呪われた僕らの高速デート
人類が呪われてから早数年。人類は動き続けていた。
日本食が世界的に広まり、その代表格、寿司の、更にその中の鉄板として外せないマグロ。人類のその魚への執着が高まるあまり、漁獲高と反比例するように生息数は激減。野性で生き残っている個体はオセアニアと南極の間のごく狭い地域だけに存在するようになった。辛うじて養殖技術の開発に成功したものの、マグロは生け簀の中での歪な生を余儀なくされた。当然価格が上がり、マグロは市民の味ではなくなってしまった。
人類がマグロに代わる次なるネタを探し求めていたときである。悪びれもせず、他の生命を再び犠牲にしようとした人類に対して呪いが降りかかった。それは東洋の島国日本を中心に放射状に世界中へと広まった。その呪いの内容を端的に言い表せば、「運動をし続けること」である。起きている間も、寝ている間も。
高層ビルの合間から差す朝日の中を、ぶぉんっ、と音を立てて大男が僕の目の前を走り去っていった。僕も動き続けているわけだが、彼ほどは速くない。体の大きさに比例して、移動速度が変わるのだ。僕の身長は165センチにも満たないから、精々時速20キロほどで済んでいる。
街の中を誰もが動き続けている。人が止まれなくなってから、赤信号は意味を無くして常に黄信号が灯るようになった。注意しながら進め、ということである。
僕はスピードが出ないことを申し訳なく思いながら、大柄な人たちに道を譲るため道路の端を走る。
僕が向かっているのは彼女との待ち合わせ場所だ。渋谷のハチ公前というありきたりな場所だったが、呪いがかけられてからは一か所に留まることができないため、以前より人は少なくなった。それでも待ち合わせに使おうとする人々は、駅前をぐるぐると回っている。
坂を下って駅前に着くと、案の定ぐるぐるしている彼女を見つけた。待たせてしまっていたようだ。
ごめん、待たせた? 全然! 今来たとこだよ! なんてやり取りですら、僕らにとっては困難になってしまった。彼女は僕より数センチ小さいため、移動速度が少し遅いのだ。だから普通に手を取り合って歩く(走る)ことはできない。同じ背丈の者同士で交際することが推奨されているが、呪い以前からの付き合いである僕らは、障害を乗り越えて付き合いを続けている。
彼女の描いている円と同じ軌道に乗り、徐々に彼女との距離を詰める。そしてリレーのバトンパスのように声をかけ、遂には手を掴む。
ここからがミソだ。僕が彼女を追い抜いてしまう前に、僕はぴょんぴょんと跳び始める。前に進むエネルギーを縦に変換することで、彼女となんとか並んで歩くことができる。
「相変わらずトビウオみたいだね」
と彼女が言い、マグロみたいになった僕らは微笑む。
僕らの呪いは少し不便だったけど、それでも確かに幸せだった。