マインドキャスター症候群
真夜中の歩道、
蛾等が集まる途切れながらも光る電灯に、その男の顔が照らし出される。人通りも少なく時間も遅い真夜中は、限りなく無音に近い状態を演出していた。
男は、無音を必要としていた。何の音にせよ、男にとっては邪魔であり、遠ざけたい存在である。
頭痛が、酷い。
むしろこんなに頭痛が酷くなるものかと疑いたくなる程度ではあった。他の物に集中し、今すぐにでも解放されたい。何故俺はこんなに悩んでいる?ああ、頭痛だ。頭痛が一番俺を悩ませている。他の物になど集中出来なかったのだ。
何回それを繰り返しただろうか。忘れかけては思い出し、また忘れようとはするが、思い出す。
痛みというのは本当に。引き離したい。今すぐ。
男はおぼつかない足取りで歩いていた。目指す先など無かった。行く宛も無い、帰る前にこの痛みをどうにかして、万全にして帰り明日を迎えたい。そんな願いからであった。
異常だ…。
「俺は…おかしくなっちまった、」のか?
自分でも分からなかった。でもおかしい。イカれた。人の頭が覗けるなんて…!
男は異常で、混乱していた。そして、酷く怯えていた。頭痛といいこの症状といい、全く免疫が無い男からすると最早何の病院に行けば良いのかさえ分からなかったのだから。そこに、
カツカツと
通りかかる人。
声が、聞こえる。
『酔っぱらいだろうか』
ズキリ。同時に脳への痛み。
声が聞こえるといっても喋り掛けられた訳では無い。"自称狂った男"は人の心の声が聞こえている。人間誰しも超人的力を願った事があるだろう、様々なメディアを通して、空が飛べたら、人の心が読めたら。
しかし実際の所を見ると、人は今まで出来なかった事が出来るとなると、憧れのそれは、恐怖の対象になるときもある、という事である。結局、平穏を望んでいたのだ。
男の頭の中は「どうすれば直るか」という平穏に戻る為のテーマでいっぱいだった。
「そんなにも、沢山喋らないで。」
突如、女の声。
誰だ…?
振り向くと
一人の少女。
「あなたは悩んでいるし、恐がっている。」
こんな夜中で、しかも酔っぱらいに見える様な男に話し掛けるというのはつまり、どうなのだろう
男としては、何だこいつ、新しい
「違う。怪しい壺を買わせたりはしない。」
詐欺師
………!?
男は動揺した。
自分は何も言っていない事を思い出しはするが、確証は、出来ない。
確認、する術が無い。
何せ男は人の考えが頭に入って入って入って。自分の考えでも無いため自分で処理が仕切れない状況だったのだから。
何故、俺は、まだ
「喋っていない。けど私もあなたと同じ」
また
俺の続きを、俺の先を行ってしまう。
「マインドキャスター症候群だから」
女の言葉はよく分からない、だが、藁にすがってでも助かりたかった。この少女には、何かを感じた。この少女に着いて行けば、元通りになるかもしれない。男は必死だった。男は結果、藁にすがった。藁があるという時点で有り難い話ではあるが。
少女は男とは逆の方向に歩き出す。
恐らく着いて来れば良いという意味合いだろう。
着いて来いと無言で言われた。男は無言で着いて行く。
男は一時の安堵の中考えていた。俺を治してくれる人もこの少女の様な性格なのだろうか。だとしたら、やりづらい。何もかも分かっている様な、彼女はとても人間離れしている様に見える。
どれくらい歩いていただろうか。終わらない憶測を続ける内に少女と大分距離が狭まっていたのに気付く。
ふと、男は思う。
この時、男が最初に感じた何かは確信に変わり、確かな物となる。
この至近距離に居ても、彼女の声は全く聞こえなかったのである。
少女と男が辿り着いた場所は、今はきっと使われて居ないかの様な古い建物だった。
男の心配は深まる。
そもそもこんな少女に着いてきて良かったのだろうか。治してくれる保証は。もしかしたら新手の詐欺かもしれない。
当初それを否定した少女の言葉をまるで覚えて居ない男。
「入って」
