第二小節 Guild
あの後は本当に色々な事があった。遺体を見つけてしまったり、喋る熊に襲われたり、訳も分からぬまま変な学舎に入れられたり。毎日が新しい事の連続で、全部とは限らないがそのほとんどが楽しかった。そして、この愉快な日々はこれからも続くのだろう。
けれども、楽しければそれで良いというわけではない。
「じゃあまず新入部員を紹介するぞ。どっちかがバカ峰なんとかで、もう片方は不知火雪だ」
部活じゃないし、というか俺について紹介する気が全くない様にも思える。峰しかあってねえよ、峰しか!!
ちなみにギルドというのは俺の属する神庭学園の制度である。
この学園には普通課と戦闘課があって、戦闘課の人間は皆、総じて12存在するギルドのいずれかに入るのだ。そしてそこから世界各国から寄せられる依頼に挑んでいく。
まあ簡単に言ってしまえば、何でも屋ってとこだろう。
「よろしくです。なんとかさん」
一番最初に話しかけて来たのは肩より少し下まで伸ばした黒髪が特徴の少女。
「違います。風峰裕城です。よろしく」
「あ、あれ? すみません裕城さん。よろしくです。私は霧島香っていいます。仲良くしましょう」
差し伸べられた手を軽く握ると、一礼をして少女は雪の元へと歩いて行く。
悪ノリかと思ったら天然だったー!
……訳の分からないテンションの驚きはともかくとして、現状まだ挨拶していない人間は2人。しかし、その内の1人である黒髪の少年はいかにも、放っておけ、という顔をしている。ならば青い髪の少女と思い、そちらを向くと、てくてくと少女が歩いて来ていた。とびっきりのすまし顔で。
「名乗るならまず男からでしょう?」
どうやらこういうキャラらしい。
「風峰裕城だ」
「そう。感謝しなさい。この私が直々に名乗ってあげるんですから。私は――」
「総員、注目! 今からルールの説明を始めるぞ」
溌剌とした声でリーダーは場の空気を制する。普段、寝るか睡眠をとるかしかしない彼の姿からは考えられない声色だ。
そして、ノリノリで自己を紹介をしようとしていた少女の反応は予想通りである。
「え、えっと私は――」
「5分後、12時30分から登山を開始する。単独で登ってくれても構わないし、グループを組んでくれても構わない。新入りの2人は必ず一緒に登ってくれ。制限時間は6時間。18時30分には山頂に到着しておくこと。なお、山頂では常に狼煙を焚いているから迷ったらそれを頼りにしてくれ」
とても律儀な少女だった。さっきこちらに近寄ってくる前もずっと待っていたわけであるし、今もリーダーが喋り始めたら喋るのを止めている。
「私は――」
「こっからは特に大事だからよく聞いておけよ。各員には6時間の間に食材の調達をしてもらう。ノルマは可食部1kg以上。猪でも山菜でも何でもいい。ああでも熊族は攻撃するなよ。フレンドリーファイヤを防ぐため銃器の使用は禁止。近接武器の使用は構わないが、ちゃんと相手を確認してから使用する事。絶対に揺れた茂みを勘で叩いたり切ったりするな。なお、今回は2つ支給品がある」
ちょっと可哀想になって来たぞ……。別に俺が意地悪をしているわけではないのだが。
「わた――」
「1つはいつものあれだ、KNB1インチ信号拳銃の赤弾が2発。新入り2人には銃本体ごと後で渡す。使い方もその時に教える。もう1つはこれだ」
皆がずっと気にしていた段ボールから1本のナイフが取り出される。それは安っぽい黒のケースに収められていて、投擲に最適な大きさだった。
「こいつを4本ずつ配る。ただのナイフじゃないぞ、最新鋭の麻痺毒が塗布されたそこそこ貴重なナイフだ。あの鬼畜校長に言えば、いくらでもロハで貰えるが」
鬼畜校長、と彼が呼ぶのは我らが学舎、神庭学園高等部校長を務める白鳥遥華の事である。そう呼ぶ由縁は、かの校長がちょっとした悪戯を彼にするから。ちなみに白鳥校長は密かに向こうの方の木の上で酒を飲み飲み、こちらを見下ろしていた。
追加で抜き身のナイフを手に取り、何を思ったかジャグリングを始めたリーダーに背を向け、破天荒な校長とは相反する律儀な少女はぽつりと言う。
「あ、あの。私、麻木真凛って言います……。よろしく……」
……どうやらこういうキャラらしい。
「よろしく」
俺の発言から数秒後、リーダーが口を開く。
「良いかー。良い子の皆は真似するんじゃないぞ。危ないからな。下手すると死ぬぞ」
