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前編

「世界中が妹に支配された今、わずかに生き残った兄たちが住むこの村を守るため、部隊を率いてくれるな? もっとも優れた兄、エドよ」


 村でもっとも年老いた兄、ムーアが告げる。エドと呼ばれた青年が答える。


「分かりました」


「俺はこいつがもっとも優れた兄だなんて、認めないからな!!」


 様子を見守っていた男たちの中から、抗議の声があがる。声をあげたのは、カメラを首に下げた、どこか小ずるい感じの男だった。


「ピーターソン、これはすでに決まったことなのだ。お前も討伐に参加する以上、力を合わせて頑張ってはくれないか」


「ケッ、しょうがねえ。戦いの中で俺が一番だって、認めさせてやるからな」


「期待しているよ、ピーターソン」


 エドが穏やかに答える。


「敵は百万の妹。それに対して、我らはわずか三百の兄しかおらなんだが、これが精一杯の戦力なのじゃ」


 ムーアが力なく語る。その顔には、深い絶望の跡が色濃く残っていた。


「安心してください、必ずこの村を、世界を、妹の魔の手から守ってみせます!!」


 エドが力強く宣言する。それと同時に、居並ぶ三百人の兄たちが、力強い雄叫びをあげる。ここに、兄と妹の戦いの火蓋が切って落とされたのだった。



「妹たちは、コロニーを出発した後、大陸をくまなく探査するようにしながら、徐々に北上しています。村が見つかるのも時間の問題です」


 各部隊長による、作戦会議が行われていた。状況を説明しているのは、兄の中でも一番頭の切れる、チャーリーというメガネをかけた男だ。


「なに、出会った妹全てを倒していけばいいだけの話だ!」


 豪快に叫ぶのは、兄の中で一番の力持ちのウォルター。全身についた傷は、戦闘経験の多さを物語っている。


「情報によれば、妹たちには機動力がない。そこでまずは一戦軽く交えて、素早く逃げようかと思う」


 エドが意見する。


「そうそう、生き残るのが一番だからね」


 兄の中で一番優しいマイケルが賛同する。


「最初から逃げ腰とはな、一番なさけない兄の間違いじゃねえのか」


 反対意見を出すのは、ピーターソン。ウォルターも声は上げないが、同意見のようだった。


「現時点では、妹についての情報が少なすぎます。私は、エドの意見に賛成します」


 チャーリーもエドの意見に賛成する。


「これで意見は三対二だな。明日は山に上って、物見ものみを行う。強行軍になるから、各自よく休息しておくように」



 翌日、山に上ったエドたちは恐ろしい光景を目の当たりにした。


「これが全部、妹なの……」


 マイケルがつぶやく。山のすそ野に広がる大規模な草原地帯。その全てを百万の妹が埋め尽くしていた。


「オニーチャーン!!」


 妹の鳴き声が響きわたる。


「これが妹の群れですか。知識では知っていましたが、まさかこれほどとは……」


 チャーリーも驚く。メガネ越しに必死に妹の群れを眺めていた。


「なあ、アイツら何であんなに固まって移動してるんだ?」


 ウォルターが尋ねる。


「コアです。妹はコアを中心とした、百万が一つの単位になっている知性体と聞いています。それゆえ、個々の妹の知性はきわめて低いかと」


 妹は、オニーチャーンと叫びながら、特に何を見るわけでもなくただフラフラと歩き回っていた。


「なら、そのコアを倒せば敵の群れは全部倒せるのか?」


 エドが尋ねる。チャーリーは目を閉じて、静かに首を横に振る。


「残念ながら、コアから出された指令は、全ての妹に共有されています。あくまでもコアは、現時点での司令塔に過ぎず、倒された瞬間に別のコアが発生するだけでしょう」


「要は、全部倒してしまえばいいだけの話だ。セコいことばかり言ってるんじゃねえよ、もっとも弱虫の兄さんよ」


 ピーターソンが反論する。


「記念に写真でも撮っておくか」


 ピーターソンが、カメラのシャッターを押す。妹の群れが写った写真が、カメラから出てくる。


「遺跡からの出土品ですか、こんなに綺麗な形で残っているのは貴重ですね」


「触るんじゃねえぞ、これは俺が見つけたんだからな」


 ピーターソンがカメラを持ちながら、自慢する。エドはただ、妹の群れを眺め続けていた。



「全員、準備はいいか? 俺たちには人の補充もないし、後に続く人たちもいない。誰も死ぬな! 妹たちを倒して、生きて村に帰るんだ!!」


