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都市の翳りに踊るモノたち ~The Black Box ~  作者: 仙洞 庵
第2章 “隠れ家”の攻防
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幕間(二)~贈り物~

恩人からの贈り物は、実に彼らしいものであった。

子供と一番縁遠いものであるべき、それ。

それこそが、ディランが最も欲するものであった。

 少年ディランがマルコの世話になるようになってから、肝心のマルコと話す機会はほとんどなく、主に家政婦らと一緒に掃除等の雑務をこなすのが日課であり、暮らしのすべてと言えた。

 それでも、実は日に三度は顔を合わせる機会があるにはあった。ほぼ何も語り合うこともなく、顔を合わせるだけの機会にすぎなかったが。


「どうだ?」

「うん……それなりに」


 無法者が血を分けてもいない子供を気遣えるはずもなく、当然、掛ける言葉なぞ思いつくはずがない。むしろ、一言でも言葉を発しただけで「これぞ奇跡です!」とダウンタウン界隈の神父なら感動に涙を滲ませるだろう。

 そんな会話とも言えぬ言葉のやりとりができるのは、今と変わらずその当時も、マルコと食卓を伴にしているときのみであった。

 少年ディランもまた、その一事があるからこそ、自分は確かに一家ファミリーの一員として迎えられているのだと、何となくではあるが実感していたのだ。


「そうだな……家族おまえらとこうして会えることに感謝しよう。そして、敵には銃弾を。ナイフを。とにかく、とっととくたばって(・・・・・)くれれば、それでいい。エイメン」

「エイメン!!」


 食事前の祈りはぞんざい(・・・・)であったが――それは幹部のひとりが信心深かったのが原因で、マルコは嫌々だったがきちんと付き合っていたのだ――人並み以上の食事を供され、ディランは十分満足していた。

 食卓の騒がしさを除けば。

 クッチャクッチャという咀嚼音やスープをズゾゾと啜る音などマナーのひとつであるかのように当たり前で、口から噴き出すワインや唾を飛ばしながら大口開けて笑い声をダイニング中に谺させるなど、何というか、もはや“凄まじい”の一言に尽きた。

 食べ物をこぼす自分の悪いクセが出ていても「坊主は品がいいな」と真顔で褒められたときには、さすがの少年ディランも苦笑いを浮かべるしかできなかった。

 とにかく朝、昼、晩といついかなる時でも、“厳かな食卓”に縁が無かったことだけは覚えている。


「なあ、マルコ。判事の野郎、あの歌姫エリザベスとデキてるって話知ってるか?」

「いや」


 勝手にLA中のゴシップをしゃべりまくる幹部もいれば、毎回違う美女を侍らせる幹部、テーブルに回転拳銃リボルバー自動拳銃オートマチックの2つを並べていないと食卓に着けない幹部、果ては食事中、じっと少年であるディランを見つめ続けながら食事をする――理由は今でも分からないが――薄気味悪い幹部など、これまでの生活には絶体に関わることのなかった者達で溢れていた。

 なぜかサーカス団のようだと少年ディランは思ったものだ。

 今では全員亡くなるか分派して離れてしまって一人も一家ファミリーに残っていないが、その頃が一番賑やか(・・・)な食事であったことは間違いない。


「そこじゃない。坊主、今日はこっちだぜ」


 美女連れの幹部に軽々と抱き上げられて、強引に上座に座り直させられる。いつもだらしない姿を見ているだけに、意外な腕っ節の強さに軽い驚きを覚える。しかも抱き上げられたときに、何か甘いようなムズムズするような匂いがした。


「たくさんのイイ女を抱くんだったら、このくらい鍛えておかなきゃいけねえぜ?」


 少年ディランの様子をどう勘違いしたのか、得意げに笑う幹部に、とりあえずぎこちない笑みを返す。

 その日は、いつもと違うマルコの側近しか座れぬ席を指定され、ひどく落ち着かなかったのを覚えている。

 気を紛らわすために窓外へ目を向ければ、隣の公園でキャッチボールをする親子の姿が見えた。

 まだ力の足りない少年が、一生懸命に不格好なフォームでボールを投げて、見当違いの方向へ力なく飛んでいくボールを父親が笑いながら走って拾いに行く。それでも「いい肩してる」とでも褒めてるようだ。互いに笑顔で話し合っている。

