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最悪で災厄なエルフの魔王物語  作者: ぐりーんなぽりたん
一章 魔王への道
8/12

『深緑の忍』第一話 騎士団の進軍

二話目です。

 


「どうしたギン。もっとたくさん食べなければ強くなれないぞっ!」


「……いや、たくさんって言っても限度があるでしょ」


 あれから一睡もせずに、夜通し森を歩き続けたミレディ達。

 なんとか日が昇りきる前には森を抜けることが出来たので、彼女達はそのままの足で街へと入ったのだ。

 そして寝ていないにも関わらずまだまだ元気な彼女は寝不足で今にも倒れそうなギンを引き連れ、この食堂に朝食を食べに来たのだ。


 怒りの唸り声をあげる自身のお腹の機嫌をとる為に。


「限度なんか気にしていたら食事は楽しめないぞ! 私は好きなだけ食べたいんだっ! ……ああすまない、このスモークチキンを白パンで挟んだやつをもう三つ追加で!」


「へっ、三つですか!? か、かしこまりました……」


「まだ食べるんですかッ!?」


 明らかに引いているウエイトレスを横目に、彼女から放たれるさらなる注文。これで彼女が食べたスモークチキンのサンドイッチは、ついに二桁の大台に乗った。

 寝不足でろくに味がわからないギンは周囲の人々の気持ちを代弁して叫ぶが、その叫びが彼女の心に届くことは決してない。


「むぐむぐ……おおこれも美味いな。すまない! この甘辛いのが掛かったやつも追加で二つ頼む!」


「はっ!? はいっ、かしこまりましたー!」


「なんなんだよこの子、どうなってんだよ……」


 なおも食べ物を求めるミレディ。その食欲は明らかに異常だったのだが、エルフというものを知らないギンにはそれに気づくことが出来ない。

 むしろ「エルフってたくさん食べる種族なんだな」 ぐらいにしか思っていなかったのだ。


「どうした調子が悪いのか? ご飯はどれだけ食べても食べ過ぎということは無いのだから、もっとたくさん食べないと損だぞ?」


「調子が良くてもそこまで食べませんよ……あと普通に食べ過ぎは駄目だと思うんですが」


 もうどうにでもなれと、窓の外の景色を眺め始めるギン。彼女を見ているだけで腹がはち切れそうだったからだ。

 食欲もなく、眠ろうにも話しかけてくる彼女の所為で眠れない。そんな生殺しの時間が続いて行く。


 ――眠るのが好きな彼にとってそれは、ただの地獄だった。


 そしてそんなミレディの食事が終わるのはこの約一時間後、既に朝ではなくなっていた。



 ――――――――――



「はあー、食べた食べた。美味かったなー」


 そう言って機嫌よく笑う少女。そのまま鼻歌でも歌い出しそうな勢いだったが、背後で幽鬼のように揺れ動くギンの姿が目に入り、ふっとその笑みを消す。

 俯き目の下に隈を作った彼のその姿。今にも立ったまま寝てしまいそうな彼に少女は哀れみを込めた視線を向ける。


 そして彼女は彼のそばまで近寄ると、その俯いたままの顔に向かって手を差し出し、小さく呟く。


「光魔法『閃光』」


「のぎゃぁぁぁあッ!」


 超至近距離、彼のすぐ目の前で少女の魔法が炸裂する。

 威力を消し光だけをそのまま残した光魔法。だがいくら威力が無いと言っても、元々彼女の魔法は猟犬を爆散させるほどの威力があるのだ。

 それだけの光が目の前で放たれると、当然……。


「目がッ! 目がぁぁぁあッ!」


「ははは、どうだ目が覚めただろうっ!」


 断末魔の叫びを上げながら地面を転がるギン。直接的なダメージは無かったのだが、網膜に与えられたその激しい光は、彼の両目にとてつもない刺激を与える。眩しいを通り越してかなり痛かっただろう。

 そしてただでさえ目立つ二人は、それが原因で余計に周囲の目線を集めることとなった。


「なあっ……何するんですか……」


「ん? 何って……眠たそうだったから起こしてやったんだ。目が覚めただろっ?」


 そう言って嬉しそうに笑う目の前の少女。その表情を見ただけで、ギンは何も言えなくなった。

 彼も彼女に笑顔を返しながら、観念したようにため息を吐く。


「はあ、おかげさまで元気になりましたよ。では次は何処へ向かうのですか?」


 眠気は消えたが代わりに寿命が縮まった。

 ギンは諦めたように返答すると、少し投げやり気味に彼女に尋ねる。

 そんな彼に向かって少女は不敵な笑みを見せると、自慢げに叫んだ。


「ああ、次は『傭兵ギルド』に向かうぞ!」


 傭兵ギルド……。その名を聞いたギンは一瞬だけ表情を硬ばらせたが、すぐに普段通りの彼に戻った。何か違和感の様なものを感じたのだろうが、彼自身それが何かわからなかったのだろう。小首を傾げながら不思議そうに頭を掻く。


