Ⅴ.魔王「マモン、強すぎワロタ」
「……え?」
その声に反応して、一瞬、空を飛ぶ鳥の姿が脳裏をよぎる。
そして少年が疑問符を漏らすのと同時に、彼の体が急激に上方へと浮き上がった。
「う、うわあ!」
今まで味わったことのない感覚で強引に宙へと引っ張り上げられ、気付くと少年は部屋の天井付近にいる。
下を見ると、それはマモンが少年の座っていた椅子をまさに一呑みにしている瞬間で。
「……ゴクリ」
彼は実際にどこが鳴っているかは分からないが、喉を鳴らした。次いで、間一髪を制した、興奮冷めやらぬ震えた声で。
「ぼ、僕って飛べたの……?」
と小さく訊ねる。
ミアは天井から響く、更に萎んで分かりづらくなった言葉らを正確に聞き取り。
「はい」
そうシンプルに答えた。
「……」
少年は初めてミアを睨む。涙目になりながら。
「は、早く言ってよ!!!」
この広い空間にまんべんなく伝わる絶叫。
『グオオオオオ!』
しかし、それを掻き消してマモンの怒号が響く。
少年を喰らえず、肩透かしを受けたことに苛ついているようだった。龍に肩はないのだが。
「ひぃ!」
彼は頭に先ほどの光景がフラッシュバックして悲鳴を上げる。
けれど。
『グオオオオオ!』
マモンは少年を捕らえられずにいた。
何故なら、彼はマモンの遥か上方に浮かんでいて。それはいくらその長い首を伸ばそうが、まるで届くものではない。
『グオオオオオ!』
マモンはのたうち回りながら、必死で少年を喰らおうした。たまに体をたたみ、ジャンプのような動作を取ったりもして。
だが、奮闘の甲斐なく、そのするどい牙は彼の体に刺さるどころか触れもしない。
「こ、これって……」
その光景を見て、少年はかすかに漏らす。
「……チャンス?」
刻まれた刺青が光を放ち始めた。また、体の奥底から、自分も知らないどこか暗い深遠から熱が。火が。燃えたぎる炎が込み上げてくる。
「……っ!」
少年は体を浮かせたまま掌を下に向けた。当然、その視界にはマモンが補足される。
「えいっ!」
そして、気合いの入った掛け声と共に、最大限まで膨れ上がった熱量が。真っ直ぐに、軸をぶらさず、マモンへ最短距離で到達するように。
『キュゴオオオ!!!』
放たれた。
『グァ!』
不意を突かれたマモンの叫声。
少年の炎はその黄金の体を削り取りながら進み、床に到達する前に燃え尽きる。
『グァガガガ!』
口が。マモンの口が炎で大きく切り裂かれ、上手く閉じれず、だらりとぶら下がっていた。また、その間から苦しむような声が漏れる。
しかし。
「……え?」
床に転がる金塊がマモンの元に引き寄せられ始めた。
「嘘でしょ……?」
それらは最初に尻尾が負傷したときと同様に、マモンの体に空いた傷を埋めるため、順序よくどんどん嵌まっていく。
「こ、こんなのどうやって倒せば……」
少年はそう呟く頃には、マモンは顎を自由に開閉できる程度には回復していて。
『グオオオオオ!』
と雄叫びを上げた。
「……う、えいっ!」
『キュゴオオオ!!!』
彼はまた炎を撃ち出す。
『バンッ』
だが、今度は上手くいかなかった。
攻撃を素早く察知したマモンが、尻尾でそれを払いのける。
「えぇ!?」
そこからはイタチごっこだった。
少年が炎を放ってもマモンがそれを尻尾で撃墜する。たまに何とか尻尾をかいくぐって炎を体に当てても、マモンから金塊が剥がれ落ちるだけで、すぐにまた元通りに再生してしまう。
「い、いったいどうすればいいの……?」
少年は混乱した。
このまま浮かんでいれば、マモンからの攻撃は当たらない。だが、かといってこちらからの攻撃がマモンには通用している訳ではない。有利でも不利でもない状況。
「……ぁ」
しかし、少年はそのときあることに気が付いた。
それはある意味で抜け道に近い発想。正規のルートを通らずに、目的地へと進むような。けれど、もしそれが可能なら、おそらくこの戦況を大きく覆すことができる行動で。
「あ、あのさ、ちょっと訊きたいんだけど」
だから、少年は質問する。
あのとき彼女は確かに言った、「この戦いに参ずることはできません」と。だが。
「はい」
彼女は少年が危機的状況に陥ったとき、「お飛びになられてはいかがですか?」とも言っているのだ。
この事実から導き出される答えは。
「ま、マモンの倒し方とか知ってたら教えてくれない?」
ミアは「マモンと戦うことはできないが、少年に助言をすることはできる」というもの。
「かしこまりました」
彼は賭けに勝った。