良い子の皆も悪い子の皆も毒ナイフでジャグリングをするなどという愉快痛快な発想には至らない。やるとしたらプロジャグラーくらいの物だろう。
「このナイフに塗ってある毒は即効性だ。3mの大熊でも30秒あれば動かなくなる。人間も例外じゃないぞ。ちなみにこの毒は熱に弱くてだな、80度以上で加熱すれば完全に無害化される」
喋り終えた後もドヤ顔で4本のナイフを回し続ける神様はふと「あ」という、驚きを表すであろう1字をこぼした。1本のナイフが軌道からズレたのである。さっきまで正円を描いていたナイフの1本がリーダーの右手をかすめる瞬間を俺の目は捉えていた。
アホだ……。大方の人間はそう呟く。
「何も身を持ってしてまで毒の効力を示してくれなくてもいいのに……」
俺も呟いた。さっきアホだ、と数名が言ったが何を以ってアホと言ったのかは人によって違うだろう。ぽけーっと眺めていた人は気づかなかっただろうが、ナイフが予想外の軌道を描いたのは迅斗のミスではないのだ。いや、迅斗のミスではあるのかもしれないが、それは関節的であると言えよう。ああ、鬼畜校長などといったのが駄目だった。手法は知らないけれど、多分聞かれていたのである。
目線を少し落とすと崩れ落ちた彼の足元にクルミがあった。なるほど、酒のツマミか。これがナイフの軌道をずらしたに違いあるまい。
「あれって焼いたら毒抜けるんですかね?」
「まるごと無力化されるけどな」
確かに毒の効力は無くなるだろう。しかし、同時に迅斗も力尽きてしまう。
「あ、あれ?」
いつの間にか背後に立っていた霧島と俺のやり取りに、麻木はクスクスと笑っていた。
「早速3人も侍らせるなんてなかなかやるじゃない」
きちんと自分も勘定に入れているんだな。数字は大きいほうが雪にとっては都合が良いからだろうか。
「何をどうしたら俺が女を侍らせている事になるんだ」
「さあ?」
全く訳が分からない。まあどうでも良い事だ。
倒れたリーダーを日陰に運び終えた、メイドを目指す少女、泉さんがリーダーの居た場所に立つ。
「迅斗様は残念ながら…………。なので、私が迅斗様の代役を務めさせて頂きます。本企画の概要は先程迅斗様がおっしゃった通りです。支給品は各自箱から取り出してください。登山中、もし危険を感じたら迷わず照明弾の発射をお願いいたします。また、気付かれた方は急行して頂けると幸いです」
しっかりとは言えないが、一応安全への配慮はされているらしい。適当な企画でも最低限の準備はあるのだろう。
「くれぐれも死ぬ事の無いように。では――」
一瞬の溜め。辺りが静まり返る。そして……。
「スターーート!!」
謎の登山企画の開幕が告げられる。威勢の良い号令と相反し、皆はだるそうに支給品を回収して登山道へと出て行った。
その光景をぼーっと眺めていたところ、一本槍流花という名の少女に声を掛けられる。
「君、無理はするなよ。まだ疲れはとれていないだろう?」
彼女は先輩であり師匠。俺はつい昨日まで流花と、もう1人、"萌"と呼ばれる少女と山籠りをしていた。
まず目を引くのは、腰程まで伸ばされた黒髪と、キリリとした顔立ちだろう。その立ち姿は凜として咲き誇る百合が如し。そのスレンダーな身に纏っているのは確かにこの学園の制服だが、しかし構造は他者の物とは違う様に見える。改造服という奴だろうか。通常の物も十分機動性に優れているが、彼女が身に着けている物は、関節部の布を工夫する事でより円滑な動きを可能にしている様に見えた。
「尽力する。ありがとう」
「うむ。では私はそろそろ行くよ。山頂で会おう」
「じゃあ私達もこの辺りで。行こう、麻木さん」
「あ、うん。えっと、私に会いたかったら頂上まで来なさい!!」
どこぞの中ボスかよ、と心の中でツッコミを入れてみたり。しかし口は災いの元なり。声に出せばまず間違いなく雪に何らかの文句を言われるのは分かりきっている。ならば触らぬ神にたたり無し、だ。わざわざ火中に飛び込む必要はなかろう。
発っていく3人と1匹に「また後でな」と声を掛けた。
「随分仲良くなったみたいじゃない」
知らぬ内に神に触れてしまっただろうか。少し機嫌が悪そうであった。
「まあな、俺達もそろそろ行かないか?」
「ちょっと待ったー!! はいこれポーチ、中に信号銃と弾薬と取説入ってるからよく読んでね。ナイフは箱から持ってってー。それじゃあいってらー」