「ふむ、傭兵ギルドですか……それってどこにあるんですか?」


「ふふふ、『そこ』だ」


 ミレディはたった今出てきた食堂、その隣の大きな建物を指差す。食堂以上の賑わいを見せるその建物からは、様々な格好の人々が出入りしている。

 その建物は、傭兵達が仕事を斡旋してもらいにくる場所。その名は、傭兵ギルド。

 ギンが食事をしていた食堂は、ギルドに併設されたものだったのだ。


「どうだギン! 私は準備がいいだろう!」


 何が嬉しいのか、得意げな笑みを見せつけるミレディ。彼女はおそらく、友達以外で初めて出来た配下にいい所を見せたかったのだろう。


「そ、そうなんですか、流石はミレディ様ですね!」


 ギンもその屈託のない眩しい笑顔を守るため、必死に彼女を持ち上げるのだった。






 傭兵ギルド……。それは傭兵と呼ばれる職業の人々に様々な仕事を斡旋する、この世界の公的機関である。

 持ち込まれた仕事は『依頼』として扱われ、それを傭兵が受注することによって、依頼は成立する。依頼は規定の料金を払えば誰でも申し込むことが出来るので、ギルドさえあれば彼らは仕事に困らないのだ。


 元々この仕組みは、戦争時以外でも傭兵達に仕事を与えようと始められたものだ。

 戦争時以外には特に仕事がない傭兵達が盗賊に鞍替えし、治安が悪化するということが頻繁に起きた為、当時の国王がこれを作ったとされている。


 その結果盗賊の被害は減り、元々騎士団などに与えられていた雑務なども彼らに押し付けることが出来た。

 全てがうまくいったわけではない。だがそれが結果的には問題の解決になったのだ。


 ――――――――



「でな、ここから面白いのが……」


「はい、はい……」


 あれからかなりの時間が経ち、時刻は既に昼を回っていたが、彼らはまだギルドには入っていなかった。

 止まらないのだ。ギンの言葉に気を良くした、ミレディの傭兵ギルドについての話が。

 目の前に目当ての建物があるのに、歩いて数秒とかからないのに、彼らは何十分も立ち話をしていたのだ。


「だがまあ、私はどちらかと言えば奴らは『騎士団崩れ』みたいなものだと思っているがな」


「いやそれはギルドの前で言っちゃ駄目ですよっ!」


 その上彼女の言葉には時々爆弾発言が混じるので、聞いている方も油断ができない。適当に話を流していると酷い目にあう。

 気を抜くことができないギンの疲労は、既に限界突破していた。


「っと、少し話しすぎてしまったな、そろそろ昼ごはんの時間だ。じゃあ早くギルドに入って用事を済ませるぞ、ギン」


「あっ、はい了解です……」


 やっとかよ。その言葉を噛み砕き、彼は自由奔放が過ぎる少女に付き従う。

 そして少女の手によって、傭兵ギルドの大きな扉が開かれた。


「おお! これはすごいですね」


「だろ? では早速最新情報でも見に行くか」


 そう言って彼女は迷うことなく、入り口のすぐ横に立てられた大きな看板の前へと移動する。

 看板というよりももはや壁と言った方が正しいであろうそれには、元々の木目が見えないほどの多くの紙が貼られていた。

 ミレディは熱心にその紙の一枚一枚を睨む。


「すごいですねこれ、全部の紙に文字が書いてる……」


「……? 情報共有の掲示板なんだから当たり前だろ」


 驚きの声を上げるギンに、彼女は目を向けることなく冷静な返答をする。あまりにそっけない態度。だが目の前の紙を読むことに集中していたので、それは仕方ないのかもしれない。

 そして熱心に文字の一つ一つを追っていた彼女の視線が、ふいに一点に止まった。


「……まずいな、ギン、今すぐこの町を出るぞ」


「へ? 一体どうしたんです?」


 ギンの言葉も聞かず、一目散に走り出すミレディ。

 彼女の表情には今までの軽いものは既になく、焦りと驚愕で覆い尽くされている。

 その原因は明らかに、彼女が見ていた紙にあった。


 彼女が見ていた今日付の紙。そこにははっきりとした字でこう書かれていた。


 ――『アルメリア王国騎士団による、昆虫人族の掃討作戦が実行に移された』と。




 ――――――――――




 森の中、一つの影が立っている。

 頭の先からつま先まで深緑のその人物は、森の景色に溶け込んでしまいそうだった。

 だが彼は決して溶け込むことはない。何故なら彼の周囲の緑は、赤く染められていたからだ。


 その赤色の原因となった、彼の周囲に散らばる死体達。それらは見事な揃いの白色の鎧を身につけていたが、彼らの体は無残にもその鎧ごと切断されている。

 その切断面から飛び出した血肉が、周りの緑を赤に変えていたのだ。


「……もうすぐです姫様、待っていて下さい」


『忍び装束』と呼ばれる衣服を着たその男は、誰に向けるでもなく、言葉を呟く。


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