Ⅳ.消えたタイムカプセル
少年は頬杖をついて空を見つめていた。
「……」
磨りガラスを通したような世界。
透過できない光が、景色をぼやけさせて。
「まじかよ!?」
すると、また声がする。
振り向いた先にはいつものように大柄な彼がいて。
「どうしたの?」
少年は駆け寄る。
まるで、光に引き寄せられる羽虫のように。
「いやさ、こいつがすごいこと言うんだよ!」
「すごいこと?」
そこには臆病そうな彼もいた。
彼はおどおどとしきりに目を泳がせる。
「あ、あの……。ぼ、僕はただお兄ちゃんから聞いただけで……」
だから少年は彼の顔を覗き込んだ。
「何を聞いたの?」
すると、彼は消え入りそうな声でそっと。
「た、タイムカプセル……」
と呟いた。
「タイムカプセル?」
「そう! タイムカプセル!」
そこから先は、どういう訳か、大柄な彼がまるで当事者であるかのように説明し始める。
「何年か前に、こいつの兄貴達の間で小学校の卒業記念にタイムカプセルを埋めようってことになったんだ! 自分達が持っている、とっておきの宝物を集めてさ! だから中身はそりゃもう豪華だよ。誰も知らないレアカードとか、幻のゲームソフトとか。もしかしたら、エアガンとかも入ってるかもしれないな!」
そして合間に、臆病そうな彼が補足する。
「な、何を入れたかまでは聞いてないから分からないよぉ……」
少年は相槌を打った。
「うんうん。それで?」
「そのタイムカプセルをさ! 最近になって、久しぶりに掘り出そうって話になったんだよ! そんで全員でシャベル持って、タイムカプセルを埋めた場所に集まった。でも――」
大柄な彼は、そこで一旦話を切ってからにやにやと嫌らしい笑みを浮かべる。
どうやらこの物語には何か一悶着あるらしい。
その引き込まれるような空気を感じ取って、少年は彼を急かす。
「どうしたの?」
大柄な彼はそこからたっぷり時間を取って。
「……なかったんだよ、タイムカプセルが。影も形も」
そう囁くように告げた。
彼のその発言で、今日の放課後の流れは決まる。
「本当に? でも、もしかして場所を間違えてるってことない?」
「い、一応、埋めるときに分からなくならないようにお兄ちゃん達は写真も撮ってたらしいんだよぉ。だから、間違えてるってことはないと思う……」
少年が常識的な疑問点を挙げると、臆病そうな彼は首を振った。
「じゃあ、誰か知らない奴が持っていったとか……?」
あるいは、それが起きた原因で考えられるものを挙げると。
「それもねえ。こいつの兄貴達は他の誰にもタイムカプセルを埋めた場所を教えてないし、埋めるときも周りに人がいないことを確認してから埋めたって言ってるんだ」
それもまた、今度は大柄な彼が否定する。
「そっか」
そして少年が納得すると、大柄な彼が嬉しそうに二人の前で宣言した。
「今日は俺達で宝探しをやるぞ!」
少年の灰色の世界で声が響く。
同時に、固まった空気が氷のように柔らかく溶けていった。
「こ、ここに宝があるのか!」
大柄な彼の声が辺りに響く。
三人がやってきたのはこじんまりとした公園。ただし、それは山の中腹にひっそりと敷設されており、周りは木々に囲まれていて薄暗い。
「う、うん。お兄ちゃんはここだって」
臆病そうな彼が背後から告げた。
「じゃあ、さっそく宝を探そうぜ!」
大柄な彼は自身の身の丈ほどもあるシャベルを振り上げる。それはかなりの気合いの入れようで。どうやらこのタイムカプセル探しのために、わざわざ畑仕事をしている彼の祖父からそれを借りてきたらしい。
「で、でも約束は守ってね……っ!」
「あー、はいはい。分かってるよ、しょうがねえなぁ」
臆病そうな彼の言う約束とは、タイムカプセルの中身についてのことだった。
「タイムカプセルを見つけたときは横取りせずにちゃんとお兄ちゃん達に知らせる、だったよね?」
「う、うん。僕もそれを守るって約束で、この場所を教えてもらったから……」
「あーあ、残念」
シャベルに体重をかけながら、溜息をつく大柄な彼。
「まぁ、でもちゃんと見つけたら、一個か二個はお宝を分けてくれるかもしれないしな!」
しかし、すぐに目を輝かせながら彼は公園の中へと入っていく。
それに続く二人。
タイムカプセルが埋まっているであろう場所にはすぐに着いた。
