Ⅲ.メイド「メイドは全部で5人います」 魔王「……え?」
「……この先にマモンがいるの?」
「そう思われます」
二人の前には扉があった。
材質は全て黄金であるようで、表面には非常に凝ったレリーフが彫られている。
「何だかぴかぴかしてるね」
「マモンの嗜好かと思われます」
そう言ってミアは重厚なそれを押し開けた。
そこには。
「う、うわぁ……」
一つの階層をまるごと使用した巨大な空間に、足の踏み場もないほどの金塊や金細工が散乱している。それはあたかも封印された王墓の宝物庫のようで。
少年は思わず目を輝かせた。
そんなのとき。
「メイド長! 助けに来てくれたの!?」
前方から突如、響く。
その声はとても可憐で。だが、同時に深い部分に強い芯を感じされるような。
「え?」
少年が目線を上げると、その部屋の奥にミアと同じメイド服を着る数人の少女達の姿が。
そして更に、その中の一人が責めるように、だが同時に空気を和ませるような明るい声で叫ぶ。
「もー、遅いやんかー! ずいぶん待ったでー!」
彼女らは全部で4人。だが、それぞれ金製の鳥籠のような檻に入れられ、何かの装飾品のように壁の中央に吊るされている。
「だ、誰?」
「魔王様の専属メイド達です」
少年が訊ねると、ミアはそう説明した。
「み、ミア以外にも専属メイドっているんだ……」
「はい。普段は、私も含めた専属メイド5名で魔王様に仕えております」
「あ、あのでも、あの子達は捕まっちゃってるみたいだけど……」
「魔王様のおっしゃられる通りです。魔王様の死後、私以外の専属メイドは全員マモンに捕えられました」
「そ、そうなんだ」
二人がそんなやり取りをしている間も。
「め、メイド長! 私達、ここです! ここにいます!」
また、メイドらの一人が助けを求めてくる。
しかし今回のそれは可もなく不可もなくといった声色で。取り立てて注目するような特徴はない。地味だ。
「騒がなくても把握しています」
そして更に、ミアからもバッサリと切り捨てられている。
「あ。あの子は寝てる……」
メイト達の最後の一人は、鳥籠の中で体を丸くして眠っていた。
おそらく身の丈は少年の元の体より一回り小さいぐらいだろうか。彼女は黄金色の長い髪を辺りに広げながら、あどけない天使のような表情ですやすやと可愛らしい寝息を立てている。
「分かってるなら早く助けてよ! メイド長!」
芯のある声の彼女が叫んだ。
「ほんまやで! はよこの狭苦しい檻から出してーな!」
そして、明るい声の彼女が続く。
「わ、私も忘れずに助けて下さいね!」
ついでに地味な声の彼女も付け足す。
そんな彼女らにミアは。
「静まりなさい。魔王様の御前です」
そうぴしゃりと言い放った。
広い空間でも彼女の声は鋭く響いて。
「……!」
「…………!」
「……!?」
すると、それまで好き勝手に主張していた彼女らは一瞬で、危機を察知した貝のように口を閉じ、ミアの周囲の様子を詳しくうかがう。
しかし、そこには何もなく、また誰も見つけられない。ただ、一人ミアが立っているだけ。いや、何かを持っている。彼女らの疑うような視線は、ミアの胸の前で抱えられているものに自然と集中した。
「……え?」
最初にその物体の全体像を把握したのは芯のある声の彼女。その目には、肘から先の右腕が小型の椅子に乗っている姿が映って。
「じょ、冗談きついで」
次に、明るい声が顔を引きつらせながらそう漏らした。
「え? ど、どういうことですか?」
地味な声は事態を全く把握できず、眉間にしわを寄せる。
「も、もしかして。メイド長が大事そうに抱えているのって……」
次いで、芯のある声は震えながら、ミアに訊ねた。しかし、その響きは語尾へ向かうにつれ、不安でどんどん小さくなっていく。
「う、嘘やんなー? さすがに、それは」
その重い空気を察してか、明るい声が茶化すように言った。
「お、お二人は何か分かったんですか?」
