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Ⅳ.モラルに抵触しそうな秘宝

「ま、まあ、口のことは我慢するとして……本当は嫌だけど」


 小さく愚痴を漏らす彼。だが、気を取り直して彼女の方へ向き直り。


「ミア、とりあえずこれからのことを教えてよ。僕はいったい何をすればいいの?」


 そう訊ねる。

 対する彼女は、迷いのない凛とした表情で答えた。


「魔界の支配です」

「その支配のことなんだけど、もうちょっと具体的に教えてくれない? 僕、魔界とか初めてだからよく分からないし」

「かしこまりました。それには、まず魔界の現状、そして魔王様が人間界にいらっしゃった経緯をご説明しなければなりません」

「そ、そうだ。最初から気になってはいたんだけど、すっかり流されちゃってたよ。僕が魔王ってどういうことなの? いや、確かにこんな姿で生きてるから魔王だって言われても、あんまり不思議な感じはしないんだけど。でも、やっぱりおかしいよ! 僕、今日までずっと普通の人間だったし」

「それには理由がございます」


 そうしてミアは語り始める。


「以前ご説明したかと思いますが。魔界は今、魔族達がこの世界の実権を巡って無秩序に争い合っている状態です。しかし、以前はしっかりと統制の取れた世界でした。何故なら、そのときにはまだ、魔王様が魔界を支配されていらっしゃったからです。ですが、ある日、魔界で大きな戦争が起きました。とても悲惨なものでした。そしてその大戦で、魔王様は命を落とされることになります」

「え? 魔王……って僕だよね? 死んじゃったの?」

「はい。魔王様のおっしゃる通りです」

「そ、そうなんだ。えっと……それで?」


 それは常識的に考えると、見過ごせない内容の話だった。だが、少年は特に慌てた様子も見せず、その口調はしんと落ち着いている。

 今日だけで、何度も信じられない体験をした影響だろうか。彼の心は知らず知らずの内に、ずっと図太くなっていた。


「けれど、魔王様は。正確には魔王様の魂は不滅の存在です。もし、その命を落とされたとしても、必ずどこか別の場所で転生するようになっています。そして、その場所が今回は人間界だった。それが魔王様が人間界にいらっしゃった経緯です」

「そ、そっか。何か壮大な話だけど、何となく分かったよ。とりあえず僕は、その魔王の生まれ変わりなんだね」

「はい。魔王様のおっしゃる通りです」

「じゃ、じゃあ僕がもし今死んだら。また、どこか別の場所で生まれ変わることになるの?」

「はい。そのようになります」

「なるほど。最初にミアが僕のことを迎えに来たって言ってたのはそういうことだったんだ。……ん? で、でも僕が魔王だってことが分かってるなら、もっと早く迎えに来てくれてもよかったんじゃ……? だって、もう少しミアの迎えが早かったら僕、化け物に体を食べられなくて済んだかもしれないし……」


 そのときのミアの行動は早かった。彼女は少年がそう口にするのほぼ同時に、どこからが切れ味のよさそうな剣を取りだし、自身の首筋に当てる。


「大変申し訳ありませんでした、魔王様。すぐに死をもって償います」

「え? えぇ!? ちょ、ちょっと待って! そんなことしなくていいよ!」

「ですが」


 そして、強情だった。少年がいくら制止しようとしても、彼女は剣を手から離さない。それどころか、その白く美しい肌から薄らと血が滲み始めている。


「だ、ダメ! 死んじゃダメだよ! え、えっとこれは命令、魔王様からの命令だよ!」

「かしこまりました」


 少年は慌てて、そう口にした。しかし、苦し紛れの割にその言葉は以外にもミアに効果てきめんで。

 彼女は素直に剣を仕舞った。


「ふ、ふぅ……よかった」


 ほっと胸を、実際には存在しないのだが、それを撫で下ろす。


「と、とりあえず僕は魔王なんだよね? じゃあ、これから僕は魔界で暴れている魔族達を倒せばいいのかな?」


 話をすり替えたのは、迎えの件を誤魔化すためだった。その話に戻すと、またミアが剣を取り出しそうに思われて。

 彼は強引に質問を挟む。


「それについてなのですが――」


 それは功を奏したようだった。

 彼女の周りから緊張感のあるな空気が消え、また冷静な佇まいに戻る。


「魔王様にご説明しなければならないことがあります」

「え? 何?」

「魔王様は転生の影響で、以前持っていた力――潜在能力とでも言いましょうか、それらのほとんどが眠ってしまっています」

「う、うん」

「例えるならば卵のような状態です。その内側には強大な魔力が秘められていますが、それを外に出すのは容易ではありません」



 卵。彼女の発したその言葉で、少年はちらりと魔界に来る寸前の出来事を思い出す。


「え? でも、僕。元いた世界で化け物に襲われたとき、何だか分からないけど手から火が出たよ? あれってミアの言う魔力なんじゃないの?」

「魔王様のおっしゃる通りです。ですが、それは魔王様の魔力のほんの一部が具現化したものにすぎません。もし、魔王様の本来の力が覚醒すれば、下級悪魔どころか蠅王ベルゼブブすら問題にならないでしょう」

