父
どれだけ魅せられても。どれだけ焦がれても。どれだけ欲しても。それを手に入れることはできない。
闇を照らすその光を、きっと。
希望と呼ぶのだろう――
世界が荒れ狂い、唸り声を上げていた。
その中で、見つめるものはただ一つ。それは自らの世界であり、全て。
立派な大木のような身体は傷だらけ。白い肌と白い服はべっとりとした赤で汚れていた。
降り続く雨は、それを消してはくれない。ただ、濁すだけ。
世界が震え、大きく揺れる。
何もできない両手が、何かを掴んだ。いや、掴まされた。その上から、強く優しい、大きな感触が伝わってくる。
釘づけになっていた視線を落とした。
自分の手にあったのは、祖母から伝わる形見の刀。白い牙のような短刀は、肌身離さず持つ父の宝。
刃が、赤く濡れている。ポタポタと切っ先から赤い雫が地に滴り、染まり……流れる。
「…………え?」
訳がわからず、答えを求めるように縋った。
「!」
それは、初めての顔。鮮やかな青の双眸に囚われ、逃げられない。
ギュッと、父の手に力が入った。まるで、願いを込めるように。
「ジェイデン」
「!」
名を呼ばれ、ハッとした。
……父が、消えてゆく。
薄れて半透明になってゆく姿。手に感じていた確かな存在すらも、薄らぎ消えてゆく。
「忘れるな」
勝るものは、何一つない。
「……父さん……」
捉える為に、呼びかける。そこにまだ、確かに在るのだ。
しかし、消えてゆく。止められない。どんどん、消えてゆく。
「生きろ」
「!」
強い、強い言の葉。それは、今までで最も。世界が大きく、鼓動を打った。
「………父さん」
――笑顔。
それは、過去であり今であり未来。全てを肯定し、許容し、包み込んでくれる温かな光。
「父さ――」
身体が、圧された。ゆっくり、ゆっくり、それでも確実に。
父が、離れる。
落ちてゆく。下には、全てを呑み込む猛烈な濁流。
右手には、託された刀。遠くなってゆくそれに、許された手を伸ばした。思い切り。
「!」
でも、届かない。
すぐそこにいるのに。すぐそこにいたのに。さっきまでは、確かにそこに在ったのに。
今はもう……届かない。
遠のく父。自分の全て。自分の世界。
重苦しい曇天。光を遮る暗い世界に、一筋の稲光が奔った。
それはまるで、天駆ける龍。雷鳴は咆哮。閃光で、辺りが眩しいほどに照らし出された。
光を浴びた父の姿。それは、鮮明に、刻銘に、焼きついた。
「っ、父さん……っ!」
張り上げた。手が千切れてもよいと思うほど、懸命に伸ばした。
空を掴む先で、父は笑った。声に応え、いつものように。
……そして、消えた。
何度も向けてくれた笑顔を残し、他には何も残さずに。
――跡形もなく。