地味な声はどこまでも鈍く、何が起きているのかに気付けない。
対するミアはかつかつと彼女らの元へ近付き。
「……すぅ」
静かに空気を吸い込んだ。瑞々しい果実のような唇がすぼめられる。
そして。
「我らが魔王様です」
そう告げると共に、少年の乗った椅子を頭上へと掲げた。
「……え、あの。初めまして」
少年は何も思いつかないままにとりあえず頭を、いや手首を下げる。彼の体は右腕だけだったが、その動作の持つ意味合いは状況から考えて、彼女らにもきっと伝わったことだろう。
「……」
それからおそるおそる彼女らに視線を戻した。そこに映る表情はまるで石のように固くて。彼もまた、彼女らの胸の内に渦巻く感情を何となくは察している。
だから。
「う、嘘でしょー!?」
彼女らがどんな反応を見せようと、受け止められるだけの心構えはできていた。
「んな、アホな……」
「え? えぇ!?」
少年はそこで理解する。自分を魔界に連れてきたミアと、マモンに捕えられていた彼女らには大きな認識のずれがあることを。
「そ、そんな右腕だけ持ってきてどうするっていうのよ!」
「メイド長はん、それはアカン……」
「ん? ああ、分かりました! あの右腕、魔王陛下だったんですね! って、ええ!」
いや、また彼女らの間でも若干認識の差が見受けられるが。
「……ご、ごめんなさい」
彼は謝った。何だか責められているような気がして。
そのとき急に視界がぶれる。
「うわあ!」
そして目の前にはミアの顔。陶器でできているような繊細な造形。
彼女が自分の方へと回転させたのだ。少年の乗っている椅子を。
「大変申し訳ありません」
「……え?」
ミアは神妙な顔で謝罪する。
「ミアが謝ることなんて何も……」
「メイド達が魔王様に無礼を働きました。それはメイド長である私の責任でもあります」
どうやらそれは他のメイド達の発言に関してのものだったらしい。
しかし、彼はそれらを重くは受け取っていなくて。
「い、いや、別にいいよ。僕は気にしてないし。というか、魔王がこんな姿してたら驚いちゃうのは仕方がないしね」
自分の今の心境を普段と変わらない口調で説明した。
だが。
「いえ。この責任は彼女らを処刑したあと、自らの命をもって償います」
ミアは重々しくそう答えて、唱え始める。
「仕える者の……」
「ちょ、だ、ダメ! 処刑は無し! 死ぬのも無し!」
少年は椅子の上でとび跳ねながら彼女の暴走を止めた。
「ですが」
ミアは近くで見ている少年にしか分からないほど、かすかに困ったように眉をひそめたが。
「ダメ! これは命令! 魔王様の命令です!」
「かしこまりました」
彼がそう言うと、素直に呪文の詠唱を中止する。
「ふ、ふぅ」
虚脱からの溜息。
そして、少年は改めて捕えられているメイド達に視線を向けた。
「め、メイド長が言うことを聞いた……」
「てことは……ほんまにあれが魔王はんなんやな」
「メイド長と魔王様は仲がいいですもんね」
彼女らは一人を除いて、曇った表情で何かを呟いている。もう一人はまだ寝ている。
「あ、あの……」
彼は思い切って話しかけた。
「……」
「…………」
「……」
すると三人は無言で身構える。
相手の出方をうかがっているような目。やっと事態が呑みこめたのはいいが、それからどう動いていいか分からない。置かれた状況、自分達の立場。そんな様々なしがらみが彼女らの行動を無言で制約する。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど……」
しかし、彼にはどうしても質問しなければならないことがあった。
この部屋に入ってから、ずっと心の中を巡っていた疑問。あふれる財宝、捕まえられたメイド達。そんなこんなでずっと機会を失っていたが、それは何よりも先に解決しておかなくてはならない類のもので。
「あの……」
少年は訊ねる。
「ま、マモンってどこにいるのかな?」




