『銀色と桃色』エピローグ
今日は二話投稿です。まずは短めのやつから。
村のはずれ、森と村の境目の場所にギンは一人立っていた。彼の頼みを快く引き受けてくれたミレディを待っていたのだ。
返り血で汚れた服は既に処分され、今は家にあった唯一のよそ行きの服に着替えられている。
何も話さず、とにかく無言で、自身が生まれ育った村を見つめるその姿。そこから彼の心を読み取ることは、不可能だろう。
すると街の中から一人の影が、彼に向かって近づいてくる。
「遅くなってすまないな。だがもう……準備はできたぞ」
「ああ本当ですか、 ありがとうございますミレディ様」
遂に様付けに抵抗がなくなって来たギン。
彼はミレディに感謝の言葉をかけた後、彼女の袖にべったりと血が付いているのに気がついた。
「ミレディ様、袖に……」
「ん? ああ、本当だな血が付いている。準備している時に何処かで付いたのだろう」
彼女は一瞬だけ袖に目を向けるが、特に気にした様子もなく、すぐに目線を袖から外し再びギンへと向けた。
そして、ほんの少しだけ湿った手で髪を弄びながら、彼に向かって重々しく問いかける。
「さて……では始めるが、本当にいいのか?」
「はい、一思いに……思いっきりやって下さい」
ギンのその言葉に彼女は頷くと、両手を左右に大きく広げた。目を瞑り、細く息を吐き、心の中で呼びかける。
瞬間、村全体を覆い尽くしていた夥しい魔力が、彼女の呼びかけに反応する。
――そしてミレディは言葉を紡ぐ。
「さあ……全てを燃やし尽くせ。上位火魔法――」
瞬間、ミレディと『繋がった』魔力がその言葉に反応し、その姿形を変えていく。
そして……
「――『獄炎』」
その膨大な魔力は、村を覆い尽くすほどの黒い炎へと姿を変えた。かなり離れた位置にいるにも関わらず、その炎から生み出された熱はギンの全身を飲み込み、彼は思わずその手で顔を庇う。
「おぅ……すっげぇ……」
「ふう、丁度今この辺りは、大気中の魔力量がかなり増加していたからな。かなり楽だった」
ギンの頼みごと、それはこの村と、村人達の遺体を、全て燃やし尽くして欲しい……というものだった。代償として村中の備蓄されていた食料が彼女の腹の中に送られたが、この結果なら安いものだろう。
彼がそんなことを考えている間も、生み出された黒炎は天を焦がす。
夜の闇に溶け込む様に伸びたその黒い火柱は、彼の十八年の記憶をゆっくりと燃やし尽くしていく。
「……どうだ? もう大丈夫なのか?」
「はい、もう俺も踏ん切りがつきました」
感慨深くその景色を眺めていたギンの顔を、心配そうに覗き込むミレディ。彼はそんな少女の様子に笑みを浮かべると、安心させる為の言葉を発した。
「そうか、なら良かった。じゃあこれからこの森の麓にある人間の街に向かうから、すぐに準備しろ」
無邪気に、まだ幼さの残る表情でギンに微笑み返した彼女は、続けて残酷な言葉を呟く。
現在時刻は夜中。まだどうにか日を跨いではいないが、それも時間の問題だ。
「へっ? これからですか!? もう夜なんですが……」
「当たり前だろ、できれば朝までには着きたいからな。朝ごはんに遅れたくないんだ」
「朝ごはんですか……」
散々この村の備蓄を食い荒らしたミレディ。だがそれでも次の食事のことを考えている彼女に、ギンは言葉が出ない。
「さて、じゃあ行くぞ」
「はい……了解です」
生き生きとしたミレディと、彼女とはまるで対照的なギン。彼らの姿はあっという間に夜の森に飲み込まれていく。
彼女の配下となった彼の苦労はこれからも続く。彼の命が尽きるその日まで……。
次回からは新しい物語です