後編
「オニーチャーン!!」
妹の群れは前進を続ける。兄たちは今、山に隠れていた。
「チョコレートとランドセル。これが逆転の一手です!!」
そう宣言したチャーリーの作戦はシンプルなものだった。
自己同一性を失った妹たちは、己のアイデンティティを求める欲求が強い。そこで、妹たちが強く求める物を用意する。それが赤いランドセルらしい。
「このランドセルこそが、妹を妹たらしめるイコン、すなわち象徴なのです!!」
理屈はよく分からないが、ランドセルを使い妹たちを山の谷間におびき寄せる。そして、チョコレートを使い山の上で爆破を起こし、人工的に土砂崩れを起こす。
妹を土砂で埋めてしまうことにより全滅させようというこの作戦、物量で圧倒的に劣る兄たちがとり得る唯一の方法だった。
「頼んだぞ、マイケル……」
マイケルの部隊がランドセルを持ちながら、妹の群れを誘導する。足の速いマイケルなら、爆撃をうまく避けながらここまで連れてきてくれるだろう。
「来ました!!」
マイケルを先頭に、妹の群れが後ろから続いてくる。
「オニーチャーン!! ワタシのランドセルー!!」
ランドセルに反応を示していた。マイケルは、ランドセルを谷間の一番奥へと置くと、そのまま山を駆け上り土砂崩れの範囲から逃れる。
「オニーチャーン!! ランドセルー!!」
「いいぞ、もっとだ、もっと来い……」
妹の三分の一が谷間へと進入してくる。
「何かが空を飛んでいるぞ」
ウォルターが指摘する。鳥のような小さな点が、少しずつこちらに向かってくる。
「あれは……、妹か!!」
セーラー服を着て、襟を立て風を受け、妹が浮いてやってくる。
「オニーチャーン!! ワタシのキモチウケトッテー!!」
手にしているチョコレートをこちらに向かって落とす。爆発が起きる。
「飛行爆撃型の妹!! それにしても、なぜこちらの場所が分かったのです……、まさか!!」
チャーリーが地上に集まった、妹の群れを見て叫ぶ。一見して、同じような群れの中でメガネをかけた個体がいくつか見られる。
「偵察型までいたとは……。我々は妹の進化を、甘く見過ぎていたようです」
「くそっ!! セーラー服には、機関銃ってか!!」
ウォルターが、空飛ぶ妹を銃で迎撃する。だが、次から次へと新手が飛んでくる。
「敵の狙いがアバウトだから助かっているが、セーラー服で、メガネをかけた妹が来たらアウトだぞ!! エド、どうする?」
「仕方がない、チョコレートを爆破させた後に撤退だ!!」
集めたチョコレートから伸ばした導火線に火をつける。少しでも離れようと、みんなが必死に逃げる。
ドオン、という轟音と共に山から大量の土砂が妹の群れにむけて流れ落ちる。
「オニーチャーン……」
「オニーチャーーン……」
土砂に埋もれていく妹。
「結構な数を倒したが、チョコレートとランドセルを失ったし、同じ手が通用しないかもな」
ウォルターが冷静に分析する。
「まずはマイケルたちと合流、それから新しい遺跡で補給を行い、次の一手を探す」
エドが指示を出す。すでに、兄の村まで三日の距離まで妹の群れは迫っていた。
「マイケル、あのマンガをまだ持っていたのか」
遺跡についてから、エドはカメラとマンガを抱えて重そうにしているマイケルを見た。
「えへへ、何だか持っていなくちゃいけない気がして」
マイケルがはにかむ。その二つの品物を大事そうに眺めながら。
「よくそんな荷物を抱えて、囮役を引き受けてくれたな。危なかっただろうに」
「でも、戦い続けるだけじゃダメな気がするんだ。ただ生きているだけじゃ、大事なものを失ってしまう」
「マイケルは優しいな。戦いが終わったら、本当に必要になるのはマイケルのような奴なんだ」
「うん……。ピーターソンもいれば良かったのに……」
マイケルがカメラを握りしめる。失ったものの大きさに、今更ながらに気づく。
「食料、弾薬、これは手榴弾だな。この遺跡の持ち主は十年は戦争をやれる準備を整えていてくれたらしい」
「妹と戦うためにか?」
「かもな」
ウォルターと笑いあう。少しでも、明るい材料があるのはいいことだ。
「エド、俺は最初はお前のことを臆病な兄だと思っていた。だが、引くべき時に迷わず、逃げることを選べるお前は強い」
ウォルターが語る。その目はまっすぐにエドを見つめていた。
「俺の命はお前に預けた。村を守るために、好きに使ってくれ、兄さん」
お互いに兄同士ではあるが、もっとも尊敬できる兄を、兄さんと呼ぶ。彼らの村の風習だった。
「ウォルター、俺はもう誰も死なせないぞ。みんなで生きて帰るんだ!」
