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CONTRAST CONTEXT  作者: WAIWAI通信
第一楽章 - The same blue -
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第四小節 G clef

 あそこに居る少年、いや少女だろうか。まあそんなは事はどちらでも構いはしない。しかし気になるぞ……、あそこに居る子供はいったい何者なのだろうか。

「……どうする?」

 小声で雪に尋ねる。訊いているのは次のアクションについてだ。

「そうね、いくら小さいからって油断は禁物よ。何をしてくるか分からないもの」

 大広間、だろうか。だだっ広い部屋の手前で俺達はひそひそ話をしている。ここまで松明は備え付けられておらず、通路は真っ暗、好都合だ。

「了解だ。俺が先行する。銃を持って付いて来てくれ」

 対象は小さな子供1人。小学2、3年生ぐらいに見える体格で、髪は中途半端に長く、おかしな(くく)り方をしている。全体的に不思議な身形(みなり)だと感じた。

 気配、音、その他諸々を完全に消し去り、迅速に接近する。子供は棒立ちで、動く気配は感じない。

「おい、そこのお前、何者だ?」

 こんな小さな子供に銃を向けるなど気が引けるが、こんなおかしな所に居るのだ、普通という言葉からは絶対に掛け離れている。

「ん? ああ君達か。やあやあお久しぶり。まあ君達は覚えてないんだろうけどね」

 動揺を誘っているのか……。しかしこちらとてちゃんとした頭がある。そう易々とドジは踏まない。

「余計な事を口にするな。質問に答えろ」

 銃を持つ手に力を込める。安全装置は解除済み、この引き金は少年の命を左右するはずだ。

 だけども少年は揺るがなかった。むしろ、むしろ笑っている様にも見える。

「焦るのは感心できないなあ。ちゃんと答えるから落ち着いてくれるかい。何と言えば良いかな。そうだね、君達の言葉で言うなら――」

 少年は淡々と音を連ねる。空気がピンと張り詰めた気がした。微動だにすらしなかった少年は今この時、初めてこちらに目を向ける。そして言葉は紡がれた。

 ――僕は神さ。

 俺は確かにそう認識したのだった。何の迷いも、躊躇(ためら)いも無い台詞。ただの子供の戯言(ざれごと)だ、そう自分に聞かせようと試みる。しかし俺の身体、脳、いや心がそれを否定した。俺の中の何か、それが少年の言葉は真実だ、と訴えている。

 神と名乗る少年は殺意の具現である鉄の塊を眼前にして顔色1つ変えようとしない。何故だ? 死ぬのが恐くないのか? ああ、そんな馬鹿な事がある訳が無い。

「ふざけるなよ……」

 何が俺を駆り立たせたのだろうか、あまりにもあっさりとトリガーは引かれた。火薬の炸裂によりエネルギーを得た弾丸は一直線を描き、少年の背後の壁に激突する。

 雪は何か言いたげな顔をしているが、口には出さなかった。

「いやいやとんでも無い。僕は真面目(まじめ)の真面目、大真面目だよ。まあでも、君達が信じられないのも仕方のない事だよね。突然僕は神だー、なんて言われて信じる人間なんてまずいないさ。ああ、そうだね、訂正しよう。僕は神じゃない。僕は君達からすれば神と言っても差し支えの無い存在だけども、僕からすれば僕は神じゃないんだ。そうすると僕は人でもあるよ。君達からすれば僕は人じゃないけど、僕からすれば僕は人だ。他に聞きたい事はあるかい? 風峰君、不知火君」

 意味が、理由が、目的が分からない。何が言いたいのか、何故その名を知っているのか、一体全体どうしてそんな事を言うのか。

「言葉遊びをする気はない。質問に答えろ」

「僕は遊んでいる訳じゃ無いんだけどね。どうしたものかな。いくら言っても信じてもらえなさそうだし、ここは行動で示すとするよ。じゃあ早速、君達の欲しい物を1つずつ当てようと思うんだ。思い浮かべてみてくれないかな、欲しい物をさ」

 少年は「なるほど」とこぼし、次の行動へと移る。両腕を広げ、手の平を上向きに。少年が目を瞑ると同時に手、正しくはその少し上方の空間が輝きを放ち始める。光が収束するまでに経過した時間はわずか10秒にも満たない。

