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我らが魔王のタマゴ様!  作者: 猫屋敷
~アスモデウス編~
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Ⅴ.すぐにいじける地味メイド

 それから色々な場所に足を、正確にはそう呼ばれる部位は彼の体に存在しないのだが運んだ。


「……」


 上階から順に、最下階まで。無論、広すぎて一つ一つの部屋を見て回る訳にはいかなかったが、少年はそこで曲がりなりにも全ての階層を回ったことに。


「……見つからないなぁ」


 けれど、キントの姿は見当たらない。

 また、彼女を探している内に分かったことなのだが。この屋敷には中央部分だけでなく、左右にも階段が設けられていて。

 例えば、二人が互いに異なる階段を使用していたとしたら、あるいはどんなに相手を探していても、すれ違い、全く出会えないという可能性も考えられる。


「う、うーん」


 少年は悩んだ。

 しかし、上手い考えは浮かばない。

 そうしている内に、時間だけが過ぎていって。


「こんにちは、魔王陛下」


 すると、背後から声が聞こえた。


「あ、コムさん」


 少年が返すと彼女は笑って。


「コムで大丈夫ですよ。陛下」


 そう告げてくる。


「そ、そう? じゃあ、えっと、コム」

「はい」


 少年が呼ぶと、コムは明るく返事をした。

 取り立てる要素のない、ごく普通の声色。身長も突出することなく平均的。顔立ちは割と整ってはいるが、他のメイド達と比べると、どうしても控え目で。その特徴のないメイド服も、おそらくはそれと聞いて、きっと万人が思い描くような最もスタンダードなもの。

 つまり。


「あ、あの、キントを探しているんだけど。知らないかな?」

「キントさんですか?」


 酷く地味だった。


「う、うん。ちょっと、用があって」

「そうですか。キントさんなら……」


 彼女はそう言いつつ、何かを思い出してしるような表情を浮かべる。手には底の深い籠を持っていて。

 その中には、とりこまれた洗濯物が何枚も重ねられていた。


「……確か、さっき宝物庫の方にいらっしゃるのを見ました」

「そうなんだ。あ、でも僕、宝物庫の場所が分かんないや」

「宜しければ、ご案内致しましょうか?」

「いいの? ん? い、いや、でも、たぶん仕事の途中だよね? それだと悪いから――」

「うふふ。大丈夫ですよ、陛下。ご案内するだけなら時間はさほどかかりませんし、何より陛下のために働くことがメイドの仕事ですから」


 そして、コムは「こちらです」と彼に告げて歩き始める。


「あ、ありがとう」

「お役に立てて光栄です」


 少年が謝辞を伝えると、彼女は嬉しそうに笑った。

 それは、まるで路傍の花のように慎ましく。注目するようなものは何もない。


「……」


 しかし、その素朴さには不思議と癒しのような温かみがあって。

 少年は何となく朗らかな感覚を胸の内に広げながら、彼女のあとを付いていく。


「こちらが宝物庫です」


 目的の場所にはすぐに辿り着くことができた。

 そこは屋敷の最端。いや、最奥。玄関を入って隠されているような中央階段の裏手。その場所に伸びる廊下を真っ直ぐ進んだ位置に、あの謁見の間と同等といえる大きな扉があって。


「ありがとう。でも、あれ? キントは――」


 周りを見回す彼。

 だが、そこには誰の姿もなくて。


「あ! そ、そうでした! あれ……? キントさんいらっしゃいませんね。確かにさっきはこちらで掃除をなさっていたんですが……」


 コムは慌てて視線を動かした。

 そんな彼女に彼は。


「もしかして忘れていたの?」


 そう訊ねる。

 別に他意を含まない、何となく口にした質問。その「もしかして」と「忘れて」の間には、「僕がキントを探していたことを」という言葉が省略されている。


「……」


 すると、彼女は顎を大きく開いてこちらを数秒見つめて。次いで、持っていたかごを落とし、両手をぶんぶんと顔の前で振りながら。


「ご、ごめんなさい! あ、あのでも、違うくて! 途中までは覚えていたんですよ!?で、でも、いつの間にか宝物庫まで陛下をご案内するってことで頭がいっぱいになっちゃって!」


 こちらが驚くほどの狼狽ぶりで弁解してきた。

 その振る舞いには、少年の方もうろたえてしまって。


「え!? い、いや、責めた訳じゃなくて!」


 けれど、コムの動転は収まらない。いや、それだけに留まらず。


「本当に、ごめんなさい! ちょっとメイド長の真似をして、できるメイドを気取ってみたかっただけなんです! でも……やっぱり私には無理だったんですね。『お役に立てて光栄です』だなんて受け答え、私にはきっと似合わないんです。ああ、どうしてこうなっちゃうんでしょうか……? 最初はまだ上手くいってたはずなのに……」


 最終的に彼女は反転してその場に座り込み、両手の人差し指を顔の前でぶつけながら、ふさぎこんでしまった。


「私はやっぱりダメダメメイドです……略して、ダメイドなんです……。前にマモンに監禁されたときも、私が一番に捕まりましたし……。仕事も遅くて、他の皆さんみたいに強くないし…………地味だし」