 嬉しげな少年が、懲りずにまた違う方向へ投げている。

 どうしてそんなに楽しいんだろう。

 あんなに下手くそなのに。

 自分だったら、父さんをあんなに走らせたりしないのに――。


 コトリ、と目の前に何かが置かれたとき、少年ディランははじめて食事が終わって片付けられていることに気がついた。

 味もよく分からぬまま――いつもより少し豪勢だったような気もするが――もう食事が終わっていたなんて。


「やる。俺には無用のものだからな」


 マルコの言葉と目の前に置かれたそれ(・・)の意味するところが分からず本当に当惑した。

 無骨な黒い物体は、この家で過ごすようになった少年ディランがみても、食事をするテーブルに置くにはあまりに相応しくなく、そしてあまりに非現実的なものに見えた。


「コルトM1911A1か」


 いつも二挺の拳銃を食事の伴とする幹部が説明してくれる。


「陸軍で制式採用されてる頑強な銃だ。38口径の豆鉄砲とは違って45口径の弾を使う、“男の中の男”の銃だ」


 どんな基準かは知らないが、何度も頷きながら幹部は唸っている。仲間内から“6人殺し(ザ・シックス)”と呼ばれる幹部は、いみなの通り敵対する6人を葬っている殺し屋で、その彼が褒めると妙な説得力があるから不思議なものだ。


片腕ハンデが何だ?」


 少年ディランが思わず自分のあるべき(・・・・)右腕を見たのへ、幹部が淡々と何でもないかのように言い放つ。


それ(・・)がお前だろ」


 M1911は、45口径の弾丸を呑み込む銃だけに無骨で握り部分は大柄だ。撃った反動も考えれば両手で(・・・)把持するのが標準の銃だ。まして少年は幼すぎた。

 だが、少年ディランがマルコを見やれば、既にゆったりと食後のコーヒーを味わうことに集中しているようであるが、冗談どころか嫌みで贈ったなど到底思えない。

 いつもマルコは、良くも悪くも素直(ストレート)な表現しかしない。


「でも、それを坊主にやったら、あんたはどうするんだ?」


 最もな質問は美女の金髪を愛おしそうに手慰みにしている幹部だ。聞かれたマルコは「無用と言ったはずだ」とにべもない。


「坊主に守ってもらうから、もういらないんだよ」

「――なるほど」

「ずいぶん期待してるな。だが、デビューするには早すぎる」


 二挺拳銃の幹部が口にしたのは少年を思ってのことではない。ファミリーのボスを守ることを主眼に置いて出された懸念だ。


「無論、今すぐじゃないだろう」

「なら俺に任せてくれないか?」


 意外にも、それに名乗りを上げたのは二挺拳銃の幹部ではなく、いつもディランを見ながら食事するあの気色の悪い幹部であった。

 声を耳にして、びくりと震える少年ディランと別の意味で驚愕を露わにする幹部達。


「お前が――それほど(・・・・)か?」


 幹部達の視線は、始め気色の悪い男へ、それから少年ディランへと向けられる。感嘆の色さえその目に浮かべて。

 初めて向けられる種類の視線に、少年ディランはわけもなく気分が落ち着かなくなる。一体何だというのだろうか?

 気にせず名乗り出た幹部は少年へ問いかける。


「今、何歳だ?」

「10歳だ」


 答えたのはマルコ。「十分だ」と頷いたのは幹部。


「三年で一人前にする」


 確信に満ちた声で幹部は断言する。続く言葉は予言と言うより、事実の確認をするかのように告げていく。


「五年でプロだ。七年でボスを守る“最強の男”に育てる」

「乗った!!」


 すぐに賭け事にしたのは美女連れの幹部。無論、マルコを含めてその場で賭けに乗らなかった者はいない。少年は別にして。

 後に、その日が少年ディランの誕生日であったことを聞かされ、拳銃が誕生日プレゼントであったことを知って子供ながらに複雑な気分に陥った。

 自分で誕生日を忘れていたのもショックであったが、ただ、とにもかくにも、マルコが覚えてくれていたことに、何か胸にほんのりと暖かいものを感じたのだけは確かだ。

 また、急遽トレーナーとなったその幹部については、“二挺拳銃の幹部”をも凌ぐ12人殺しの戦闘歴スコア持ちと聞いたときには、これからの事を思って暗澹たる気分に陥ったのも覚えている。どんな訓練をやらされるのかと不安で眠れなかったものだ。

