6 時雨双子の3時間クッキング
「にしても、情報が少なすぎる」
幸村雪音の証言だけでは、襲ってきたのは幸村歌音という確証を得られただけ。問題はそこではない。幸村歌音をあんな風にしたであろう魔物の情報が欲しいのだ。
生憎、俺と会長以外が彼女に襲われたという情報は入ってない。
どうにかできないかと悩んでいると、樹が何かを提案してきた。
「ねぇ、黒宮さんに頼めないかな?」
「……陣に?」
「だって、ほら。あの人ほぼチートみたいな人だし、情報とか簡単に持ってきてくれないかなって」
「いや、陣に頼むのはいいとして、動いてくれるかが問題だ」
俺達の専属執事、黒宮陣。何をさせても完璧にこなしてみせる万能超人、しかもイケメン、まさにチート。流石に使える人の方が珍しいと言われている転移魔法と回復魔法は使えないけど、23歳にして、時雨家最強と呼ばれる執事だ。
確かに陣に頼めば、幸村歌音に関しての情報を五つや六つ持って帰ってくるだろう。
だがしかし、奴には欠点が一つだけ存在する。それは一定の時間、俺達から離れると発狂することだ。中学の時、修学旅行が2泊3日であったんだが……、発狂を通り越して廃人になりかけていた。俺達のどちらかが側にいれば問題ないんだがな。
とりあえず、ダメ元で聞くだけ聞いてみるか。陣を呼び出すと、どこからともなく現れ、俺達の前に跪く。
「なぁ、陣。お願いがあるんだが」
「何なりと」
「幸村歌音の監視とあいつを操ってる野郎を探して欲しい」
「……冬夜様、それはもしや御二方から長時間離れるということですか……?」
「ま、そういうことだ」
そう言った途端、冬歌と共に陣の腕の中へと収まっていた。嫌というようにきつく抱き締められる。産まれた時から一緒にいるからわかるが、これは俺達から離れることを拒否しているということだ。
まぁ、陣自身も自分が俺達から離れると発狂するって自覚あるし、拒否するよなー。
「なー、頼むよ陣」
「お願い、陣。歌音ちゃんを助けるために協力して?」
「い、いくら御二方の命でも、それだけは……!」
やっぱり普通に頼んでも動いてはくれないか。こうなったら陣が絶対に動くようにしてみるか。ツンツンッと冬歌を突く。可愛い妹は俺の考えていることに気が付いたのか、小さく頷いてくれた。
「お願い聞いてくれたらお兄ちゃんと二人で陣のために陣の大好きなシュークリーム焼いてあげる!」
「グッ……お、お嬢様と冬夜様のシュークリーム……、し、しかしっ……」
「よし、わかった。シュークリームだけじゃない、チーズケーキも付ける」
「明日一日中、陣のことを昔みたいに陣お兄ちゃんって呼んでもいいよ?」
だからお願い、と二人で頼み込む。
ここまで言っているのに動かない陣ではない。少し間があった後、ようやく言葉を吐き出した。
「……………………かしこまりました。黒宮陣、冬夜様とお嬢様のために、必ずや成果を上げて戻ってまいります」
陣は、俺達に一礼するとそのまま飛び上がって姿を消した。
いやー、でも陣が動いてくれて助かった。これで情報は集まったも同然だし、幸村を助けることもできる。
「陣さんって甘党なのか?意外だな」
「いや、シュークリームとチーズケーキが好きなだけ。チョコレートケーキなんかは苦手なんだ。とりあえず、材料買って帰るか」
「そうだね。後は陣が帰ってくるのを待つだけだし」
「ほな、陣さんが帰ってきたら情報回してや、魔物やったら俺の大鎌でやっつけたるし!」
「了解」
陣が戻ってくるまで動けないので、ここで一度解散。俺と冬歌は迎えの車に乗り、途中のスーパーで材料を購入して自宅へと戻った。
お帰りなさいませと、大勢の執事やメイドにお出迎えされる。そのうち、メイドの1人が俺達に近付いてきた。
「お帰りなさいませ、坊ちゃま、お嬢様。陣さんが側を離れていると聞きました」
「あぁ、ちょっと頼みごとをしてな。陣がいない間は頼んだぞ、朱里」
「かしこまりました」
