ。


「馬鹿げていても調べる必要はある。奴らが何者でどんな嗜好がありどんな弱みがあるのか……できる限り多くの情報がほしい。それが“切り札”になるはずだ」

「……ここで決着ケリをつけるんじゃないの?」

「そのつもりだ」


 ディランの力強い返答にリディアが満足できたのかは分からない。だからこそ、彼は「念のためだ」と言い添える。


「それに、今回奴らを斃しても“次”がないとは言い切れない」


 その一言はリディアに軽い衝撃を与えたようだ。口を開き掛けて、そのまま何も言えず閉ざしてしまう。恐らくは否定できないと悟って。


「奴らは根本的に“何か”が違う。“世界”というか。だが、奴らにとってあれが“当たり前の世界”だったら? いや、他にも(・・・)あんな奴らが現れたら?」


 淡々としたディランの言葉に寒気すら感じたか、リディアが身をぶるりと震わす。現在いまだけで手一杯なのに、他にも(・・・)いるだなどと、考えすらしていなかったのだろう。

 単純に与太話と切って捨てるわけにいかない体験をしているが故に、彼女の手が、思わず調査のため机に置いておいたM4へ伸ばされる。

 少なくとも、これで目前にいる自分よりも若いボスが、先を見越して動いていることに安堵し、一定の納得はできたはずだ。


「『三席』の力を借りる」


 リディアに異論がないのをその表情で確認したディランが、断固たる口調で宣言する。


「念のため、この三日間で奴らが日本から訪れた痕跡を探る。手配者でない限り(・・・・・・・・)、空港や港の乗客データで照会すれば分かるだろう。痕跡がなければ、リディアの推測が正しいものとして――“3人の日本人”こそが奴らであり、“積荷”は別にあるものとして対応する」


 リディアが無言で頷く。仮に捕まらない手配者(・・・・・・・・)であれば、データ照合で分かるはずもなく、この件に関しては確認の方法がないことになるので、回答は棚上げするしかない。しかし、ただの勘ではあるが、奴らがそんな諜報活動に長けた者達とは思えず、方向性として考慮する必要はないだろう。


「次に、『kazuma kiryuu』と日本人3名が何者かを探る。日本に調査員を送ってでも『三席』ならば調べ上げるはずだ。最後に――エリンの居所を」

「エリンが“積荷の3名”を囲ってるかもしれないわね。ディンの推測が正しければ」

「恐らく」


 この後の戦闘が、万一、ディランの懸念通りになってしまった場合、“積荷”を抑えておけばこちらの“切り札”になるのは間違いあるまい。

 順当に戦果を挙げたとしても、今後に繋がる貴重な情報源と成り得るのは確かだ。それ故、事後処理の最優先事項にすべきであると、ディランは脳裏にきっちり記憶しておくことにしたのであった。


         *****


 ディラン達と別れてから、クレイグ、マーカス、サミィの3人は分担して敵を迎え撃つための陣地構築に励んでいた。

 当初は罠によって構築した殺戮地帯キルゾーンに敵を誘い込んで戦う作戦を立てていたが、実際の現場を目にしたリディアから、「むしろ“地の利”を活かして攻撃的陣形で迎え撃つべき」との提案が出され、チーム全員で了承するに至った。

 通常、現場での急な変更は嫌われるものだが、それを全員に納得させるだけの“おいしい地形”が現場にはあったのだ。


 即ち、自分たちが侵入時に利用していた“倉庫本体への出入口”というものが――。


 ここならば、相手にとっては攻め口が1箇所のみで扉の開閉により攻撃タイミングが一拍遅れ、その上、手狭だから人数を掛けることもできず、火力も高めにくい。

 強行突入ダイナミック・エントリーで肝要なのは“相手に待ち伏せされないこと”であり、かつ、“突入側が奇襲を掛けること”が条件といっても過言ではない。

 それほど攻撃が困難だということだ。

 逆に守る側にとっては、隠蔽物があるだけでなく、多方面に布陣することで持てる人員を十分に使いきれ、なおかつ火力を集中させることで撃退力が大幅にアップできる圧倒的に有利な陣形が構築できる。

 このある意味“自然の要害”というべき地形を利用せず、わざわざ殺戮地帯キルゾーンへの“誘い込み”などという危険を冒してまで実施する作戦よりは、よほど安全で勝算があろうというものだ。


 だからこそ、“ここを唯一の進入路”にできるかが鍵になる。


 その点についても防犯の都合もあってか、窓のない倉庫の出入り口は全部で3つしかないのが好都合であった。

 倉庫正面にある貨物の搬入出用口と人が通れる程度の一般的な裏口、そして彼らが通った侵入口しかないからだ。

 正面は頑丈なシャッターで閉じられており、裏口は積荷を動かして物理的に開かないようにできた。ほとんど労力を費やすことなく敵の進入路を限定させることができたせいか、サミィの顔も満足げだ。

