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2 『王さま』の世界は詠み人知らず

目が覚めた。



私は立っている、街中で。



片道四車線ある車道の両側にビルが立ち並んでいる。車道はとても広いのに車は走っておらず、閑散としている。対して私がいる歩道には出店がいくつかあり、人通りも多いが私と同じように突っ立っている人達もいる。信号は暗く、三色のどの色も灯ってない。

知らない街だ。

道路を目でたどってその交差点とは反対の方を見ると、車道の一か所に大勢の人が集まっていた。

突然どこからかブザーの音が響いた。

すると車道にいた人たちが一斉に走り出した。

マラソンだ。しかも大規模な。


目の前を走っていく人たちを眺めながらしばらく呆然としていたが、疑問がわいてきた。

なぜ私はここにいるのだろうか。こんなところにまで来た記憶がない。

薬を飲んで、寝て………。まさか夢遊病?こんなところにまで?

それとも夢を見ているのだろうか。それにしても、いつも見ている夢よりもリアルだ。

こういう、夢なのか現実なのか分からないことを表現したのを授業で、確か――――――


「――――――夢かうつつか、寝てかさめてか…?」

「君や来し我や行きけむ思ほえず、だな」


突然背後から低い声が聞こえ、肩がビクッと上がりながらも振り向いた。

視線を上げると見覚えのある顔だった。


「……西条先輩?」

「ちっ、比良坂高の生徒か」


西条先輩がここにいることと、品行方正な噂とは異なる様子に思わず目を見開いた。


「え、どうしてここに、」

「一先ずその恰好をどうにかしろ」


そう言われて初めて自分の格好を確認すると、パジャマ姿だった。対する西条先輩は私服だ。

街中で、噂の先輩の前で、これは恥ずかしい。

自分の格好に気が付くと、途端に周りにいる人の視線が気になって、顔が熱くなった。


「どうにかって。着替えなんて」

「イメージしろ」


着替えなんて持っていない、と言おうとしたら、西条先輩がさっさとしろとでもいうように言った。


「ここは夢の中だ、自分に関することはイメージでおおよそどうにでもなる。普段よく着る服を着ている姿を思い浮かべろ」


西条先輩の雰囲気に押され、いろんな疑問をを飲み込んで目をつむった。


「もういい」


その声に目を開けて自分の格好を確認するとイメージした通り、比良坂高校のブレザー姿になっていてローファーも履いている。

ほっとしたような納得できないような気持になったが、ありがとうございます、と言った。


「ついてこい」


お礼を言った私をちらりと見るとそう言って歩き出した。歩きながら器用にケータイを弄っている。

慌ててその後を追うがコンパスの差で私はかなり早足だ。

どこに行くのかわからないが、今頼りにできるのはこの人しかいない。

人を避けながら見失わないよう、その背中を追いかけた。





着いたのは駅の前の広場だった。

西条先輩の歩みがやや緩やかになったと思ったら、ある方向へ先ほどの歩みと変わらない速さで歩き出した。

その先には二つベンチがあり、座っている人達に見覚えがあった。――――――――生徒会メンバーだ。


「遅かったな」

「途中でこいつを拾ってな」


竜円先輩の言葉に西条先輩がそう返し、その背後にいた私に三人の視線が集まった。

うっとなって西条先輩を見ると、ベンチに足を投げ出して座っていた。

サポートはお終いらしい。


「中土ナツメです。比良坂高校一年です。……よろしくお願いします」

「同じ高校の生徒なら知っているかもしれないけど、2年の不知火杏凛よ。よろしくね」


不知火先輩が座るところを空けてくれたので、失礼します、と一言断って座らせてもらった。


「こういうところに来たのは初めてなのね?

私たちもここに来るようになってまだ浅いけど、分かる範囲で説明するわ。

玄也も協力して」


積極的な不知火先輩の声に、泉水先輩はベンチに浅く座り直してため息をついた。

なんだかさっきから違和感を感じるが、スルーしよう。


「まず言っておくけど、俺たちも全て分かっているわけじゃない。俺たちが人に聞いたのと、体験したり考察した情報を混ぜて話すから、その後は自分で判断してくれ」


はい、と頷いた私に泉水先輩は話を続けた。


「ここは夢の中だ。自分の夢とも言えるし誰かの夢とも言える。

俺たちが眠ったとき、物理的なある一定の距離の中で一番夢の強かった人の夢に、他の弱い夢の人たちが集められ夢の世界が作られる。

巨大な惑星の重力に周りの惑星が引き寄せられるようなものだ」

「私たちはその強い夢の人物を『王さま』、『眠りの王』と呼んでいるわ。

世界の根幹は『王さま』が作っているから、その『王さま』が決めた舞台やルールで世界が作られているの。

今回の舞台は現実により近い世界だけど、ゲームのような世界もあるわ。そうなるとルールも変わって、電子機器が使えなくなって、今度は剣や魔法が使えるようになったりするの」

「でも『王さま』のルールは適用されてませんでしたよ。さっき私、パジャマから制服に着替えたんですけど、服が魔法みたいにパッと変わりました」


この世界でも魔法が使えていると言うと、泉水先輩がいや、と首を振った。


「世界の根幹を作っているのは『王さま』だが、その世界の形成に俺たちの夢も無意識に使われている。

例えば、そうだな……舞台が江戸時代だったとしよう。その時代の農民や商人はこういう生活をしているはず、という現実でテレビや授業で知った俺たちの概念が細かいほころびを繕うんだ。

そうなると服装は制服ではなく、その時代の着物にしか変えられない。逆に言えば着物に変えられないと、その世界では違和感しかない。

『王さま』の世界には合わないんだよ。だから変えられるんだ」

「要は私たち自身に関することは、その舞台で常識だと思う概念に沿うように変えられるの。姿から身分、能力も。ちゃんとイメージできたらね。

イメージが強いと、『王さま』の世界を乗っ取ったりルールを捻じ曲げたりすることもできるらしいんだけれど、私たちはまだそんな事態に遭遇したことないわ」


この『王さま』の世界についてだんだん分かってきた。

無理のない範囲は自分のイメージでどうにかできるのだ。

すると新しく疑問が浮かんだ。


「ここで私はどうしたら良いんでしょうか。何かするべきことはありますか?」

「ここでは自由に過ごせば良いのよ。普段やれないようなことをやったりね。

時間の流れも『王さま』次第で違うから、年月を通して体験していると感じることもあれば、数時間の体験だと感じることもあるわ」

「でも、この世界で法律違反になることはやっぱりダメだな。現代だから警察組織がある。

危険なことも止めておいた方がいい。夢だけど怪我をしたという概念で痛みも感じるから。

極端な話、死ぬこともある。もちろん現実で死ぬわけじゃないけど、死を体験するんだから心地いいものじゃない」


泉水先輩の言葉にぞっとして、普通の夢とは違うのを改めて感じた。

死ぬのを体験するなんて絶対にやりたくない。


「『王さま』の世界で死んだらどうなりますか?」

「起きるんだよ。現実で目が覚める。『王さま』の世界にはもういないってことになるからな。

だから死んだとしても焦るなよ。

あと、起きる方法は他にもあって、自分自身の目が覚めて自然に起きるパターンと、『王さま』の目が覚めて世界がなくなって起きるパターンがある」

「目が覚めたと思ったら、まず服装を変えられるか変えられないか確認しなさい。

『王さま』の世界で目が覚める感覚と現実で目が覚める感覚はとても似ているわ。

うっかり『王さま』の世界にいると勘違いして、現実で騒ぎを起こしたりしないように」


夕食で聞いたニュースを思い出し、分かりました、と頷いた。

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