あわただしく物品を押し付け、萌もとい森下恵美は自分の持ち場へと駆け戻る。ふと見れば、今回も首謀者である校長はいつのまにか姿を消していた。元居た木の枝には数個のビール缶が引っ掛けてあるという始末。モラルの欠片もあったものではない。
さて、今このエリアに居るのは倒れたリーダーと、それを介抱する萌と泉さん。そしてそれを傍観する変態の紫葉。この4人はしばらく動かないと見える。その他にここに居るのも4人。俺、雪、柊響、春寺颯希さんの4人だ。ここからの展開は何となく想像が付いた。
「よう、お2人さん。調子はどうだ?」
空色の髪のクラスメイト、名は柊響。彼は現在俺が最も親しくしている男性であろうと思う。何しろこっちに来てから最初に話した男だ。よくよく考えてみると、こちらに来てからは男友達が少ない気もしないでもない。
「こ、こんにちは、風峰君、不知火さん」
そして響の幼馴染みである少女の春寺颯希。こちらもクラスメイトだ。
最近、ちょっとばかりこの2人の関係が気になっている。茶化す気など毛頭ないが、なんとなく友人とて気になっていた。
「こんにちは」
「やあ。突然だが響、1つ訊きたい事がある」
そう言って、女性陣に聞かれる事がないであろう距離まで響を連れて行く。
「単刀直入に訊くぞ。春寺さんとはどういう関係だ?」
別に春寺さんを狙っているわけではないと断っておこう。あくまで今後の判断材料にしようと思っているだけだ。真に他意は無い。それに、地道に探りを入れて行くよりサッパリと訊いてしまった方が双方清々しくて良いだろう。
「幼馴染だな。あれだ、付き合ってはいないぞ。…………ああ、もしかして惚れたのか? 颯希は良い奴だからなあ。誰にでも優しいし、気も利くし、可愛いし…………」
休む事無く、次々と春寺さんの良い所が列挙されて行く。
「落ち着いてくれ。訊きたかった事は聞いた。それと、俺は別にそういうのじゃないからな」
「ん、そうなのか?」
「ああ。とりあえず質問も済んだし戻ろう。突然変な事訊いて悪かったな」
春寺さんが響に誘われて来たかどうか定かでは無いが、少なくとも響が一因であることは確かな事だと思う。
2人の元へ戻ると春寺さんに問を投げ掛けられた。
「何話してたの?」
こそこそ話が気になるのは人の性。焦らずもう少し後で訊けば良かったものを、と少し悔いてみる。
「ちょっとな。気にしなくていい」
「裕城の言う通りだ、訊かないでやってくれ……」
「いや全然俺の言う通りになってないぞ」
春寺さんは「そう?」と納得したような素振りを見せる。
いつもの雪ならばここでもう少し押してくるのだが、この度は初めから尋ねる気は無い様だった。わざわざ離れてしなければならないような会話の内容をそうホイホイと話すとは考えられなかったってところだろう。
「で、どうするの? 4人で登るの? それとも別れるの? あたしはどちらでも構わないのだけれど」
「俺もどっちでも良いな」
「わ、私も」
3人の視線が俺へと集められる。響サイド2人はただ俺の意見に興味があるだけだろうが、雪の目は言っていた。あんたが決めなさい。どっちでも良いは駄目よ、と。
少し考えてみようではないか。
まず、4人で登った時のメリットその1、会話が長く続きやすく、気まずくなり難い。その2、比較的安全。ではデメリットを1つ、必要量の食材が集め辛い。
次に二手に別れた時のメリット1、積もる話ができる。2…………、思い付かないな。デメリット、雪の無茶振り率が大幅に上がる。
これだけ見ると4人で登るのが俺にとってのベストだろう。だが、それは俺だけの都合で考えた場合だ。俺の答えはもう既に決まっていた。
「ふむ、なら2人で登るとするよ」
無粋な真似はしたくないと思う。春寺さんがどうかはやはり知らないが、響が好意を寄せているのは確かだ。人の良点を挙げるのは難しい事であるというのは皆さんもご存知であろう。
「ほ、ほんと!? って、ほん! こほん、こほん……。そうね、そうしましょう」
赤い髪の少女はわざとらしく咳払いをして見せた。しかし、フォローになっていないのは明らかである。
「あいよ、じゃ、また後でな」
「頂上で会おうね。ばいば~い」
2人が木に隠れて見えなくなった頃、俺は言った。
「じゃあ俺達もそろそろ行くか」
ああ、こちらに来てからという物、いつもこんな調子である。