 肝心の侵入口における布陣は裏口側にディラン、表口側にマーカスとサミィ、正面にリディアとクレイグを配置する計画とした。

 当然、主力は正面のリディアであり、扉が開けば玄関までストレートが続く構造のため、最も火力の高い狙撃用ライフルを砲台のごとく設置することで、あわよくば敵に絶大な損害を与える算段だ。

 「“3人抜き”しても文句はねえよ」とはサミィのむしろ祈願だったのかもしれない。


 ちなみにリディアが選んだ狙撃銃は信頼のレミントン社製『M700』。命中精度を重視しシンプル構造のボルト・アクション式が採用されており、軍・警察に関わらず民間用など派生モデルも多岐にわたっている。

 必然的に、使える弾薬も数十種に及ぶ既製のライフル弾がほぼすべてが対象となる。

 今回は7.62ミリのライフル弾――口径は拳銃弾よりも小さいが、その分先端が鋭利で貫通力に優れ、何よりも長い薬莢に9ミリ拳銃弾の実に8倍はある発射薬がたっぷりと詰められており、とてつもない威力を発揮する。並の防弾着なら貫通し、コンクリートブロックでもない限り防げない。対『彫刻師』として用いれる最強のカードと言えよう。


 この場所を“舞台”に設定した時点で、チーム全員が理解している。

 “『彫刻師』の鎖”と“7.62ミリのライフル弾”との対決――戦端が開かれると同時に、本作戦における最高潮の場面クライマックス・シーンが即座に訪れるということを。その結果如何で、自分達の運命が決定づけられてしまうのだ。


 即ち、生か死かデッド・オア・アライブ――。


 現在、3人は黙々と罠の設置作業を進めていた。

 あらゆる作戦において、プランB(代案)は付き物であり、特に今回は逃げ道がなくなるために罠の設置目的は“足止め”としている。

 仮にこの“殺戮地帯キルゾーン”を使う必要となってしまう局面が、どれほど追い詰められているかなど想像もしたくない。

 むしろ全力で、使う状況を訪れさせてはならないのだ。それでも万一、使う状況が訪れれば、斃すよりは逃亡支援という意味合いの方が強くなっているだろう。それもこれも、蓋を開けてみないことには分からないのだが。


「――2年ぶりか、こんなの(・・・・)を作るのは」


 テグスの結び目をつくりながらマーカスが誰にともなく呟く。巨漢が細かい作業をする姿に、どこか頬笑ましいものを感じるが、やっているのは殺傷可能な罠の設置だ。


「ボゴタのやつか?」


 すぐに何かを思い出したようにサミィが口元を弛める。


「あン時は腐るほど手榴弾クラッカーがあったからな。派手な戦闘パーティで楽しかったぜ」

「お前らはな」


 ひどく不機嫌な声はクレイグだ。途端に、サミィだけでなくマーカスも一緒になって笑い声をあげてしまう。思わずマーカスが自身の口を塞ぐが、一瞬でも倉庫に声を響き渡らせたのは拙すぎるのだが、後の祭りだ。幸い何事もなかったが。

 笑い声を必死に殺すサミィが、喘ぎながらも慰めようとする。


「いや。“お前の戦闘”――くひっ――だって、ぷっくく……大変だっ……と、思うぞ?」

「ちっ」


 攻撃心剥き出しで、思い切り舌打ちしたクレイグがそれきり黙り込んでしまう。マーカスは作業を諦めて床に転がっていた。腹に手を当て小刻みに震える姿も、子供が見れば“クマさんみたい”と顔を綻ばせていただろう。

 チーム結成より一番の激戦だったはずのボゴタでの抗争は、クレイグが体験した“ボゴタの悪夢”によって遺憾ながら激しく色褪せていた。

 ディランなどは色々と思うところがあるらしいが、サミィ達にとっては“笑い”で済ませる方が何万倍もマシなので、譲るつもりはなかった。

 これから、あの激戦以上の戦いが始まるのかと思えば尚更だ。緊張は必要だが、“ほどほど”でいいに決まっている。このネタ(・・)がコンディション作りに役立つなら、諸手を挙げて歓迎するに決まっていた。


「最高の戦闘パーティにしてやろうぜ」


 独りごちたはずのサミィの言葉は、他の二人にも届いたに違いなかった。

お疲れ様です。仙洞 庵です❗

最近思ったのですが、前置きも後書きも他ではあまり書かれていないような……。これって顰蹙買うのでは⁉ でも今さら消したところで……葛藤は本当にあったのですが続けることにしました。

タイトルやあらすじ、他の要素がPVに絡むのは事実でしょうが、そもそも拙作が面白かったり、筆力あったりとちゃんとしてれば、自ずと上がるはずだからです。上がらないのは、単に足りないから。がっかりな事実ですが、明快で受け止め易いです。“まずは仕上げること”を目標に。

ただ、“千国”が進んでなくてすみません……。

ではまた。


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