妹9 12年前
彼が刺されたと同時に、自分の横腹にもとんでもない痛みを感じた。それは痛いなんてものじゃない。一瞬だけ意識が飛んで行きそうになるくらい、鋭く焼け付くような痛み。
恐らく傷を負ったお兄ちゃんは、それ以上に痛いはずだ。同時に、恐怖と憎悪が心を支配する。
あの日と同じだ。12年前のあの日と同じで、お兄ちゃんが死んじゃう、殺されちゃう。私の目の前で、私の力が届く距離で。
嫌だ、怖い怖い怖い嫌だ嫌だ嫌だ!許さない、許さない!私の家族を、お兄ちゃんを傷つける奴は許さない!!
途端に、頭の中が真っ白に染まった。
────────12年前
今考えれば、そりゃ狙われたりするよね。むしろ狙われて当然なんだって思う。
父親は名門聖アストラル学園の理事長であり、夜風市最大級の財閥社長。母親は、父の秘書であり副社長。典型的な金持ちの子供。いいや、ただの金持ちって枠だけでは収まらない。それだけ、この時雨財閥という物の権力は凄いものだった。
大金に目が眩んだ者が、狙うには絶好の相手。今でこそ、お兄ちゃんや私を拐うことの出来る人間なんていなくなったけれど、齢4で魔法も体も何もかもが未熟だった私達を拐ったり殺したりするのは簡単だ。
その頃の陣と朱里も11歳。その頃から専属執事とメイドだったけれど、小学校に通っていたため、今みたいに常に側にいるわけではない。
だからあの日、私達は幼稚舎からの帰宅路で襲われた。男達が私達の乗っている車を上空から襲って、車ごと逃走したのだ。
その時に乗っていた使用人は、重傷を負い、道路に打ち捨てられて命を落としたと聞いた。
「へへっ、お前達は人質だ。大人しくしてたら殺しはしないからよー。なぁ、金持ちのお坊ちゃんとお嬢ちゃんよ」
ニタリと下品極まりない笑みを浮かべた男は、私達に銃やナイフを突き付ける。それがとても恐ろしくて、私はただ震えていることしか出来なかった。
「ひっ…!」
「とうか、だいじょうぶ……ぼくがぜったいにまもってみせるからっ……」
その頃のお兄ちゃんは、言っちゃえばヘタレで弱虫で……自分だって凄く怖くて目尻に涙を浮かべながら震えているくせに、それでも私だけは守ろうとしてくれていた。
男達の目的はもちろん現金。私達を人質に取って、お金を奪おうとしていたのだ。
時雨財閥の御曹司とお嬢様が人質ってだけで、沢山の警察が動いたし、現金だって用意されていた。しかし……。
「おい!1分も遅れてんじゃねぇぞ!!そんなにこのガキがどうなってもいいって言うんだな!!」
「ああああああっ!!い、ああああっ!!」
「はははっ!!おい、こっちのガキも同じようにされたくなかったらこの倍の金もってこい!!」
男達は現金を渡すのが1分遅かったからといって、お兄ちゃんの右横腹を刃物で刺し、更に倍の現金を要求した。
彼が刺されたと同時に、同じ場所が焼けるように痛くなる。子供の体では普通に考えて耐えられないであろう痛み。
その痛みに耐えながら、地面に投げ捨てられたお兄ちゃんに近付き、触れるとぬるりとした感触がした。
両手を見つめると、赤黒い液体が付着しており、鉄の匂いがする。
「と、か……みちゃ……だ、め……」
息絶え絶えになりながらも紡がれる言葉。お兄ちゃんの呼吸が、だんだんと浅くなっていく。
幼い私は悟った。このままではお兄ちゃんが死んじゃう、そんなの嫌だ。あいつらがお兄ちゃんを殺そうとしたんだ。私の半分を傷つけたんだ、絶対に許さない。
そう思った後から、私は何も覚えていない。
気が付いた時には既にお兄ちゃんを傷付けた男達はおらず、治癒魔法をかけられながら担架に乗せられたお兄ちゃんと、私を抱き締めながら涙を流していた陣と朱里を含む使用人達だった。
「お嬢様に、なんてことを……!!」
「我らが、不甲斐ないばかりにっ……!!」
その言葉の意味はわからなかった。
だけど、あの男達を二度と見ることはなかった。逮捕されたというニュースも見なかったし、陣達も何も教えてくれなかった。
聞いても、『お嬢様は心配いらない』『気にしなくても大丈夫』『犯人達は罰を受けたのだ』としか答えない。
病院に運ばれたお兄ちゃんに聞いても、何も答えてはくれない。ただ、私の頭を撫でて『冬歌は、何もしていない、だから心配しなくてもいいんだよ』と。
その日から、お兄ちゃんも陣達も変わった。
ヘタレで弱虫なお兄ちゃんは、当時11歳で時雨家最強と呼ばれることになった陣に己を鍛えてもらい、陣率いる専属使用人は二度とこんなことが起きないように、四六時中側にいるようになった。
そして、私に対して過保護な今のお兄ちゃん達が出来上がった。
あの日、私が何をしたのか覚えてはいない。誰も教えてはくれない。
だけど、これだけはわかる。私は、人間としてやってはいけないことを行ったのだと。
そして、またお兄ちゃんが傷付いた。
お兄ちゃんがいなくなるなんて嫌だ。私の半分をこんなに傷付けて、許さない。
恐怖と憎悪の感情が強すぎて、もう何も考えられないけど、恐らく私はあの日と同じことをしようとしている。
また、人間としてやってはいけないことを、今度は仲間の前でやろうとしているのだ。