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DOG  作者: 井上たつき
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ムーンドロップ

「……ムーンドロップ?」

 フランツ・フォン・アダムは、自慢の耳を思わず疑った。

 シャツにガウンを羽織ったラグジュアリーな姿。首にヘッドフォンを引っかけ、ゆったりとした体勢で長い脚を組んでいる。足元は手入れが行き届いた味のある高級革靴。ボトムはそれを計算した上での絶妙な丈だ。

「それ、ホンモノか?」

『えぇ』

 届く声の主は、ノエル・デュ・リス。優しい低音と、ワルツのような流麗なリズム。

『テオ様のご判断です。間違いないかと』

「へェ……そりゃまァ……」

 フランツは、ニッと右の口角を釣り上げた。

「コレ、混ざってんだろ?見た目全然違ェし」

 そう言って、目の前に照らし出されるそれを見た。

『おそらく、禁族の血が。数値が人間のそれとは考えにくいので』

「まぁな。あいつらも大概バケモノだけど、これは常軌を逸してるな」

 送られてきた解析データ。双眸に宿るヴァイオレットの色が強くなった。

「……探してみる価値はあるな」

 含みながら、そう零した。

『既にこちらも探しています。ただ、どちらかと言うとこの手は貴方の得意分野ですからね』

 賛辞か皮肉か。美しいそれに笑みが増す。

「いくら男が用無しでもあのスペックだ。どこぞの国家機関やら研究機関やら、欲しがる奴はゴマンといるだろ。――『死体』でも」

『そういう趣味の輩もいるようですしね』

「死体愛好家か。きっしょくわりィ」

「……そういや」と、思い出して姿勢を変えた。

「なんか、そんな変態王子が出てくる童話を昔読んだな。綺麗な死体だと思って連れ帰って犯しまくるっつー話」

『……なんですかそれ』

 音は呆れている。

「最近は、最後に生き返って『末長く幸せに暮らしました。めでたしめでたし』っつー意味不明な話にすり替えられてるらしいけどな。本来の原作は目覚めた主人公がその変態王子と結婚して、自分を殺そうとした母親を復讐で拷問死させて終わる」

『は?』

「主人公の実の親父が娘にまで発情する真性のロリコンで、親子で毎日ヤリまくり。それが母親にバレて殺されかけんだよ。でも、この主人公がオヤジにヤられてただけあって性悪のクソビッチでな。逃げた先で老いぼれの小人ジジィ数人相手に股開いて手籠にすんだよ。なかなかおもしろかった」

『………どこが童話なんです?』

 それに「あのなァ」と同じ音で返す。

「本来の童話はエロでグロなんだよ。何も知らねェガキ共に『この世はこんなモンなんだ。だから気を付けなきゃいけねーぞ』っつーことを教えるツールなんだ。この世のどこにお綺麗なハッピーエンドがあんだよ?そんなバカなことしやがるからガキがダメになる。夢見がちな花畑ボケばっかり量産しやがって。うちでも取り扱うべきだ。マクシミリアンに頼みゃ、なんとかなるだろ」

『却下です』

 強く強く、切り捨てた。

『これ以上、必要ないでしょう』

「…………」

 サイドデスクの上。グラスには、年代物の赤ワイン。それを手に取り、グビッと呑んだ。

 時代が薫る上等な古典を愛する彼の嗜好。その為には大枚を叩く必要があり、この一口もバカにならない。しかし、フランツは何の躊躇いもない。

 欲しいものは、手に入れる。

「――女はどれくらい残ってんだ?」

『個人所有も含め、闇のルートに関してはカサノヴァさんが詳しいので調べてもらっています』

「あァ……アレは色々と顔がきくからな。それこそ、さっきみたいな性悪変態連中に」

 ゆらゆらと、赤を揺らして眺める。

「ムーンドロップの精製法がわかったのはかなり後になってからだったからな。今流通してるほとんどが奪ったモンだ。殺すだけならまだしも、墓まで掘り起こすかよ。きっしょくわりィ。高値叩いて欲しがるヤロー共は全員頭イカレてんだぜ」

