表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/57

Ⅱ.深まる溝

「……えっと」


 屋敷を出た少年は周囲を見回す。

 庭は相変わらず広く、よく手入れが行き届いていて


「まずは指を広げて――」


 彼は宙に構えた。

 そして。


「むむむ……」


 掌に意識を集中し始める。以前の記憶を頭の中で巡らせながら。


「……あれ?」


 だが、上手く熱が生まれない。集まらない。いや、それどころか何の変化もなく、ただ無為に時間が進むだけ。


「や、やっぱり魔力が……?」


 ドゥリーベスはああ言ったが。あるいは、まだ。

 それにもう一つ、少年には気になることがあって。


「……声も聞こえないなぁ」


 あのとき以来だった。あのとき以来、彼は仄暗い声を聞いていなかった。


「……」


 そしてふと思い出す、あの言葉。

 ミアは確かに言った、その声を聞けることこそ魔王の証明だと。

 けれど今の彼には。


「むむむ……」


 もう一度、少年は試す。


「……むむむ」


 しかし、何も。

 だから、心の内で不安が首をもたげた。


「……」


 それは漠然とした震え。無根拠のままに感じる、喪失感に似た感情。

 もしかすると、このまま終わってしまうのではないか。そんな恐怖。


「……うーん」


 目覚めてからの数週間、彼はただ楽観的に過ごしていた訳ではなかった。

 いや、むしろ逆で。早く秘宝を集められるよう、すぐに親友を生き返らせることができるように。何度も、炎を撃ち出そうとして。マモンとの闘いで得た感覚を体に刻みつけようと。


「むむむ……」


 しかし、少年の努力は滑稽なほど空振る。

 どれだけ願おうと炎は出ず。あとになって、それが魔力の疲弊によるものだと教わって。

 それならばと、自己の中に沈む奇妙な存在に声をかけることもあった。「サタン」と名乗るあの影に。

 そうすれば力が。あるいは、闘い方のヒントが得られるような気がして。

 だが。


「……」


 仄暗い影は沈黙を守った。まるで、呼びかけが届いていないかのように。こちらからの関わりを受け付けていないように。


「……おかしいなぁ」


 そんな中、少年の知性はいつしかある予想を立てていて。


「……」


 根拠はない。そこに根拠はないが、進展のない状況下で人の心はどうしようもなく負の面へ引きずられるものだ。

 だから、悩ましく。


「……もしかすると、ずっとこのままだったりして」


 それは少年の心を不用意にざわつかせる。

 きっと、違うのだろうと信じていても。あるいは、先の闘いで魔王としての力が失われてしまって。右腕だけで生きている、それは魔王故に。けれど、ただそれだけで。敵を倒せる力はもう既に。


「……」


 元より、確たる補償など存在しない。

 ここまでの展開こそ、信じられぬことの連続なのだ。

 ならば、この先いつまた理解の及ばない理不尽が起こっても決して不自然ではなくて。


「も、もし、そうだとしたら、どうなるんだろう……?」


 途端、浮かんでくる嫌なイメージ。

 親友を生き返られることができない。人間界も救えない。それに、ミア達は魔王でなくなった自分と、今までと変わらぬように接してくれるだろうか。最悪を考えれば、このまま屋敷から放り出されてしまうかもしれない。


「……」


 だから、少年の目は涙で染まる。

 もしかすると訪れるそのときの。悔しさ、申し訳なさ、あるいは寂しさを色濃く想像してしまって。


「……うぅ」


 彼はまだ子どもだった。それも小さく、弱く、未熟な。

 そんな幼い精神に、二カ月近くになる目的の頓挫は、足踏みは。あまりに長く、苦しいもので。耐える術など、不安を払拭する術などまるで持ち合わせておらず。


「……怖いよぉ」


 少年は今にも泣き出してしまいそうで。

 しかし、そのとき。


『……ギャ』


 声。いや、音。金属を擦り合わせるような。引き千切るような。


「……え?」


 聞いたことのある響き。聴覚を直接掴まれて、揺さぶられるような不快感。

 それは、前と同様に空から破壊的に落ちてきて。


『ギャリギャギャギャ!』


 下級悪魔だった。

 悪魔の中ではかなり弱く、群れでなくては恐るるに足らない。おそらく、少年の出す炎が直撃すれば一発の相手で。


「うわあ!」


 彼は反射的に掌をそちらへ向ける。

 だが。


「……あ」


 今の彼に、それを実行することはできなかった。

 そして、脳裏をよぎるあの映像。

 彼は一度、抵抗もできず、一方的に体を下級悪魔に喰らわれた経験があって。


「……ぅ」


 久しく感じていなかった死の予感が、そっと少年を縛りつけて。

 だから、体が竦み、逃げ出すこともできなくなる。

 けれど、現実はそんな彼を待ってなどくれなくて。


『ギャリギャギャギャ!』


 目の前に降り立った下級悪魔は咆哮した。次いで、唾液にまみれた顎を大きく広げ。

 そして。


「……うぁ」


 少年を呑みこもうと、手を伸ばし。

 だから。


「うわああああああ!!!」


 鍵が開いた。


『ギャリギャギャギャ!』


 下級悪魔の鳴き声と同時に、彼の掌に収束する膨大な熱量。

 それはほんの数瞬の間に形成されたものなのに、従来とは比べ物にならないほど大きく、また、高密度で。


『キュゴオオオ!!!』


 敵を包み込む。そして、そのまま庭の奥。そこに立つ、獣を象った木々に直撃して諸共爆ぜた。


「……あ」


 起きた事態を理解するのに、ほとんど時間は必要なく。


「……出せた」


 少年はいくつかの安堵を同時に体験して。


「おめでとうございます、魔王様」

「え!?」


 振り返ると、美しく背筋を伸ばしたミアが。その容姿は相も変わらず、清流のように麗しく。


「ど、どうしてここにいるの!?」


 当然、浮かんでくる疑問。

 その問いに彼女は。


「夕食のお時間でしたので」


 と告げて頭を下げる。


「あ、そっか」


 どうやらミアは少年を呼びに来たようだった。

 だから、そのまま二人は並びつつ玄関へと消えていく。

 しかし。


「……」


 更に一部始終を、屋敷の窓から見ていた黒い影。

 また、わなわなと震えるその白い手には。


「な、な……」


 使い込まれた掃除道具が握られていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