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DOG  作者: 井上たつき
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電気ショック

 刹那の後、シン――と静けさが満ちた。

 それはまるで、嵐の後。

「――おい」

 レオンの声。それはさっきまでとは違い、非常に支配的だ。

 うつ伏せの身体。伸びた手は地を這い、あと僅かでジュリアに届く。その背の上に、レオンがドンと構えていた。彼よりも小さな身体で、完全に制圧している。

「男が女に手ェ出してんじゃねぇよ」

 顔を耳元に近づけ……呟いた。彼にだけ聞こえるように。

「コイツにはぜってぇ手を出すな。――死ぬぞ」

 別人のような声音。直接脳に訴えたそれは、警告に他ならない。

「お前、言ってることとやってることが違うぞ」

 顔を上げ、少しバツが悪そうに「うっせ」とごまかした。それは、いつものレオン。

「…………」

 ちらりと自分の腕を見た。――鳥肌が立っている。


「……かえ、せ……」


「!」

 それは、初めて聞いた彼の声。今にも消え入りそうな、無気力な音。

「……かえ、せ……」

 壊れたカセットテープのように繰り返されるその言葉。レオンのせいで一切の身体の自由がきかず、言葉と眼光だけが彼の意思を伝えることを許されている。

 ギロリと見上げる、その瞳。黄金が射すのは――空。

「ふざけるな」

 振り落とされた声が、容赦なく切り捨てる。

「捨てたのはお前だろ。捨てておいて返せはない。お前、自己中か。無知なバカか。救いようのないバカか、死ぬまで治らないバカか、治す薬のないバカか」

 曲がる事のない直球のストレート。それは、彼女の持ち味。彼女の生き様そのもの。相手が誰であろうが、そんなことは関係ない。

「大事なら最初から持っとけ。ちゃんと守れ。それが出来ずに何が返せだ。甘えるのもいい加減にしろよ、へタレ」

「………」

「お前は捨てた。全部捨てたんだ。そんなお前に、何の資格もない」

「………」

「力のない者は何の選択肢もない。何も得られない、何も守れない。ただ失うだけ。何かを求めるならそれなりの力をつけろ。力のない今のお前には何の権利も価値もない」

「………」

「死ぬことすらな」

 答えはなく、ただ返って来るのはじっと睨むように見つめる獣の双眸。

「無駄死の犬死。私はそれを許さない。弱いお前は黙って私に従え」

「――そうですか」

「!」

 爽やかな落ち着いた声に、独特のリズム。それは、彼の特徴でもある。

「あ、サンディ」

 清潔感漂う白衣姿。「サンディ」ことアレキサンダーの登場に、空気が一気に引き締まった。

「一体、ここで何をされているのでしょう?」

 深い双眸が、伺う。

 アレキサンダーは優しい。温厚で温和な、ぬるま湯のような男だ。それでいて、砂漠に浮かぶオアシスのよう。そこにいるだけで癒され、浄化されるようなマイナスイオン効果がある。

 が、今は違っていた。

「――ジル?」

「ごめんなさい」

 ジュリアは頭を下げ、素直に謝った。

「何が悪いのか、わかりますか?」

「これ、安静が大事」

「そうです。あと、『これ』はダメですよ」

「わかった。気を付ける」

 その光景に、レオンは驚愕した。ジュリアをこんな容易く操縦が出来るとは。

「レオン様」

「っ!」

 それが、今度は自分に向いた。「やべっ」と身体が脊髄反射。

 今の状況は明らかにまずい。さっきまで意識不明で眠っていた彼を床に押さえつけ、その上に乗っかってしまっている。普通ならこんなことは許されないし、自分でも許さない。今すぐにでもどくべきだ。しかし、もしものことを考えるとそれはできない。

「後はお任せ下さい」

「………え」

 アレキサンダーはレオンの心情を理解していた。その上で、微笑んだ。

 その優しい心強さに、レオンの心は安定した。

 ゆっくり、彼から降りる。懸念は無用で、解放された後も彼は動こうとはしなかった。

 近づくその歩みは、言葉と同じく独特のリズムで肩を揺らす。

「――失礼致します」

 そっと一声をかけると、アレキサンダーは顔色一つ変えずに屍を抱え上げ、ベッドまで丁重に運んだ。優しく横たえると、そっと布団をかける。

 そこで、レオンは初めて気が付いた。

 ――違う。

(……すっげぇ……)

 彼が……違う。

 今までの彼と、今の彼が違っている。茫然自失には違いないが、色が変わっていた。

(……電気ショックだな……)

 そう思いながら、チラリとジュリアに視線を流す。

 ジュリアの武勇伝という名の暴挙は計り知れず、嵐を巻き起こす彼女の行動と言動は幾度となく周囲に雷を落とし、凍らせてきた。そして、彼のような人物を蘇生させた例はいくつもある。――実際、レオンもその一人だ。

「彼のことはこちらにお任せ下さい。面会は、彼の体調次第ということで」

 顔が、くるりと方向転換する。

「ジル、わかりましたか?」

「はーい。わかりましたー」

 念押しに、片手を大きく上げる。

 アレキサンダーとジュリアとのやりとりは、まるで教師と生徒。自他共に認める大親友、共に育った同年代の幼馴染なのだが、この二人にはなぜだか妙な力関係が存在する。

「じゃあサンディ、後はよろしくお願いしますっ!」

 ジュリアはピシッと踵を揃え、直立不動で敬礼した。

 これには特に意味はない。ただ最近の彼女のブームというだけ。誰が教えたわけでもなく、どこからか習得して気に入ったらしく、やたらめったら多用している。

「承知しました」

 アレキサンダーは優しく微笑んだ。

 

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