今度は、無言では無かった。が、命令的であった。入って欲しい、でも無く入りますか、でも無く。それは治したいのなら入れ、という意味だろうか。それとも入ったら出れない事を暗示しているのか。男は思考を巡らせるが、答えは出ない上に必要の無い心配ではある。深く考えすぎて収拾が着かない状況とはまさにこの事で。暫し悩む男を見て、試験の場合絶対失敗するタイプだな、とは少女は思っていた。男は疑心暗鬼になっていた。
「………分かった」
ようやく決めたのか。遅い決断に呆れる少女。
扉を開くと
まるで病院の様な内装で、綺麗に掃除されていた。外装とのギャップが激しさを感じさせる。そこには二人の男女が椅子に座っていた。
「マインドキャスター症候群。サイコメトラー、読心術…呼び名は沢山ある。まぁそれだけありふれてるってとこだな。病状としては人の心が読めるって奴だ。まさに今の君の状態を表す。」
目付きの悪い黒髪の青年が説明をする。男はあの後この青年に様々な事を質問した後、この判断に至ったらしい。白衣を着ている事から医者なのだろうか。しかし他にそれらしい人が見当たらない為、此処で一番の権力者と見られる。目の下の黒いタトゥが少し気になる。院長らしき人がタトゥなんてしていて良いのだろうか。年齢も自分より下には見えるが自分の事を君呼びしているという事は年上なのだろう。
「先生、付け足しです。そもそも人の心が読めるという人類の夢、希望は太古から考えられていた物なので感染率も高く、体現者も多いのは当然です」
そう流暢に話すのは、金髪の少女。まるでコスプレをしている様に見える服装は、病院という場所では余計に異質に見せた。
それを見かねたのか金髪の少女が先生に言う。
「治りますよ、ね、社長?」
「あー…おお…」
「あっ」
何が間違っていたのかがはっきり分かる。呼称だ。有りがちなミスではあるものの、一番してはいけない事、そして一番恥ずかしい。
「………」
しかしこの少女、最初から「社長」と呼んでいただろうか。確か、確か「先生」と言っていた気がする。内装が病院の様な場所であるが故に自然で気には止まらなかったが。
この雰囲気だ。聞いても良いのでは無いだろうか。タブーという訳でも無いのだろう。
「社長…さんでいいんですか?」
「あー、いや何でもいいよ。社長でも先生でも」
何だか話題が名前になってから
「俺、◯です。」
「◯ね、うん了解」
歯切れの悪い。
「先生は………」
「いや、俺の事は先生とか呼んでくれればいいから」
「何で………」
少女は続ける。
「紀元はおよそ1万…2万…」
「分かった。もういい。」
「はあ…。ならいいのですが」
先生と呼ばれた青年が止める。金髪の少女は余程知識が豊富なのだろう。
「っでもそんなの…あり得」
「無いという考え方は視野が狭い今までのあなたの考え」
先取り少女
また…しかしよく考えればその方が都合はいい。病気ならば対処法はあるのだろう。
「…じゃあ…先生、俺は治るんですか?」
「……………」
先生は黙り込んだ。
無言が返って来るのは想定外だった。馴染もうと最良の言葉選びをしたつもりだった。相手は敬語でも無く、堅く話す必要は無いだろうと。しかし改めて考えると夜中に歩き回り、酔っ払いの様な自分に話し掛け連れ込んだ謎の連中。赤の他人でいて、怪しい。もしかしたら自分は間違っていて的外れな事を言っているのでは無いだろうか。
走る緊張。
「俺さ、記憶喪失なんだよね。んで此処に引き取られたんだよ」
「あ…………」
成る程。記憶が………
男は悟る。
「マインドキャスター症候群はもううちに居るんでね。さっさと治そうか」
その社長の発言に驚愕する男。
「すぐに治せるんですか?」
「まぁまぁかな」
それは、結局人によるという事だろうか?いい返事が返って来なかった為男の不安は大きくなった。
「はぁ………」
「まず君には症候群という物を知って貰う事から始めようか。」
「症候群…メタボとかのですよね」
聞き慣れはしないが、メタボ自体は最近目に着くワードでもある。