互いに堅く手を握りあう。覚悟が伝わってくるようだった。
「うわああああ!!」
遺跡の中で、悲鳴が聞こえる。
「どうした!! 何があった!!」
一人の兄が、ビルの陰から慌てて逃げてくる。
「妹だ! 妹が攻めてきやがったあ!!」
「バカな、妹がこっちに来るまでは、まだ二日はかかるはずだぞ!!」
悲鳴のする方へと走っていく。
そこで見たものは、体操服にブルマーをはいた複数の妹の姿だった。
「オニーチャーン!! カケッコシヨウヨー!!」
「高機動型妹、とでも呼ぶか? 俺たちの後をつけて来やがったのか、ふざけやがって!!」
ウォルターが銃を乱射する。だが、素早く動き回る妹相手に、銃の狙いが定まらない。
「オニーチャーン!! イッショにナロウヨー!!」
「うわあああ!! 助けてくれぇ!!」
一人の兄が、妹に取り込まれていく。妹の同化現象だ。
「マズイな、どうにかして足を止めないと、このままじゃ全滅する!!」
「チャーリーは!! 他の部隊には連絡が取れないのか!!」
遺跡の捜索のため、バラバラになっていたところの襲撃は最悪のタイミングだった。あちこちから悲鳴が聞こえる。
「エド、大変だよ!!」
マイケルがやってくる。が、体操服の妹とハチ合う。
「マイケル、逃げろ!!」
「うわあああ!!」
マイケルが転倒する。と、そのひょうしにカメラのシャッターが押される。
カシャッ。
「キャー!!」
ブルマをはいた妹が、手で体を隠すようにして動きが止まる。妹の写真がカメラから出てくる。
「今だ!!」
ウォルターが、妹にむけて銃撃を浴びせる。銃弾を受けて、踊るようにして体を痙攣させた妹が倒れ込む。
「カメラだ、高機動型妹の弱点はカメラなんだ!!」
昔の文明の頃、ブルマはロリコンと呼ばれる人種の盗撮などの行為が懸念され滅びたという。その種族の名残からか、写真を撮られると動きを止める習性がついていた。
「ピーターソンだ……。ピーターソンの形見が僕らを守ってくれた!!」
「反撃だ!! 全ての妹を叩き出してやれ!!」
ウォルターとマイケルの、撮影と銃撃の組み合わせにより、遺跡内に入り込んだ妹を全て撃破する。
「けど、代償はでかかったな……」
残された兄の数は九十八人。すでに当初の三分の一以下に減っていた。
「俺は、誰も死なせたくないと思っていたのに……」
「エド、お前のせいじゃない」
次々と繰り出される新たな妹、そして減っていくだけの兄。残り少ない時間。誰もが絶望を感じていた。
「みなさん!! 大変なことが分かりました!!」
「チャーリー、無事だったのか!!」
チャーリーは遺跡に入ってから、ずっとコンピューターを見ていたのか、メガネの下の目が真っ赤になっていた。
「そんなことよりも大切なことなんです。これが最後の希望です!!」
そういってチャーリーが取り出したのは、一見変わったところのない弾丸だった。
「ただの弾丸に見えるが?」
「これは、全ての兄を救うプログラムが組み込まれた弾丸です。名付けるなら、仲直りの弾丸とでも言いましょうか」
「もっと、分かるように説明してくれ」
チャーリーの説明によると、昔の文明では兄と妹が一つになることが禁じられていたという。人類総兄妹のプロジェクトでも、当初はそうなる予定が、システムの暴走により現在の惨状になったらしい。
「これを妹のコアに打ち込むことにより、兄を取り込むことを中止する指令を、全ての妹に発信させることができます。妹の無力化が可能となるのです!!」
おおー!! と皆の歓声が上がる。ただし、とチャーリーは続ける。
「妹のコアは、あの群れの中心にいます。弾丸を撃ち込むには、妹の群れを正面突破する必要があるでしょう」
「がっはっは、何だそんなことか! 俺の命はエドに預けた! 血路を切り開くぐらい、たやすいことよ!!」
ウォルターが豪快に笑い飛ばす。
「希望があるだけで充分だ!! 俺たちの命で、全ての兄の未来が開けるなら安いものだ!! 必ず、妹にこの弾丸を撃ち込んでみせる!!」
おおー! と皆が叫び声をあげる。次が最後のチャンスになる。誰もがそう感じていた。
朝日と共に、妹の群れが地平線からやってくる。部隊は一転突破を狙って密集した、突撃陣形を組んでいた。
「エド、お前の持っている弾丸がこの作戦の全てだ。何があっても前に進むんだ、いいな?」
ウォルターが念を押す。エドを中心に、ウォルターが先陣を切り血路を開き、チャーリーとマイケルが両脇を固めてひたすら前進に専念する隊形だ。
