Ⅳ.ドゥリーベス「てへぺろ(・ω<)」
「それじゃあ、お休み」
「はい」
そうして、ミアは寝室を出て行く。
あの騒動からしばらくすると、すっかり落ち着きを取り戻し、普段の彼女に戻っていた。
「……ミアとは、行けないのかぁ」
少年は一人になったことを確認して、そう呟く。
「……」
先ほど彼が聞いた説明はこうだ。
屋敷を守る戦力は、魔王である少年、メイド長であるミア、そしてバフォメットが要になっている。その三者のいずれか一つが残っていれば、屋敷にいるのがミア以外のメイド達だけでも、ある程度の脅威までなら問題ない。
しかし、三者全てが出払えば別。他のメイド達だけでは、七大悪魔クラスの存在が侵略してきたときに対抗する術がないのは実証済み。
だから、少年とバフォメットが屋敷を離れる以上、ミアは残るしかない。
そう話すミアに彼は、「でも、いくらミアでも、マモンみたいな奴が来たら無理なんじゃ?」と心配の意を伝えたが。彼女は奥ゆかしくお辞儀しながら、「ご安心ください。魔王様がお戻りになるまで、お屋敷は守り通します」と答えるだけで。
そんなミアに彼は「違うよ。屋敷じゃなくて、ミアが心配なんだよ?」とは言わなかった。言わずに、その言葉を心の内にそっとしまって。
「それにしても、キントかドゥリーベスかぁ」
アスモデウス討伐の従者について考え始める。
「まぁ、でも……」
だが、その件に関しては、ほとんど時間をかけずに答えが出た。
「ドゥリーベスだよねぇ」
至極、自然な流れ。
理由は分からないが、避けられているキントはその天秤にすら上げられず。
割と仲がいい気がしている、ドゥリーベスが選ばれる。
そんな矢先。
『コンコン』
ノックが響いた。
「……え?」
慣れない状況。
普段なら、少年が寝室に入ったあとは、ここに訪ねてくる者など皆無で。
「……」
彼が様子をうかがっていると、また。
『コンコン』
と音が。
「……」
ミアかな、とも思う。
けれど、先ほど別れたばかりの彼女がわざわざ戻って来るだろうか。いや、彼女なら例え用事があろうとも、自分の睡眠を妨げるようなことは避け、次の日に改めて来るのではないだろうか。
あるいは、他のメイドかも。だが、今まで一度たりともミア以外の者が部屋を訪れたことはなく。
では、誰が。
『コンコン』
「……」
少年は緊張した。
頭の中では、幼稚かもしれないが、ぐるぐるとお化けの映像が流れ。扉の外で知らない存在が、にたにたと笑みを浮かべているかのような妄想まで。
それほどの不可解。得体の知れない恐怖。
だが、次の瞬間。それらはただの取り越し苦労に変わる。
何故なら。
『ギィ』
「おい、寝てんのかー?」
扉の間から顔を出したのはドゥリーベスだったから。
彼女は少年の姿を認めると、若干顔をしかめて。
「って、起きてんのやったら、返事ぐらいせーや」
となじる。
「ご、ごめん」
「まぁ、別にえーけど」
彼が素直に謝ると、彼女はすぐにいつもの陽気な雰囲気に戻った。
だから、彼は普段話すかのような心づもりで、彼女に訪ねる。
「あ、あの、どーかしたの?」
「ん? いや、ちょっとな」
一方の彼女は煮え切らない口調。
そこから分かるのは、どうやら何か問題のようなものを抱えているという空気。
「…………」
珍しく言い淀むドゥリーベス。
彼女は最初の言葉を掴めずに、表情を変えたり、しきりに視線を泳がせたりしていて。
「あの、大丈夫?」
少年は気遣った。
すると、彼女は少し気まずそうに眉間にしわを寄せてから。
「……単刀直入に言うわ。もし、その気がないならええねんけど。うちを明日の従者に選ばんで欲しいねん」
「え……?」
それは、とても予想できるものではなく。
少年は唐突の展開に、驚きつつも。
「な、何で……?」
その真意を問いただす。
すると、彼女は。
「美人の頼みは黙って聞くのが男の解消やで?」
そう笑って、踵を返す。
「え? え!?」
ドゥリーベスはそのまま寝室の扉を開けると、一度だけこちらに顔を向けて。
「ほな、頼むわ」
と去っていった。
「……」
意味の分からないままに会話が終わり、一方的に頼まれた少年。
「……ど、どういうこと?」
彼が望ましい答えを見つける前に、どんどんと夜は更けていく。