「どうだい? スタイリッシュだとは思わないかい?」

 2つの真っ白い光の中からそれぞれ1つずつ、形状の異なる直方体が現れる。1つは黒く細長い物、もう片方は白く平ら。要するにそれぞれ俗語で、ガラパゴス携帯とスマートフォンと呼ばれる物だった。

「……足りないわ。これは証拠としては不十分よ」

「そうかい? とりあえずこれはあげるよ。僕が持ってても意味なんて無いからね」

 無機物が俺の手元へと飛来する。ナイフは無意味であると判断したので、携帯をしまうついでにポーチに引っ掛けてある黒い鞘にねじ込んだ。

「どうすれば信じてもらえるのかな。うーん…………、こういうのはどうだい?」

 再び少年の上方の虚空(こくう)に変化が起こる。先程のような白い光ではない。それの逆、黒い割れ目が突如走り、徐々に空間を支配して行くのである。音は伴わず、無の光が段々とその面積を増やし、やがて――――、虚空が砕け散った。携帯の様なちっぽけな物ではなく、中からは槍が姿を現す。紫を基調とした異形の槍。それを少年は手を触れるどころか、体毛1本動かさず床に突き刺して見せる。

「さっきと同じじゃない」

 似たような行為であるのは確かだろう。しかし、決定的な違いもある。キーワードは"床"だ。携帯程度ならトリックという言葉で誤魔化せるが、このレベルの破壊は小手先だけでは不可能である。

「難しいなあ。僕としては全く違うんだけどね。どうすればいいんだい? 何をすれば信じてもらえるのかな」

 何故俺達に自分が神である事を信じさせようとしているのだろうか。自身も分かっていたではないか、そう容易く信じてもらえやしない、と。

 雪の方を見る。彼女はすぐに頷いた。察しが良くて助かる。

「では2つ尋ねる。まず1つ、何故俺達の思考を読まない?」

 こいつが神ならそれは造作も無い事だろう。現についさっき欲しい物を当てて見せた。にも関わらずそれをしない。

「ん? それかい? それなら簡単だよ。僕は人間が好きだからさ。僕にとって人類は恋人と言っても過言ではないね。ならば人と同じ場所に立っていたいと思う僕の心情も極自然な物だろう?」

「つまり。つまりお前は自分が人と同じ感情を持つと言うのか?」

「そう言ったろう? 僕は神じゃなくて人だってさ」

 どっちなんだ……。定義が違うのか? それともただの言葉遊びか? はたまた"僕は神だ"という台詞が偽りだったのか?

 分からない。何もかもが分からない。ならば今は俺の直感を信じるとしよう。きっと多分こいつは神だ、そして……。

「じゃあ2つ目の質問だ。信じるか信じないかはこれで決める。訊くぞ――」

 ――ここは、どこだ?

 俺はそう言い放った。少しの間があり、神は満面の笑みを浮かべる。雪もなるほどといいたげな様子で、俺はちょっとばかり上機嫌になった。

「なるほど。ああ、それは良い質問だね。じゃあ信じてもらえるように君が望むであろう答えを返すとしよう。うん、ここは君達の元居た世界じゃない。全くの別宇宙、全くの別世界さ」

 ……決まりだ。俺の推測は確信へと変化を遂げた。

「お前が……、犯人か?」

 戦ったら勝ち目は無い。これっぽっちも、全く。神とか何とかという以前にこいつはこの床に槍を刺したのだ。俺たちは傷一つ付けられなかったというのにも関わらずあっさりと。戦力の差は策で覆せる、と人はよく言うがこいつの力はそんな物ではひっくり返らないだろう。むしろ相手の策に(ろう)され、より圧倒的な力によってねじ伏せられる俺の姿が見える。

「僕はもう2つの質問に答えたよ? だからもう答える必要はないよね。でも意地悪する気も無いから答えてあげるよ。うん、僕は犯人じゃないけど、犯人さ。ふざけてるんじゃないよ? ああ、今言った事は事実さ。でもそんな事を訊いて君達はどうするんだい? 僕を恨むかい? それはお門違(かどちが)いってものだね。何故なら僕は犯人じゃないからさ。恨んでくれても構わないよ、ある意味ではね。さて、そんな君達に提案があるんだけど」

 ――僕とゲームをしないかい?

