屍
それは、まるで屍。魂のない抜け殻だった。
開眼した双眸は、黄金に染まる獣のそれ。
重苦しく伸びた翡翠の髪。細いのに芯のある硬い髪質で、天然パーマなのかうねる癖がある。
光さえも弾く陶器のような白い肌。獰猛な目つきのせいか、人相は人並み外れて悪い。
目覚めた屍の様子を、レオンはじっと観察していた。
小麦色に日焼けした肌。大きな紅茶色の猫目とそばかす。たてがみのようなボリュームのあるふさふさとした茶髪。重力に逆らうそれのおかげで、小柄な身体は標準レベルにかさ増しされている。
「――――」
……少し、昔を思い出した。
「何だ、コイツ」
沈みそうになったところを、引き上げられた。
声の主は、ジュリア。彼を拾い、緊急搬送してきた張本人。
180を超える長身は非常に目立つ。が、それだけではない。こんな透明度の高い綺麗な生物は、世界中を探し回ってもそうは見当たらない。
十頭身を誇る抜群のスタイルに股下110の長い脚。透き通る肌、澄んだ空色の瞳、猫っ毛の赤黒い長髪。そして、誰もが認める次元違いの美貌。
「おい、起きたのか。おい」
声をかけたり、肩を叩いて揺らしてみたり。色々と試みるが何の反応もない。生気のない虚ろな黄金はただ宙を見上げている。それだけ。
「…………………え」
いつの間にか、彼が忽然と消えていた。さっきまでは確かに目の前にいたのに。
空っぽのベッドの脇にはジュリア。おかしな方を向いて、奇妙な態勢をとっている。
その視線の先を追ってみると……さっきまで横たわっていた彼が弱々しく壁際に蹲っていた。
「……………」
少し、時間を要する。脳内の記憶のネガを巻き戻してみれば……
ジュリアが彼の胸ぐらを掴んでぶん投げていた。
「ジルっ!」
ハッと正気を取り戻し、ジュリアに詰め寄った。
「なんっつーコトしてんだっ!」
「話しかけても無視だ。なんて失礼なヤツだ。けしからん」
見た目を一切損なわぬ声。そこに感情が上手く乗らず、いつも棒読みに聞こえる。それが、彼女の話し方。
「だからっていきなりぶん投げるなよ!目が覚めたばっかだぞ!?」
「でも、無視した。無視は良くない」
「無視じゃねぇよ!茫然自失なんだよ!わかんねぇか!?」
「茫然自失?それは違うぞ。私のことずっと睨んでた」
「っ!」
確かにそうも取れる。それくらい彼の目つきは悪い。しかし、そうではない。
「それに、目を開けたのは自分だろ。自分で戻って来てそれはない。そんなのただの甘えだ。逃げてるだけだ。情けない」
「!!」
ジュリアは、いつでも真っ直ぐだ。決して曲がることなく、言葉には嘘偽りがなく、容赦がない。そんな言葉は、いつも胸を打つ。
それは、時に鞭。時に飴。時に毒で、時に蜜。
「おい、お前」
『鉄の美貌』と称される絶対的な美しさ。いつでもどこでも何があっても、全てを覆い隠すそのマスクが崩れることはない。それが『クール』と評されることもあるが、それはとても哀しい。
へたり込む身体の前にしゃがみ込んだ。目線を合わせようとするが、力なく項垂れる姿がそれを拒絶する。
クイと顎を持ち上げ、背ける顔を強引に合わせた。逃げ道は与えない。
「――無様だな」
開口一番、遠慮なしに〝らしい〟言葉を投げつけた。
「…………。レオン、これはなんだ」
何もない、半死半生。ジュリアはその答えを求めた。
「だから、茫然自失って言ったろ。……全部、投げちまってるんだよ」
何もかも投げ捨て、放棄している。
生きてはいる。が……
(……心が、死んでる)
見たところ、かなりの重症。一種の仮死状態だ。
「それは、『要らない』ってことか?」
「!」
予想外の言葉にドキッと心臓が揺れた。……ジュリアは、こういうところがある。
「……まぁ、そうとも言える……かもな……」
人の心を明確に捉えることは不可能だ。まして、それを言葉にするのは尚のこと。レオンは不明瞭に言葉を濁した。
「そうか。要らないのか」
確認するように言葉を吐き、澄んだ空の色が黄金を見た。
「なら、私がもらう」
「!?」
一番驚いたのは、レオン。当の本人は一貫して無反応だ。
「要らないなら私がもらう。お前の命も、人生も、何もかも全部だ。せっかく拾ったのに捨てるのはもったいないからな。これからお前は私のモノだ」
「――――」
レオンは、唖然。開いた口が塞がらない。
「お前の持ち物、アレも私がもらう。今から所有権は私。お前もまとめて、全部私のモノだ」
そう言い放つと、ジュリアは手を離した。支えを失った顔は、再び下にガクンと落ちる。
立ち上がり、見下すようにその姿を見た。
「おまえはウジウジでメソメソのウジ虫弱虫だ。そんなヤツにあんな綺麗で立派なモノは似合わない。不相応だ。お前にアレを持つ権利はない。情けないヘボめ、反省しろ」
吐き捨てると、クルリと身体を反転させた。
背を向け、まるで見捨てるように距離を取った。
その時――
空気が、荒れた。