Ⅶ.ほころび
だから、酷く困惑してしまって。
「……いったい、どうなっているの?」
扉が独りでに閉じたあとも、呆然と浮き尽くす。
「……」
以前のゲィーミットはもっと高圧的で。幼い少女の外見をしているのに、その口調は爽然と熟しているような。
それに。
「た、確か目の色も……」
違っていた。
周りに陳列された煌びやかな金や宝石よりも、彼の視線を奪ったのは彼女の瞳。あのとき、少年を射抜いたそれは断じて赤く。決して、星屑を削り取ったような白銀色ではなかったはずだ。
「……」
彼は宝物庫を振り返る。
もう一度、そこに入ればあるいは、心の内に生まれた疑問が解けることもあるかもしれない。奇妙な言葉遣いのゲィーミットに、改めて事の真相を問いただせば。
しかし。
「……」
そうなるとまた、心ない罵詈雑言を聞くことになるのは必須で。
彼の内には未だ、苦い経験を自らの力に変えようとする気概はなく。
「……うん、キントを探そう」
少年はそう言って、問題の解決を先送りにした。
「でも、どこにいるんだろう……?」
広い屋敷内。
キントがいるであろう場所に見当はない。
「……」
だが、代わりにあるものを。廊下の端に寄せて置かれた、金属製の物体を。彼は発見する。
「……?」
近付いてみると、その正体はすぐに分かった。
バケツ。それも、何か水ではない液体が入っていて。更に、その縁には少年の持っている雑巾と同じものがかけられている。
「これって……」
おそらく、たぶん。その清掃用具はキントのものだ。
状況から察するに。彼女は屋敷の掃除の最中、これらを置き忘れてどこかへ行ってしまったということなのかもしれない。
また、コムによる宝物庫周辺での目撃証言もあることから、ますますこのバケツと雑巾は彼女のもので間違いないように思われて。
「……えっと」
少年はきょろきょろと周りを見回した。
廊下はしんと静まり返って、人気は感じられない。キントが道具を取りに、帰ってくる様子もない。
「……あ、そっか」
そこで少年は、雑巾を持ち主へと返すための、とある簡単な方策を思いつく。
「これに入れておけばいいんだ」
視線の先にあるのは一つのバケツ。
次いで、ぽちゃりと指の先でつまんでいた雑巾を揺り落として。
こうすれば、キントが道具を取りに戻った際、結果的に雑巾は所有者の手元に帰ることになる。いや例え、そうならなくても、また彼女に会ったときに、廊下に忘れられていたバケツの情報と共に経緯を伝えればいい話で。
「ふぅ」
心につっかえていた気がかりが消え、少年は溜息をつく。そして、ふわふわと浮きながら進んでいって。
既に、時間は昼に差し掛かり。辺りを漂う空気には、食欲のそそられる芳醇な香りが混じり始めていた。
「そろそろ、昼ご飯の時間だぁ」
そう言って彼は、うきうきとしながら大広間へと向かっていく。
「……」
けれど、そんな彼の背中を。いや、腕の背面を。じっと怨みがましく見る影が。
「今度はどんな料理がでるのかな?」
彼は気付かずに、その場を去った。
「……」
すると、廊下の左右にあてがわれた扉の一つが開く。
そこから出てきたのは長い黒髪の少女。彼女は、先ほどまで少年が浮かんでいた場所までゆっくりと歩いていき。
「……最悪です」
そして、バケツにぶかぶかと浮いている雑巾を見つめながら、キントはそう悪態ついた。