『――死者を愚弄する者にはそれ相応の天罰が下りますよ』

 冷たく言い放つその音には、彼の本質が滲み出ていた。

『今回のことを考えると、各地に逃げのびている可能性もあります。そちらでも把握を急ぐ方向です。可能であれば、保護も』

「純血だからそーなんのか、混血でもそーなんのか。とりあえず、増えてる可能性はある」

『……しかし、タイミングがタイミングですね。ちょうどマクシミリアンの追っている案件もプレミア関連ですから』

「あァ、変態コレクターが殺されたってヤツ?」

 目の前の映像が切り替わった。リストアップされた顔がずらっと並び、各々の趣向と収集品が一覧になっている。

「確かに、肩書きは立派でお綺麗だが?悪趣味ヤローが見事にガン首揃えてんな。変態王子もビックリだぜ」

『……『もったいねェ。俺がヤッてやりたかったのに』とでも思ってそうですね』

「よくわかったな。ほんとにもったいねェ」

 全てを飲み干し、新たに注ぐ。

 赤が、埋めてゆく。

「豚野郎が死んだのはどうでもいい。問題はそのコレクションだ」

『えぇ。当たり前ですが、その件に関しては一切の報道がありません』

「はっ!そりゃそうだろ。『闇市場』は禁止コードだからな。バラそうもんなら殺される。実際、正義感と良心溢れるジャーナリストが何人か『消息不明』か『死体』になってんだろ」

 会員は各界の権力者で構成されている。それくらい他愛もない。

『仕入れた情報によると、『なかった』ようですよ』

「それ、ネタ元どこだ?カサノヴァか?」

『有力な筋からですよ。情報提供者を売るわけにはいきませんから匿名でお願いします。きちんとマクシミリアンのお墨付きですよ』

「ったく……王子様にはご家来が多いことで」

 明らかな嫌味も、軽やかなステップで華麗にいなす。

「身元特定の材料は、他に刀と血まみれの装束か。つーか、この刀もおかしいよな」

『えぇ、鋼じゃありませんからね。金属を用いない刀など聞いたことがありません』

「これ、牙じゃねェの?成分的にも、形的にも」

『何の生物ですか』

「そりゃあ……禁族じゃねぇの?」

 浮かべたそれに、向こうでは少し驚きの音。

『……意外ですね。無神論者の貴方からそんな言葉が聞けるなんて』

 フランツは「はっ」と鼻で嗤った。

「そんなしょーもねェもんは今も昔も信じてねぇよ。俺はただ、『人外の連中』のことを言ってるだけだ。俺は現実を見てるんでね、存在するモンを思い込みで否定するほどバカじゃない。加えて、神なんてモンを信じるほど愚かでもない。実際、お前がいい例だろ」

『は?』

「金髪はオツムの弱い、プライドだけは立派な高慢ちきバカばかりだが、お前みたいなのもいる」

『とんでもない偏見ですね。だから差別主義者なんて言われるんですよ』

「偏見じゃねェ、事実だ。つーか、それこそ金髪連中に言ってやれ。あいつらの優越意識と差別意識はとんでもねェぞ。俺は、そーゆー現実を見てんの」

 そして、ゴクゴクと喉を鳴らす。

「それにな、人間ってのは差別して生きるモンだ。して当然、人間の特性だ。しねェ奴なんて古今東西どこにもいねェよ。『平等』のたまって正義ヅラしてる奴の方がよっぽど悪党だ。それか、本質もわからず薄っぺらな表面しか見てない途方もないアホか」

 この物言い。良くも悪くも自分が正しいと持論を貫く強固な意志。これは、世間や世論がどう動こうが揺らがない。

 これが、『フランツ・フォン・アダム』という男だ。

「金髪碧眼なんて最悪。金髪緑眼なんてこの世の終わり」

『……よくもまぁ、断言してくれましたね』

「お前みたいに天然で劣性が出るのも確かにいる。でも、この世の大抵の金髪は染めてんだぜ?特に女。優越気取ってるくせに劣性遺伝子にこだわる意味がわかんねェ。あまりにも腹立って、鼻折ってやったことがある」

