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Ⅰ.魔王「小屋……?」 メイド「屋敷です」

 灰色と黒と、そこに赤色を混ぜたような空。太陽の姿はなく、うねるような雲の隙間から鮮血を浴びたような月が顔を出していて。


『ここが……魔界?』


 少年は呟く。


「はい。魔王様にはこの世界を統治して頂きます」


 そばには彼女もいた。無駄のない姿勢で、その美しさを際立たせながら。


「それでは魔王様。こちらにお掛けください」


 いつの間にかその手には、金や宝石で装飾された豪華な椅子が握られていて。しかも、それは右腕だけになった少年に合わせて、ミニチュアサイズで設計されている。


『う、うん』


 地面に置かれた椅子に少年はよじ登った。初めは混乱するだけだったが、少しずつ体を動かすコツが掴めてきたようだ。


「失礼致します」


 彼が椅子に座ると、正確には右腕をその場に起立させると。彼女はそれを丁寧に持ち上げ、胸の前に抱えた。


『あ、ありがとう』

「もったいないお言葉です」


 少年のお礼に、彼女は表情を変えずシンプルに答える。ただ、声には少し熱がこもり、内面にある想いを曖昧に伝えてくる。

 そして、彼は彼女に重要なことを訊き忘れていることを思いだした。


『そ、そう言えば……』

「いかがされましたか?」

『あの、君の名前を教えてくれないかな……?』

「名前……ですか?」


 不思議そうに彼女は訊き返す。表情に変化はないが、どこか戸惑っている様子だった。


『う、うん。だって、名前が分からないと呼び辛いでしょ?』


 そんな空気を感じ取ってか、少年は言葉を補足する。

 すると、彼女は静かに口を開いた。


「魔王様から名前を聞かれたのは初めてです」

「???」

「いえ、何でもありません」


 彼女は小さく咳払いをしなががら答える。


「私の名前は……ミアと申します」

『そっか。じゃあミア、これから宜しくね。僕の名前は――って、あれ?』


 少年はそこで気付いた、記憶の中で自身の名前が酷くぼやけてしまっていることに。


『あ、あれ? えっと、ごめんね。忘れる訳ないのに。う、うーんと、僕の名前は――』

「魔王様は、魔王様です」


 慌てる彼に、ミアはそう告げる。励ましている訳でも、誤魔化している訳でもなく。ただ、それが当たり前だというように。


「え、あ……うん」


 だから、少年は頷く。そして、何となくそれは心の中で素直に受け入れることができた。たぶんそういうものなのだろう、と。


「到着しました。あちらが魔王様のお屋敷です」


 しばらく歩いたあと、ミアがそう告げてきた。


『わぁ……』


 少年は目を見開く。

 そこには今まで見たこともないほど大きな屋敷が建っていた。周りは少年の身長、といっても以前の身長だが、その三つか四つ分ほどの高さの壁に囲まれていて。それらは全てレンガを積み上げることでできている。

 それだけでも圧倒されるのだが、建物自体もかなり立派で、一段高くなった中央の屋根から左右へ対称的に外観が開けていた。そして更に、その壁にいくつもの窓が設置されていて、屋敷の内部にはそれに見合うだけの多くの部屋が存在することが予想できる。


『す、すごい。僕、今からあそこに住むの?』


 少年の胸は期待で膨らんだ。


「失礼ながら申し上げます。おそらく魔王様は今、勘違いをなされているかと」

『え?』

「魔王様が住まわれるのはあちらのお屋敷です」


 そう言いながらミアは右手を上げて、方向を示す。その間も、少年の乗っている椅子はしっかりと抱えられ油断はない。


『……もしかして、あれ?』

「はい」


 前方に広がる巨大な屋敷、その横に木造作りのこじんまりとした倉庫のような建物がある。広さは大人二人が入れば窮屈に感じられるほどで。更にぐらぐらとバランスの悪そうなその外観の方も目につく。

 どういう設計をすればこうなってしまうのか。それは左右非対称でどちらかといえば左に傾き、材木の長さが足りないせいで所々に隙間もできていた。また、情け程度に一つだけ設置された窓のガラスは粉々に割られていて。それら全てを一言で表すならそう、ボロ小屋だった。


『あの、ちょっと聞いていかな……?』

「はい。なんなりと」

『僕って魔王なんだよね?』

「はい」

『魔王だったら、もっと大きな家に住むのが普通なんじゃ……?』

「魔王様」


 ミアは右手で上げる。その動作がまた無駄が無く、流れるようで美しい。


「魔界は現在、魔王様の不在で他の魔族が勢力を伸ばしています。その結果、魔王様が支配していた土地や、住まわれていたお屋敷などあらゆるるものが力のある魔族によって略奪されました。しかし、その中でも残ったものがあります。それがあの魔王様の偉大なお屋敷です」

『……そ、そうなんだ。でも、あれは屋敷っていうか……小屋なんじゃあ?』

「魔王様が住まわれる場所は、いかなるものであろうとお屋敷です」


 反論ができないほどきっぱりと断言された。


『……』


 そうなると、少年にできることはただおとなしく口を紡ぐことだけしかなく。彼はそっとミアの言う屋敷に視線を移す。


『それにしても、どうしてあんな小さな小屋だけ残ってるんだろう……?』

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