「変な人形ー」
「ここなの?」
彼らの目の前にあるのは、石でできた奇妙なオブジェ。丸みのある緩やかな形状とデザインから、おそらく元は公園のマスコットキャラクターのようなものだったのだろうが。風雨に晒されていたせいで、その外面はかなり腐食しいる。もはや、それが初めどんな身なりをしていたのか分からない。
「た、たぶん」
臆病そうな彼は写真をポケットから写真を取り出した。
それは現在の外見とそう変わらないオブジェが映っていて。
「よっしゃ! 掘るぞ!」
大柄な彼は豪快にシャベルを振り上げ、力任せに地面に突き刺した。
『ザクリッ』
それは軽快な音と共に深くめり込む。
「じゃあ、こっちを掘っておくね」
「あ。ぼ、僕はこっち」
彼らはそれぞれオブジェを取り囲みながら、場所を分担して土を掘っていった。 二人が持っていたのは小振りなスコップで。だが、まだ前回の採掘からあまり日が経っていないのだろう。そこは易々とスコップの刃を受け入れていく。
「おっしゃー! どんどん掘れー!」
大柄な彼の掛け声と共に、オブジェの周りはどんどん真新しい土の山が構築されていった。
「うおおおお!」
その勢いは凄まじいもので、彼らは。特に大柄な彼は、まるで蒸気機関のように、手を休めることなく地面を掘り続ける。
「えいっ! えいっ!」
「うんしょ……うんしょ……」
二人も負けてはいない。シャベルとスコップではその性能に差があるものの、彼らもまた額の汗を拭いながら懸命に大地を掘り進めた。
「おりゃあああ!」
しかし。
「それっ!」
「うんしょ……うんしょ……」
そこから出てくるのは土ばかりで。
「うお……」
「……えい」
「うん……しょ」
次第に三人の顔に疲労の色が浮かぶ。
そして、一時間近くが経過した頃。
「……よ」
腰まで埋まるほどの大量な土を掻き出していた、大柄な彼の手が。電池が切れたかのように、勢いが潰えたかのように。ついに止まった。
「ん?」
「ど、どうしたの?」
途端、辺りが急激に静かになる。
異変に気付いて、顔を上げる二人。彼らが見たものは。
「全然見つからねえじゃんかよ!!!」
木々を揺らすほどの雄叫びと共に、大柄な彼が仰向けに倒れる瞬間だった。
「そうだね……」
「……う、うん」
それと同時に二人もスコップを置き、その場に尻もちをつく。
大柄な彼は胸で大きく息をしながら。
「なあ、兄貴達は本当にタイムカプセルをここに埋めたのか? もしかして、俺達騙されたんじゃ……?」
すると、臆病そうな彼が。
「う、嘘じゃないよぉ……お兄ちゃんは確かにここに埋めたってぇ……」
そこで、少年も。
「きっと、埋めたのは本当だよ。嘘だったら、『タイムカプセルを見つけたら知らせる』なんて約束をする必要はないし」
お互いに疲れきった声で話し合う。
「そっかあ……だよなあ……。でも、全然出てこねえんだよなぁ……」
「そうだね……」
少年は両手に自重をずらしながら、上を向上げる。
そのとき、少年は何故かぼんやりと物憂げな彼のことを思い出していた。理由も脈絡もはっきりしないが、どういう訳か。彼はいったい誰なのだろうか、何者なのだろうか。彼という存在は、そんな風に時折意識の狭間に入り込み、少年を悩ませる。まるで思い出に焼きつく陽炎のような。今もどこかで自分を見ているような。
『オイ』
そして、誰かに呼ばれたような気がして少年は振り返る。
「……え?」
視界に奇妙なものが映った。いや、改めて考えると奇妙ではないのかもしれない。そもそも、それが山にいないなんていう確証はないから。少年はただ、これまで目にしていなかっただけ。だから、あるいはそれが山にいるのは実は当たり前で、自然な光景であるのかも。
だが。
「……」
どこか場にそぐわない。そんな違和感が少年の心に生まれる。
「……あれは」
黒い羽、黒い眼球、黒いかぎづめ。それは公園の入り口付近に留まり、こちらを向いて。
『カァー』
と一声鳴いた。
だから少年は。
「……」
徐に立ち上がり、カラスに向かって歩き出す。
「ん? お、おい」
「ど、どこに行くの?」
「……え?」
二人の声で少年はふと我に返った。
「どこ……って?」
そこには不思議そうに首を傾げる二人の姿。
理屈は分からない。状況は理解できないが、どういう訳か。
「見えてないの?」
