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我らが魔王のタマゴ様!  作者: 猫屋敷
~アスモデウス編~
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Ⅲ.メイド説得

 部屋には細やかな装飾のなされた燭台が並んでいて、陽の光はなくともそこは十分に明るかった。また、天井からは煌びやかなシャンデリアが下がっていて。


「……暇だなぁ」


 少年は呟く。もし、彼に顔が残っていたとしたら、その頬には掌底が深々と沈んでいたに違いない。

 朝目覚めたときと全く変わらぬ退屈。華々しい王座に座って、ただ漫然と時間が過ぎるのを待つ状況。それはもはや滑稽なほど飽き飽きとしていて、酷くつまらないものだった。


「ねぇ、ミア」

「はい」


 少年の隣にはいつも通りミアが控えていて。彼女はその美しい顔を、奥ゆかしくこちらに向けて返事をする。


「やっぱり、僕も何か仕事を――」

「いいえ、屋敷内のことは全てメイドが行います。魔王様の御手を煩わせることはありません」

「……」


 彼の提案はまた、ばっさりと拒絶されてしまった。


「……」

「…………」


 そして、続く沈黙。

 そこから、どれだけ待とうとも。何も生まれず、何も起こらずに、時間だけが曖昧に過ぎていった。

 だから。だから、少年は。


「……」


 この関心を欠く状況への打開策を考え始める。

 うんざりするような無為を、何か有意義なものに変えられないか。


「……あ!」


 その考えにはすぐに辿り着くことができた。

 また、それは今ある様々な想いを全て複合して丁度よく、更に魅力的な光を放っていて。もしも可能ならば、多くの見返りが期待できる妙手。

 つまり、彼が導き出した答えとは。


「あ、あの、ミア。僕、ちょっと屋敷の中を探検してきてもいい?」


 屋敷内の散策だった。

 これなら呆然と椅子の上にいるよりも、まず楽しく時間を過ごせるはずであるし。まだ、じっくり見られていない建物の造りにも興味があった。それに他にも。


「問題ありません」


 少年の提案に、ミアは快く答えた。また、どこからか彼の体のサイズにぴったりと合わせた小型の椅子を取り出して。


「こちらへどうぞ」


 だが、彼は。


「え、えっと……それはいいや。僕、飛べるし」


 それをやんわり辞退する。


「かしこまりました」


 ミアは少年の言葉を素直に聞き入れ、椅子のそばに控えた。いつでも彼に同行する準備はできているといった佇まいで。


「あ、あの……ミア?」

「はい」


 しかし、それでは意味がなく。

 彼は少し緊張しながらも言葉を続けた。


「ミアはついてこなくて……大丈夫だよ?」


 そして、おそるおそる彼女の方に視線を向けると。


「……」


 相変わらず落ち着いた表情をしていて、いつもとそう変わりはないように思える。けれど、全体的な印象としての雰囲気が。また、瞳孔が普段よりも大きく開いていて。それが、何やら衝撃というか、ショックというか。いや、どちらにせよ、そこに良好な感情は見受けられず。

 だから。


「い、いや、違うんだよ!? 別に、ミアが邪魔って言っている訳じゃなくて!」


 だから、少年は必死に否定した。


「……邪魔」


 しかし、ミアはそっと、今にも消え入りそうな声で囁く。


「そ、そうじゃなくて!」

「……いえ」


 そして、普段通りの声質を保てるよう注意深く配慮しながら彼女は言った。


「魔王様の持つご意志を、全身全霊を持って尊重させて頂くのが私達の務めです。そこに私的な感情を挟むなど、メイドには過ぎた傲慢です。ですから、私はここで――」


 だが、それはミアの内に秘められた悲痛な想いをより強く際立たせて。

 そんな彼女に少年は。


「違うの! だって、ミアはご飯を食べないから! 僕といると、ずっと立っているから!」

「……?」

「ミアに休んで欲しかったの!」


 隠さず思いの丈を告げる。

 それはここ数日、彼が常に懸念していたこと。ミアが休んでいる姿を見ていない。それどころか、食事を取る光景すらも。彼と一緒にいるとき、彼女はいつも正しい姿勢で控えているのだ。その事実からは、決して楽ではない労苦の日々が滲み出ているようで。


「魔王様のおそばに仕えるのは私の務めです。それに、休憩は夜に頂いておりますので」

「ダメ! 夜しか休まないって、そんなの体壊しちゃうよ!」


 なので、少年はミアを自分から引き離す方法を考えていた。自分の隣にいれば、彼女はいつまででも働いてしまうから。


「ですが――」

「ダメだよ。僕、ミアが疲れている所なんて見たくないもん。だから、これからは一日の間でしっかり休憩できる時間を取ること! ご飯もちゃんと三食、食べること! その間、僕は屋敷を散歩とかしてるから」


 対するミアは。少年の言葉を受け取って、その意味を租借するように視線を下げる。そこから数瞬、時間が流れた。感情を整理するための時間が。

 そして。


「それは……ご命令ですか?」


 ミアは訊ねる。そこには、ほんの微かに寂しさのような響きが混じっていて。


「命令は……したくないなぁ」

「……」

「えっと、魔王とかじゃなくてね。あの、僕からの〝お願い〟……じゃあ、ダメかな?」


 それが少年の答えだった。

 いうなれば、ミアを思いやる心。相手に対する誠実さ。魔王としての命令は、なるべくなら使いたくないという彼の配慮。

 また、その下手の依頼は。


「…………かしこまりました」


 ミアに届く。彼女は、彼に向かってしとやかに頭を下げた。

 その表情ははっきりとは見えないが、先ほどのもの悲しげな雰囲気はなくて。


「……」


 少年は少しだけ胸を撫でおろした。

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