 それでも少年の気持ちは既に決まっていたのだ。目の前に出された拳銃コルトを受け取った時から。むしろ、ようやく色あせていた生活に何かが灯った気がしていたのも本当だ。

 誰からも手を差し伸べられなかったあの日。

 恐怖にわななくだけだった自分を救ってくれた唯一の男。

 そのマルコのために、自分にも出来ることがある。

 それ以上の何が必要だというのか。

 ようやく少年は望んでいたものを手に入れたと思ったのだ。


         *****


 それから、少年ディランの生活はさらに一変した。

 民間軍事会社からインストラクターを雇って、肉体的な基礎訓練から戦闘の専門的な訓練までを含めて、特に拳銃と近接戦闘メインで徹底的に鍛え上げられた。

 15歳の時には元海兵特殊部隊シールズの隊員に指導を受けて、道なき山中を48時間で踏破する山岳行軍の試練をクリアし、独自に古今東西の格闘技にまで手を出すようになっていた。

 一度はあまりにキツい訓練に体重が激減していたが、いつの間にかぐっすり眠れるようになり、気づけば筋肉がついて、体重は以前よりも倍増していた。

 仕掛けた目覚ましが、鳴り出す10秒前に意識が覚醒しアラームを止める。

 アスリート御用達の高級マットレスからパンツ一丁で起き出して軽くひと背伸び。

 いつものように、わずか二時間の睡眠で完全にリフレッシュしたところで、夜明け前からヨガを取り入れた瞑想式の柔軟運動ストレッチを始める。

 三本指で片手逆立ちによる腕立て伏せを1セット百回で2セットこなす頃には、朝陽がディランのしなやかで優美な裸身を映し出し、そこでようやく目覚めの準備体操(・・・・)に区切りを付ける。

 小型冷蔵庫から取り出した牛乳を飲んで一息。 

 窓外から聞こえてくる小鳥の鳴き声で、脳と心も潤す。

 見事な逆三角形の肉体に浮いた汗の珠をタオルで拭き取り、近くの引き出しから引っ張り出した拳銃を片手に大きな鏡の前に行く。

 何気に構えた銃口がぴたりと止まる。ただそれだけが一枚の絵のように美しい。


 肩幅に軽く開いた両足。


 腰の位置。


 胸の反らし具合と肩甲骨の開き具合。


 肩と腕の力み。


 頭の位置。

 

 無駄に緊張がなく、すべてが調和された姿勢とはこれほどに美しいものなのか。まるで幕が開けるときのバレリーナのように、立ち姿だけで目にした者に思わず感嘆の吐息を漏らさせそうだ。

 口悪く言えば、“殺しの技”なのに。

 腕を下げる。上げてまた同じ姿勢をとる。

 何かを確かめるように、鏡に映る自身を見つめながら数度繰り返す。

 左手でしか扱えないディランが有するガバメントは弾倉止め(マガジン・キャッチ)のボタンが右側に付いている。


 初代が製造されてから百年経つだけに、今や世には様々なカスタム用品が販売されているが、ディランも左手で扱うというハンデを克服するために、特注品を含めてほぼ別物と言えるほどカスタマイズしていた。

 いくら特別な思い入れのある銃とはいえ、命のやりとりをする以上、ある程度の妥協は必須だったのである。

 結局、満足に仕上がったものは、“右利き用”の拳銃を“左利き用”に変更するというあまりに無茶で特殊な真似をした“この世でたったひとつの”コルト・ガバメントになっていた。

 ただし、マルコがどれほど出費をしてくれたかは分からないが、贈られたときには既にほぼカスタマイズは終わっていたのだが。それと比べれば、ディランがやったのは微調整に過ぎないレベルだ。