『……それは、比喩ですよね?』

「いや?本気で。寝てる間に、ボキッと。ご自慢の顔だったらしいから?無駄なプライドと一緒に粉々に」

『……よくそんなことが出来ますね。信じられません……』

「そーか?お前、〝あいつら〟を見てまだそれを言えんのか?」

 奥で、息を呑む音がした。

 それは、この世界の被害者。

「お前、アレキサンダーと近いから勘違いしてんのかもしれねェが、アレが普通だと思うなよ。アレはとんでもねェ男だ」

『………』

 アレキサンダーは、訳あって年中長袖長ズボン。肌を露出することはなく、顔以外の全てを覆い隠している。

「普通なら憎悪で歪んでおかしくなるところが、あのまっすぐさ。抑圧された自我ってのは歪な形で攻撃的に暴発する。だから、あの類はどっかおかしい奴が多い。そうしないと『保てない』んだろうがな」

『………』

「それも、ジュリアなら一瞬なんだろうが……断固拒否だからな。あいつが言うことを聞いて、一切手を出さない。メンタルの強さは随一だ。勤勉で優秀、地頭もいい」

『貴方が褒めるなんて、将来有望ですね』

「だから、俺は『現実を見てる』っつってんだろーが」

 徹底的にリアリストな彼だからこそ、その発言には信用するに足る部分がある。

「ジュリアの異常だって誰が見ても明らかだ。オヤジがアレだし、育った環境が環境。あいつの『普通』はぶっとんでるからな。標準が根本からズレてる」

『………』

「まァ、ジュリアに関して言えば儲けモンだと思うぜ?『適応』できない奴の方が多いだろうからな。プラマイゼロどころか、プラスだろ」

『……どこがです?』

 音が、変わった。それは、誰の耳でも明らかな変化。

「あのなァ、勘違いしてるようだからわざわざ説明してやるけどよ。『人体改造』はステータスだぞ。兵士だけがやるなんて時代は終わったんだ」

『…………』

「技術が確立されてきて、既に医療の分野だ。金の亡者共がアホみたいに値をつり上げてやがるけど、それがまたイイんだろ。高級志向のアッパー連中は我先にと予約して、自分の番を今か今かと首長くして待ってる。大国の上層部なんて生身の方が珍しいぜ。バカ女共も『アンチエイジング』とか『美容の為』とか言っていじってるしな。ブスが何したってブスには変わりねェっつーのによ」

『そんなのとあの子を一緒にしないで頂きたい』

 それは、明白に示された不快感。

「まァ、あいつはどっちかっつーと従来の『兵器』寄りだけどな」

『…………』

 無言から、伝わってくる。

「お前もあいつの世話してわかってんだろ。自惚れた優越が何をしでかすか。アレこそ『差別』以外のナニモノでもねェ」

『………でも、それは金髪に限ったことじゃないですよね』

「は?」

 思わぬところで攻撃を仕掛けて来た。

『その金髪嫌い。何かトラウマでも?』

「トラウマ持ちはお前だろ」

『否定はしませんが。……とりあえず、話を戻しましょうか。脱線しましたね』

 カウンターで突いたつもりだったが。声に動揺は見えず、平静。

(……タフになったもんだ)

 過去のない人間はいない。こんな所に堕ちているような場合、それは壮絶だ。

 乗り越えるか、囚われるか。後者だった彼は、前者になった。

 本当にそうなったのか、それは定かではない。しかし、前を向いて歩くようになった。

(……天使、ねェ……)

 フランツとは違い、彼は信じている。

『――彼について、どう思われますか?』

 その眼に、その姿を映した。

「通常、ミックスはピュアに劣る。が、これはレア。超プレミアモンだ。混ざってる血がヤバすぎる。バレれば当然、えらいことになるだろうな」

『そこで、お願いがございます』

 まるで、「待ってました」とばかりの返答。

「俺に?何を?」

 声の先で、クスッと微笑む音がした。

『貴方にしか、できないことを――』


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