Ⅴ.不機嫌メイド
「バンフォ・バフォバフォ・メットメト」
「めー」
ミアの呪文と供物で魔法陣が。そして、そこから前と同様にバフォメットが出現する。
「あれ? ちょっと大きくなってない?」
「はい。バフォメットは守る敷地が広がるに従って、自身の体を大きく変化させます。マモンの屋敷に移動させたことが、その起因になったのでしょう」
「へー」
バフォメットは以前のバスケットボールほどの大きさから、子牛ほどの大きさになっていた。また、体毛は変わらずもこもこと綿あめのようで。
「バンフォー・メット・バンバンフォ」
「めー」
「これでバフォメットは屋敷の守護から解放されました。移動に使用できます」
そうして、バフォメットはとことこと、こちらに近付いてきた。
「え、えっと、よろしくね」
「めー」
頭を撫でると、気持ち良さそうに鳴いて。
とても可愛らしい。
「じゃ、じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃいませ。魔王様」
少年は出発した。
「めー」
軽快に走り出すバフォメット。
彼はその頭の上に。
速度は馬ほどだろうか。小振りな脚にしては意外なほど速く。
周りを過ぎて行く風が冷たくて、心地いい。
だが。
「……」
おずおずと少年は視線を背後に向ける。
そこには。
「…………」
口をへの字に曲げて、腕を組むキントの姿が。
彼女は今日、少年に従者を指名されてから一言も声を発していない。
「……」
あるいは、「ちゃんとバフォメットの背中を掴んでないと、危ないんじゃ?」と助言した方がいいのだろうか。そんなことを考えて、彼はやはり考え直す。
――た、たぶん聞いてくれない。
そう彼が確信するほど、キントの表情からは愛想と呼ばれるものが抜け落ちていて。
「……」
少年は黙る。
どうして彼女がここまで怒っているかは分からない。少なくとも、前は怒っていると言うよりも避けられているような。
あるいは、彼女に何か悪いことをしてしまったのだろうか。しかし、いつ。
「……」
彼にはまるで見当もつかなかった。
そんな中、彼女が囁く。
「フォメット・バンフォ」
「え?」
聞き慣れない呪文に、少年が疑問の声を上げた瞬間。
「めグぅろバぁラダガあアア!!!」
彼の眼前にあの日のトラウマが再来した。
「ひぃ!」
巨大化して、怪物のような姿になったバフォメットが生み出す速度は、それまでの比ではなく。車か、あるいは電車に近い速度で、荒野を駆け抜ける。
「めグぅろバぁラダガあアア!!!」
「ひぃぃぃ!!!」
そんなバフォメットに必死でしがみつきながら、少年は確かに目にする。
「…………」
凄まじい圧の中、それでも微動だにせず腕を組み続けるメイド、キントの姿を。