 ちなみに、すべてを金で解決した代償がどれほど大きかったか、ずっと後になって知らされたときは感謝を越えて呆れ返ったくらいだ。

 誰もが「一家ファミリーの財政が傾いた」と口を揃えるのだが、当時の幹部から愚痴を聞かされたことは一度も無かった。


「いつもの愛人ラ・マンは?」

「洒落た言葉を知ってるじゃねえか」


 美女のいない幹部の姿は寂しすぎて「風邪などひかないか?」などと心配になるから不思議なものだ。


「まさか禁欲してるの?」

「坊主は俺を何だと思ってるんだ? まあ、いい。とにかく骨休め(・・・)ってやつだ」

「貴方らしくないね」

「俺もそう思う。だがやるときはやるぜ――それが必要なら、な」


 意味ありげにウインクされた時には、少年ディランは何も分かっていなかった。二挺拳銃の幹部がナイフにすり替わっていたのも。ゴシップ好きの幹部が“場末のクラブ”のネタばかりであった理由も。

 少年ディランは何も知らなかった――。


 銃を構えたディランの肉体にほどよい緊張感が走る。

 軽く息を吐いて。

 ボタンを押して、弾倉を滑り落ちるままにする。

 銃身は顔の高さまで持ち上げ、ふいに銃把グリップを握る左手が霞んだ。自然、銃身が落下し始め、霞んだ左手が、新たな弾倉を空になった銃把の底に差し込む。――ここまで僅か0.5秒。

 あらためて左手が銃把を握ると同時に、下から膝蹴りの要領で持ち上がってきた左膝で銃把の底を叩いて完全にはめ込む。――ここまでに1.0秒。

 カシャンと床に弾倉が落ちる音が響く。

 実に馬鹿らしいほどの曲芸だ。それも、サーカスや大道芸に比べて非常に地味で、呆れ返るほどに生真面目な曲芸が世にあるだろうか。

 銃撃戦において、“弾倉交換”という“一種の無防備状態”を極限まで切り詰めることは生存率を上げるための重要項目の一つといえる。

 ディランは、片腕という圧倒的ハンデを乗り越えるために、誰もが諦める障害の一つに対し“馬鹿げた曲芸”という打開策を考案し、本気で取り組み、磨き抜いてついに実現してみせたのだ。もはやその執念をこそ称えるべきだろう。


「――っ」


 仕上げに口で遊底スライドを咥えて引き切り、初弾を薬室チャンバーに送り込んで、発射準備を整える。

 これを何度も繰り返し、やがては歩きながら同じことを繰り返す。さらには、“弾倉の使い切り”を想定した訓練など飽きもせず黙々と基本作業を繰り返す。

 終われば、立射からの膝射、伏射それに左右や背後など方向を加えていき、終いには横飛びなどで姿勢制御の訓練を淡々とこなしていく。

 その動きに淀みはなく、動き出しの起点から目的の終点まで、自然界に存在しないと言われる“直線”を描き出し、まるで機械マシンのごとき精度の身体操作は、見る者が見れば寒気すら覚えるだろう。 

 時にはこれを20㎏の特注ベスト、8㎏のパワー・ベルト、1個7㎏のパワー・アンクルとパワー・リストをフル装備して行うこともある。

 七年間、同じ事を毎日繰り返してきた。

 ディランにとって1日の訓練時間は22時間たっぷりと当てられる。そのすべてを訓練で積み上げてきた。

 七年で練り上げられた肉体は鋼線を編んだようにすべての筋肉が満遍なく使い込まれて瑞々しさに満ちている。

 数日間ならば、水分が摂取できる限り、食事を採っても採らなくても活動パフォーマンスに影響を及ぼすことさえない。

 己で考えられる限界まで鍛えたと自負している。


 実戦経験だけだ――


 それが師事したすべての者から、共通して伝えられた言葉だった。お前に足りないものだと。

 それも解決する時がくるのはディラン自身気づいている。

 いずれでなく、もう少しなのだということを。

お疲れ様です。仙洞 庵です❗

主人公の少年時代を描く幕間(二)です。ノーアクションなので、誰も待ってないでしょうけど。

幹部たちは本作で登場予定はありません。なのでこちらも王道キャラで書いてます。

主人公の強さの秘密とは言いませんが、それっぽい理由を書いておきたくてアップしました。次からは本格的に新章突入です。

ではまた。

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