 エドがげきを飛ばす。反応した三百人の兄たちが、一斉に雄叫びをあげる。


「オニーチャーン?」


 妹たちが声に反応して、こちらに向かってくる。


「行くぞ! 全ての兄たちのために!!」


「おい! どうせ、戦いもせずに逃げ回るんだろうから、このカメラ預かっていろよ」


 ピーターソンがマイケルに声をかける。


「大事なものじゃないの?」


「戦いで壊れてしまうのが怖いし、邪魔だからな。預けただけだからな! 取るんじゃねえぞ!!」


「大丈夫だよ!」


「突撃!!」


 兄たちが前進し、まずは妹に向かって矢を放つ。矢を受けて妹たちが倒れるが、姉妹しまいの屍を踏み越えて、新たな妹たちが前進してくる。


「オニーチャーン!!」


「その台詞、聞き飽きたわ!!」


 ウォルターが斧を振るう。一なぎで五人もの妹が吹き飛ぶ。が、妹たちは一向にひるむ気配はない。


「よし! まずはここでいったん引くぞ!! 撤退用意!!」


 エドが号令をとばす。あらかじめ決めてあった、殿しんがりを中心とした、撤退陣形へと部隊が組み変わる。


「ピーターソン? どうした! 早く撤退の用意をしろ!!」


 エドが叫ぶ。ピーターソンの部隊だけは、陣形を変えずに、妹たちと戦い続けていた。


「うるせえ!! 俺がもっとも優れた兄だってのを、ここで証明してやるんだ!!」


「妹を甘く見るな!! 早く撤退するんだ!!」


「お前の指図は受けねえ!! ん……?」


 ピーターソンが異変に気づく。妹を倒し続けるも、気がつくと、次から次へと押し寄せる妹たちに、前後左右を囲まれていた。


「うわあああああ!!」

「ピーターソーン!!」


 ピーターソンに覆いかぶさるようにして、妹たちが山を作る。


「オニーチャーン!! イッショにナロウヨー!!」


「あれは妹の同化現象!!」


「知っているのか、チャーリー!!」


「妹がなぜ兄を求めるのか、その目的がアレです。兄を取り込み、一つになることが妹のコアの目的であり、行動原理なのです」


「くっ……、撤退だ!! 早く撤退するぞ!!」


 ピーターソンを置いて、戦域から離脱する兄たち。



「犠牲は十三人。今のわれわれにとっては、大きな痛手です」


「ピーターソン、カメラを返すって約束したじゃないか……」


「うーむ……」


 戦いを終えて、各自が失った物の大きさに頭をかかえていた。


「さっきの戦いで、妹の数はどのぐらい減らせたと思う?」


 エドが聞く。


「多く見積もっても、五百といったところでしょうか。現時点でのまともなぶつかり合いでは、勝ち目はほぼゼロです」


「やはり、頼るしかないのか……」


 エドが地図を広げる。大陸の中に、いくつかの印があった。


「これは、まさか旧文明の遺跡の在処を示した地図!!」


 チャーリーが驚く。


「ああ、ムーア様から預かってきた。何があるのかは分からないが、今はこれに賭けるしかない」



 二日かけ、兄の一行は遺跡へとたどり着く。そこは樹齢じゅれい百年を越す木々よりもなお高い、ビルと呼ばれる建物が無数に立っていた。


「あのペースでいけば、村が見つかるまでは十日以上かかります。まずは、何か勝機を見つけることが大事です」


「わあ、何だかスゴいですね!!」


 マイケルがパシャリと、カメラで写真を撮る。


「食べ物もいっぱい残っていたぞ」


 ウォルターが遺跡から探してきた、カンヅメを抱えてくる。


「よし、食料と武器を集めるために一晩ここを捜索する。何か役立ちそうなものは、何でも報告してくれ」



「ねえエド、こんな不思議なものを見つけたよ」


 マイケルがエドに、一冊の本をみせる。そこには絵と、丸い図形に囲まれた文字が配列されていた。


「これはマンガというものだな。昔の文明の芸術だ」


「お兄ちゃん、早く起きないと遅刻しちゃうよ! って書いてある。不思議だね、昔の文明では兄と妹って仲が良かったのかな」


 マイケルがマンガの文字を読みながら尋ねる。絵には、布団にくるまった男を起こす、女性の絵が描かれていた。


「そうだったらいいのにな。けれど、そのせいで昔の文明は滅んだのかもしれないな……」


「悲しいね。本当は、僕たちが戦うことはなかったのかもしれないのに……」



 エドはチャーリーの元を尋ねた。チャーリーは、光を発する箱に向かって、ぶつぶつとつぶやいていた。


