8 幸村救出大作戦
目の前に見えるのは廃墟。中の様子を伺いつつ、他の到着を待つ。
リムジンの光が見えた、降りてくるのは朱里と幸村雪音。彼女達の到着後、しばらくしてから生徒会執行部の奴らが揃って到着した。
「集まったな」
「あれ、会長……大丈夫?」
「大丈夫だ。それに生徒会長がいないと締まらないだろう?」
確かに、我らが筆頭である生徒会長がいないのは締まりがないし、士気も上がらないな。
会長が来てくれたことに安心していると、バサリと羽音が聞こえてきた。どうやら、偵察に向かっていた陣が戻ってきたらしい。俺達の目の前で梟から人に戻る。
「まだ中におりました。幸村歌音も一緒です」
「ありがとう。じゃあ会長、指示を」
「……ここから先は何があるかわからない。特に鈴音、身の危険を感じたら朱里さんの指示に従い離脱しろ」
会長の指示に、鈴音はコクリと頷く。危険なのだから初めから非戦闘員を連れてくるなと普通なら考えるところだが、鈴音は鈴音で役割がある。今回は、幸村歌音を戦闘不能にした後の回収兼ヒーラー役だ。
「今回の目的は幸村歌音の奪還、及び人間に取り憑いた魔物の殲滅だ。絶対に1人もくたばるなよ。では、作戦開始だ!」
会長の声と共に、細雪を顕現し腰に差す。そして、廃墟の中へと足を踏み入れた。陣が案内役として、先導してくれる。
彼が光魔法で足元を照らしてくれているのだが、いきなり襲われたら対処しにくい程度に薄暗い。……だが、違和感を感じる。不気味だ。
「……おかしいくらい、静かだな」
「手下の下級魔物くらいいてもいいはずだけど、その気配すらもないね」
樹のいうとおり、道中で手下が襲いかかってくるような気配は無く、何も起きずに恐らく魔物と幸村がいるであろう場所に辿り着いた。
目の前にある古びた扉を開ければ、そこはもう戦場。いつ何が起きてもいいように、細雪の鍔に手をかけ抜刀の体制を取る。そして、それを確認するように陣が俺の方をチラリと見るので、コクリと頷いた。
ギイィと音を立てて扉が開くと同時に、殺気を感じる。既に幸村の刃が、こちらに迫ってきていた。突然のことで動けない会長達を放置して素早く中に入り、刀で牽制する。
「おいおい、随分派手なお出迎えだな」
幸村の刀を弾き、距離を取る。
奥に座る男は、ニヤリと笑みを浮かべていた。天井から大量の人形が落ちてくる。それも、ハサミや金槌などの凶器を持ちながら。
なるほど、そう簡単に倒される気は無いってことだな。
「幸村は俺が引き受ける、会長達はその人形をどうにかしてくれ」
「了解した。鈴音、俺からあまり離れてくれるなよ」
「よっしゃー!人形相手やけど、暴れられる!!」
「俺も、久々に遊べるかな」
蛍の手に大鎌、樹の手に巨大ハンマーが顕現される。向こうは冬歌もいるし、任せて大丈夫だろう。それより、俺の方は大変だ。
あの幸村歌音と戦うんだ。それも手合わせしている時のルール適用無し、冬歌が最初にかけてくれる防御魔法も無しの真剣勝負で。
油断したら、……待っているのは死のみだ。
「幸村くん、君はひたすら幸村のこと呼んでくれればいいから」
「いえ、僕だって戦います!」
「いや、呼ぶだけでいい。指示に従ってくれ」
幸村くんは、少し納得できなさそうな表情を浮かべるが、はいと返事し、渋々身を引いてくれる。流石に幸村くんを戦わせるわけにはいかない。
こういうのは基本俺達の仕事なのだから。それに、下手に手を出されるとかえって俺が不利になる。
幸村が動いた。振り下ろされた斬撃を受け止める。ガチガチと金属音が響き、刀が交わる度に小さな火花が散った。
くそっ、これでは前に襲われた時と何も変わらない。攻撃する隙も防御する隙も与えない。ただただ小競り合いが続く。
「姉さん!!目を覚ましてよ!!」
