Ⅴ.魔王とメイドの就寝
そして。
「……何だか、すごく疲れた気がする」
自身の瞼が重くなっていることに少年は思い至る。振り返ると、友達と空に浮かぶ奇妙な黒点を見つけたあのときから、それなりに時間が過ぎていた。また、その間中ずっと、落ち着けぬ展開が続いていて。
「ふぁあ……」
口からほのかに欠伸が抜ける。
「魔王様、そろそろお休みになられてはいかがですか?」
その様子を察してか、ミアはそう進めてきた。
「う、うん。確かに、もう眠いや」
彼女の提案に、彼は頷く。
だが、そこにはとある不便もあった。
「あ、でも。ベッドが一つしかないね」
少年の言う通り、狭い小屋の中に二人分のベッドは見当たらない。
どうしようかと思いを巡らす彼に、ミアは端的に告げた。
「問題ありません。そちらの寝具は魔王様の所有物です。ご自由にお使いくださいませ」
そして、そのまま優雅に踵を返し、小屋から出て行こうとする。
当然、少年は呼び止めた。
「え? ミアはどこで寝るの?」
「屋敷の裏手にちょうどいい岩場がありました。私はそこで寝ます」
「えぇ!? ダメだよ、そんなの!」
「メイドの私が魔王様と同じ空間で休む訳にはいきません」
「いや、いいよ! そんなこと気にしなくて。外なんかで寝てたら風邪引いちゃうよ!」
「ご安心ください。気温が低下した場合は、バフォメットを抱いて暖を取ります」
「そ、それは何だか暖かそうだけど。でも、そうじゃなくて! 普通にこっちのベッドで寝なよ! 僕は腕だけだし、机の上でも寝られるから!」
少年ははそうミアを説得する。
考えると、自身がベッドを使わなくても別段不都合は無いように感じられる。既に体のほとんどをを失っていることもあるし。それよりも、彼女を外で寝させることが心配だった。
「いえ。魔王様を差し置いて、メイドの私が寝具を使うことなど許されません」
しかし、彼女は意固地である。
「別にいいよ! 僕は気にしないから!」
「ですが」
それから少年が何と言おうと、ミアは頑なに拒み続けた。
そんな様子を見るに見かねて彼は下す。
「め、命令! これは魔王様の命令! お願いだからベッドで眠って!」
すると、彼女は嘘のように素直に。
「かしこまりました」
と言って頭を下げた。
「ふ、ふぅ……。寝るだけで、一苦労だよ」
そして存在しない肩を落とし、脱力する彼に追撃が。
「それでは魔王様、こちらをどうぞ」
視線をそちらに向けると、ミアの両手の上に小型の、しかしとても煌びやかに装飾がなされたベッドが置かれていた。また、それは少年の現在の体にかなり適した大きさで。
「……え? 何それ?」
「魔王様の寝具です。固い机の上で寝られては、お体に負担がかかりますので」
「そ、そんなものがあるなら最初から出してよ!!!」
彼は大声で叫んだ。
しかし、そのやり取りも特に甲斐はなく。
「……お休みなさい」
結局、少年が眠りについたのは、それからしばらく経ってからだった。
また、彼がベッドに横たわってからも、ミアは真っ直ぐとした姿勢を維持したままそばで待機していて。
「ミ、ミアも寝なよ」
少年がそう告げても。
「魔王様がご就寝される前に、メイドの私が休みを頂く訳にはいきません」
と断った。
それを見て彼はまた、ミアに命令しようかとも思ったが。体を休めるための睡眠を本人の意思に関係なく無理矢理取らせるというのは、やはり何だかためらわれて。
「……そ、そっか」
自分が早く寝るよう努めることにした。
「……ん」
夜も更けた頃、ふと少年は目を覚ます。
「……」
ぼんやりと辺りを見渡した。眠りに落ちてから、何となくだが、まだそれほど時間は経っていないように感じられる。
「……ふぁあ」
囁くような欠伸。
少年は闇の中で、自分の身に起きたことが全て夢ではなかったことを確認する。
「あーあ」
もし、次に目が覚めたら、今でも自分は友達と遊んでいて、でもすぐに帰る時間が来てしまって、それでも帰りたくはなくて。そんなことを考えながら、頭の隅で期待しながら彼は眠ったのだ。
だが、起きてみれば、自分が経験したはどこまでも現実で。どれほど受け入れられなくとも、事実で。彼は途端に寂しくなる。
「帰り……たいなぁ」
少年の声で、空気も震えた。
目の端から、押し出されるようにして涙が。
「ぐすっ……」
大声を出して泣きたくなる。何もかも無かったことにして、全てを投げだして。
しかし、そんな彼の耳に、失ってしまった鼓膜に安らかな吐息が届いた。
「すー……すー……」
ベッドの上には彼女がいる。紅い月明かりに照らされて、闇に浮かぶその寝顔はどこまでも美しく、どこまでも神秘的で。まるで、絵本の妖精のようだった。
「すー……すー……」
メイド服ではない。けだるげにふとんの切れ間から覗くのは、パジャマのようなシンプルな寝巻で。
「すー……すー……」
首筋から胸元に至る部分が、うやうやしく崩れている。
「……」
少年は目を奪われた。