「チャーリー、様子はどうだい?」


「ああ、エドですか。これはコンピューターというものですが、次々ととんでもない事実が明らかになっています!!」


「たとえば?」


「妹の起源です!! 繁殖能力が衰え、種としての衰退を迎えた人類が行った、人類総兄妹じんるいみなきょうだいと呼ばれるプロジェクト。それが答えです!!」


 チャーリーの説明によると、生殖能力を失った人類は、グレートマザーと呼ばれる人工授精システムによって新たな子供を生み出すようになっていた。


 けれど、何らかの原因によりシステムは暴走。男女比が極端になり、わずかになった兄とよばれる男と、無数に増えた妹に分類された。


 無数に増えたことにより、自己同一性を失った妹は、群体による自我を獲得する方向に進化。暴走し、次々と兄を飲み込んでいったという。


「それで、妹に対する対抗策はあるのか?」


「それはまだ……。妹の暴走を止める、何らかの手段があるはずなのですが……」


「おいエド! ちょっと見てくれ!!」


 ウォルターが部屋へと入ってくる。


「銃だ。これで奴等と戦える!!」


 ウォルターが手にしていたのはAK47、通称「カラシニコフ」と呼ばれる自動小銃だった。



「手入れもされてなかったのに、これが全部動くんだぜ」


 倉庫らしき建物に入っていたのは、二百丁の自動小銃と、弾薬の山だった。


「これだけあれば、妹たちに接近されずに戦える!!」


 希望がわいてきた。部隊の全員に銃の使い方をレクチャーし、作戦を銃撃によるヒット&アウェイへと切り替える。



「オニーチャーン!!」


 妹の群れは、相も変わらず前進を続けていた。以前の戦闘の影響は、みじんも感じられない。


「行くぞ!! 奴等に兄の強さを見せつけてやれ!!」


 号令と共に射撃陣形に変わる。三交代で、代わる代わる射撃しながら、少しずつ後ろへと後退し、弾薬がなくなった頃合いを見て、補給へと遺跡へ撤退する作戦だ。


 見渡す限りの妹の群れは、落ち着いて正面にさえ撃つことができれば、銃は必ず当たった。


 矢や斧を使った戦闘とは比較にならないほどの勢いで、妹たちが倒れていく。適度に後退しながらの射撃は、妹たちを寄せ付けなかった。


「勝てる!! これなら勝てるよ!! ピーターソンにもこの光景を見せてあげたかったなあ」


 首からカメラを下げたマイケルがはしゃぐ。それほどに圧倒的な戦闘だった。


「油断はできませんよ、妹がこれだけの力で兄を駆逐してきたとは思えません……」


 妹の群れの中に、赤い服を着た個体が混じり始めた。赤い服を着た妹は、手に何かを持っていた。


「あれは……、何か様子がおかしい!! いったん引くぞ!!」


 エドが号令をかけると同時に、赤い妹が手に持っている物を投げ始めた。


「オニーチャーン!! ワタシのキモチ、ウケトッテー!!」


 投げつけられた物は、茶色いチョコレートだった。だが、地面に落ちたとたんに爆発した。


「妹が攻撃してきた!!」


 マイケルが驚く。


「進化です……。長い兄との戦いの中で、妹たちは進化してきたんです!! あれは爆撃ばくげき型の妹です!!」


「エド!! このままじゃ全滅するぞ!!」


「分かっている!! 殿しんがりは、赤いヤツだけを狙え!! 他は全力で逃げるぞ!!」



 どうにか妹の追撃を振り切ったときには、全員が疲労困憊していた。


「ウォルター、被害はどれぐらいだ?」


「百人はやられた。次も同じ戦術では、全滅することは間違いない」


「もうダメだー!! このまま死ぬんだー!!」


 マイケルが泣き出す。重い雰囲気が漂う。


「まだ、あきらめるには早いみたいですよ」


 チャーリーが遅れてやってくる。手には何か持っている。


「チャーリー、何を持っているんだい?」


「ああ、これは不発だったチョコレートを撤退の際に集めてきました」


「しかし、そんなのをいくら集めたところで、倒せる妹の数はたかが知れているぞ」


 ウォルターがため息をつく。


「ええ、そこでもう一つカギになるのが、遺跡から持ってきたコレです」


 そういって、チャーリーは赤いランドセルを取り出す。


「チョコレートとランドセル。これが逆転の一手です!!」


続く

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