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CONTRAST CONTEXT  作者: WAIWAI通信
第二楽章
25/31

プロローグ

 雲一つとして存在しない、突け抜けるような青空、快晴。そこに2つ、大きな影があった。

 1つは緑色(りょくしょく)。燦々と照り付ける陽の光の下で、活気づいた葉の如き色を示す二翼の龍は、まるで吹き荒れる風の様に空を滑る。

 そしてもう片は黒。否、漆黒と言った方が良いだろうか。空にふわふわと浮かぶかの巨龍は、総じて4枚ある翅翼を存分に振るい、思うがままに天を駆っていた。

「去れよ雑種。ここにお前の居場所は無い」

 しわがれた声である。年老いてなお輝ける六色の一角を為す緑龍は、そこに届かなかったただの、いや、異形の黒に告げる。

「…………」

 黒き龍は答えない。言語自体は既に会得(えとく)しているが、もう数えて7度目にもなる警告に、彼は無言を貫いていた。それがその矜持(きょうじ)故の物であったのか、ただ(わずら)わしかったからなのか、知る者は彼のみだろう。

「野蛮な者はこれだから好かぬ。暴れるのならば他所でやれ、そうでなくとも貴様はここに馴染めん。……もう一度言うぞ、立ち去れ」

 然れども沈黙。本来2枚のみであるはずの翼を倍の数にする事でまともな飛行を可能にした怪物は一向に口を開こうとはしない。

 ……そう、口では答えようとしなかった。

 黒色の巨体が宙で躍り、強烈な大気の流れを巻き起こしながら加速、その体躯からは体当たりが繰り出される。対して風龍(しりゅう)も、それに同じく体当たりを以て応じ、盛大に激突して見せた。結果は言うまでも無く双方無傷。強化合金よりも強固で重厚な鎧を身に纏う彼らが、そう易々と傷付く道理は無い。

 ――それはつまり、どちらにも勝算が無く、しかし敗走も存在しないという事を意味していた。

「してどうしたものか……」

 風龍は呟く。このどうしようとも相手が退かぬ状況下では、やるしかなかった、止められなかった。無論こちらが退けば黒龍に好き放題される事は目に見えている。

 なれば……、なればその様な選択肢は初めからそもそも存在していない。それが風龍の覚悟であった。

 旋風が巻き起こり、緑の龍は向きを変える。その角度は鉛直上方であり、彼はそのまま両翼を大きく広げ下方で生み出した爆風を推進剤として大空へと舞い上がった。かの姿、どこの誰がどう見ようとも生物のそれでは無かっただろう。そうである、正面から重力に逆らって空を駆る者等本来存在しえない。明らかに世界の理から外れた、正しく怪物。是、異物と称すにも足るであろう。

 黒龍はそれを追う。胴と比べてかなり長大な翅翼を凄絶な速度で上下させ、緑の龍を下から追う。けれども、届きはしない。闇、は、光、に、追、い、つ、け、な、い。

「それで良い……」

 些細な一言を口にする間にも、2体の差は広がっていくばかりであった。自身の最高速度で上昇する黒龍も流石に風龍の速さには辿り着けないらしい。羽ばたきだけでは無理があるのだろう。

 そうして経過時間18秒、黒龍から見て丁度風龍と太陽とが重なる瞬間こそ、天翔る緑龍にとっての最大の好機だった。

 ――ストールターン。

 垂直上昇の後、失速し、重力を利用して下方にUターンする航空技術の事を人はそう呼ぶ。それによって得られるのは爆発的な加速であり、2体の高度差は既に相当な物故、衝突時の相対速度は激烈な物となるであろう。例え鋼を凌ぐ絶対的な装甲であろうとも、その一撃に耐えうるかは分からない。それは言い換えれば、自身も無事でいられる保証が無いという事でもあるが……。

 黒龍が昇り、風龍が落ちる。秒針が1つ進む度に2匹間の距離は縮められ、その瞬間は近付いてくる。どちらにも迷いは無く、あるのは覚悟と矜持のみ。なればこその正面突破、その激突の刹那に、衝撃は音となって周囲に響いた。

 ここで優位に立ったのは風龍。鎧の覆う相手の頭部をその足で強打し、追い打ちをかけるべく相手がふらついたところをそのまま鷲掴みにして急降下する。

 ――再衝突。

 風龍は多少のリスクも顧みず、黒龍を下にしたまま森の一角に持てる限りの速度で突っ込んだ。途端土砂は巻き上がり、大地は窪んで、木の葉が幾らか吹き飛ばされる。その様子は、その凄惨さは、小隕石の墜落時にも劣らぬ物であった。

