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都市の翳りに踊るモノたち ~The Black Box ~  作者: 仙洞 庵
第2章 “隠れ家”の攻防
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対空射撃

壁穴を抜けて、脱出を図るディラン達。

だが弾薬は底を尽きかけ、迫る怪人は二人もいた。

 壁に空いた待望の脱出口はそれほど大きいものではなかった。

 救いは、例えマーカスの巨体であっても、頭から突っ込んで胴体を潜らせるようにすれば、通り抜けが可能ということだ。

 念のため、ディランは軽く腰を屈めて、壁向こうの様子を窺い、人の気配がないことを確認してから指示を出す。


「サミィ、リディアと二人で安全を確保しろ。隣室の裏口から脱出するぞ」

「任せてくれ」


 サミィが目を輝かせて壁に近づいてくるのに合わせて、ディランは、壁の前でしゃがみこんでいるマーカスの背に手を当て邪魔にならぬよう移動を促す。


「――悪いが、先に行かせてもらうぜ」


 久しぶりの先頭に心躍ったか、リディアに一言断るなり、サミィが床を蹴って壁の穴に飛び込んでいく。

 身長170㎝のどちらかといえば小柄な体躯とはいえ、まるでプールに飛び込む要領で頭から突っ込んでいく思い切りの良さに、リディアが呆れた視線をディランに向けてくる。

 無論、ディランは無言で肩をすくめるだけだ。


「どうした、リディア?」

「今行くわ」


 壁向こうからサミィの催促が聞こえてくると、リディアは「やれやれ」という感じで軽く頭を振って猟銃を放り捨てた。どうやら弾丸を使いきったらしいが、ここまで活躍した相棒に対し、別れの挨拶としてはあまりに連れなさすぎる。

 

「隣室の裏口にまで敵の意識は向いてないはずだ」

「ええ。念のため、狙撃の確認はしておく」


 ディランの考えに同意を示すなり、リディアもまた、頭から壁の穴に飛び込んでいく。“ネジの外れ方”ならば彼女もまた同類であった。


「次はお前だ、マーカス」


 大男を指名しながら、ディランは玄関側の動向を探る。

 ドアは既に半ばまで開かれ、『彫刻師』であろう人の肩口が見えている。あの馬鹿力でバリケードを吹き飛ばされるのはもはや時間の問題だろう。


「おい、まだなのか?!」


 裏口の方からは、クレイグが焦燥を隠さず大声で発破を掛けてきた。

 切迫した状況に尻を蹴飛ばされるように、大男が小さく気合いを発して立ち上がる。


「なあ。俺まであれ(・・)をやれって言わないよな?」


 シャツを汗で濡らし、いまだにたくましい大胸筋を大きく上下させるマーカスが、真剣な眼差しをディランに向けてくる。ディランは無言で大男の背を押してやるだけだ。


「サミィ、そっちから引っ張れ!」


 さすがにダイビングをさせるわけにいかなかったが、サミィの協力もあって、マーカスの巨体を通すのは思ったほど時間はかからなかった。それでも、もう待てないとクレイグがすぐ側まで退散してくる。


「ダメだ。もう抑えられん」

「いや十分だ。俺の後に続け」


 素早く後ずさってくるクレイグをしっかりと労う暇もなく、先にディランが壁に飛び込む。というのも、クレイグの肩越しに、ピエロの姿が近づいてくるのを目にしたためだ。とても譲り合ってる場合ではなかった。

 ディランもまた、軽やかにダイビングして一発で壁穴を潜り抜ける。そのまま身軽に前転して立ち上がると、そこは月明かりだけが頼りの暗いリビングであった。

 あらためて、隣室が留守だと言っていたサミィの情報が正しかったことに安堵する。今更警察沙汰がどうのと気にしてるのではなく、無駄に命が奪われることはない、という意味で。

 と、壁穴から何かが飛んできて、思わずディランがキャッチした。クレイグの短機関銃だ。続いて、今度こそクレイグ自身がダイビングの姿勢で潜り抜けてくる。

 ディランのように前転したクレイグに短機関銃を投げ返し、二人揃って壁穴に向けて銃を構える。ディランの愛銃は、ベッドから抜け出した時に、ジャケットの傍にあったのを見つけて身に着けていた。


 タン!

 タタタ!


 人影が目に入った途端、一斉射で先制するが、気づけば幻であったかのごとく影は消えている。こちらの撃つ瞬間が最初ハナから分かってたような神がかり的タイミングで。


「……そういう(・・・・)奴だ」


 思わず向けたディランの視線に気づいたクレイグが不機嫌そうに答える。“弾を弾く奴”といい、今の“弾を避ける奴”といい、東洋人てのは皆、何かの特殊技能を持ってるものなのだろうか。


「そっちはどうだ?」


 とてもではないが構っていられないと、先行するメンバーにディランが声を掛ける。さすがにもう、敵が壁穴に姿を晒すことがないため、代わりに耳を澄ませば、ふたつの足音が。