 そんな彼女を前に少年は。


「いや、あの……」


 どうにかかけられる言葉を探っていた。

 そして。


「……うぅ」

「え、えっと、大丈夫……だよ?」


 それが彼の選んだ入口。


「……うぅ?」


 するとコムは背を向けたまま、だが、泣くのを一時中断して。

 だから、少年はその隙を逃すまいと話し続ける。


「だ、誰でも大事なことを忘れちゃうことってあるし、それに今回のことは別に大したことじゃないから……」


 彼の本心だった。先ほどは彼女の慌て様に呑まれて、あるいは大事のように感じてしまった部分もあったが、確かに。

 落ち着いて考えてみると、それはさして重要なことではなく。キントはいなかったにせよ、その「宝物庫にはいない」という事実を確かめられたことを鑑みれば、コムが案内の途中で本来の目的を忘れていたことに大した落ち度はなく。というかむしろ、気にならない程度のもので。


「うぅ……でも、メイド長ならきっと忘れないです……」


 けれど、コムはまた泣き出しそうな雰囲気を醸し出していた。


「……」


 これは不味い。少年はそう思い、頭を回転させる。

 そして、下される次なる一手。彼が選択した言葉とは。


「で、でも、コムはメイド長じゃないじゃない?」


 それは大振りの剣の如き鋭さをもって、コムの心を切り裂いた。

 何故なら、彼女がこれまでやってきたことを否定されたかのように思えたから。また、憧れの存在にはどれほど頑張っても追いつくことはできない、お前程度の才能では、と言われているような気がしたから。自分でも気付いていた、ミアと自身との埋められない相違点を再確認させられたから。


「うぇ、うぅ……うえええん!」


 そして、顔を両手で包みながら泣く。大声で。


「い、いや! 違うんだよ!? コムがメイド長になれないとかじゃなくて!」


 彼のフォローは追い打ちにしかならなかった。


「うわあああん! や、やっぱり、私にはメイド長みたいにはなれないんです……っ! うぅ……ひっく、い、いつでもダメダメで……うぇ、じ、地味なままなんです……うわあああん!」

「ああ、もう! そういうことじゃないの! 僕が言いたいのは――」


 少年は空気を力いっぱい吸い込んだ。


「コムはコムでしょ!? ってこと!!!」


 すると、彼女の肩がびくりと震える。

 そして。


「ひ、ひっぐ……?」


 少年は語った。


「周りのすごいと思う人達と自分を比べなくてもいいじゃない? だって、コムは他の誰でもなくて、コムなんだから。無理して、背伸びする必要なんて全然ないよ」

「で、でも……うぅ、わ、私は仕事でも失敗してばっかですよ? ダメイドなんですよ……?」

「失敗したっていいじゃない? 次から気をつければ。それに、コムの言う『メイド長』だって、失敗することはあるんだよ?」

「……え?」


 素っ頓狂な声を上げるコム。

 彼女を励ますため。面白い小話を聞かせるときのように、敢えてにやにやと嫌味な笑いを浮かべる少年。


「秘密だよ? 実はね、魔界に来るときにね。僕って右腕だけになるんじゃなくて、ちゃんと普通の体で来ることもできたはずなんだ。でもね、助けに来るのが遅かった人がいてね」

「えっぐ……ま、魔王陛下を人間界に迎えに行ったのは……ひっぐ、め、メイド長で……って、えぇ!? も、もしかして……メイド長が!?」

「そうなんだよ。しかも、そのことを訊いたら、『私の命をもって償います』だなんて言い出してね」

「……め、メイド長がそんなことを」


 いつの間にか泣き止むコム。

 彼はそこでまとめるように息を一つ吸い込んだ。


「失敗なんて本当に誰にでもあるんだよ。自分から見て完璧だって思える人にも、たぶん。だからね、そんなこと気にしなくていいの。それに、そうやって頑張っていたら、ちゃんと力は付いていくから。ちゃんと成長していくんだから。焦らなくても、きっとコムは立派なメイドになれると思うよ?」

「で、でも、私……地味ですし」

「それこそコムはコムでしょ? 皆同じだなんてつまらないし。それがコムの〝らしさ〟なのかもしれないじゃない? だから、自分で地味だって思えても別にいいんだよ。それに、もしかしたら、そんなコムだからこそ役に立てるって場面もあるかもしれないし」

「そ、そうでしょうか……?」


 コムは顔を上げた。


「きっとそうだよ! だって、魔王様の僕が言うんだよ? 間違いないよ!」


 少年のダメ押し。


「…………そ、そっか。魔王陛下が……」


 すると、彼女はゆっくりと立ち上がって。


「そ、そうですよね!」


 両拳を顔の前で握る。次いで、涙を拭きながらくるりと翻ると。


「お、お騒がせ致しました。ありがとうごうざいます!」


 咲くような笑顔を見せた。

 それは相変わらず、途方もなく地味だったが、それでもちゃんと可愛らしくて。


「どういたしまして!」


 少年も笑う。

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