「そうそう。けど違う」
含みのある言い方。まるで他に何かあるように。
「世間には認識されていない、もう1つの症候群が、この世に存在するんだ」
急にオカルトチックになった事に益々不安を覚える男は恐る恐る訊ねる。
「普通の症候群では無い、という事ですか…?」
「うん、名前が一緒だからややこしいけどな」
「はぁ………」
「違いは普通では有り得ない事が起きるか、起きないか。周りに影響があるか無いか。此処はそっちの症候群専門の病院みたいなもんだ」
説明は手慣れて居る様に聞こえた。今まで何度も説明して来たのだろう。
「けど症候群自体あまり有名でないのは事例が少ないからだ。もしかかったとしても気付かないか言っても妄言扱いだ。」
一瞬、悲しそうな目をした先生。今までそう言う患者に会ってきたのだろう。先生に会えなかった患者は、他人に言っても信じて貰えず、死ぬまで苦しみ続けるのだろうか。自分がおかしいと思い続けたまま。それは、おかしい。それは、仕方がない物なのに。
「…分かって、くれるか?」
「……………」
分かってくれるか。
多分受け止められない患者も居たのだろう。先生の言うことさえ妄言にしてしまった患者が。
「………はい、信じますよ」
「…そうか、じゃあ続けよう。君は部屋に入った時から違和感を感じてる筈なんだけど、気付いてるか?」
「…………え?」
違和感?何の事だろう
ズキリ。
『――――また遅刻…』
「あ」
そうだ。頭痛が少ない上にこの人達の声らしき声が聞こえない。
「聞こえない…ですよね」
「ああ。それには理由がある。」
「何ですか…?」
まさか、それは対処法を使った物では無いだろうか。男は期待する。
ス
鋤かさず金髪の少女は言う。
「私達は普通の人間では無いから、ですよ」
え?
「おい。いきなり本題に入ってどうする。混乱して悪化したらどうする。マインドキャスター症候群は混乱は禁物だろうが」
「すみません焦れったくて我慢出来ませんでした」
「反省する気無いだろ」
「新人なので許して下さい」
「……………」
「人間じゃないなら…何なんですか?」
返事は金髪の少女から返って来た。
「私から説明しましょう。」
先生とバトンタッチした金髪少女。一体…
「コホン。…私は人書と言いますっ☆よろしくお願いしますね。人に書物の書で人書です。つまり私はそのまんま人の書です。私を使えば人にまつわる全ての事が分かりますよ。」
まさかの本と来た。
知識豊富なのもそのせいか。何だか、もう何が来ても驚かない自信が出てきそうだった。男は思った程衝撃を受けて居なかった。症候群という存在自体が驚きの種なのである。今更何が来てもおかしくはない…とまでは行かないが、人外の時点でおかしい物が出てくるのは予想済みであった。
「今は人型ですがね。この衣装に驚かれた事でしょう。しかしこれ、脱げないのです」
成る程。服と身体が一体化しているのか。汚れた時不便そうだな。
男は深読みを一周しちょっと間の抜けた事を考えていた。
「俺は記憶喪失の為よく分からんが。人間を対象とした症候群が効きにくい体質らしい。」
「…………」
先生が一番おかしい気がする…。
男は記憶も無く人間でも無い男に、疑問を抱く。
まぁ取り敢えず、
化け物
のレッテルは必要不可欠だと感じていた。
「そしてあちらの彼女は貴方と同じ」
マインドキャスター症候群
『だから』
ふと思い出す彼女の声。今では部屋の隅でゲームをしているが、彼女も俺の様な辛い経験をしたのだろうか。それも、今もという事は、今でも俺の様に辛いんだろうか。
しかし、そんな所より気になる所があった。何故彼女は治さないのだろうか。治せるというのに。
それとも。これこそタブーという物なのだろうか。少なくとも彼女は好きでなった訳でも無いし、好きで続けている様でも無さそうだ。何より
『マインドキャスター症候群だから』
あの物悲しさは、明らかに症候群を嫌がっている様に見えた
「けど隊長。今レンタルさん居ませんし、どうします?」
隊長?