 『彫刻師』と『ピエロ』――同時に二人の怪人は厄介すぎるが、通れる穴はひとつ。先ほどの牽制が効けば時間は稼げるはずだ。


「イケるぜ、ディン」


 奥の間に続く境界にサミィが顔を出した。裏口までのルートとそこからの脱出が安全であることまで確認できたという意味だ。

 すぐにディランはクレイグへ頷いてやるのを合図とし、先に奥の間へと足を進める。奴らへの牽制に短機関銃の弾幕が効果的と判断したためだ。


「急げ、撤退だけに集中しろ」


 サミィの案内で素早く脱出口へと向かう。

 窓際で外を警戒するリディアをそのままに、サミィが先に窓を乗り越え、下へ降り始める。続いてマーカス、そしてディランが。


「……やけにあっさり(・・・・)してない?」

「ああ」


 すれ違いざまに懸念を示すリディアにディランは同意する。人数も武装もシケて(・・・)いるから当然かもしれないが、逃亡を容易にしている原因は別にある。

 気づけばパトカーのサイレンがすぐ近くで聞こえていた。すでにビル正面に到着してるようだが、思ったよりも早い到着だ。近くに巡回中の車両がいたのかもしれない。

 器用に片手で梯子を降りながら、ディランは奴らが攻撃に時間を掛けすぎている(・・・・・・・・・・)理由を考えていた。


「……“荷”とやらが、そんなに大事か」


 そのためだけにあの東洋人達はマルコ・ファミリーを襲ったのだ。やってきた以上、ある程度の調べはしていたはずだ。知ってなお、彼らは力で奪いにきたのだ。

 それほどの執着をみせる“荷”とは、そもそも何なのか――。

 無事に地上へ降り立つと、ちょうど近くに用意してあったアウディの大型SUVに乗り込んだ。誰よりも口を出すサミィに有無を言わせず、クレイグの好みで選んだものだとはディランも知らない。その上、選んだ理由が“運び屋”を主人公とした映画の影響であることなど。

 ちなみに、これほどの高級車が盗難等にあっていないのは、一度それをやった連中をどこぞの“親切な覆面達”が半殺しにしてからだ。以来、周辺の悪党からは“コワイ連中のお友達”という位置づけをされて、距離を置かれるようになっていた。


「サミィ、車を移動させろ」


 まだクレイグが梯子を降りてる最中で、命じたディランにサミィが躊躇いを見せる。


「忘れたか? また上に(・・)振ってくるぞ」

「!」

「慌てるな。ゆっくりでいい」


 本当に何かあれば、窓外を警戒しているリディアが知らせてくれるはずだ。問題はむしろ、次第に増えてきているサイレンの数だろう。

 裏口に人を回してくる前に、この場から退散する必要があった。


「! クレイグ、飛び降りろっ」


 叫びよりもリディアの身体が強張った瞬間、異常を察したディランは素早くドアを開け、銃を抜きざま4階(・・)に銃口をポイントした。


 本当に“この世の法則”に囚われないのか。

 

 すでに虚空へ跳躍していた“影”がまっすぐこちらに向かって墜ちてくるのをディランは目にする。


「くそっ」


 彼らしくない罵りもやむを得まい。あくまで予測は予測。実際に敵の常軌を逸した行動を目の当たりにすれば、誰だって口汚い言葉のひとつやふたつ、吐き捨てたくもなる。

 幸い、まだ飛んだばかりだ(・・・・・・・)

 落下速度が高まる前ならば、ディランの常人離れした集中力と動体視力で捉えられないことはない。付け加えれば、実戦経験で鍛えられた“予測”と“勘”が更なる補正をしてくれる。

 遅滞なく銃口が“影”の軌道を追い、まるで短機関銃のようなリズムで発砲音が鳴り響く。

 慣れない姿勢で、1秒未満で撃った弾は4発。

 恐るべき精度で自慢の弾丸が3発入ったところで“影”の軌道がズレた。成果はたった10㎝弱のズレ――それが高さ4階分の落下で数10㎝にまで拡大する。


 ドグッ

「おわぁあっ!!」


 SUVのルーフ中央を反れ、角に(・・)打ち付けられた影が、勢いを殺しきれずにドア横を過ぎて路地に激突した。一緒に聞こえたのはマーカスの悲鳴だ。前触れもなく、目の前のルーフに凹みがベッコリと生じれば誰もが驚くだろう。

 激突には金属音も混じっていたが、普通に考えるならば、いかに優れた防弾装甲ボディ・アーマーを着用していても、外からの耐衝撃性能ならばともかく、10メートルからの落下衝撃を殺すという性能は与えられていないため、影は内臓に相応のダメージを負ったはずだった――普通に考えれば。

 後からやってきたクレイグが立ち止まり、車内のマーカスがドアノブに手を掛けるのをディランは制止する。


「よせ。――クレイグ、構うな!」


 立ち尽くすクレイグをディランは睨む。声は届いているはずだ。だが二人が堪えている衝動は、“敵に留めを刺せ”という戦闘員としての生存本能だ、簡単に抑え込めるものではない。