「ぬぅ……」

 生じた激痛に、巨大な緑の龍は顔をしかめる。わずかの減速もせず、むしろなお加速しながら着地したのだから仕方が無い。龍と言えど生物には他ならず、もちろん痛覚も存在しているのだ。然り、不快に感じて当然、感じぬ方が可笑しい。

 して片や、下敷きにされた方の龍は未だに沈黙を続けていた。それはもう息絶えたのではないかと思える程の無音である。声などはもちろん聞こえないし、息遣いさえも耳には入らない。生、と、い、う、物、が、こ、れ、っ、ぽ、っ、ち、も、感、じ、ら、れ、な、い。

 だがしかし、それは違った。やはりただの比喩に過ぎなかったのだ。

「ォォォオオオオオオン!!」

 何とも言えぬ咆哮と共に黒龍が跳躍し、上に乗っていた者は当然の如く弾き飛ばされ空中へ。

「ちぃ……。雑種と言うだけあって中々にしぶといな……」

 風龍は吐き捨てるようにそう呟くが、しかしこの状況は彼にとって詰みの様な物だった。

 確かに――、確かにただの精神的な我慢競べならば彼が敗れる事はないだろう。しかしそれが、正真正銘の持久戦に変わればどうか? 黒龍が三日三晩食事も睡眠も摂らずに行動し続けることが出来るのは周知の事実であるけれど、対して、風龍はそうではなかった。決して自らの魔力に甘んじていた訳ではないのだが、そもそもそういう風には出来ていないのである。故、魔力切れを起こせば彼は飛行不能に陥り、さすれば敗北も同然。この場において、飛翔能力の有無は勝敗に直結していると言っても過言では無いのだ。

「止む無しッ!」

 烈風が地を抉り、無数の魔方陣が描き出される。切れてしまうのを避けたいならば外部から得れば良い、つまりはそう言う事。補給の際は地に降りなければならないのが難点であったが、この相手にそれを心配する必要はきっとない。そう考えて風龍は動く。

「…………侮っていたぞ、高飛車」

 そして黒龍は、今この時初めて言の葉を口にした。既に交渉の余地など無くなった以上その事実に大した意味など存在しないが、やはり双方思うところがあるのだろう。しばし黙し、その鋭さだけで穴が空くのではないかと錯覚する程の視線をぶつけ合っていた。

 しかし沈黙は長く続かない。

「ほぅ……、貴様やはり喋れるのだな。さては投げる気にでもなったか?」

「ほざけ、ここは元々俺の地だ。余所者はお前だと言ってやろう」

 正直、腑抜けだと踏んでいた。この風を司る爬虫類はいつの間にか他人の巣居に腰置いて、我が物顔で談じ込む愚者に過ぎぬのだと。しかしその認識は1時間やそこらで改めざる負へなくなる。少なからず邪魔だと感じた時点で、黒龍はその現実を受容していた。

 まあ確かに、数十年も家居(かきょ)を空にしていたのはそうであるし、人間よろしく言えば島に名前を書いていた訳でも無い。であれば勝手に種々の動物が住み着くのは至極当然の事であり、非常に稀有(けう)なケースだが自らと同じ龍の類が迷い込む事も無いとは言い切れないだろう。要するに否の幾らかは己にある。黒龍はそう省みて、そして同時にこうも思っていた。

 俺が戻って来たからには好きにはさせない、と。

「なかなかどうして相容れぬ様だな、致し方あるまい。いざや尋常に――」

 居心地の良い住処を死守せんと老いぼれは高ぶり、

「――勝負!!」

 突如舞い戻った者は居場所を奪還すべく血を滾らせる。

 誰にでも分かる激戦の予兆。ぶつかり合う殺意。吹き荒ぶ天空。決着こそ見えないが一体何が始まろうとしているのか、動物であるなら本能でそれを悟り何をも置いて逃げ出すに違いなかろう。何故なら、そうせねば命が幾らあっても足りないから。この戦場において弱者の生は許されず、抵抗しようともただ虚しく散る事が定めなり。いくら器用に立ち回ろうと、荒れ狂う風は花を散らさずにいられない。

 然して、無惨で無稽(むけい)で無慈悲にも、火蓋は切って落とされた。


 ――これはそこそこ遠く離れた土地の、それこそ本来無関係な物語。俺はそこでそんな事が起こってるだなんて全くこれっぽっちも知らなかったし、だからと言って今更後悔している訳でもない。ただ、強いて言えば感謝している。このどうしようもなく偶然にして、しかし疑う余地の無い必然の巡り合わせに。

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