Ⅶ.マモン「第二形態だお」 魔王「おkw」
「じゃがな、メイド長よ。『お見事』という言葉は早すぎるのではないか?」
そして少女は頬を吊り上げたまま、ミアの方へと向き直る。
「……」
黙り込むミア。
「え? ど、どういうこと?」
そこに少年も入ってきて。
『ゴゴゴゴゴ!!!』
突如、屋敷全体が激しく揺れ始める。とてつもない規模の地震。建物が崩壊しそうなほど、軋んでいる。床に転がる金塊が、生き物のように跳ねている。
いや、違う。地震ではない。振動が少年にも伝わってきている。彼もまた揺れを感じてる。
おそらく場が、その空間自体が震えているのだ。もうすぐ生まれる、恐るべき力に耐え切れずに。
「まだ、終わってないということじゃよ。魔王様」
そんな中で少女は愉快そうに笑う。
「え!?」
だが、少年には戸惑うことしかできない。ただ、戸惑いながら揺れが過ぎ去るのを待つことしか。
「ここからが本番じゃ」
その声が引き金だった。いや、実際にはそこに因果性はないのだろうが、あまりにそれは自然に聞こえて。
金塊が全て宙に浮き上がる。そして、場の一点に集まる。以前の龍の例ではない。寄り合い、重なり合うのではなく、信じられないほど強い力で凝縮される。まるで、ブラックホールのようだ。捻じれ、よじれながら、たった一つの点へ。たった一つの個へ収束していく。
「……ぁ」
すると、先ほどまで床を占領していた黄金が霧のように姿を消した。
あるのは、ただ純粋な金だ。他のものを全て喰らい尽くした金が立っている。
そして。
『我ハ……黄金ノ君主、マモン。魔界ノ欲ヲ支配スル者』
金はそう告げた。
はっきりと伝わる、感情を持たない無機質な声。
「……っ」
少年はそれを微動だにできないまま聞く。恐怖で体が動かない。一目見ただけで分かる。そこにはどうしようもなく死が張り付いている。本能的に心が勝手に理解するのだ。圧倒的な個の差を。己と相手の違いを。目の前のそれが、自分ではどうすることもできないものだということを。
『我ハ与エル。アリトアラユルモノヲ』
怪物。途方もない怪物。それは災害にも似て、ただそこにあるだけのなのに拭いされない絶望感を与えてくる。
肌が痺れ、心が叫んだ。逃げろ、と。今すぐに、全霊込めて、決っして振り返らずただひたすらに逃げろと。
「あ……」
象ほどもある金色の巨体。背には鳥のような黒い一対の羽。けれど、人間と同様に二つの足で立ち、手は五本の指を有している。
『望ム者ニ、望ムガママニ』
そこでもう一方の口が開いた。
『我ハ欲ス。アリトアラユルモノヲ』
マモンには肩口から癒着するように二つの頭が生えている。また、その形は烏のそれで。
『望ム我ノ、望ムガママニ』
語り終えると、マモンはゆっくりと歩き始める。
「……っ!」
少年はその光景を見て、自分でも分からないまま、宙から一気に降下して。
「ダメ!」
彼女を背にしながら叫ぶ。
少年の中で不意に芽吹いた予感。理由は知らない。根拠なんてない。だが、ぞくりと悪寒が走る。どういうことか分からないが、マモンの無感情な瞳がうしろで守る彼女に向けられているように感じられて。
「……」
声に反応したのか、マモンは止まった。
そして。
『我ハ欲ス』
マモンの左首の視線がミアに注がれる。
「だ、ダメ!」
彼の予感は不幸にも当たっていたのだ。
『我ハ欲ス』
マモンがまた足を踏み出した。死が、こちらへ近づいてくる。
「……うぅ!」
少年は掌の熱を限界まで高め、炎を撃ち出した。
だが。
『我ハ欲ス』
炎はマモンの体に触れると、そのまま金に溶けていく。まるで、水面に落ちる滴のようだ。それを破壊することも、傷付けることもなく混ざり、同質になる。
「……ダメ!」
それでも彼は熱を放ち続けた。諦めず、じっと何かを待つように。それが開くと信じて、扉をノックし続けるように。
ミアは確かに彼に言った、「危機的状況に陥れば、魔王様の力は覚醒します」と。その言葉にすがって、ただ。ただ、込められるだけの力を込めて。
『貴様ガ望ムモノハ何ダ?』
けれど、世界は変わらなかった。
「……え?」
マモンの右首が少年に訊ねる。
すると、彼の思考はまるで泥のように形をなくしていって。
『我ハ与エル。アリトアラユルモノヲ。望ム者ニ、望ムガママニ』
その言葉を最後に彼の意識は途絶えた。