「今日は思水に原因だけ探って、残りは明日。」
ああ、分かった。この人書を名乗る少女は、毎回先生の呼称を変えているのか。最初に聞き間違えたのかと思ったあれも、聞き間違えでは無かった訳だ。
しかし、レンタルとは誰なのだろうか。もしかしたら、院長では無いだろうか。だとすれば、この青年が不自然では無くなる。しかし、同時に院長不在という深刻な問題に衝突するが、今日はたまたま、偶然居ないと考えれば済む話だろう。
「思水」
「うん」
元々、どうでもいい話だ
「奥に治療室があるからそっちで思水と話して来てくれるか」
「分かりました」
自分には関係無い
「………」
男は足早にドアに向かい、思水の方を少し伺うが、動く気配は無い。先に入っておく事にした。
そう、
治ればそれでいいのだ。
治療室と言っても、普通の治療室では無い。症候群を治す事は外傷を治す訳では無いのだから当然だが、ベットは申し訳程度に、隅に置いてあった。しかし此処にも人が住んでいるのか、それとも物が多く仕方無くこの部屋に置いているのか、様々な生活用品、娯楽道具等があちこちに見られる。どうやら人書や先生は、此処で寝泊まりしていると考えていいだろう。
ガチャリ。
ドアが開き、思水さんが入る。
「こんばんは」
おもむろに挨拶をすると、近くにあった椅子に腰をかけた。
男の向かいの椅子に。
「症候群を治す為には、まず原因が分からなければならない。心当たりは」
冷たい、それでいて心地の良い声。冷たいと言っても敵対している様では無く、彼女の声質がそうさせているのだろう。冷たく、暖かい。
しかし問題は心当たりだ。正直の所、自分には心当たりと言った物が全くもって無い。しかし、ここで無いと言って治療を伸ばすのは嫌だ。嘘をつくべきだろうか。
しかし、誤った対処法で治らないまま金を取られるのも嫌だし、それこそ無駄だ。真面目に答えるか。男は軽く決断した。それが後々後悔する事になる。
「無いです」
きっぱり言ってしまったのが間違いだった。
「◯。症候群というのは、原因が第一なの。それ以外は何も無い。聞いた所、貴方は洞察力がとても特化している」
普通の事を言っている気はした。確かに自分は人より少し洞察力が鋭い、とは言われた事が少しだけある。しかし此処で注目する点は「見た所」では無く「聞いた所」という所だ。聞いた、という事は自分の頭の中を聞いたのだろうか。
「そもそも、突然症候群になるなんて、有り得ない事」
だとしたら、恥ずかしい。悲しそうな目、とか、君の声、頭でリピート、とか。
「頭の中で曲を作らないで」
作詞作曲、俺。
「ワンフレーズだけど」
ですよねー。
言葉と頭の中で会話するというのは実に新鮮な体験ではあった。
「じゃあ、症候群はどうしたらかかってしまうんですか?」
自分も当てはまる内容であります様にと男は願う。
「そう…原因としては沢山あるけれど、事故や過去のトラウマ、仕事上かかってしまう人もいる。生まれつき、性格、名前だって関係してくる場合もある。後は他生物の干渉。これは貴方には関係無いでしょう。」
随分と沢山あるんだな。男は感じた。しかし、当てはまる物は無い。
「…………無いのね」
恐る恐る頷いた。
「まず先程話した様に、洞察力は鋭いけれど症候群になるまでとはいかない。つまり、あと最低でも一つ原因がある筈。」
「分からないです。思い当たる物がありません…」
「あるか無いかじゃない。思い出すの」
「…………」
「よく思い出して、過去の何か、潜在意識、全てを洗い流して」
そう迫る彼女は
少し恐い
しかし
思い出せない
「無いの、どうしても」
恐る恐る、頷いた。
「…トラウマだった場合、記憶を閉じている可能性が否めないの」
「じゃあどうやって…」
「そんなの決まってる。その為の私じゃない」
ワタシジャナイ
マインドキャスター症候群
「症候群は、放って置くと自然に悪化する物。先生はこの言い方は嫌いだけれど。私はマインドキャスター症候群の体現者。」
男に近付き、続ける。
「それなりに、力が制御出来る物なの。貴方は酷く辛いでしょうけれど、悪化が進めば聞く相手を選べるの」