 躊躇ったクレイグが唇を引き結んで、慎重に、影を少し迂回する形で走り出す。ほぼ同時にマーカスもドアノブから手を離す。

 車内に満ちていた緊張が弛んだ。

 追いついたクレイグを回収し、SUVは急発進した。


「……なんて奴だ」


 未練がましく後ろを見ていたクレイグの呟きでディランも後方を確認すれば、何事もなかったかのように立ち上がっていた“影”がこちらを眺めているのが見えた。

 さすがに追ってくる様子はないが、やはりあのまま仕掛けていれば、マルコ邸脱出時に続き“接近戦の第二ラウンド”が始まっていたのは間違いない。

 奴も何らかのダメージを負っているかもしれないが、こちらは散弾を失い、恐らく皆の銃弾もほぼ底をついている。決め手に欠ける戦いがどんな結末を迎えるかは明らかだった。


「とりあえず、携帯電話を破棄しろ」


 パトカーに止められるようなこともなく、SUVの速度を周囲の流れに合わせたところで、ようやく車内の雰囲気も落ち着くことができた。それを感じてのディランの命令だったが、意外にも全員が素直に従う。

 目下最大の懸案事項――“隠れハウス”がバレた原因がはっきりしない以上、できることをやっていくしかないと誰もが承知しているからだ。

 車は替えたから、後はどこかで着替えと靴を調達すればいい。


「このままやられっぱなし、てのは我慢ならねえ」


 掌に何度も拳を叩きつけながらマーカスが唸る。

彼にとっては、こちらの方が最大の懸案事項なのだろう。


「早いとこ装備を新調して、反撃開始と行こうぜ」

「そいつぁ賛成だ! けど、どこで装備を整えるか、だ。本来の“隠れ家”に行くのはマズイよな?」

「サミィの言う通りね。パーティの件で、あいつらよりも他の連中(・・・・)が私たちに会いたがってるでしょうし」


 リディアの指摘に「おいおい。それは俺たちのせいじゃないだろ」と嘆くマーカスもそんな理屈が通らないことは分かっているはずだ。


「誰のせいでもいいのよ“口実”さえできれば」

「つまり、早いとこ決着ケリを着けなきゃならんてことだな」


 クレイグが無精ひげをこすりながら目を細める。追い詰められてるというよりは、これから追い込みを始める狩人のごとき顔つきで。

 焦るなと落ち着かせたのはディランの言葉だ。


「1、2日なら猶予はある。“三席”が動いているはずだ」

「――――なるほど」


 “三席”――。マルコ・ロッシュを“力”で支えるのがディランであり“廃掃班”であるなら、“智恵”で支えるのが彼ら・彼女らであった。その特殊性の最たるものは、ボスであるマルコを除いて誰も彼ら・彼女らの正体を知らないという一事に限る。

 それ故、抗争で命を落とすこともなく、ある意味第三者的立場から理性的で客観性の高い判断力を駆使して組織を切り盛りすることができ、一大勢力まで上り詰めることができた。今後何があろうとも、彼ら・彼女らが表に出ることはない。ディランが力の実績だけで№2になれたのも、そういう事情があってのことだ。

 今回もまた、パーティの惨劇に見舞われなかった事も、幸運ではなくこうした“仕組み”のおかげと言うことがいえよう。

 そのおかげで、若干の猶予に過ぎないが、すぐさまL.A.中を敵に回して大立ち回りをするような事態を避けられていた。


「いっそ、連中に調達してもらったらどうだ?」

「ダメだ」


 サミィらしい遠慮のない意見をディランは簡潔に否定する。


「“三席”の力が及ばぬ者もいる」

「?」

「つまり、組織の息がかかっているところは、既に狙われてる可能性が高い。同じく関係者に運ばせてもすべて筒抜け――てこと?」

「そうだ」


 リディアの説明捕捉にディランが頷く。パーティの客達はそれぞれが西域最大であるロサンゼルス群の有力者達ばかりだ。

 いかなマルコ・ロッシュの威光でも、比肩し得る者相手には上から照らすことはできない。


「ならどうする?」

「手っ取り早く、正々堂々といくだけだ」


 その後、ディランが行く先を告げると皆で顔を見合わせたが反対意見は出なかった。どのみち、何をやっても気休めにしか過ぎないと、何となく思っていたからだ。


「皆、今のうちに休んでおけ――長い夜になりそうだ」


 ディランの言葉に沈黙が応じた。

 言われるまでもなく、誰もが感じていたことだからだ。それはここ2年ほど感じることのなかった感覚であり、できれば関わりたくないとの嫌悪感もあれば、同時にどこか懐かしくもある感じだ。

 少なくとも、目が冴えて一睡もできないだろうということだけは確かだった。

お疲れ様です。仙洞 庵です❗

肉弾戦でもやろうかと思ってましたが、さすがにそういう流れになりませんでした。おかげで隠れ家編はこれにて終了です。内容が薄くて前置きも普通のあらすじになってます。次回はようやく装備を整えての反撃開始……でしょうか?

色々突っ込みどころ満載の拙作ですが、今後もよろしくお願いいたします。

ではまた。

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