Ⅲ.悪魔の知恵比べ
「……」
「…………」
気付くと、二人は見渡す限り真っ白な世界にいた。
それはまるで、一面が全て雪に包まれてしまったかのような。あるいは、雲の中に閉じ込められてしまったような。もしくは、何も記されていない白紙のページのような。
「ここはどこですか?」
初めにキントが話す。
「……わ、分かんない」
しかし、その疑問に少年は答えられなくて。
「ギャハハハ!」
そのとき、どこからともなく汚らしい笑い声が聞こえてきた。
「……!」
「…………!」
二人は決して目を逸らしたりはしていない。いや、瞬きぐらいならあったかもしれないが、その一瞬で敵が現れることなどあり得る者ではない。こんな障害物の存在しない平坦な空間で。
しかし、現に彼らの目の前には。
「よお! お前ら! 俺様の名前はデビアって言うんだ、よろしくな!」
「デビイだ、仲よくしてくれよ!」
「おいおい、俺のこともよろしく頼むぜ! 名前はデビウだ!」
「ギャハハハハ! デビエ……です」
四体もの悪魔が出現していた。
「……っ」
突然の状況変化にキントはいち早く反応する。彼女は両手を前方に構える例の姿勢を取って、そのまま。
「過失の大清算」
まだ、形を成し切っていない剣を強引に振るった。
すると、緑雅の光が弾け。以前よりも小さいが、大量の刃に変わり。それらが悪魔達に向かって撃ち出される。
光はあたかもカマイタチのように鋭く、奴らを引き裂いた。
「ギョエエエ!」
「ギャアアア!」
「グエーン!」
「……ぐぇ」
響く、四つの断末魔。
悪魔達はそれぞれ、霧のように空間に溶けていき。
「って、嘘ぴょーん」
「ふへへ!」
「いきなり、ひどいじぇー」
「……ばみょーん」
だが、すぐにまた元に戻る。
「……過失の」
「ちょ、ちょっと待って」
再び呪文の詠唱に入ったキントを、少年が止めた。
「……何故ですか?」
冷たい抗議の目。
けれど、彼女を諫めたのにはれっきとした理由があって。
「た、たぶんだけど、あれ実態がないんだよ。だから、攻撃しても――」
「ご名答! そっちの奴は察しが良いねえ!」
悪魔の一体が笑う。
その間もキントは光を手元に集め。
「実態がないものでも、殺せないとは限りません」
今度は細部まで精巧に顕現した剣で。
「過失の清算」
再度、刃を放つ。
「おいおい、あのお姉ちゃんガチだぜ」
「一回で分かれよ」
「やーい、ばーか」
「……脳筋」
しかし、結果は一度目のときと何も変わらず。悪魔達は、ただ蜃気楼のように揺らぐだけ。数瞬待てば、元通り。
そんな様子にキントは。
「……殺します」
顔を赤くして、目を見開いた。
その状況を察してか。
「あ、あの! ちょっと訊きたいことがあるんだけど!」
少年は無理矢理、そこに会話をねじ込んだ。
対する悪魔達は。
「あ、なんだよ?」
「腕がしゃべるって変じゃね?」
「はいはーい、俺は何でも喋りまーす」
「……質問?」
反応は様々だが、一応それに言葉を返す。
だから、会話が始まる。
こうなれば、キントが攻撃する機会が自然と失われて。
「……」
彼女は次第に、姿勢を元に戻していった。
それを確認して彼は話を続ける。
「君ら、もしかして僕達に用があるんじゃないの?」
「用、用か。用ならあるぜ!」
「でもなぁ、俺らがと言うよりはなぁ」
「お前達こそ何か用が」
「……ある?」
悪魔達は示し合わせたかのように四体で一つの文脈を作って。
「あ、うん。僕らはアスモデウスに会えるって聞いて――」
「ぎゃはははは! あーあ、やっぱりお前らも」
「あの鬼畜じーさんに」
「騙されたんだ」
「……ろう?」
遊んでいるようだった。
「騙された?」
少年は問う。
「そうだよ、だって」
「アスモデウス様には」
「会える訳ないん」
「……だから」
酷く楽しそうに悪魔は笑った。
そこで今度はキントが口を開く。
「やはり罠でしたか」
苦虫をかみつぶしたような声。更に、少なからず批判の色が。
だが、その感情が向けられた少年はとても落ち着いた声で。
「違うよね?」
そう悪魔達を問いただした。
いや、そこで終わらない。
彼は、まるで淡々とした口調で言葉を続ける。
「君達には役割があるはずだよ。たぶん、僕達の何かをためすような。遊ぶのは構わないけど、自分の仕事を投げ出すのはずるいんじゃない?」
相手を叱るときのような高圧的な空気。
それを感じてか悪魔達は急にびくびくと挙動不審になり。
「お、おいおい何だよ。アイツ」
「ちげー、今までの奴らじゃねー」
「でも、無理だよ。あれを解くのは無理」
「……試す?」
そして、悪魔達は四体でこそこそと話合ったあと。
「でへーん! お前の言う通りだー!」
「俺達が今から出す問題に答えられたらアスモデウス様に会わせてやる!」
「問題は全部で4つだ!」
「……これが役割」
今まで以上に活発に空中で踊る。
その展開に少年はいくらか満足した表情を浮かべ。
「なるほどね。それで、もし答えられなかったら?」
「そのときは」
「ここで一生」
「俺達と」
「……暮らす」
しかし、その悪魔達の返答に初めに反応したのは。
「な! それではお屋敷の掃除が!」
怒りか、哀しみか。どちらともつかない声。
それにはさすがに少年も。
「い、いや、キント。まだ、ここから出られないと決まった訳じゃ……」
「じゃあ、出られるんですか!?」
「そ、それは断言できないけど、でも――」
少年は力強く息を吸い。
「たぶん、大丈夫」
悪魔達に向き直った。