「全員の声が無茶苦茶に聞こえなくなるって事ですか」
「ええ。けれど私は貴方と対して変わらない。煩い。だからいつもイヤホンをしているんだけれど」
良い手だ。その手があるとは。
しかし
「何故貴女は治して貰わないんですか」
一番の 疑問。
治そうとすれば治る。感染率が高いありふれた物を
「理由は一つ。必要だから」
「………?」
分かっていな
「分かって居ない様子ね、症候群のデータを取らないといけないから。所謂被験者になると言う事。悪化が早い人、適正が高い人は仮治療されてそのまま放置される。マインドキャスター症候群なんて、周りに影響が少ないからいい例」
先取り少女
「仮治療って………」
「待って。その前にもう一つ理由があるの。例えば他人に影響が強い症候群はよく悪用されるのだけれど、そんな人が病院に来てくれると思う?」
「いや…………」
「それに、症候群では無く自分には特別な能力が宿ったと錯覚し、症候群を使い世の中を滅茶苦茶にしたらどうする?」
「すぐ治さないと」
「だよね」
満足した顔。きっと予想通りの事を自分が言ったのだろう。
「けれど先生って人外的能力は無いから、私達症候群患者がどうにかしなければいけないの。症候群を駆使してね」
「成る程………」
「では話を戻しましょうか」
「症候群は液体みたいな物。というのは器…心とでも言いましょうか。心に溜まっていく物。悪化するとどんどん多くなっていき、そして器から出てしまったのが周りに影響を及ぼす程の力。けれど仮治療は器から出ている症候群を圧縮し、器に収める。つまり、自分が症候群を発揮したい時に発揮し、精度の高い症候群が発揮出来る、という事」
最早病気では無かった。症候群は病気と比べると酷く異質。まるで能力の様だ。
「成る程………」
「けれど貴方には必要無いの」
「必要無い」
そう言って腕を伸ばしてくる思水。
マインドキャスター症候群は距離が近い程思考がはっきり分かる。男は、焦り、恐怖、期待が混じっていた。
「手を、出して」
言葉には強制的な力を感じた。何だか恐い。
恐る恐る、手を出す。
思水は
手を
握る
距離が
0 に
なる
『あんたなんて生まれて来なければ』
『近寄らないで…』
『待って………』
『はい。もうこの子はいらないんです』
『必要無い、邪魔』
『恐ろしい!恐ろしい子…………!!』
『此処では預かれません』
『頭が痛い?気のせいよ』
『いらない、帰って』
『あんたの顔なんて、見たく無いの!!!!』
『気持ち悪い…』
『殺さないで…!!!』
『死ぬ前に…殺してやる…!!!!』
『気味悪い子ね』
『邪魔』
『邪魔』
『邪魔』
『煩い、煩い』
『あんたさ、病院行けば?』
『うわっキモ!』
『頭割れば分かるって』
『はい、死んでよ』
『よく生きてられるね』
『痛い…痛い…』
『死んだってさ』
『何も出来なかったの?愚図』
『誰と暮らすのだろうか。いく宛も無く』
『これだから病院通いは嫌いだ』
『病院に帰れ』
『きっしょ』
『あの娘絶対殺してやる…』
気づけば、治療室のベットの上に居た。
腕時計。時刻を見る。
PM13:04。
11時間程気絶していたらしい。普段の睡眠時間より長いのに軽く驚愕する。
ガチャリ。
ドアが開き、眩しい色合い。
「目が覚めましたか?気分はどうですか?」
「いや、大丈夫です…」
「そうですね。体温36.4度。内臓器官全て正常です。」
「え…」
自分の事を見ていると思ったら。これは冗談なのだろうか。いや、冗談を言ってる顔でも無い、多分、人間の事なら何でもとはこう言う事なのだろう。便利だな。
「起きた?」
風に靡く紫
「あ、はい」
「では治療を…」
「待って下さい!ご飯が先です!」
「でも…………」
「◯さんもご飯が先ですよね?ね?」
「ええ、まぁ………」
確かに、お腹は空いていた。此処に居ると症状が軽くなる。軽くなった事で他の事を考える余裕が出来る。男は空腹に気付いた。
「そう思って、食事自体はもう出来てるんです!持って来ますね」
運ばれて来たのはご飯に味噌汁、焼き魚と言った普通の食事だった。
