世界のゴミ捨て場
世界は、未曽有の大惨事に瀕していた。
其処は、侮蔑の対象。野良犬だらけの、世界のゴミ捨て場。
『……何?』
心底不機嫌そうな声が響く。その名は、クロス・サイード・ウー。
人工的な白の空間。そこに一人座す、白衣姿。
最新技術で映し出される膨大な映像。世界中の生きた情報が集約され、随時更新されてゆく。
美しいブラックオパールが注視するのが、何面にも渡る世界の心電図。線が波打ち、時々刻々と鼓動を刻む。目が眩むほどのグラフや数字は、まるでギャンブルのルーレット。どこで止まるかわからず、動き続けている。
そこから目を離すことなく、両の指はまるでタクトのように端末を操作し、指揮を続ける。
「遅い」
その声はウーと遜色ないほどに機嫌が悪い。むしろ、それ以上。
「僕が呼んだらすぐに出ろ」
相変わらず高飛車な、相手を小馬鹿にした上から目線。
この部屋の主であるテオは極度の自信家であり、過度のナルシスト。苦労知らずの金持ち我儘ボンボン坊ちゃんをそのまま純粋培養で大きくしたような人物だ。
ただ、それが自意識過剰でも過大評価でもないのが悩みの種。おかげで、誰も何も言い返せない。
『……とっとと要件言え』
『男嫌い』という病持ちの彼にこの処遇は地獄。テオは見た目こそどうであれ、中身は完全な男。
「――どう見る」
いくら尊大であっても傲慢であっても、独裁ではない。それは、人の意見を聞く耳と姿勢を持っているから。
『自然災害ではないだろ。人為的ってか、人災?まぁ、解釈によっちゃ『天災』に違いないんだろうけど』
「くだらないことをほざくな、イカレジャンキー」
しかし、聞いておいてこの態度。ウーも「はいはい」と疲れた様子。――こうして、病はさらに根深くなっていく。
『何とでも言え。とっとと終わらせろ』
淡い唇から、チッと似つかわしくない音が鳴った。
「――例の小憎の件だ」
音が変わった。低音が増え、怖いほどの真剣味がピリピリと潜んでいる。
『あぁ、アレ』
ウーも機敏に察知したよう。雰囲気が変わったのがわかる。
『ご感想は?』
「あんなモンの存在が外に知られれば、当然タダじゃ済まない」
『ってことは、アタリか』
テオの目の前には、ウーから転送されてきたデータが映されたままになっている。
『まさかとは思ったが、目利きのお前が言うなら間違いないな』
「連中も動いてるってことは、そっちにも関わってるんだろう。――おそらく、あの刀」
そのブツが、テオのすぐ傍に。
美しい一粒石の首飾りと、白い刃の短刀。テーブルの上、ガラスケースの中に入っている。
「あいつにも視せた」
『え!?嘘!?』
「当たり前だろ。どんな脳してんだ、この愚図」
『……………。はぁ――――――』
深く重いため息。いや、息ではなくもう声。
『可哀想に……なんてことだ。……可哀想に』
うざい耳障りなグズグズに「チッ」と舌打ち。
「なんでも、石と同じ『お守り』だそうだ。しかも、かなり強力な」
『………〝お守り〟?』
底深くまでめり込んだ気が、浮上した。
『引っかかってたのを拾って来たとのことだが……』
「海を越えて来たんだろう。あの近辺は測定不能レベルで何が起こってもおかしくない状況だ」
『水を飲んでないってことは、流される以前に意識を失ったんだろーな。不幸中の幸いだ。どういう経緯かは知らないが、身に付けていた装束はかなりの損傷。血だらけだったが、当の本人は無傷。かすり傷一つない』
色素の薄い整った柳眉が、ピクンと跳ねた。
「あいつが何かしたわけじゃないんだろ」
『そりゃねぇな。付着してた血液は別人』
「……別人?」
それは、懐疑。
「全部か」
『あぁ。今わかったんだがな。送る』
すると、新しい映像が表示された。それは、事実関係を証明する詳細なデータ。
『全部、たった一人の別人。『外傷なし』で病気でもない。これじゃどうもしようがないだろ。……ただ、これが動く理由なんかもな』
「……父子関係か」
『だが、普通じゃない』
テオは目と耳からの情報を照らし合わせ、吟味し「……なるほど」と一言呟いた。
『あれだけの出血量。無事じゃ済まねぇだろうな。――あと、サンディから妙なことを聞いた』
「妙なこと?」
『あいつ、『ジェイデン』って言うんだと』
「ジェイデン……翡翠か」
灯る、眠る姿。確認し、納得した。
「情報源は?」
『ジュリアだ』
「ほぉ……」
オパールの奥が、虹色にゆらめいた。
『あいつのパパとママに教えてもらったんだそうだ』
「パパと……ママ」
『らしいぞ』
「へぇ……」
堅かったそこに、うっすらと笑みが浮かぶ。
『データは『第一級危険指定』に入れる。その旨、こっちから伝達するぞ。いいな』
「あぁ」
指示されることを嫌がる彼が、それを受け入れた。
『こりゃ、セキュリティ強くしねぇとだな。漏れたらマジでヤバイ……』
「まぁ、とりあえず」
美しい宝石の双眸が、強く先を射た。
「――あいつから、目を離すな」