 これをふざけていないと見る事の出来る奴など世界全土を見渡しても数える程しか居ないに違いない。声を大にして断言する事も出来る。普通に生きて来た俺を、俺達を、何の前触れも無しに森の真ん中に放り出しておいてふざけていないだと? そんな事があって堪るか。けれども俺達に出来る事が無いのもまた事実。戦いを挑めばあしらわれるのは自明の理という物だし、自力では帰る事すら出来ない。俺はそれ程非力なのである。……だがしかし、こいつは知っているのだ、持っているのだ、俺達を帰す手段を。

「ゲーム? あたし達に何をさせるつもり?」

 赤髪の少女も全てを悟っているのだろう。その証拠に彼女は二挺の銃器を収めていた。

「そうだよね。帰りたいよね。ああ帰りたいだろうさ。だから僕とゲームをしよう。ルールは簡単、鱗を集めて来てくれればそれでいい。ただの鱗じゃないよ、六龍の逆鱗さ。六龍って言われても何か分からないだろうから説明しようか」

 こちらは了承していないにも関わらず、やたらと勿体ぶって少年の形をした異物は言う。

「まず、この世界には龍が存在するんだ。これは君達の思い付く龍そのものだと思ってくれて構わないね。余談になっちゃうけど彼らは君達の世界にも居るよ。そして君達の知る地球にも居たんだ、まあ僕が遠い惑星に連れてっちゃったんだけどね。だから君達の知る龍と同じ。六龍って言うのはその中でも群を抜いて特殊な龍さ。彼らの容姿は皆バラバラだけど、魔水晶をその体内に持っている事は共通だよ。ああ、魔水晶は知ってるよね? 魔力を溜め込む水晶の事なんだけど。人間はマナクリスタルと呼んだりもしているかな」

 長い、そして早い。理解できないことは無いが、どうやらこの神は配慮が足りないらしい。普段なら気にもしないだろうが今の俺は気が立っていた。

「ん? どうしたんだい、困ったような顔をしてさ。ちょっと分かりにくかったかな。大丈夫だよ、安心して欲しい。君達の携帯に概要をまとめたメモを入れておいたからね」

 訂正しよう。神は十分に心遣いが出来る。しかしこの用意の良さはいったい何なのだろうか。ちょっとした違和感を感じる。……今追加したと考えるのが妥当か。

「じゃあもう少し続けるよ。六龍とは火龍、水龍、風龍、土龍、光龍、闇龍の事を言うんだ。さっき魔水晶を体内に持っているって言ったよね。でもそれがちょっと不思議な魔水晶でさ、決まった1属性の魔力だけ溜め込むんだ。後は名前通りさ。火龍は火属性、水龍は水属性、ちなみに彼らは魔法を使うよ。そんな彼らの逆鱗を全6種類集めて来て欲しい。それが僕が提案するゲームのクリア条件だよ。期限は無い」

 神は言い終えるとこちらに無邪気そうな表情を見せた。

 要するに、だ。こいつは世界を回って各種龍の首から鱗をもぎ取って来いと言っているのか。だがそんな事をさせて何か奴に得があるというのか? 仮にこいつが神であるならば自分で取って来れば良い。いや、創り出せば良いだろう。

「クリアしたらどうなるの? 報酬は?」

「言い忘れていたね。報酬は1つさ、君達の願いを叶えてあげるよ。1人1つ、対象をとる場合は1人まで。何でも良いとは言えないけども、僕の出来る範囲の事なら叶えてあげようじゃないか。まあ大抵の事は出来るから安心してほしいな。もちろん、あっちに送ってあげる事だって出来るよ。どうかな、悪い条件ではないと思うんだ」

 当面の目的であった手段と犯人は見つかった。この次に目指す物は帰還である。俺達に選択肢は無いのだ。雪に問う必要も無いと見て問題無い。脅してどうにかなる相手なら楽だったんだがな……。

「いいだろう、その話、乗った……」

「オーケーよ、その話、乗ったわ」

 声が重なる。全くの同タイミングだった。似ているのだろうか、俺達。……いやないな。そもそもそんな事を考えるのは場違いである。

「ああ、交渉成立だね。餞別(せんべつ)として1つ良い事を教えておくよ。剣の事を強く思い浮かべてそこにあると想像するんだ。弾薬とかでも出来るよ。じゃあ僕はこの辺りで。ありがとう、そしてさようならだ。また会お――」

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