食べながら、男は考える。
それにしても、さっきのは夢だったのか。いや、違う、そんなのじゃなくて、記憶みたいだった。
「そう、記憶」
「うわあ」
神出鬼没な人だな、思水さんは…。
「そもそもマインドキャスターは心の声を聞くのでは無く、心を読むのだから、心は気持ちとか考え方とか記憶とかを諸々ひっくるめた物だから。マインドキャスターに触れると、お互い記憶や感情が流れ込むの。」
「マインドキャスター同士がですか?」
「違う片方そうだったらアウト。」
不便だな。そして、同時に可哀想にもなる。彼女はずっと誰にも触れられないのだろう。ソファにかかっていた手袋を思い出す。あれは思水さんの物だったんだ。
「可哀想ではない」
「え?」
「昇華させればいい。憐れむ必要は全く無い。」
そうだけど。それはあまりにも…。
ギュル…
「?」
異常な音が聞こえる。
ギュルルルルルル…
ポンッ
その音と共に、何かが、何かが現れた。
「やあ◯君」
黒い円状の枠の中に人が居る。上半身しか見えておらず、顔も仮面で分からない。端から見れば
人間じゃない
「レンタル、患者を驚かせないで」
この人が…というか人間では無い気がする。手品師とかだろうか。
「癖で…コホン、戸惑うだろう。自己紹介するよ。…はいさーいっ!自分、レンタルって言うんだ!」
「765プロに帰って」
「まだ二回しかクリアしてねぇや」
「マスターになるには程遠いよ」
「はは…じゃあ改めて、俺の名前はジョナサン」
「最早本名じゃない…!?」
「まぁとにかく俺はレンタル。呼ぶときは我那」
「帰って」「はーい」
何だか凄く胡散臭い人だな
「聞いたよ、マインドキャスター症候群なんて面倒なのによくなったね」
男は固まった。
皮肉だろうか。その台詞は、思水さんに対しても失礼なのでは無いだろうか。
「いや、悪いのは君等じゃない。マインドキャスター症候群なんてのは、君等を取り巻く環境のせいにしていい。」
レンタルは落ち着いていた。至って自分は普通、妥当な事を言った様に落ち着いていた。
「さあ――――」
ハジメヨウカ
顔付きが変わる。
異質を片付ける為、何をするのか。先生がレンタルさんを呼ばないと治療出来ないという事は、きっと4人の中で一番症候群と向き合って来たのだろう。男は今までに無い緊張に襲われて居た。
「ふぅ………」
レンタルが大きく息を吸うと、その場が当初より静かになっているのを感じる。そしてレンタルは発した。
「マインドキャスター症候群…治してあげよう、僕の愛で!!!!!」
「…………おい、固まっちまったじゃねぇかレンタル」
「あ…先生……これは…」
いつの間にか治療室の入口には先生が立っていたが、明らかに呆れてレンタルさんを見ていた。
「あー…ただのナルシストだ」
気にすんな、と先生。
「はあ………」
「しかも実際治すのレンタルさんじゃありませんしね」
人書が続いて入って来ていた。
「えぇ…………」
「ま、まぁまぁ気にすんなよ…◯」
「先生、今回は私が」
思水さん?
「立って。こっちに来て。」
「はい………」
言われるがままに立ち、マインドキャスター体現者に近付く。
まただ。たまに彼女は恐くなる。まるで別人の様に。恐らく、同属嫌悪。
また顔を歪める。
あ…とすると間違えたのか。ならば恨んでいるのだろうか。自分の目の前で自分と同じ症候群が簡単に治っていってしまう事を。
「…………」
俺がなんと思おうがどうでもいいらしい。
「症候群治療に必要なのは、自分が原因を知らないといけないの。しかし私が全て言っても駄目。」
「はい…でも」
「違う、貴方は、自分でも気付いて居ない。思い出して」
思い出して居ない…事………?
「母親、会社」
「 」
あ、頭が痛い
アタマガイタイ
アマガタイタイ
アガタマイタイ
聞きたくない。必要無い必要無い。
「あっ…ああ!!!あああああ………!!!!」
男は腰を抜かし、思水から遠ざかろうと後退りする。
恐ろしい。ああ、恐ろしい、思い出した。何が恐ろしいか、思い出せなかった自分が何より恐ろしかった。
今まで自分はどう生きていたの?
