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Ⅱ.本「ベラベラ」

 建物の中は。


「ここ……図書館?」


 本で埋め尽くされていた。

右を見ても左を見ても本ばかり。まるで、それ以外を全て排斥したような。

ただし。


「……信じられません」


 その配置はでたらめで。備えられた本棚には収まり切らず、そこらかしこに無造作に積み上げられている。


「今すぐ掃除しましょう」


 キントは鼻息を荒くした。


「い、いや、それよりもアスモデウスを倒さなくちゃ」

「……」


 少年の言葉に納得したのか、していないのか。彼女は、既に拾い上げた数冊の本を未練たらしく床に置く。

 そして。


「では、アスモデウスを倒したあとでここを掃除します」


 まだ、諦めていなかった。


「……そ、そうだね」


 彼はその言葉に曖昧に返答する。

 そのときだった。


「ようこそいらっしゃいました」


 しわがれたような、妙な声が空気を揺らす。

 それに反応して、二人が前方に視線を凝らすと、闇の中にひっそりと佇む影が。


「だ、誰!?」

「『誰』、でしょうか。お名乗りしたいのですが、私に名前はございませんので」


 発言と共に現したその姿は。


「……本?」

「はい」


 一冊の本だった。

 だが、その表紙には文字も絵も、作者名すら存在せず。まるで、欠陥品のような。

 その大きさは辞書ほどで、宙に浮き。喋る際には、ぺらぺらとページが開閉している。


「……もしかして、君がアスモデウス?」

「いいえ。ですが、ここの番人をしております」


 本がそう答えた瞬間。


「では、あなたを倒せば、アスモデウスに会えるのですか?」


 キントがまた、下級悪魔達を葬ったときのように構えた。

 体がうずうずと揺れている。そこまで掃除がしたいのだろうか。

 けれど。


「いいえ」


 彼女の質問を本は否定した。


「申し訳ありません。番人、その表現には語弊がございました。正確には、私はアスモデウス様がいらっしゃる場所に繋がる道、その番人をしております。分かり辛ければ、『扉』と考えて頂いても宜しいかと。ですので、『私を倒すこと』は『扉を壊すこと』と同義です。そうなれば、もはやアスモデウスとお会いすることは叶わないでしょう」

「……?」


 キントは眉をしかめる。どうやら本の並べた言葉に、彼女の理解が追いついていないらしい。

 しかし、そのもって回ったような言い方ではむしろ相手に正しく意図が伝わる方が稀に思えて。

 ただ。


「……たぶん、『倒す以外に扉の開け方がある』。そう言いたいんじゃないかな?」


 少年はそう告げた。

 すると、本は愉快そうにぱたぱたと体を震えさせ。


「その通りでございます」


 そうのたまう。


「……」


 静々と体勢を元に戻すキント。少し顔が赤い。


「それで、どうすればいいのかな?」

「まずは、こちらをご覧ください」


 本は、そう言いつつパラパラと中央付近のページを開いた。

 そこには、赤い線で魔法陣が刻まれていて。


「恐縮ですが、お二方にはこちらに触れて頂きたく存じます」

「触ればいいの?」

「はい」


 少年は手をページの上に乗せる。

 しかし、キントは。


「……罠かもしれません。先に、この建物内を探してからにしましょう。アスモデウスは、ただ隠れているだけかもしれません」


 そう言って拒否した。


「え、でも……」


 戸惑う少年。

 そこに、本の言葉が滑り込んで。


「アスモデウス様の魔力を感じられますか?」

「……」


 固まるキント。次いで、彼女は目を瞑り、どこか意識を集中させるような動作で。


「……いえ」


 少し悔しそうに呟く。


「お約束致します。私はあなた方に危害を加えません。また、あなた方が聡明に行動なさるならば、すぐにアスモデウス様の元へご案内致します」


 本の声はとても紳士的で、そこに敵意は一切感じられなかった。

 だから、少年も。


「あ、あの、お願い。キント」


 だから、彼女は。


「……仕方ありません。ですが、妙なことをすれば破壊します」


 そう言って、ゆっくりと開かれたページに手を宛がった。

 そして、その場を眩い光が包み込む。


「……!」


 少年は最後に。


「知恵あるものに祝福あれ」


 しゃがれ声がそう囁くのを聞いた。


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