幸村くんの声が響くのだが、幸村には聞こえていないのか動揺などの反応は見せず、目の前の俺を淡々と攻撃してくる。おかしい、マリオネットユーザーの傀儡魔法で操られているだけならば、普通親しい者の声に何かしらの反応があってもいいはずなのに。
「何故だ、何故幸村に声が届かない……!」
何が起きているのかわからないと言った表情を浮かべていると、奥の男からヒィヒィと笑いすぎて息をするのすら困難だというような笑い声が聞こえてきた。
「俺の傀儡魔法を普通の傀儡魔法と一緒にしてくれるなよー。俺は種族の中で最も能力が高いんだ。呼び掛けたくらいじゃ解けねーよ!バーカ!」
あれ、なんだろう。これ、喧嘩売られてんのか?喧嘩売られてるってことでいいんだよな?よし決めた。幸村どうにかしたら俺の手であいつぶっ倒す。この俺をバカと罵り、嘲笑ったことを後悔させてやる。
そう思っていたのに、冬歌の悲鳴が聞こえて動きと思考を止めてしまった。
シスコンの俺が、冬歌の声に反応しないわけがないだろう。例え戦闘中であっても冬歌第一だ。
「冬歌!!」
そちらに目を向けると、あの柔らかい左腕に似合わない傷ができ、赤黒い液体が流れていることがわかる。
理解した途端に、同じ左腕に焼けるような痛みが走った。刃物で切られた痛みだ。
「冬歌!!」
「……っ、お兄ちゃん、後ろ!!」
「時雨先輩!!」
冬歌と幸村くんの叫び声でハッとした。冬歌に気を取られていて忘れていた。あれほど、油断してはならないとわかっていたはずなのに。
後ろを振り向くと、幸村の刀が寸前まで迫っていた。やばいと思い、咄嗟に身を翻す。急所は免れたが、遅かったらしい。横腹に鋭い痛みが走る。
それを我慢して、風魔法を纏わせた柄で幸村の腹を殴った。突き刺さっていた刃は抜け、幸村は向こうの壁まで飛んでいく。悪い幸村、謝罪は終わってからする。
しかし、あまりの痛さに立っていられず、細雪を地面に刺して片膝を着いてしまう。額に汗が滲む。ポタポタと己の横腹から滴る液体が、地面を汚す。幸村くんが、大慌てで俺の側に駆け寄ってきた。
「時雨先輩!……血がっ!」
「やっべ……、やら、かした……」
こんな痛み、あの日以来知らねぇよ。
ここでハッとする。先程、冬歌がこちらに意識を向けたまま刺された……ってことは!
「冬歌!!見るな!!」
しかし、時既に遅し。冬歌は俺の傷と同じ場所を押さえて震えていた。その瞳に、涙が滲み始めている。
やってしまった。俺のミスだ。もう、もう二度と冬歌にこんな思いさせないって、あの日に誓ったのに!!
「お、おに……お兄ちゃ……血、血が……」
「冬歌!おい!聞け!……冬歌!!」
「いやっ……やだっ、お兄ちゃんっ……いやああああ!!」
俺の言葉は届いておらず、冬歌の悲痛な叫びと共に空気が変わる。構築されていくのは、巨大な白い魔法陣。
「なんだこの、巨大な魔法陣は!」
「歌時雨……」
一度だけ見たことがあるその魔法は、正しく冬歌の最大魔法。使用者が敵と見なした相手を消滅させる防御魔法無視・魔法封印不可の絶対魔法。チートみたいな魔法だが、デメリットも多い。そもそも冬歌が意識的にこの魔法を使うことはできないし、この魔法を使えることを知らない。完全無意識での発動になる上に、魔法を発動した時の記憶は冬歌には残らないのだ。
味方を絶対巻き込まないという性質は冬歌の心の現れではあるが、このままでは俺達はともかく幸村と魔物に取り憑かれている人間が危ない。特に幸村は操られているとはいえ、俺を刺した。恐らく敵と認識されているだろう。
俺は、冬歌にあの日と同じことをさせようとしている。あの日、この魔法で行ったことを冬歌は覚えていない。
だが、心にはトラウマとしてしっかり根付いてしまっている。だからこそ、止めなくてはいけない。冬歌をこれ以上、傷付けたくないから。