「何が?」
「だ、大丈夫?」
二人にはカラスの姿も、先ほどの鳴き声も認識できていないようで。
「???」
少年は混乱した。
何が起こっているか全く理解できず、しげしげとカラスと二人を交互に見つめる。
『カァー』
だが、そうしている内にもカラスは、その場から飛び立ってしまった。
「あ!」
反射的に走り出す少年。
「え? おい! 待てよ!」
「ど、どうしたの!?」
二人は驚いて立ち上がり、その背を追いかけた。
「……っ!」
公園を出ると、そこは山道で。細長い通路が頂上まで続いている。
普通なら、そこには草木が生えているだけで。
だが、今は道の両脇にカラスが。それも十匹や二十匹ではない。緑の色を埋めんばかりの黒い羽。それらが一斉に声を揃えて。
『カァー』
と鳴く。
「……」
少年は導かれるままに、その狂気染みたアーチの中に飛び込んだ。
「何なんだよ」
「わ、分かんないけど、とりあえず追いかけなきゃ」
二人は理由も知れぬまま、少年を追いかけて。
「……」
少年は道の途中で止まる。
その場所でカラスの群れが、山の奥へと逸れていたから。
「え? そ、そこ行くのか?」
「あ、危ないよぉ……」
二人の声は少年には気にならなかった。いや、聞こえなかったといってもいい。頭がぼやけて、だが冴えていて。不思議な感覚が体を支配している。
「……」
そこは通常の道とは異なるが、実際に歩いてみると僅かに踏み慣らされているのが分かった。
「何だよ、ここ」
「あ、歩きやすい……?」
顔を見合わせる二人。
少年の視線は淡々とカラス達へ向かう。
「……」
そしてしばらく歩いた頃だろうか。少年は前方に光を見出した。
『カァー』
また、カラス達が急かすように鳴き声を上げる。
少年が走り始めると、遅れてうしろの二人も速度を上げた。
そして。
「……」
「は!?」
「え、えぇ!?」
彼らの目の前には公園が。
「嘘だろ?」
「う、うわぁ……」
手入れがされておらず、遊具は錆びて、荒れていて。しかし、確かにそこには先ほど彼らがいた場所と同じ形をした公園が広がっている。
また、当然そこにはあの奇妙なオブジェも立っていて。
「公園は二つあったんだ……だから」
少年は理解する。
タイムカプセルを埋めた当時、山にある公園は一つだった。だが、何らかの理由でその後、新たに公園が造られることになる。けれど、それから年月が経ち、タイムカプセルがある公園への道が草木で覆われてしまった。その入口すらが容易には気付けないほど。
だから、そこで勘違いが起きる。「新たに造られた公園を、自分達がタイムカプセルを埋めた公園だ」と思い込んだのだ。それに、そこにはあつらえるように目印の奇妙なオブジェもある訳で。記憶と事実が強烈に結びつき合ったはずだ、「タイムカプセルはここにある」と。そのときは、山に公園が二つも存在することなど夢にも思わずに。
「つまり、ここにタイムカプセルはあるのか!?」
大柄な彼は興奮するような口調で言った。
「こ、こっちが本物なんだぁ……」
臆病そうな彼も目をぱちくりと輝かせながら。
「うん」
少年が頷くと同時に、それは開始される。
「うおおおお!!!」
「うんしょ! うんしょ!」
「えいっ!」
体に溜まった疲れも忘れ、彼らは一心不乱にオブジェの周りを掘り始めた。
そして、十分ほど経った頃、少年のスコップに奇妙な手応えが宿る。
『ガチンッ』
少年はそれを静かに取り上げた。
「……」
「…………」
「……」
錆ついた金属製の箱に三人の目が集中する。
『ガポッ』
力を込めると、蓋はすぐに開いた。
その中には。
「ん?」
「は?」
「えぇ?」
彼らが想像するような宝物など入っておらず。
だが一応、ものを出して、しげしげと眺めてみる。
「……」
「…………」
「……」
けれど、それは三人には何の価値もなさそうなもので。
「……うーん」
「…………」
「え、えっとぉ……」
がっかりしたように肩を落とす。
そして、長い沈黙のあと。
「……お兄ちゃん達に返してあげよう」
少年がそう言うと。
「……おう」
「……う、うん」
二人はゆっくり頷いた。
「……」
周りは日が落ち、少し暗くなってきている。
帰り道。先ほどあふれるほど木々に留まっていたカラス達は、いつの間にか姿を消していた。