「分かっている。何があっても、この弾丸を妹のコアに打ち込んでみせる。行くぞ、突撃だ!!」
九十八人の兄が、およそ五十万の妹の群れに飛び込む。
「オニーチャーン!!」
「そこをどきやがれ!!」
ウォルターが全身につけた手榴弾を投げ込みながら、自動小銃を乱射する。妹の群れに穴を開け、そこに新たな妹が補充される前に潜り込む形になる。
「オニーチャーン!! ワタシのキモチ、ウケトッテー!!」
赤い爆撃型妹による、チョコレートの投げ込みが始まる。
「駆け抜けろ!! 奴等の狙いは大したことはない!!」
ウォーリーが怒鳴る。チョコレートは、すでに通り過ぎた後ろで爆発を起こした。
「オニーチャーン!! カケッコシヨウヨー!!」
ブルマをはいた高機動型妹が、開いた穴に素早く入り込んでくる。
「マイケル!!」
カシャッ。マイケルが写真を撮ることで、高機動型妹の動きが止まる。
「うおおおおおお!!」
ウォルターが動きの止まった妹を、銃床で殴り飛ばす。
「あと半分!! これなら行けます!!」
足を止めずに、妹の群れを半分以上突き進む。
「オニーチャーン!! アイアイガサ、シヨウヨー!!」
チャーリーが、横から伸びてきた傘に足を取られて転倒する。
「チャーリー!!」
「エド!! 足を止めないでください!! この程度の触手型、何とでもなります!!」
後方の銃声を聞きながら、エドたちは振り返らずにひたすら前へと突き進む。
「見えた、あれが妹のコアか!!」
群れの中でも、ひときわ小さく、それでいて一目見たら目を離せなくなるような可憐な少女。直感的にコアだと分かった。
「確実に命中できる距離まで、俺が血路を開く!!」
ウォルターがコアに向かって突撃する。が、その前に見上げるような巨体が並ぶ。
「オニーチャンとナラブト、ハズカシイナー!!」
「巨人型……、なんてデカさだ!! 食らいやがれ!!」
ウォルターが巨大な妹に向かって、銃を撃つ。が、巨人は気にせずに突っ込んでくる。
「オニーチャンのバカー!!」
ウォルターが、巨人の一撃を受け吹き飛ぶ。
「くそっ、巨人が邪魔をして狙えない!!」
エドが叫ぶ。コアはすっかり巨人に隠れて見えなくなっていた。
「あと少しなのに!!」
巨人を前にして、完全に足が止まる。
「オニーチャーン!! アイアイガサシヨウヨー!!」
「ぎゃあああああ!!」
周囲から傘の触手が伸びてきて、隊員を一人ずつ奪っていく。
「ここまで来て、どうしようもないのか!! あと少しなのに!!」
「ねえエド、これを預かっていてくれないかな」
マイケルがエドにカメラを渡す。
「マイケル? いったい、どうしたんだ?」
「僕とピーターソンのことを忘れないでいて欲しいんだ。そして、妹と戦わなくてもすむ未来を作ってほしい。僕らは兄妹なんだから」
マイケルが横に向かって走っていき、そして横になって寝始める。
「まさか……」
「オニーチャーン!! ハヤクオキナイと、チコクシチャウヨー!!」
巨人が寝ているマイケルに向かって突進する。
「マイケルー!!」
叫びながらも、エドは巨人が動いた隙をねらって、前へと走り込む。可憐な妹のコアが、目の前に迫る。
妹のコアは、目の前に現れたエドを不思議そうに見つめていた。
「お兄ちゃん?」
「お前は、俺の妹だ。だから、俺たちが戦う必要なんてないんだぁぁぁ!!」
祈りにも似た叫びと同時に、仲直りの弾丸を撃ち込む。銃弾を打ち込まれた少女のコアは、震えたかと思うと、戦場に響きわたる音波を発信する。
「やったか?」
全ての妹の動きが止まる。同時に、一筋の涙を流す。
「泣いている、妹が泣いているのか……」
理由は分からなかった。けれども、それは兄と妹が決して一つにはなれないことを悟った、悲しみの涙だったのかもしれない。
妹は、兄に興味をなくしたようにコロニーへと戻っていく。
「終わったのか……。全部、何もかもなくしてしまった……」
エドの目にも涙があふれる。覚悟していたこととはいえ、痛みがやわらぐわけではない。
「おーい!!」
呼ぶ声が聞こえる。エドは後ろを振り向く。
そこには、マイケル、ウォルター、チャーリーが立っていた。
「みんな!! 無事だったのか!!」
「勝手に殺すんじゃねえよ!!」
「仲直りが一瞬でも遅かったら、死んでいたよー」
「雨も降っていないのに、相合い傘はないでしょう。相合い傘は」
エドは仲間の元に駆け寄る。
これは遠い未来のお話。兄と一つになれないことを悟った妹は、この先どんな進化を遂げていくのか。それはまた、別の物語。
了