「ベルゼブブってあの空の目だよね!? あ、あんな大きな奴も倒せるの!?」

「魔王様がお望みならば」

「へ、へぇー……何だかすごいね!」

「はい、それほど絶対的な力を魔王様はお持ちです。しかし、先にも言いました通り、その力のほとんどは今眠った状態にあります」

「うん」

「つまり、言い換えますと。そのような状態で、他の力のある魔族の全てと渡り合うのは難しいということです」

「え? じゃあ、どうすればいいの?」


 そして当然の疑問。彼は頭の代わりに手首を傾けた。

 だが、そこに返ってきた答えは嫌に単純で。


「魔力の弱い順に倒します」

「……」

「全ての魔族を一度に倒すのは難しいですが、一体ずつなら可能でしょう。それに、その過程で眠っていた能力も徐々に覚醒していくはずです」

「……」


 少年はもやもやと釈然としない感情にとらわれる。


「な、何か卑怯じゃない、それ?」

「魔王様がいない間に、不法に魔界の実権を得ようと画策している恥知らずな者達です。何の遠慮も必要ありません」

「そ、そうなんだ」


 しかし、ミアが何の迷いもなく断言するので、深くは考えないようにした。そしてとりあえず、彼女との会話で分かった情報を元に頭の中を整理していく。

 自分は魔王だ。いや、魔王の生まれ変わりだ。偶然にも人間界に生まれてきた。だからミアが迎えにきた。魔界は他の魔族が好き勝手に暴れている。まだ、自分の力のほとんどが眠ったままになっている。だから少しずつ目覚めさせなくてはならない。そのためにも自分は魔族達を倒す、弱い順に。


「……」


 何だか大変そうだな。少年は気が重くなる。少なくとも、一日や二日で人間界に帰ることはできないだろう。それに、果たしてそれが自分にできるかどうか。もしかすると、凶悪な魔族達と戦って今度こそ本当に死んでしまうかもしれない。そこまで考えて、彼は一番重要なことをミアに訊き忘れていたことに気く。


「あ、秘宝! そうだ、願いを叶えてくれる秘宝ってどういうものなの? 僕はそれを集めに来たんだった」


 それは少年が魔界にやって来た真の目的についてのこと。

 そもそも魔界の支配はついでで、彼は人間界を救うためにわざわざ見知らぬ魔界へと足を踏み入れたのに。今日はただただ驚きの連続で、すっかり頭の中から消えていた。


「ご説明いたします」

「お、お願い」


 そうしてミアはお伽噺を紐解くように語り始める。


「秘宝、それは伝説の魔人オラゴンが万の魔族の魂を生贄に生みだしたと言われる至高の宝具。それらを全て集めれば、ありとあらゆる願いを限界無く、一つだけ叶えると言われています」

「え、生贄って……ちょっと怖い」

「ちなみに、以前は魔王様が全て所有されておりました」

「あ、そうなんだ」

「しかし、先の大戦で魔王様が倒れられたあと、道理を理解しない不埒な魔族達によって略奪されております」

「う、うん」

「また、宝具の形は球形で、大きさは人間界で言う所の野球ボールほどでしょうか」

「あ、結構小さいんだね」

「数は全部で七つです。現在は、それぞれ魔界の実力者たちがそれを一つずつ所有しています」

「ふむふむ」

「そしてその法具は、魔人オラゴンが生みだしたということ、形がボールに似ているということから、我々の間では通称オラゴンボー……」

「え!? ちょ、ちょっと!」


 少年はそこで割って入った。


「いかがされました?」

「い、いや! え!? どういうことなの!?」

「……?」


 注意して見てやっと気付けるほどかすかに首を傾げるミア。彼女には少年の焦りがまるで伝わっていないようだ。


「いや、そんな不思議そうにされてもさあ! と、というか、どうしてそんな名前なの!?」

「名前、でしょうか? 繰り返しますが、その宝具は魔人オラゴンが生みだしたということ、形がボールに似ているということから、通称オラゴンボー……」

「だ、ダメ! その先は絶対言っちゃダメ!」

「……?」


 こちらをじっと見つめてくる彼女に少年は告げた。


「その宝具の名前は気軽に言っちゃダメ! これは命令です! 魔王様の命令!」

「かしこまりました」


 すると、ミアは素直に頭を下げる。

 少年は理由はよく分からないが、何かとてつもなく危機的な状況を潜り抜けたように感じて。


「……はぁ」


 どっと溜息を吐きだした。

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