思水に問われたのは、つまりそれだった。
自分に意思など、無かった。親の望む様に育ち、働き、上司の望む様に仕事をこなしていた。
自分は何がしたいか等の夢は無かった。
苦しい。何が、頭が割れそうで、心臓も潰れそうだ。
苦しい、苦しいと言いながら、患者は叫ぶ。
「チッ」
軽い先生の舌打ち。症候群の暴発。仕方の無い事ではあるが、厄介だ。頭の中に言葉が入って来るのには慣れない。思水がたまにやる事だが彼女はこんなにも煩くは無い。
青白い電流の様な物がバチバチと音を立てる。
それは人書も、レンタルも感じていることだ。
「レンタル!」
「はいよー。マインドキャスター症候群はこれとこれ。」
そう言って紙と光る球体を先生に投げる。
「………うし。いくぞ…症候群、我は潰える者、症候群は還り、元の身体を明け渡せ!!!!」
先生が叫ぶ。
患者は喉をかきむしりながらもがいている。
球体を患者に埋め込む。すると埋め込んだ場所から光が徐々に漏れ、暫くすると部屋全体を包み込み、皆、目を瞑る。
次第にはっきりしていく意識の中、男は考えていた。
手を握った事により見てしまった彼女の記憶。
垣間見た地獄。
彼女は
生まれつきの
マインドキャスター症候群だったのだ。
名前、出生時間、とにかく、様々な理由があって、今までマインドキャスターとして生きている。
正直、信じられない。子供が耐えれる状況では無い。しかしきっと慣れてしまうのだろう。マインドキャスター症候群はまるで頭の中にテレビが何十もあって、それらが全て違うチャンネルにしている様だ。しかも音量なんかはてんでばらばらで、とても見れた物では無い。しかし彼女は映像まではいかないらしい。彼女の頭の中にはテレビの代わりにコンポがあるらしい。しかし量は男の倍以上はあった。彼女に触れた瞬間、男は頭がおかしくなりそうだった。何時間も気絶してしまったのがその結果だ。
多分、症候群のせいで彼女の頭の容量は普通の人のそれよりかなり大きくなっているだろう。
ああ…眠い。
男の思考はそこで停止してしまった。
目覚めると、そこは昨日目覚めた場所と同じ、治療室のベットだった。
「お疲れ様でした。治療は完全に終わりましたよ」
人書はそう言って笑った。正直、和んだ。
「落ち着いたら入って来た部屋に来て下さいね」
ふと人書を見る。ツインテールではあるがゴムが見当たらない。…多分あのツインテール、固定されてるんだろうな。
頭はやけにすっきりしていた。頭の中のテレビは既に無かった。
凄い。本当に治ってしまった。いとも簡単に。
男は欠伸をした後、すぐに部屋を後にした。
ガチャ。ドアを開けると四人揃っていた。
「おー大丈夫か」
「先生、本当にありがとうございました…」
「いや、感謝される程のじゃないよ」
「治療代はいくら払えば…?」
「いらないいらない。その代わり頼みがある」
「?」
頼み。症候群を簡単に治してしまうような凄い人達が、自分に。
「世の中は結構症候群ってのは蔓延ってる。もしそれらしい人間を見付けたら知らせて欲しい。これ番号ね」
「ああ…分かりました。」
男は紙を受けとる。
「えっと、再発するかもしんないけど、取り敢えずは自分の目標とか持ってみるとかいいと思う。世界は思う程そんな厳しくねーから。な」
「………はい!」
「あー後はあれだ。」
先生が言おうとすると。レンタルさんが割り込む。
「人の言うことばっか気にしちゃ駄目よーん」
「うわレンタルいいとこどりとかうぜぇ」
「俺の扱い酷いわぁ」
「ははは」
「お時間大丈夫ですか?」
「人書さん…」
「確か◯さんは実家にお住みですよね、お母様が心配しているのでは?」
ヒトノショノチカラ
家族構成ばれ
「そうですね、そろそろ帰ります」
男は玄関まで歩くと振り返る。
「ありがとうございました!じゃあ」
ガチャ。外の日差しが少し入り込む。眩しい。
「お大事に!」
マインドキャスター症候群
・出生時間が昼………□
・名前に心、思、意のいずれかの文字が入っている……□
・洞察力、観察力に特化している、優れている…………□
・他人の顔色を伺ってしまう癖がある……………………□
・心の声が聞きたいと強く願った事がある………………□
・他人の話を強制的に長時間聞かされた経験がある……□
・以上の物が他人より強い傾向にある……………………□
感染率は2600人に1人と高め。
攻撃性が強い物はあまり見られないが、能力の悪用が有り得る為、注意が必要である。
悪化基準
範囲、直径50m、最初の段階。今回の患者がこの段階。相手に意思を伝える事は不可能。
範囲が増え、相手が減り、触れずに記憶なども見える様になる。
音声型と視覚型があり、悪化が進めば双方使用可能になる。悪化の仕方が他に比べ非常に遅いのが特徴。
付け加えがあれば随時更新,




