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Ⅰ.仮初の祝福

「や、やった!」


 そして、少年は歓喜の声を上げる。

 それは心からあふれ出した本物の想い。感動、狂気、愉悦、達成、到達、完遂、激昂。そのどれともつかない、輝かしい情操。


「おめでとうございます、魔王様」


 彼のそばにはミアもいた。

 彼女は小さく、だがとても美しく微笑みながら頭を下げる。


「おめでとう、魔王様」

「よかったなー、魔王はん」

「おめでとうございますー」

「よきえにしじゃったな、魔王様よ」


 それに他の4人のメイド達もいて。

 それぞれが、共に彼を祝福してくれる。


「うん、ありがとう! 皆!」


 少年はついにやり遂げたのだ。降りかかる困難も、襲いかかる不幸にも負けず、ついに。


「本当にありがとうー!」


 涙を抑えきれなかった。

 少年は思わず、メイド達に抱きつく。

 そんな彼を、彼女らは暖かく迎えてくれて。


「うぅ……、ありがとおぉ……!」


 泣いている彼を。


「今まで、ご立派でしたよ」

「バカねー、泣くことないじゃない」

「ほんま、魔王はんは泣き虫なんやからー」

「ほらほら、泣かないでください」

「ふふ、甘えん坊じゃのう」


 優しく慰めた。


「それじゃあ、ミアさん。そろそろ……」

「そやな。あんまりぐだぐだしても、しゃーないし」


 そして、彼女らも目に涙を浮かべる。


「寂しくなりますねぇ……」

「偲ぶでない。この別れは、我らが魔王様の新たなる旅立ちじゃ。大いに祝福しようぞ」


 だが、強がるように笑顔を見せていて。


「魔王様」

「……うん」


 ミアが、またどこか分からない場所から秘宝を取りだした。


「……これに、願いを言えばいいんだよね?」


 少年の問いに、メイド達は静かに頷く。


「そっか」


 そこに転がる秘宝を見ると、彼は胸が熱くなった。

 次いで、苦しかった七大悪魔との戦い、そして彼女らと過ごした日々が走馬灯のように頭を駆け巡る。

 そして。


「皆と、別れたくないなぁ……」


 ついそう零してしまう。


「そ、そんなこと言わないでよ、バカ魔王様!」

「ほんまやで。そない言ったら、うちらだって……」

「うぅ……」

「お主らは本当に涙脆いのう」

 

 だから。


「あはは……ごめんね」


 零れる涙を手で拭い取りながら彼は笑った。笑って見せた。


「魔王様」


 ミアが声をかける。

 彼女は泣いていなかった。だが、その宝石のようなコバルトブルーの瞳は、さざなぐ海のように揺れていて。


「今までありがとうございました」


 彼女らしく落ち着いた声で。けれど、僅かに震えながそう彼に告げた。


「こちらこそ、ありがとう……! 僕はミアと一緒で、ずっと一緒で。本当に楽しかったよ……!」


 そして少年は秘宝に視線を戻す。そうしなければ、また泣いてしまいそうで。

 自分の背後では、きっとミアがとても綺麗にお辞儀をしていることだろう。彼はその光景を心に思い描きながら、懐かしみながら。


「僕は……僕の願いは、『ベルゼブブの人間界への侵略をなかったことにする』こと!」


 秘宝に願いを託した。

 すると、それらが強く輝き始る。

 次いで、眩い光が辺りを包み、少年は目を開けていられなくなった。


「……っ!」


 意識が消える瞬間。


「ありがとう!!!」


 少年は叫ぶ。

 そして、彼は頭が割れるような雑音の中で確かに。


「ご達者で」


 ミアの声を聞いた。




「……い!」


 深く優しいまどろみの中。

 遠くどこかで音が聞こえる。


「お……!」


 それは幾度も少年の元に届き、振動を伝えた。


「……あ!」


 体を占領する強い眠気。それに虚脱感。


「……って!」


 音はどうやら呼び声のようだ。きっと、彼のことを呼んでいて。


「……い!」


 だが、少しでもこの余韻に浸っていたくて。


「……ろよ!」


 彼は。


「おい!」


 目を覚ました。

 そこにはどこまでも青い空と、穏やかな雲が広がっていて。


「……え?」


 自分の顔を二人が上から覗きこんでいる。少年は状況も分からず、それを呆然と見つめた。


「やっと、目ぇ覚ました!」

「うぅ……心配したよぉ……」


 そうして安堵の溜息を漏らす彼らに。


「……っ!」


 彼は思い切り抱きついた。


「え! え!? 何だよ!」

「い、痛いよ。どうしたの、急に……?」


 二人は不満げに少年を責める。

 しかし、それすらも今の彼には愛おしくて。


「分かんない! 分かんないけど!」


 腕が疲れるまで抱きしめた。


「いや、だから――」

「急にね――」


 その後、遊んでいるときに自分が突然倒れたことを彼は二人から説明される。


「そ、そう言われても――」


 彼には自分がどうして気を失ったのか分からなかった。二人もそうだった。

 だから三人は結局、いつしかその事実を忘れて、また日が暮れるまで遊んだ。


「じゃーな、また明日」

「またねー」


 彼らが別れたのは夕方6時頃。

 少年は二人に手を振って、帰路につく。


「あー、楽しかったなぁ」


 思い返される時間。今日は、特に楽しく感じられた。

 少年は笑いながら歩く。


『カァー』


 すると、道の途中にカラスがいた。

 道端に捨てられたごみを突いている。


「あ、カラスだ。カァー」


 何となく。何となく少年はそのカラスの真似をして鳴いてみた。

 それは特に理由のない、言わば暇つぶしに近い行動。何の意味もない儀式。

 だが。


『オ前ノ望ンダ世界ダ』


 カラスはその呼びかけに、答えるように告げる。


「……え?」


 聞き間違えか、勘違い。ただ、鳴き声がそう聞こえただけ。

 少年は戸惑いながら、もう一度鳴き声を真似してみる。


「カァ……」

『カァー、カァー、カァー』


 しかし、声が間に合わず、カラスはそのまま飛び立ってしまった。


「……」


 あとに残されたのは、汚いただのゴミだけ。


「……変なの」


 少年は何かもやもやとした気持ちのまま歩き始める。


「ねえ、ちょっと!」


 すると、うしろから少年を呼ぶ声が。


「あ……」


 それは。


「お母さん」

「あんたも帰りなの? 一緒に帰りましょ」


 少年の母親だった。

 彼女は嬉しそうに笑いながら。


「へっへー、今日のご飯は何だと思うー?」


 少年に訊ねてくる。

 だから彼も笑いながら。


「えー、何だろう?」


 そう訊き返した。


「実はね……じゃじゃーん! あんたの好きなハンバーグ!」


 母親は右手にさげていたビニール袋の中から、ハンバーグの形にまとめられたひき肉のパックを取り出した。


「え!? やったー!」


 少年は歓声を上げる。

 それは本当に彼の大好物だったから。それに自分の母親が笑顔だったから。


「楽しみにしてなさいよー?」

「うーれしいなー! うーれしいなー!」


 そうして二人は橙色に染まったアスファルトの上を歩いていく。

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