Ⅰ.次陣におけるメイドの有用性
「……うぅ」
少年は先ほど食べたものが逆流してきそうな感覚に苦しんでいた。
しかし、それも無理はなく。湖からここまでは、またあの巨大化したバフォメットにしがみついてやって来たから。
「そろそろ、行きましょう」
一方のキントは何ら問題なく爽やかに言う。
「……き、キントさんは気分悪くないの?」
そう彼が訊ねると。
「別に。それと、『さん』はいりません」
彼女は素っ気なく答えた。
「……」
二人の眼前には角ばった大きな建物がそびえている。
屋敷というよりは、それは何かの施設のようで。
また。
『ギャリギャギャギャ!』
下級悪魔の大群がそこを守っていた。
「……だ、出せる火の玉は大きくなったけど、あんなに倒せるかなぁ」
少年は不安の声を上げる。
「覚醒はできないんですか?」
「覚醒?」
「マモンを倒したときの、あの」
「ああ、あれかぁ」
キントが訊ねたのは、以前に彼が見せた炎で体を形成して戦う方法のことだろう。
それは彼も覚えていて、屋敷にいるときに試したこともあった。
「……むむむ」
だが。
「……やっぱりだめだ。声が聞こえない」
マモンとの闘いのとき以来、発動の予兆すらなく、仄暗い声も聞こえなくて。
改めて、試みようとしても、それは変わらない。
「そうですか。仕方ありませんね」
すると、キントは腰を落とし、両腕を前方の少し低い位置で、見えない何かを握るように構えた。
「……え? 何かするの?」
「黙っていてください。集中しますので」
そして、そう言いながら目を閉じる。
「……」
おとなしく口をつぐむ少年。
次いで、彼女の周りに緑色の光の粒が生まれた。
「……」
粒はすぐに球になり、球はすぐに規則的に彼女の手元へ集まって来る。また、それらは互いを次々と呑みこみ合い、最後には巨大な塊となって。
「……すごい」
それは剣になった。キントの身長を超えるほどの大剣。
彼女は完全に顕現したそれを、野球のバットのように構え。
「過失の大清算」
下級悪魔達に目掛けて勢いよく打ち振るった。
『ギュン!』
すると、切っ先から刃が。
空を走る合間に、急激にその身を膨れ上がらせて。
『ギャバ!』
『ギィィウ!』
『グペッ!』
それに触れた下級悪魔達は、逃げる間もなく細切れになっていく。
そして。
「……」
あとに残されたのは血に染まった大地だけ。
無数にあった生命は全て、一方的に踏みにじられ。
「行きましょう」
剣は攻撃と共に霧散し、彼女は何事もなかったかのように歩き出した。
「……いや、だから。キントが魔王やればいいじゃん」
少年はそう零しつつ、うしろ姿を追っていく。




