第一小節 Coincidence 下
「やっほー。夏に負けず劣らずお熱いですねえお二人さん。デートかなー?」
この実に適当な事を言うピンク色の少女の名は森下恵美、仲間内で彼女は"萌"と呼ばれている。
「む、部屋にいないと思ったらこんな所にいたのか君は」
続いて発言し、俺の事を"君"と呼ぶのは俺の恩人にあたる一本槍流花という少女であり、普段なら彼女との偶然の遭遇の際、俺は嬉々した感情を持つのだろうけど、しかしこの場でだけは会いたくなかった。
「ま、罪な人!! じゃなくてえっと、私はここで失礼しますね。何か御用がございましたらお申し付けください」
本当に大丈夫かこの店員は……。良いキャラしてるとは思うけどさ。
「ありがとうございます。それで……、2人は何故ここに?」
答えは分かっているが、俺は問う。間髪入れずに返答があった。
「そりゃあもちろん水着買いに来たに決まってるよカザミン君。これも何かの巡り合わせだろうし私達の分も選んで貰っちゃおうかなー」
なるほど、予想通りである。どうやらまだしばらくここにいるという事実は揺るぎようが無いらしいし、多分人数が増えようとその長さは変わらないだろう。
「別に俺は構わないが」
「しかし私が構うな。こんな事に君の時間を割いて貰うのも悪い」
目のやり場に困った様子で視線を転々させている流花は、まるで俺の次に言う言葉が分かっていたかの様に断った。
「うーん流花ちゃんがそう言うなら仕方ないかなあ……」
そう言ってあっさりと萌は引き下がる。いつもならば説得に掛かるはずなのだが、恐らく萌は今日流花に頼まれてここに来ているのだろう、今はそうではないらしい。珍しく方針の決定は流花に委ねられている様で、それは俺にとっても都合が良かった。
「なんでそんなに息ぴったり……」
息がぴったりとはつまりタイミングが一致していると言う事。多くの場合、相手の次の言動が予測済みである事が前提条件になる。今回は当にそれであり、考えが読まれるのは俺がワンパターンな考え方だからだ。
「時間については気にしなくて良いぞ、粗方勧める品は決まっている。何分暇だったからな」
はて……、どうした事か。良かれと思って発言したのだが、この場にいる全員が揃いも揃って後退りして見せる。
「ひ、酷いよカザミン、私の唯一の楽しみすら奪うつもりだなんて!!」
3歩下がった萌は2歩進んで、どこかぎこちなく文句を言った。
「さっき俺に選んで貰おうとかなんとか言ってなかったか」
揚げ足を取るのは好かないが、状況に因るのは然り。
「まあまあ堅い事言わずにさあ。ここは黙って退くか、全員分選ぶか2つに1つ!!」
「どちらも断る。アミに作って貰えば良いだろう。それが駄目だとしても、お前が頼むべき相手は俺じゃない」
それに何より面倒だ。どうせすんなりとは終わらせてくれない。
して補足だが、"アミ"と言うのはギルドに泊まり込んでひたすら衣装製作に励んでいる萌の親友の事である。彼女は、食事も忘れ寝る間も惜しみただ縫い続ける言ってしまえば変人だけれども、殊裁縫においては誰の追随も許さない凄腕なのだ。
「なっ、何故その事を!?」
「その事とは何だ?」
「こ、こいつぅ!!」
言いながら流花の背に萌は逃げこみ、女の敵と言わんばかりに俺は睨み付けられる。ちょっとしたジョークのつもりだったが、図星だったらしい。俺のスタンスとしては萌の味方なのだが、まあ一々言わずとも良いだろう。
「何の話をしているのだ?」
ここでやっと入れられる横槍。唐突に肩を掴まれた流花は事情が分からぬらしく、俺と萌を交互に見て訊いてきた。
「い、いや何でも無いよー。ささ、私の事は気にせず選んで貰っちゃってくださいなー」
「そ、そうか?」
萌はそそくさと流花を俺の方に押しやり、完了するやいなや一目散に撤退して行く。そして遠くの方のベンチで、にこやかな表情を浮かべて手を振っていた。
「何がしたかったんだ……」
分からない事も無いがやはり分からない。柄じゃあ無いだろうに。
「まあそんなことはどっちでも良いわ。それより確認なんだけど、あたしの分も……、選んでくれるのよね?」
「ああ、もちろんだ。それについてももう目は通してあるぞ」
先も言った通り小一時間暇だった訳で、始めの数十分、俺は店内を彷徨いていた。勝手に水着を選んでいたのは、歩くだけではアホらしいと考えたからである。決して疚しい理由は無いから、そこは誤解しないで欲しい。
