2 やっちまったってことだ
「オラァ!待ちやがれ!!」
昼食を食べようと思った途端にこれだよ。目の前を走るのは猫サイズの魔鼠、リベンジラット。
よりにもよってリベンジラット。
何が悲しくて、お腹空いてる時に全力疾走してまで追いかけなくちゃいけねぇんだよ、リベンジラット。お前倒した瞬間に仲間召喚しやがるから嫌いなんだよ。
リベンジラットを倒す方法はただ1つ、封印魔法の1つである『魔法封印』を使うしかない。だが、それにも問題があって、評価A+以上の奴が最低5人は必要となり、尚且つあの鼠を取り囲まなくてはいかない。
うん、無理だ、無理ー。俺1人でなんかどうにもなんねぇよ。
走っていると目の前に仲良く談笑している女子生徒が2人いることに気がついた。あー、なんでお前らはこんな時にこんなところにいんだよ……!!
俺の!!一般生徒を巻き込まないっていうプライドが!!ボロボロになる!!
嘘です嘘ですごめんなさい。そんなプライドとっくの昔にズタボロだよ。むしろ最初から存在してねぇ。一般人巻き込んでいくスタイルだとも、巻き込まなかったことなんかないと思うぞ。
「お前ら、早く離れろ!!」
と言ったのはいいが、俺の声かけは遅かったらしい。リベンジラットは、飛び上がると女子生徒の1人にその牙を向け襲いかかった。
しかし、次の瞬間、魔鼠は四等分にされ地面に落ちる。一瞬何が起こったのか全くわからなかったが、襲われたはずの彼女の手には、その容姿に似合わない剣が握られていることに気付く。察した。
「…………左」
左桜桃、この学園で彼女を知らない奴はいない。
その理由は、彼女がこの学園の文化祭で行われるミスアストラルコンテスト……通称ミスコン三連覇中だからだ。彼女は、俺の姿を捉えると笑みを浮かべる。
「冬夜さん、こんにちは」
「よっ、魔物の撃破サンキュー……といいたいところだが、左、今お前が斬ったの、リベンジラットなんだ」
途端に左の表情が固まった。口角の端がヒクリと震える。
そんなことをしている間にも、魔鼠の復讐劇は始まろうとしていた。俺達の周りにはいくつもの魔法陣が浮かび始めている。
「冬夜さん、どうしましょう!」
「あー……あー……、どうしような」
何においても、今の状況は非常にまずい。
もう召喚が始まっており、魔鼠の姿が見え始めているし、数は見たところ20匹ぐらいだろう。
こうなってしまっては、攻撃も迂闊に出来ない。むしろ、今この瞬間も危険すぎるくらいだ。
「魔法封印、使うしかねぇな」
幸いにもこの場には評価S+ともう1人の評価SSがいる。しかし、最低でも後2人は必要だ。今から冬歌や会長を1分以内で呼び出すのはほぼ不可能。もう、絶望しかない。
「スミレ、どうしよう……!」
もう1人の女子生徒……鳴海スミレは、面倒くさそうにため息をつきながら魔導書を開いた。
「魔法封印使うんだよね?しかし、僕と時雨先輩で1人分補えるとして、もう1人は必要になる。今からでは不可能だ」
「……後1人でいいんだな?」
「は?今から呼ぶにしても1分以内でこれる奴なんて」
「10秒あれば十分だ。陣!」
スタンッと黒の燕尾服がどこからともなく現れ『お呼びでしょうか、冬夜様』という言葉と共に俺の目の前で跪いた。流石、俺達の専属執事だ。呼べばどこでだって駆けつけてくれる。
それと同時に、物陰に隠れている2人組を見つけたが、そんなのは後回しだ。
「ほ、本当に来た……」
「陣、手伝ってくれ」
「なるほど、リベンジラットということは魔法封印を使うのですね。かしこまりました」
「では、始めよう」
俺達は、囲まれている中心から飛び退き、逆に魔鼠を囲んだ。刀を地面に刺して、魔法陣を展開させる。
「この領域にて、許さざる者の魔法使用を禁ずる。五重魔法陣展開、魔法封印発動!!」
魔法陣は魔鼠を取り囲み、魔法を封じる。その後は簡単だ、倒せばいいだけ。
ということで、魔鼠の排除を終わらせた。
「ありがとう、助かった」
「どういたしまして」
「陣もサンキュー」
「ありがたきお言葉、それでは業務に戻ります」
陣は、飛び上がるとそのまま姿を消した。いやー、本当どこから現れるんだか……。あ、そう言えば、なんかさっき物陰に2人いたな。中等部の制服着てたから恐らく鳴海の知り合いだろう。
「そういや、鳴海。あそこの2人組、お前の知り合いか?」
「は?」
俺の指差す方を見つめる彼女は、その2人の姿を確認すると呆れたようにため息を吐いた。どうやら、その様子を見る限り彼らは知り合いみたいだな。
「何してるんだ、切也に亜隈。」
あははーっと笑みを浮かべながら、物陰から出てくる男子2人組。
にしても、中等部の制服懐かしいなぁ……。俺も着てたからな。
「よ、よう、鳴海」
「こんにちは、左先輩。今日も美しいですね」
「えーっと、ありがとう。亜隈くん」
左の側に亜隈と呼ばれた方の男子生徒が近寄り、彼女の手を取ろうとした。だが、その瞬間を見逃さず、鳴海は左と亜隈くんの間に入り込んで彼を睨み付ける。
「亜隈、桜桃に近付くな。ところで、何の用だ?」
「次の授業、教室変更になったから伝えておこうと思って」
次の授業と聞いて思い出した。今何時か確認するためにリンゴフォンを取り出す。昼休み終了まで残り15分。
昼食食べる前に魔鼠追ってたからなぁ……。自覚したら腹減ってきた。でも、15分で食べるのは嫌だ。
何故って?今日はメイドが作った弁当ではなく、可愛い可愛い冬歌が作った弁当だからだ!!味わって食べたい。それはもう1時間くらいかけて。
よし、授業サボろうそうしよう。そして、1時間かけて弁当食べよう。うん。俺にとっては授業なんかよりも、妹の手作り弁当の方が重要だ。
「ところで、後ろの人誰だ?」
「………あぁ、切也は生徒総会の時に寝ているから知らないんだ。この学園では有名だよ?理事長の息子であり時雨財閥の次期社長、生徒会執行部議長時雨冬夜」
まぁ、それだけじゃなくて色んな意味でも有名だけどね、と追加する鳴海。
切也くんは、お前知っていたのかという表情をしながら亜隈くんの方を見る。彼はそんな切也くんに気が付き、グッと親指を立てた。
途端に、彼の表情が青ざめていく。
「ま、マジか……マジか……。お、俺中等部3年風間切也って言います!!生意気な口聞いてすんませんでしたああああああああああ!!!」
「いや、別に怒ってねぇし。自分が有名人だなんて思ってねぇから」
あれ?ところでなんで有名になったんだっけ。
あれか?大学部に魔物が出た時に、魔法の加減間違って地面にクレーター作ったからか?それとも、幼稚舎に行った時に幼女達が俺で争って不安定な魔法ぶっ放したせいで幼稚舎が半壊になったことか?初等部で魔法演習があった時に講堂の天井に穴を開けた時か?それか中等部で魔物が出た時に火炎魔法使って校舎焦がしたからか?
「そうか!会長を一番困らせているからか!」
「何を悩んでるのか知らないけど反省しろよ、理事長の息子」
中学生に怒られた。