俺達双子の専属使用人は執事2人メイド2人の計4人いる。信楽朱里はそのうちの1人だ。陣が側にいない時はこうして朱里が代わりに俺達の側につく。後の2人もそうだ。
朱里に頼んで、厨房の一角を貸してもらう。何をするのか察しているからか、必要な器具なども全て揃えてくれた。
その間にエプロンを着けて手を洗う。
「冬歌、どっちから作る?」
「うーん、シュー生地焼いてからチーズケーキ、でどうかな?」
「それでいくなら、チーズケーキ焼いてる間にカスタード炊いて、生の泡立てだな」
「それでいこう」
テレレッテッテ、テレレッテッテ、テレレーレーレーレーレレレレレ。
材料を分量通りに計る。粉類を振るっておき、同時進行でオーブンの予熱、ようやく生地作りを始める。
鍋の中に、牛乳・水・バター・砂糖・ひとつまみの塩を入れて沸騰させる。沸騰してきたら一度火を止め、振るっておいた薄力粉を鍋の中に入れる。
ダマが出来ないようにしっかり手早く混ぜ、混ざったらもう一度、火にかける。鍋の底にうすーい膜が張り始めたら火を止め、ボウルに移し、卵を少しずつ加えて混ぜる。
いい感じの生地が出来たら後は絞る。
絞り終わった生地の角を水を軽くつけたフォークの背で均し、霧吹きで水を吹きかける。後はオーブンに入れて焼く。
その間にチーズケーキの仕込みを始める。
まず初めに、タルト台を作る。
柔らかくしたバターに塩を入れ混ぜる。そして粉糖を入れ混ぜ、混ざれば卵黄を入れる。水を入れて軽く混ぜ、ホイッパーからゴムベラに持ち替え薄力粉を入れてさっくりと混ぜ合わせる。
タルト型を用意し、打ち粉した大理石に生地を乗せて纏め、麺棒で叩き伸ばしていく。伸ばせたらタルト型に入れて、はみ出したいらない生地を切り取る。空焼きしたい所だが、そんな時間は無さそうなのでそのまま中のクリームと一緒に焼こう。
俺がタルト台を作ってる間に、冬歌が中に入れるクリームを作る。クリームチーズに砂糖と塩ひとつまみを加え、クリーム状になるまでミキサーで撹拌させる。そして、全卵を数回に分けて加え、混ざったら5分立てにした生クリームを2回に分けて入れる。レモン汁を少し入れ、薄力粉。
出来たタルト台の中にクリームを流し込み、しっかりと生地を広げて平らにする。
「よし!後は焼くだけ」
「丁度、シューも焼けたよ」
冬歌がオーブンの中からシューを出してくる。綺麗にパリッと焼けているのでうまくいった。
シューを焼いたオーブンとは別の予熱したオーブンにチーズケーキを入れて40分焼く。
「次はカスタードだな」
「お兄ちゃん、炊くのはよろしくね」
「任せろ」
牛乳とバニラビーンズを用意しようとしたところで侵入者を告げる警報が鳴った。冬歌と共に反応する。
ここ時雨家には対人間用と魔物用の警報の2つがあるのだが、これは魔物用。対人間用が鳴ったなら使用人達に任せて俺達は呑気にカスタードを作っているところだが、魔物相手なら話は別だ。アジャイルハニーとか雑魚い魔物なら使用人達でも軽く倒せるのだが、アビスクロウとか来られると俺達も参戦する必要がある。
「カスタード作る前に、こっちの調理が必要みたいだな」
「そうみたいだね、お兄ちゃん」
厨房を飛び出して玄関を開ける。視線の先にいたのは巨大な蝶々。バタフィライ。
「おーおー、厄介な材料がいるじゃねぇか」
「お兄ちゃん、鱗粉くらっちゃダメだよ?」
「善処する」
バタフィライの鱗粉は、五感のどれかを失わさせる効果を持つ。しかし、倒せばその効果は失われ、失われた五感は元に戻る。なので、鱗粉自体はそこまで怖くはない。
ただ、バタフィライは相手に鱗粉をかけたら逃走を図るところが厄介だ。
その前に拘束魔法で取っ捕まえればいい話だがな。俺1人ならどうにも出来ないが、冬歌が側にいる、何も問題はない。
「細雪」
「吹雪」
フッと右手に顕現する細雪。
鞘から抜き、冬歌も鉄扇吹雪を広げた。
「さぁ!調理の時間だ!」