……誰も訊いていないにも関わらず弁明する方が怪しいな。
「例えばこういうのはどうだ?」
気を取り直して手に取ったのは純白のビキニ。フリル付きスカートとセットの物で、胸元には柔らかなリボンがあしらわれている。イメージとしては清楚、可愛いのこの2つか。店内にある商品の中でもかなり上質な物に該当する事は俺の目から見ても疑い無いし、文句はあるまい。値段がそれ相応である事は言う迄も無いが。
「こ、これ? 露出度低くない?」
試着室の中にいる雪にハンガーごと物を手渡した後、何やら変な台詞が耳に入る。
「それでも十分高いぞ。お前は男を何だと思ってるんだよ……」
「……獣?」
「かなり偏ってるな」
しれっとした顔で雪は述べるが、これは案外本当に良く分かっていないだけなのかも知れなかった。人をからかうときの調子とはどこか違う。
「……これ地味じゃない?」
「そりゃ今着てるのと比べれば地味ではあるが、その位が丁度良いと思う。少なくとも俺はそっちの方が好きだしな」
「だ、誰もあんたの趣味なんて訊いてないわよ!!」
そう言い残して雪は勢い良く試着室のカーテンを閉じた。一瞬しか見えなかったので確証は無いが、顔は赤みを帯びていたと思う。
「さて流花。俺はお前にこれをお勧めしてみようと思うんだが」
カーテンが完全に閉められた事を確認して俺は数歩右向きに前進し、パレオ付きの黑っぽいビキニを持って元の位置に戻り、言った。
「……君はこう言った物を好むのか?」
「そうなるな」
本音を言えば、この水着が流花に似合うであろうという事よりも、これを流花に着て欲しいという願いの方が強かったりもする。要するに俺はそう言う趣味なのだ。
「ならばこれにしよう」
迷いは無いらしい。流花はさっぱりとした表情で真っ直ぐレジに向かう。
「いやちょっと待てよ流花、せめて試着ぐらいはしてくれ。サイズが合っているかは定かじゃない」
もちろん流花のバストサイズ等知らない俺は、目測で適当に取ってきた。故にフィットするかは分からず、むしろ合わない可能性の方が大きい。一度確かめてみるべきであることは疑いようが無いだろう。
「それもそうだな……。すまない、少し待っていてくれ」
「ああ、元々そのつもりだ。どちらにせよ雪を待たなきゃならんしな」
そう、飽く迄ついでなのである。決して流花の水着姿が見たいとかそう言うのでは無い。
「しかし見通しの良い売り場だな、ここは」
呟いて俺は試着室を数歩離れる。そして行き着いたのは唯一壁がある場所で、そこだけが何となく落ち着ける場所だった。
俺のイメージでは水着、並びに下着売り場は店内の端の方にある物なのだが、この店ではフロアの中心近くにそれらが位置している。壁は無く、ガラスも皆無、陳列棚も比較的低い物ばかりで、乱雑としてはいるけども外から店内が見渡せてしまう造り。それが売りなのかも知れないとは思うが、あまり気分の良い物では無い。
まあ今いる位置も遠方のベンチから微笑みかけてくる萌のせいで少々気が重いのだが。
「おーい、こっちだよー!!」
声が聞こえたのはほぼ同時である。黒髪の少女が俺の鼻の先を横切って、俺のすぐ左にある投げ売り用ワゴンの向こうから水着売り場へ侵入して行った。
少女の発言から察するに、友人と戯れていると言ったところだろう。
「走ると危ないよ!!」
これも同時である。颯爽と駆け抜けて行く少女を何気なく視界の中心に捉えていた俺は、それを追走しているはずの少女について全く注意していなかった。
「ッ!?」
……結果、激突。走ると危ないよ等と自分で言いながら人に当たっていては世話がないだろう。
然して、用意無しに横腹へ人間がぶつかってくれば、俺が大の男であり相手が少女であろうと体勢は崩れる。つまり言い難いが転けた訳で。
「ふぇっ!?」
一瞬踏ん張ったからか、相手も転倒していた。
「……大丈……、何ッ?」
即座に上体を起こし、瞬間、俺は目を疑う。信じられようかこの光景が、そんな馬鹿な事が……。
……しかしけれども幸か不幸か、惑いはすぐにはね除けられた。
「おにい……、ちゃん?」
耳に響く少女の一言。この声には聞き覚えがあるし、この顔には見覚えがある。その仕草は記憶にある。
――俺、は、こ、の、少、女、を、知、っ、て、い、る。