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CONTRAST CONTEXT  作者: WAIWAI通信
第一楽章 - The same blue -
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第十五小節 Context 四音目

「ァァァァアアアアアアアアぁぁぁああ嗚呼嗚呼アアアッ!!」

 すぐにでも迫ってくるであろう天井が、一瞬にして赤く染められた。その絵の具は血、更に言うなれば鮮血。分厚い氷の向こうにあるにも関わらず、その赤さは健在であった。

「これは来るな……」

 龍が血を吹いていると言う事は、今さっきの銃声と共に空に躍り出た必殺の弾が命中したと言う事になる。しかし即死では無いのか、必殺ではなかったのか、喚き声は耳に届いた。そして何よりこの声は、吊天井の起動を意味している……。

 音は伴わない。半径10mはあろう氷の天井は、遂に落下を開始した。これは龍の意志とは関係ない落下である。何故なら、現状叩き付けているのではなく落としてしまっただけだから。本来ならばもっと降下速度は速かったに他無い。

 俺は再度空気を、可能な限り圧縮し、断熱圧縮の際に集約される熱量を氷の塊に押し付ける。しかし氷に穴が空く程の熱量にはならず、融けて3寸程度であった。なるほど、確実に仕留めたかったらしい。ならば……。

「あまり自信は無いんだが」

 やらねばなるまい。ここで終わる訳にはいかないからな。

 剣を手元に転送し、降ってくる氷の、直前に成した窪みに突き立て、そこに先程の圧縮した空気の塊をねじ込んだ。続いて壁の創造、空気を天井の傷を塞ぐ様に広く平らに配置して、天井と位置において相対固定し壁とする。締めは――。

「解ッ放!!」

 物体のひびに入り込んだ圧搾(あっさく)空気は、刹那の内に膨張した。その力は驚倒(きょうとう)に値し、固体の水は易く吹き飛ぶ。

 しかし、足りない。

「ぬおっ!?」

 脳内が純白に染まった時、唐突に足場が無くなって不可視の力に足を引かれた。

 落ちる、水の中へ。雨粒になり池になり、人を病に陥れるかと思えば時として救う、それが水。今回も俺はそれに、いや響に助けられた。

「おーい大丈夫かよ風峰さん」

「ああ……。ちょっと調子に乗り過ぎたらしい」

 融解した天井は鉛直に落下し、眼にはそれらが入って自然としばしばする。掠り傷1つ無かったことは僥倖(ぎょうこう)か。

「しかしよく俺のいる所が分かったな」

「ん、それか? それはさっき奴さんが変なことする前にお前がいた位置を落としただけだぜ。って、あっつ」

 氷を纏わせる事で巨大化した斧を担いだ響が、右手で俺を引き上げようとしている最中に、空から真っ赤な雨が降り注ぎ衣服を染めた。

「解せん奴だ、まだ死なないか。気に食わぬ」

 それを見た響は斧を全身ごと後方に振り下ろし、一気に俺を引き上げる。俺の衣服に染み込んだ水が気体と化すのも一瞬の内の出来事であった。

 俺は龍に対峙して、そして口を開く。

「なあお前、そんなにあれが大事か?」

 今の氷の落下により、湖を覆っている氷は大きく沈んだ。かの社もそれと繋がっていたから、少なからず被害があっても良いはずである。それなのに、濡れる事も無く社は健在だった。今し方の銃撃は、その溢れ出して止まらない鮮血を見れば分かる様に、本来即死してもおかしくはない攻撃。そんな物を受けながらも、この龍は死力を尽くしてあれを守ったのである。

 ――果たしてあの宝はそんなにも大事なのか?

「…………ああ。あれは、あれさえ残せれば命も惜しくは無い。もう十分に生きた。せめてかの者と……。否、もう逢う事もあるまい」

 分からない……? この龍は何をしたい? 何かを守りたい? 

 難題を叩き付けられ、俺はしばし黙考する。その間に一滴、二滴と水の粒は飛来した。

「そうか……」

 そうだ、こいつにはこいつなりに守りたい物がある。命を賭してでも何かを成したい、保ちたい、いや違う。守る事に命なんて捧げられるものか。

 創、る、事、に、こ、そ、人、は、命、を、賭、そ、う――。

 画家は生涯を己の心象風景を現実に顕現させる事に捧げ、従僕(じゅうぼく)は自らの未来を築くために今日を貢ぐ。この者は何を捧ぎ、何を得る?

「ここから先は俺の憶測なんだが、お前はもしかして」

 ――約、束、を、守、り、た、い、だ、け、な、ん、じ、ゃ、な、い、の、か、?

 口走ったのか、それとも自分の苦悩を少しでも吐き出したかったのだろうか、かの者と再会したいと龍は今言った。それが社と何の関係があろう。普通に考えればある訳は微塵たりとも存在しない。しかしそこで俺が想像したのは約束だ。思い出に執着しているという線も考えられない事は無いが、何分長老の龍であるからして、ここは約束だと思いたかった。

「神約……、そうかもしれんな。しかしそんな事はどちらでもいいだろう、聞いたところで何も無い」

 ……そう言えば何かおかしい、場が整いすぎている。偶然だとは思えない。誰かに見張られている様な、見守られている様な、そんな感覚。

「お前に問おう、この森は美しかったか」

 ふと言葉を口にした。龍の眼には懐かしむ様に、社だけでは無くその向こうの湖や森までが映っていたから俺は問うた。

 少々の間を置いて、赤い液体の滴る口は開く。

「是、ここは昔と変わらない。ここだけは、変わらない。私がそうした」

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